第3話 契約
星牙の住むマンションは、都心外れの高層住宅の最上階にあった。芸能人向けの厳重なセキュリティと防音性の高い静かな部屋。内装は白とグレーで統一され生活感はほとんどない。
リビングは広いが家具は最低限で、カーテンは閉め切られている。キッチンは新しいが冷蔵庫がポツンとあり誰かと食事をする気配はない。ソファも簡素で寝転べるという印象だった。
ただ一つ廊下の奥に鍵のかかった部屋がある。
窓のない白い部屋、消毒液の匂いでそこは宮田星牙が〇〇〇〇として生きるための場所だった。
廊下の奥へ続く扉の前で乙は足を止めたが、胸の奥がざわつく。進めば戻ることはできないそんな予感だけがはっきりしていた。
ここから先は星牙の部屋じゃない人間の場所でもない。
それでも星牙は何も言わずただ扉の前に立っている。開けたらおしまいだ――そう言われている気がして乙は唇を噛んだ。
「それとここが乙くんのお部屋だよ」
中央にダブルベッドが一台置かれているだけ。
同じ空間、同じ部屋で逃げ場はない。
「まて一緒に寝るのかよ」
「そうだよ、だって僕の部屋だもん」
「だったら俺は床でいい、リコルだから慣れてる」
「ダメだよいくらリコルだからって、もうあんな生活しなくていい」
その時ベッドの下からゴロ、と鈍い音がした。
何かが転がった嫌な音で視線が床へいくと
ベッドの下からつま先が出ていた。
しゃがんで覗いた瞬間思考が止まる。
足、腕、頭、胴体。大人、子供。
解体された大量のリコルが、無造作に放置されていた。
全身から一気に冷や汗が噴き出し考えるより先に身体が動いた。逃げないとドアノブに手をかけた瞬間、
「乙くん、どうしたの?」
背後から星牙の穏やかな声。
「ああ主食の残骸だよ。乙くんは大丈夫逃げないで」
「お前もしかしてリコル捕食のフェンドなのか」
「うんそうだよ」
「だけど乙くんのことは絶対に食べない」
星牙の青い目がまっすぐこちらを見る。
「この生に誓う乙くんを生存させる。だから側にいて」
俺は深く息を吸って吐いて冷静になろうとする。
「……フェンドの存在隠してるのか」
「うん。僕はアイドルでリコルを喰う存在だからね、それと、乙くんに協力してほしい」
「協力ってなんだよ」
「乙くんが人間を完全に終わらせてリコルにする、それを僕が回収する」
冗談みたいに楽しげに笑う。
「どう?傑作でしょ」
「…人間がどうやってリコルになるんだよ」
「乙くんR4って知ってる?」
「人間に打つとね異生物に変異する。怪物化してリコルになる薬だよ。機密扱いだけど手に入れれるんだ」
「R4を使えば人間は抹消できる。だが代償があるんだ」
「R4で生まれたリコルは制御できない。暴走した異生物になる。だから――殺さないといけない」
「……俺も戦うってことか」
「うん、乙くんもそうなるし、死ぬ可能性は高いよ」
星牙は俺の目をじっと見て逸らさない。
「それでもやりたい?僕は止めない。むしろ歓迎するよ」
「……最初から利用するつもりだったのか」
「乙くんもでしょ?」
「だからいいんだよ利用したら。存分に、最大に、壮大に!!」
星牙は完全に高揚していた。その笑顔は嬉しさというより解放に近く、まるでこの瞬間をずっと待っていたみたいに。
俺は無意識に唇を舐めたが味はしない。なのに星牙の表情を見ているだけで、舌の奥がピリッと錯覚がした。
――ああ、そうか。
これが利用されて同時に利用する感覚。
「星牙、お互い共有しよう」
右手を差し出すと星牙は迷いなく跪き手を重ねる。
「乙くん永遠によろしくね」
それは祝福じゃない、リコルとフェンドの契約だ。




