第38話 無双の代償
石造寺院の最上階。ボスの間を目前に控えた広間で、俺たちは一晩の休息を取ることになった。
安山岩の床の上で爆ぜる焚き火の音が、静寂すぎる回廊に響く。
「……いやぁ、今日は無双したな、俺」
乾いた笑いと共に呟くと、脳内の相棒が即座に応じた。
《はい。アルト。本日遭遇したモンスターの89パーセントを、貴方と私で殲滅しました。効率的なダンジョン攻略でした》
(その結果が、この微妙な空気なんだけどな……)
グラムは早々に寝落ちして、幸せそうに鼻提灯を掲げている。
ミリアも……まぁ、問題はないだろう。
もはや俺を拝むような、神聖な置物を見るような目で見つめてきている。
ただ、他の連中はそうもいかないらしい。焚き火を囲む面々の顔は様々だった。
口火を切ったのは、バロックだった。
「アルト。魔法使いが手の内を晒さないのは承知している。だが……お前の力は、魔法使いではない俺から見ても異常だ。
皆に話せることは、あるか?」
その言葉に、フィオナが顔を上げた。いつもの柔和な微笑みは消え、聖女としての重い義務感を宿した視線が俺を射抜く。
「私も、バロックさんと同じ意見です。今日のアルトさんの力は……人の領域を超えていました。
貴方がいなければ、私たちはここに辿り着けなかったでしょう。それは感謝しています。ですが――」
彼女の言葉が途切れる。その先にあるのは、教会が最も忌み嫌う「人外の理」への疑念だ。
(……やれやれ。聖女様は異端には敏感だからな。このままだと、後で面倒なことになるかな?)
《はい。アルト。個体名フィオナの疑念を放置した場合、教会の介入が発生する確率は74パーセントです。討伐スケジュールに深刻な遅延が生じます》
(だよな。頑張って無双したのに、これか。やれやれだな)
俺は小さく息を吐き、二人を見据えた。
「バロック、フィオナ。二人の懸念はもっともだ。……このダンジョンをクリアしたら、少し時間をくれないか? 俺の力の正体について、話すよ」
「……済まない、アルト。お前が心配なだけなんだ。俺たちにできることがあれば、力になりたいと思ってな」
「私も……不躾なお願いをして申し訳ありません。ですが、約束してくださるのなら、今は貴方を信じます」
二人の顔に、少しだけ安堵の色が混じる。
リーネだけは、心配そうに俺とフィオナを交互に見つめていたが、俺が視線を向けると気まずそうに俯いた。
「夜番は、予定通り俺とリーネからでいいな。……皆、休んでくれ」
※
翌朝。寺院最上階、本堂。
巨大な吹き抜けの空間の奥に、そいつは鎮座していた。
座高四メートルはあるだろうか、結跏趺坐を組み、圧倒的な的魔力を放つ深い青色の石像だ。
(アビス、スキャン頼む)
《了解。対象個体から超高魔力反応。……ダンジョンボスと判定。戦闘準備を》
「前衛、バロックとグラム! フィオナはグラムに剛力、バロックに持続回復を。ミリア、バロックに加速バフだ。リーネは後衛のフォローを頼む。……戦闘開始!」
「よっしゃあ、行くぜえー!」
グラムが弾かれたように突っ込み、ほぼ同時にバロックが大楯を打ち鳴らしてヘイトをかっさらう。
まぁ、いつも通りの開幕だ。
——だが、流石魔王のサブダンジョンボス。その“いつも通り”が通用しなかった。
バフで底上げされたグラムの聖剣は、派手に火花を散らして弾かれた。
バロックの戦鎚も鈍い音を残すだけで、表面を削るのが精一杯だ。
「何だ? 硬すぎるぞ!」
グラムが珍しく困惑している。
その隙を見逃すほど、相手は優しくない。
ボスがゆっくりと立ち上がり、丸太みたいな棍棒を振り上げる。
あれ、当たったら人間はだいたい地形の一部になるやつだ。
振り下ろされた一撃が床を砕き、石の破片が弾け飛ぶ。
グラムは紙一重で躱し、そのまま反撃に転じた。
無駄の無い、教科書みたいな一撃だ。
……が、結果は同じだ。
全力の一撃で、ようやく“傷らしきもの”が見える程度。
(何だこれ。単純な強化じゃないな、盛りすぎだろ)
胸の中に違和感が引っかかる。強いというより、“おかしい”。
(アビス、ボスの防御が高すぎる。解析できるか?)
