↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/62

第62話 ニューゲームを始めよう

 春の風が、草原を柔らかく撫でていた。

 草を揺らす風の中、リーネが静かに残心している。


 周囲では、斃されたモンスター達がゆっくりと塵へ崩れていった。


「……お疲れ様、リーネ。見事な抜刀術だったな」


 声をかけると、リーネはゆっくり振り返り、柔らかく微笑んだ。


 以前とは違う姿だった。


 髪は青銀色に変わり、右目には眼帯を付けている。

 左腕は、上腕半ばから先が金属製の義手だ。


 それでも。


 俺の前に立っているのは、間違いなく“剣士リーネ”だった。


 変わってしまった姿と共に、少し変化した剣術で、以前より強くなっていた。


 右目の完全な回復は、約束の一年には間に合わなかった。

 左義手も、まだ改良点はいくらでもある。


 だが――一年ぶりの実戦を、危なげなく終えた。

 その事実だけで、十分だった。

 俺は草を踏みながら、リーネの側へ歩み寄る。


「どうだ、左手は」

「ありがとう。前より、ずっといいわ」


 リーネはそう言って、小さく義手へ視線を落とした。


「……久しぶりで緊張したけど、もう大丈夫。ちゃんと戦えそう」

「それは良かった」

「まぁ、細かい事を言い出したらキリがないけどね」

「気になった所は全部言ってくれ。どうせ改良は続けるつもりだし」


 本音だった。


 研究者としても、単純にまだ納得していない。

 マーク7は傑作だが、俺の性格が“ここで完成”を許してくれない。


 ……ただ、少なくとも。


 今のリーネには、もう一人で立てるだけの強さが戻っていた。


 俺は、小さく息を吐く。


「……これで、ようやくだ」

「……何が?」


 リーネが不思議そうに首を傾げた。

 春の光が、青銀色の髪に柔らかく落ちている。


 全部が全部、元通りになったわけじゃない。

 右目も、義手も、まだ完璧じゃない。


 それでも――ここまで来た。


 俺は、まっすぐリーネを見る。


「イーブンだよ、リーネ」

「……イーブン?」

「ああ」


 ゆっくり頷く。


「お前はもう、一人でも生きていける。俺がいなくても立てるし、戦えるし……ちゃんと笑える」


 一度、言葉を切った。


「だからもう、“俺がお前を助けた”とか、“お前が俺に返せない”とか、そういう話じゃない」


「アルト……」

「対等になれただろ?今の俺たち」


 胸の奥が、少しだけ熱かった。

 長かった。

 ……本当に長かった。

 でも、ようやくここまで来たんだ。


「だから、今ならちゃんと言える」


 俺は、リーネの前まで歩み寄った。


「俺も変わった。悪魔と契約したし、感情だって元通りってわけじゃない」

「……うん」

「お前から見て、俺の気に入らない所も、あると思う」

「……そんなに無いよ」


 思わず苦笑が漏れる。

 リーネも、少し泣きそうな顔で笑った。


「お前も、色々変わっただろ?」

「うん」

「でも、過去が全部綺麗に消えるわけじゃない」


 そこは誤魔化さない。

 俺は、まっすぐリーネを見る。

 リーネも、逸らさずに俺を見返していた。


「昔みたいに、無邪気だった頃には戻れない。少なくとも、俺は戻るつもりはない」


 リーネの瞳が、小さく揺れる。

 それでも、リーネは逃げなかった。


「……その上で言うよ」


 俺は、はっきりと言った。


「リーネ。今から、俺と付き合ってくれないか」


 一拍置いて、続ける。


「俺は、“今のお前”と、これからちゃんと付き合いたい」


 春の風が、少しだけ強く吹いた。

 青銀色の髪が揺れる。

 リーネは、一瞬だけ息を止めたように見えた。


「……アルト」

「ああ」

「それ、ずるい」


 泣き笑いみたいな顔で、リーネは言った。


「そんな言い方されたら……断れるわけ、ないじゃない」

「断られたら、その時は普通にへこむけど」

「へこむんだ?」


 少しだけ、空気が緩む。

 ……こういう軽口を叩けるのも、随分久しぶりな気がした。


 けれど次の瞬間、リーネはふっと表情を引き締めた。


「……でも、ごめん」

「え?」

「今すぐは、駄目」


 俺は思わず目を瞬く。


「駄目って……」

「一年だけ時間をくれないかな?」


 予想外の返事だった。

 ……いや待て。

 何故さらに一年増える?


