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サレ賢者の俺TSUREEE! 間男勇者と元嫁シタ剣士パーティが地獄過ぎて笑う  作者: 黄昏一刻
一章:変わった二人変わらない二人(全12話)
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第19話 肩越しの体温、届かない距離

 兵隊蜂の数が、目に見えて減ってきた。

 圧迫が緩んだ。潮目が変わる。


(アビス。戦況確認。グラムとバロックは?)

《両名とも健在。HP損耗率20%未満。バロックは持続回復中。戦闘継続可能です》


 優秀。実に優秀。


 ……で。

 問題はこっちだ。

 旋風と化していたリーネの回転が、わずかに鈍ってきている。

 足運びに遅延。剣の軌道が僅かにブレている。


――限界、近いな。


 このままじゃ、何れ蜂の群れに押し込まれる。

 …させるかよ。


(アビス。残りのマジックミサイルを、全弾バロック周辺に叩き込め。蜂を一掃して二人をフリーにする)

《了解》


 光弾が唸りを上げ、矛先を変える。

 多標的同時照準、自動誘導。

 バロックとグラムに群がっていた蜂を全て撃墜。

 二人の周囲から、脅威が消える。


「バロック、グラム! リーネが限界だ! 前に出て、リーネとスイッチしてくれ!」


 一瞬、固まる。きょとん。

 ……いや、考えるな。走れ。

 もう一度言う前に、二人は地を蹴っていた。


「よっしゃぁ!任せとけ! 待ってろよリーネ!」


 グラムが吼える。

 ……あ?

 待ってろよ、だと?

 あの野郎、誰の許可取って吐かしてやがる。


《アルト。許可を取ってたら間男には、なりません》

(おまっ!、言っていい事と悪い事がっ…!)

《演算負荷、激増しています》

(誰のせいだよっ!…ったく)


 俺は強引に思考を切り替える。


(アビス。精霊語で高粘度水球生成コードを組め。拘束特化、即時展開型)

《了解、アルト》


 次の瞬間、網膜にアビスのカーソルが走る。

 精霊語の幾何学的な魔法陣式。音韻配列。干渉係数。

 完成済みのコードが、そのまま網膜に映し出される。

 ――これが、俺の種明かしだ。


 深淵叡智端末アビス=レイザル。


 感情の一部を演算資源として差し出す代わりに契約した、禁忌の悪魔。深淵に蓄積された知識の集合体。


 脳内実装型。逃げ場なし。


 アビスは、膨大な情報から最適解を計算し、呪文を“生成”する。

 人間では不可能な、多重効果並列魔法の呪文構築も、こいつにかかれば朝飯前だ。


「ミリア!」


 俺は声を張った。


「ちょっと来てくれ。俺には精霊魔法は無理だが、お前の出力なら、これを撃てるはずだ」


 俺はメモにコードを書き殴りながら、彼女を呼ぶ。


 ミリアが、風をまとって駆け寄ってくる。


 ……いつ見てもキラキラしてんな。

 なんで、背景に光の粒子が舞ってる感じになるんだ。

 戦場だぞ、ここ。

 ほとんど白に近い銀髪がふわりと舞い、紅い瞳が真っ直ぐこちらを見る。


 ……まぁ、可愛いな。


《アルト。視線の固定時間が5秒を超過しています》

(あ、いや、違う。魔法のエフェクトを観察してただけで――)

《アルト。個体名ミリアの年齢は13歳。未成年です》

(分かってるよ?)

《NTRクソ雑魚ナメクジの癖に、別方向の癖もお持ちで?》

(……っ、そんなリスキーな癖なんか、あるか。ハードル高すぎるわっ!)