《了解、アルト。データ収集のため、魔法攻撃を要請します》
やっぱり実測か。
まぁ手順としては正しい。
「分かった。じゃあ軽く叩くぞ――『雷弾』」
詠唱と同時に、マジックミサイルが放たれる。
小手調べにしては物騒だが、この程度で壊れるなら最初から苦労はしていない。
――と、思っていたんだが、雷弾がボスの胸元に直撃した瞬間、石片がやけに派手に弾け飛んだ。
(あれ、効いてる? いや、さっきの硬さどこ行った)
嫌な予感と都合のいい期待が、同時に顔を出す。
(なら――削れるうちに削るか)
考えるより先に、次の式を組み上げる。
詠唱を短縮。いつもより三割増しで、無理やりねじ込む。
「秘呪・雷弾:輪唱」
空間に展開した魔力陣から、光弾が連続生成される。
豪雨みたいに降り注ぐそれは、要するに“強化版マジックミサイルの乱射”だ。
遠慮はしない。
着弾、着弾、爆発、粉砕。
ボスの表面が連続して弾け、砕け、削れていく。
鈍い悲鳴みたいな振動が響いて、巨体がわずかに仰け反った。
……想定より通ってるな、これ。
(硬いんじゃなくて、条件付きか? 面倒くさいな)
その時だ。
ボスの表面の色が、青から“赤”へと切り替わった。
直前まで当たるはずだったマジックミサイルが、触れる前に霧みたいに消える。
さっきまでの手応えが、嘘みたいに消えた。
「色が……変わった?」
《アルト、解析完了。対象はフェイズシフト装甲を展開。魔法・物理の特化防御を切り替えています。現在は魔法無効、物理有効です》
なるほど、クソ仕様だな。
親切に弱点をローテーションしてくれるあたり、まだ優しいのかもしれないが、現場的にはただの嫌がらせだ。
感心してる暇はなかった。
ヘイトが完全に俺に向いたらしい。
ボスが向きを変え、そのまま凄い勢いで突っ込んでくる。
あのサイズで速度もあるとか、反則だろ。
「やべっ――!」
距離が一気に詰まる。
回避は間に合わない、そう判断した瞬間だった。
視界を、銀色の閃光が横切る。
次の瞬間、俺とボスの間に割り込む影があった。
「アルトには、指一本触れさせない……っ!」
リーネだ。
迷いのない踏み込みで前に出て、そのままボスの腕を斬り刻む。
赤い状態のボスには、彼女の剣が面白いくらい通っている。
さっきまでの不利が嘘みたいだ。
……分かりやすいな。
そして、面倒くさい。
「すまないリーネ、助かった。グラム、バロック、全力で叩け! 今は物理が通る!」
言いながら後退する。
前に出る役じゃないのに殴られるのは、さすがに厳しい。
ミリアの加速バフが乗った前衛が、一気に距離を詰める。
赤く染まった石像は、さっきまでの威圧感が嘘みたいに殴られる側へ回った。
ボスはしばらくボコられていたが、殴られ続けるのが気に食わなかったのか、色が再び“青”へ戻る。
今度は物理が弾かれて、鈍い音だけが虚しく響いた。
はいはい、交代ね。
分かりやすくて助かるが、忙しいなこれは。
「俺のターンだな。食らえ!」
再びマジックミサイルを展開。
さっきと同じく、遠慮なしの弾幕だ。
だが、バロックが必死に足止めしているにも関わらず、ボスは一直線にこっちに突進してくる。
……あー、完全にロックオンされてるな、これ。
相当嫌われてる。
まぁ、ダメージは俺が一番与えてるから当然か。
俺は即座に距離を取る。
取るんだが――
足がもつれた。
よりにもよって、このタイミングで。
「しまっ――」