「……一年?」

「うん」


 リーネは静かに頷く。

 穏やかな顔だった。

 でも、目だけは真剣だった。


「私ね、フィオナ様とミリアちゃんと話したの」

「……は?」


 急にその二人の名前が出てきて、軽く脳が止まる。


「この前、“友達が来る”って言ったでしょ?」

「……あぁ、そんな事もあったな。珍しいと思ったんだ」

「あれ、フィオナ様とミリアちゃんだったの」


 言われて思い出す。


 一緒に暮らし始めてから、リーネは怪我のこともあって、あまり人と会わなくなった。


 そんなコイツが珍しく、「今日は友達が来るから、少し外してほしい」と言ってきた日が二、三回あった。


 家政婦から、“女性二人組でしたよ”とは聞いていたが……。


 フィオナとミリアだったのか。


「その時、三人でちゃんと話したの」


 リーネは、小さく息を吸う。


「逃げないで。誤魔化さないで。……とことん話し合った」


 ――嫌な予感がした。


 ものすごく嫌な予感がした。


「その上で、みんなでこうしようって決めたの」

「待て、リーネ。今のところ嫌な予感しかしないんだが」

「うん。多分、合ってる」


 合ってるのかよ。

 俺が露骨に顔を引きつらせると、リーネは少しだけ悪戯っぽく笑った。

 ……久しぶりに見る顔だった。


「アルト。フィオナ様も、ミリアちゃんも、私の大事な人なの」

「……ああ」

「私は二人のおかげで生き延びた。二人とも、ずっと私達に関わって、傷ついて、悩んで……それでも傍に居てくれた」


 リーネは、真っ直ぐ俺を見る。


「フィオナ様ね、『異端審問官』の資格を取ったんだって」

「へぇ」

「それで、アルト専属の監視官になったの」

「……はぁ?」


 理解が止まった。

 いやまぁ、俺が『悪魔契約者』である以上、監視や制限が付く可能性は考えていた。

 だが、“専属監視官”しかも、フィオナ?

 なんだそれ、想定外だ。響きがもう駄目だろ。


「……ミリアちゃんは、今年『賢者の学院』を卒業したの」

「……はい?」

「それで、アルトに弟子入りするための推薦状を貰ったんだって」


 信じられない。

 あの賢者の学院を一年で卒業?どんな天才なんだ。

 しかも俺に弟子入り?

 誰だそんな推薦状を書いた非常識な人間は――あー。


 ……一人、心当たりがあるな。

 ヴィクター=アルカード。俺の師匠だ。


「二人とも、すごく悩んだんだよ。それでも、諦められなかったの」


 リーネは少し辛そうに笑った。


「私ね……諦められない二人の気持ち、凄くよく分かっちゃってね」


 そして、小さく後ろへ視線を向ける。


「二人とも、出てきてくれる?」


 その声に合わせるように、近くの木陰から二つの人影が姿を現した。


「アルト、お久しぶりです」

「アルトさん、ご無沙汰しています」


 フィオナとミリアだった。


 フィオナは、長かった亜麻色の髪をベリーショートに切っていた。

 以前の聖女然とした修道服ではなく、今は神父のような黒いスータンを着ている。

 胸元では、“聖女”と“異端審問官”の紋章が並んで揺れていた。


 一方のミリアは、短かった銀髪を背中まで伸ばし、背丈も大きくなって少し大人びていた。

 賢者のローブを着た胸元には、俺と同じ賢者の印が、キラキラと謎光粒子エフェクトを反射して輝いている。


「私、フィオナ様とも、ミリアちゃんとも、ちゃんと話したの。……それで、誰の気持ちも、曖昧なまま終わらせたくないって。三人でそう話したの」

「いや待て、ちょっと待て」


 俺は反射的に片手を上げた。


「……お前、今さらっと、とんでもないこと言わなかったか?」

「言ったわ」


 リーネは妙に落ち着いた顔で頷く。


「……でも、先にアルトから告白してくれるとは思ってなかったから、びっくりしちゃったんだけど……

 だから、今度は私達からもちゃんと言わせて」


 ……嫌な汗が出てきた。


 フィオナとミリアが、一歩前へ出る。


「アルト。こんな形になってしまったことを、お詫びします」


 フィオナが静かに頭を下げた。


「先日、私は貴方専属の監視官に任命されました」

「……はぁ」


 まだ脳が追いつかない。


「……それと」


 フィオナが少しだけ頬を赤くする。


「以前から、貴方をお慕いしていました」


 ……ぐはっ。

 上目遣いでその台詞は駄目だろ。

 しかも潤んだ瞳付きだ。破壊力が高すぎる。


 続いて、ミリアが一歩出る。


「……アルトさん。いえ、師匠」


 銀髪の少女――いや、もう少女と言うには少し大人びた弟子が、まっすぐ俺を見る。


「私、十五歳になりました。もう成人です」


 嫌な予感しかしない前置きだな。


「だから、もう一度ちゃんと見てください」


 ……げふっ。

 眩しい。

 なんかもう、背景に少女漫画みたいな光が見える。

 目が痛い。物理的、精神的に。


「アルト」


 リーネが静かに口を開く。


「アルトの気持ちを無視する形になって、ごめんなさい。本当は、私も今すぐ『うんっ』て言いたかった」


 そして、慎重に言葉を続けた。

 