 ミリアが息を整えながら俺を見る。


「アルト様、どうしました?」

「加速バフは一旦終了でいい。こっちを頼めるか?」


 メモを差し出す。

 精霊語で構築された高粘度水球生成コード。

 ミリアの目が、ぱち、と見開かれる。


「……え?」


 次の瞬間、食い入るようにメモを読む。


「すごい……こんな詠唱、組めるんですか……?干渉式が三重……え、でも、これ本当に安定するんですか……?」


 完全に研究者モードだ。

 紅い瞳が宝石みたいに輝き、彼女の顔に嬉しそうな笑みが広がる。

 ……この娘、本当に魔法が好きなんだな。


「ミリア」

「あ、は、はい!」

「多分、そろそろボス戦になる」


 ダンジョンの壁一面に広がる巨大な巣の奥から、不気味な振動が近づいてきている。

 低い唸り声。羽音ではない、もっと重く、威圧的な何か。


 ——来るぞ。


「あの巣穴の出口、三ヶ所。そこに水球を展開して封鎖したい。できるか?」


 一瞬、ミリアの頬がほんのり赤くなる。


「……あっ、はい。やります。頑張ります!」


 頼もしい。

 ミリアはその場で一歩下がり、両手を広げる。

 精霊語の詠唱が、澄んだ声で紡がれ始めた。

 同時に、足元に風が渦を巻く。

 眩い光が彼女の輪郭を白く溶かし、舞い散る光の粒が、少女を幻想的に包み込む。

 

 ――神楽舞が始まる。


 袖が翻り、銀髪がなびき、しなやかな手足が孤を描く。

 精霊に捧げる祈りを舞いながら、精霊魔法が紡がれていく。


 …いや、これ完全に変身シーンだよなぁ。


《アルト。視線の固定時間が5秒を超過しています》

(うるさい)


 ……うん、俺に変な癖は無いはず。

 

 光の収束と共に、巣穴の出口を覆うように水球が現れる。


 ほぼ、同時に——水球が、歪んだ。

  

 次の瞬間。

 兵隊蜂の数倍はある巨体が、水の檻に真正面から突っ込んできた。

 鈍い衝突音が響き、高粘度の水球が、大きく波打つ。


 嵌った。思わず、口の端が歪む。


 ――このダンジョンの主。

 『女王蜂クイーン・ビー』。


 本来なら、高速飛行と、一撃必殺の毒針を持った、最悪クラスの空中機動型モンスターだ。

 空を制し、刺した相手を即死させ、気づいた時にはもう背後にいる――そんな理不尽の塊。


 ……が。今は違う。


 巨体は、水球の中で無様にもがいていた。

 翅は重い水に絡め取られ、まともに羽ばたけない。脚も、顎も、毒針も、水の抵抗に縛られている。

 飛ぶどころか、這うことすら満足にできない。


 ——よし、成功。


 胸の奥で、小さくガッツポーズを決める。

 賢者、感激。拍手してほしい。ざまあ。

 