視界いっぱいに、巨大な足が落ちてくる。
回避は間に合わない、そう判断した瞬間。
「アルト!」
俺に何かが体当たりしてきた。
リーネだ。
俺の体を抱えたまま、横っ飛びに地面を転がり、ギリギリで踏みつけを回避している。
鼻先をかすめる衝撃。
石が砕ける音と、風圧が遅れて追いかけてくる。
近い。
距離も、体温も、色々と近すぎる。
妙に落ち着く匂いがして、一瞬、昔一緒に冒険してた頃を思い出す。
……いや今それどころじゃない。
無茶しやがって、一歩間違えたら心中だぞ。
「ありがとう、リーネ」
「……いいから、今のうちに離れて!」
短い返答だった。
それでも、掴まれていた腕だけは、ほんの少し強かった気がする。
「ミリア!」
意識を無理やり切り替える。
余計な思考は、戦闘中にやるもんじゃない。
「ボスの足を潰す! 足元に高粘度の泥沼、作れるか⁉︎」
「わかりました、アルトさん。やってみます!」
いい返事だ。躊躇がないのは助かる。
その間にも、ボスの色が赤と青を高速で点滅し始める。
……なるほど、フェーズ移行か。サービス精神旺盛だな、クソが。
もう、綺麗に相性で殴る余裕はない。
だったら話は単純だ。
「手数で押し切るぞ! 各自の判断で攻撃してくれ。総攻撃だ!」
俺もボスから逃げ回りながら、マジックミサイルをばら撒く。
威力は落ちるが、今は数だ。
撃って、走って、また撃つ。
……いかん、息が上がってきた。
くそ、筋トレの時間、明日から倍にするか。
詠唱が途切れかける。
――その時だ。
地面が、ぬめるように波打った。
次の瞬間、ボスの足元が一気に沈む。
ミリアの魔法だ。
高粘度の泥沼が、巨体を腰まで飲み込んでいる。
いい仕事だ。文句なしの満点。
動きの止まった石像に、全員が一斉に食らいつく。
もう、防御も相性も関係ない、ただの袋叩きだ。
グラムの聖剣が、最後に振り下ろされる。
剥き出しになった核が、乾いた音とともに砕けた。
次の瞬間、巨体が崩れる。
石像は砂へと還り、鈍い鳴動だけを残して沈黙した。
数十秒後。
ダンジョン全体が、嘘みたいに静まり返る。
……終わった、らしい。
とりあえず、生きてるな、俺。
「……はぁ、しんど……」
逃げ回ってたツケが一気に来た。
膝が笑ってるし、心臓はまだ戦闘続行中だ。
その場にへたり込んだ俺の頭上に、柔らかな光が降りてくる。
じわりと体が軽くなる、ありがたいタイプの奇跡だ。
「お疲れ様でした、アルトさん。疲労回復の加護を」
フィオナだ。
……声はいつも通りなんだが、目が落ち着いてない。
下から見上げる形になる。
情けない姿だが、今はもう取り繕う余裕もない。
「……ありがとう、フィオナ」
息を整えながら、どうにか笑う。
多分、ちゃんと笑えてないが、それはそれだ。
「……っ、いえ。……他の方の回復に行ってきます!」
一瞬だけ、顔が歪んだ。
それを隠すみたいに、彼女は視線を逸らす。
そのまま、少し早足で離れていった。
……警戒されてるな、これは。
《アルト。個体名フィオナは、貴方に対し『畏怖』『興味』『困惑』が混在する、不安定な心理状態にあると推測されます》
(……だろうな)
天井を仰ぐ。
さっきまで死にかけてたのに、次は人間関係だ。
(やれやれ……ダンジョンボスを倒したと思ったら、今度は聖女様が相手か)
息を吐く。
こっちの方が、よっぽど厄介そうだ。
(強敵だな、ほんとに)