「今こんなこと言われたら、アルトが困るのも分かってる。

 ……せっかく言ってくれた直後に、こんな返し方がひどいのも分かってる」


 ……最後は、少し泣き声が混じった。

 

「でも……できれば、二人の気持ちとも、ちゃんと向き合ってほしいの」


 そして、少しだけ不安そうに尋ねた。


「……アルトの気持ちは、どうかな?」


 いや待て。

 そんな急に言われても困る。

 理解も感情も処理が追いついてない。


「お前、俺を何だと思ってるんだよ……」


 俺は思わず頭を抱えた。


「幼馴染一人と向き合うだけで、こっちは数年かかってんだぞ」

「うん。本当にありがとう」


「その上さらに、“完璧聖女様”と“天才少女弟子”にも真正面から向き合えと?」

「……できれば」

「無茶言うな!」


 思わず声が裏返った。


「俺の処理能力を何だと思ってる! キャパってものがあるだろ!」

「大丈夫、アルトならできるわ」

「何を根拠に!?」

「だって、あれだけ色々あった私にも、ちゃんと向き合ってくれたから」

「その信頼が重い!」


 リーネが、くすっと笑う。

 少しだけ、辛そうに。

 少しだけ、泣きそうだった。


 ……くそ。

 こっちは割と本気でパニックなんだが。

 俺は額を押さえた。


「……お前ら三人、本当に話し合ったのか」

「ええ」

「しました」

「うん。いっぱい泣いた」


 リーネが、少しだけ切なそうに、それでも穏やかに笑う。


「だから、アルト。お願い」

「…………」

「私達と、最初から向き合って」


 春の風が、俺たちの間を静かに吹き抜けていった。


 俺は長く、長く息を吐く。


「……分かったよ」


 三人の視線が、一斉に集まった。


「正直、まだ頭の中ぐちゃぐちゃだ。今すぐ逃げたい気持ちも普通にある。……でも本気なんだな?」


「うん」

「はい」

「そうです」


「……お前らがそこまで言うなら……ちゃんと考える」


 リーネの瞳が、少しだけ潤んだ。


「一年だな」

「うん」

「一年後、ちゃんと答えを持って、お前たちのところに行く」


 リーネは小さく頷いた。


「待ってる。私も、選んでもらえるように頑張るから」


 そして、少し照れたように笑う。


「それで……最後に、それでも私でいいなら」

「ああ」

「その時、もう一度、告白して」


 俺は思わず笑った。


 ……参った。

 ここまで来ても、まだこの女には敵わないらしい。


「了解」


《アルト。高難度恋愛分岐クエストへの突入を確認しました》

(勘弁してくれよ、アビス)

《修羅場発生確率は、現時点で67パーセントです》

(縁起でもないこと言うな)

《逃走しますか?》

(もっと嫌だわ)


 思わず額を押さえる。


(リーネ一人と向き合うだけで、こんだけ苦労したんだぞ)

《そこへ関係者が二名追加されました。状況が複雑化しています》

(簡単に言うなよ。相当しんどいぞ、これ)

《思考放棄しますか?》

(逃走よりダメだろ。……進むしかないよなぁ)


 春の空を見上げる。


《……報告。アルトの属性に『誠実』『懐の深い男』が、追加されました》

(……全然、嬉しくないんだが⁉︎)

 

 俺は、できるだけ大きく深呼吸してみた。

 風は柔らかく、春の息吹の香りが胸に満ちる。


 多分、これからまた大変になる。

 面倒なことも、痛いことも、きっと山ほどある。

 

 けど、今度はちゃんと考えて、ちゃんと向き合おう。

 前みたいに、あんな形で誰かを失わないように。

 目の前で、手を取り合って泣いている三人を見ながら、そう思った。

 

 ……やれやれ。

 本当に恋愛ってのは難儀だな。


 辛い。




おしまい。

 

お読みいただきました皆様

 拙作に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。皆様の読書のひとときが、少しでも楽しいものとなりましたら幸いです。

 また別の作品でお会いできる日を、心より楽しみにしております。


              黄昏一刻

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。