「バロック、グラム! 女王蜂は拘束中だ! 攻撃開始! 大顎と毒針だけは警戒しろ!」

「ヒャッハーッ! 蜂蜜にしてやるぜぇ!」

「了解した」


 二人が同時に踏み込む。


 バロックの戦鎚が、水球ごと女王蜂を叩き潰す。グラムの聖剣が、抵抗なく水に滑り込み関節部へと叩き込まれる。


 体液が水の中に滲み出し、水球が濁っていく。

 女王蜂は暴れる。だが、動けない。

 拘束された時点で、勝負は終わっている。


 ……うん。


 これはもう、支援はいらないな。

 網膜の端に表示された自分の魔力残量を見る。

 残り、約20パーセント。


 節約、大事。超大事。

 ここで無駄遣いして、ボスの断末魔攻撃で逆転負けとか、笑えないにも程がある。


 よし、決めた。あとは前衛の仕事だ。

 俺は後ろで、かっこよく見守る係に戻ろう。


 それから、グラム。

 女王蜂は倒しても、蜂蜜にはならないぞ。

 とりあえず、突っ込みだけは入れておこう。


「アルト」


 呼ばれて顔を上げると、フィオナがリーネの身体を支えて立っていた。


 ……いや、正確には。


 支えていなければ、あいつはもう立っていられなかった。


 リーネの足は完全に止まっていた。

 さっきまで、あれだけ無茶苦茶に動き回っていた脚が、まるで役目を終えた道具みたいに、力を失っている。


 呼吸が浅い。肩が小さく上下している。

 剣は握っているが、握っているというより、落とさないように、指に引っ掛けているだけだ。


 鎧のあちこちに傷。

 頬には、蜂の毒針が掠めた細い血の跡。


 ああ、本当に。

 どこまで無茶をするんだ、この女は。


 ……理由は何となく分かるけどな。


 フィオナが、俺を見る。

 治癒は済んでいる。毒も抜けている。命に別状はない。


「……歩けるか?」


 一応、聞いてみる。


 リーネは、上目遣いに俺を見た。

 その目は――戦場で見せていた剣士の目じゃなかった。

 ただの、疲れ切った人間の目だった。


「……だい、じょうぶ……です」


 大丈夫な人間は、そんな震え方をしない。

 一歩、踏み出そうとする。


 ――崩れた。


 反射的に、身体が動いていた。

 気づいたときには、俺の腕が、リーネの身体を支えていた。


 軽かった。


 昔より、軽い気がした。

 いや、実際に軽くなったんだろう。

 離婚してソロになった後、リーネの無茶な訓練と、無茶な依頼のこなし方は聞いていた。


「……馬鹿だな」


 思わず、口から漏れた。

 誰に向けた言葉なのかは、よく分からない。

 こいつか。俺か。両方か。


 リーネの身体が、びくりと震えた。


 拒絶されたと思ったのかもしれない。

 まあ、実績だけ見れば、そう思われても仕方ない関係だ。

 俺は、小さく息を吐いた。


「……無茶しすぎだ。お疲れさん」


 それだけ言った。

 それだけ言うのが精一杯だった。

 責める言葉も、許す言葉も、俺にはどちらも言えなかった。


 だから、ただ事実だけ告げた。


 リーネは、俯いたまま、何も言わない。


 俺の服を、ほんの少しだけ掴んでいる。

 倒れないようにするための、最小限の力で。


 昔みたいに、縋っているわけじゃない。

 ただ、倒れないためだけの力。


「……とりあえず」


 俺は、リーネの腕を肩に回した。


「歩けないなら、寄りかかれ」


 リーネが、息を止めた。


 別に恋人じゃなくても、妻じゃなくても、支える位はいいだろう。


「……ごめんなさい」


 消えそうな声で、リーネが言う。


「……気にしなくていい。パーティメンバーだからな。それより早く、後ろに下がるぞ。ここだと、戦闘に巻き込まれる」


 できるだけ、事務的に言った。


 余計なものが混ざらないように。

 優しさとか、言い訳とか、そういう役に立たないノイズが滲まないように。


 リーネが、小さく息を呑む。


 顔は見えない。

 俯いたまま、銀の髪が影を落としている。

 ただ――


 嗚咽が、聞こえた。

 小さく。

 必死に押し殺して。

 それでも、抑えきれずに零れてしまう音が聞こえる。


 俺の肩に預けられた身体は、軽くて、温かくて。

 戦場で振るっていた剣と同じ人間とは、思えないくらい脆かった。


 久しぶりに感じる体温だった。

 昔は、これが当たり前だった。


 隣にいて。触れられる距離にいて。

 触れる理由が、ちゃんとあった。


 今はもう、ない。


 俺は、リーネを支えながら歩く。


 一歩。

 また一歩。


 たったそれだけのことが、妙に意識に引っかかる。


 支えているだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ……のはずなのに。


 支えたいのか。

 

 それとも。

 

 抱きしめたいのか。

 自分でも、分からなかった。


 分からないから――何もしない。


 できるのは、歩くことだけだ。


 嗚咽を聞きながら。

 彼女の重さを、肩で受け止めながら。


 黙って、歩く。


 俺たちの間には、もう名前のつかない距離がある。

 近くて。遠くて。

 昔よりも、ずっと曖昧な距離。

 触れているのに、届かない。

 

 本当に滑稽だ。

 何が賢者だ。

 自分の感情一つ、まともに制御できない。


 悪魔と契約してまで、感情を消したかったのに。

 消えてほしかったものだけが、しぶとく残っている。


「……ホント、馬鹿だな……俺」


 誰にも聞こえないように、小さく呟いた。

 それでも、肩越しに伝わったのか。


 リーネの指が、ほんの少しだけ――

 俺の服を、強く握った気がした。

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