146. 司の帰り
その日の夕方。鈴の父親、司は意外にも早く帰ってきた。ただ、相当無理に急いだのか、それとも神社本庁での話が思わしくなかったのか、かなり沈んだ様子だった。
十郎たちは司を労わりながら前回話したところと同じ、厨房の奥の部屋に司を通した。するといくらもしないうちに出てきた佳乃が心配そうにしていた諒一と涼葉を呼びに来た。
「悪いけど、諒一君と涼葉ちゃん一緒にきてもらえるかしら?あ、何かお願いしようとか無理な事を言ったりするわけじゃないのよ?」
諒一と涼葉を連れて行こうとして、それを心配そうな表情で見てくる友人たちに微笑みながら佳乃は言った。安心させるためだろうが、問題はもう一つあった。
「あの……」
言いにくそうに涼葉が声を出す。その手は鈴と繋がれている。
「ああ……。どうしましょうねぇ。鈴ちゃんは……話をまとめてから言った方がいいかしら?」
少し困った様子で佳乃が言うと、状況を察した篠部が明るく言った。
「じゃあ、鈴ちゃんはお姉ちゃんたちとここで待っていようか!すぅちゃんばっかりじゃなく、お姉ちゃんとも遊んでほしいなあ?」
鈴に気を使って、わざとそういう言い方をした篠部は、涼葉と諒一の手を握っている鈴に手を差し出した。鈴はその手を見た後、諒一と涼葉の顔を見て少し考えたあと、佳乃の顔を見て言った。
「……鈴もいきたい。おりこうにしてるから。だめ?」
少しだけ首をかしげて寂しそうに言う鈴に、佳乃の眉も下がる。ただ、司がどんな話を持って帰って来たのかもわからないし、佳乃の様子では何も問題ないというわけではなさそうだ。鈴にはあまり聞かせたくないような事もあるのかもしれない。
「鈴もおはなしをききたい。……鈴のことだから」
それを聞いて佳乃は……いや、諒一も涼葉もハッとした顔になった。友人たちもそれぞれ複雑そうな顔をしている。てっきり涼葉や諒一と離れたくないか、早く父親に会いたくて言っているものと思っていたが、鈴は鈴なりに自分の問題として受け止めていたのだ。
「……鈴ちゃん?楽しいお話じゃないわよ?お父さんだって急いで行き来して凄く疲れてるの。鈴ちゃんの相手はできないかもしれないわよ?」
屈んで、鈴の目を見ながら佳乃が言うと、諒一の手を握った手がぎゅっと力を込めたのが分かる。そして鈴は首を振った。
「ちがうの……。鈴のせいでおとうさんもお兄ちゃんたちも迷惑をかけたから。ちゃんとききたい」
しっかりと自分の考えを口にした鈴を見て、諒一は小さい子供だからと蚊帳の外に置くのは違う気がして来た。
「なら、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にお話を聞こうか?」
諒一がそう言うと鈴は真剣な顔をしたまま、しっかりと頷いた。
「諒一くん……。でもねぇ」
佳乃はそれでも迷っている。
「鈴ちゃんが言うように邪魔はしませんし、鈴ちゃんは強くて賢い子です。自分のした事とそれで起きた結果を鈴ちゃんなりにしっかり見つめてます。ここで遠ざけるほうが鈴ちゃんにとっては心にしこりが残るような……そんな気がするんです。でも……」
そこまで言うと、今度は鈴を見て諒一は言った。
「俺はそう思うし、鈴ちゃんもそうしたいだろうけど、司さんがダメだって言ったらさすがにダメだと思う。その時はお利口にしてこっちのお姉ちゃんたちと待ってられるかい?」
諒一は鈴側から見た目線でしか見えていない。司のほうからしたら、どうしても鈴に聞かせられない話があるかもしれない。そう思って、最終的な判断を司に委ねる。
「どうかな?」
鈴はどうしても話を聞きたそうな感じで、少し考えていたがゆっくりと頷いた。そして諒一と涼葉の手を引っ張って言った。
「いっしょにきいてくれる?」
すがるような目で見ながら聞いてくる鈴に、諒一も涼葉も微笑んで頷く。
「もちろんだよ」
「このままおててつないで聞きましょうね?」
諒一と涼葉がそう言うと、佳乃はそれをまぶしそうな目で見ながら少しだけ頷いた。
「わかったわ。じゃあ行きましょうか。みなさんごめんなさいね?ちょっと諒一君と涼葉ちゃんを借りていくわね?」
心配そうに見る友人たちに、佳乃は申し訳なさそうに言うと諒一たちを促して歩いて行った。
「あーあ。ふられちゃった」
手を差し出していた篠部が少し寂しそうに言った。
「諒一先輩と涼葉先輩には、ジブンらでは分からないつながりがあるみたいっす。元々鈴ちゃんは人前に全く出てこないくらい人見知りが激しかったっすから……」
舞香がそう言うと、場を沈黙が支配した。みんな諒一たちが歩いて行った方向を見ている。
「て言うか、あの子本当に十歳?見た目は確かにそうだけど……めっちゃ大人びてるよね?涼葉ちゃんとか諒一くんに甘えてる時は年相応だけど……」
いつまでも諒一たちが消えていった方向を見つめながら楓花が言った。
「俺があれくらいの時なんか、ただのおバカだったけどな……」
壮太がそう言うと、お前は今でも……と言いたげな視線が集まるが、本人は気付いていない。
「なんかさ……諒ちゃんもすぅちゃんもそうだけど、そうならざるを得なかったっていうのはあるんだろうね」
珍しくしんみりと篠部が言うと、そっと寄り添いながら大志が言った。
「何とかいい方向に進んでくれるといいんだけどな」
全員の意見を代弁するような大志の言葉は、重くなった部屋の空気にゆっくりと沈んで行った。
◆◆◆◆
「……鈴も来たのかい?」
部屋に入ってきた鈴の姿を見た時、司は少しだけ目を見張っていたがそれだけ言って追い返すようなことはしなかった。ただ、その両手をしっかりと握っている諒一と涼葉にはちゃんと礼を言って頭を下げた。
「あの鈴がこれほど他人に懐くなんてね。君たちには本当にどれだけ礼を言っても足りないくらいだよ。ほんとうにありがとう」
疲れた笑みを浮かべてそう言う司に、諒一も涼葉も首を振った。
「鈴ちゃんはとてもおりこうさんでしたよ。全然手がかからなくて物足りないくらいでしたよ。ね?鈴ちゃん」
涼葉がそう返事をして鈴を見ると、鈴はこわばったような笑みを浮かべてぎこちなく頷いた。この場所は客が利用できるスペースではなく、十郎たちの住居側の部屋だ。ただ、業者などと打ち合わせなどにも使用しているのか、部屋の中央に十人くらい使用できる大きなテーブルが鎮座している。
佳乃に席に着くよう促された諒一たちは、先に鈴を座らせた後にその両側の席についた。その間もずっと鈴は手を離さなかった。
「で、結局なんの話だったんだ?見た感じあまりいい話じゃなかったみてえだが……」
諒一たちがテーブルにつくのを待って、腕を組んだ十郎がそう言った。その言葉に自嘲するような笑みを浮かべた司は、口を開く。
「結果から言うとやられました。しっかりと手を回されてましたよ。入った早々叱責でしたから……」
言い回しは大人に対してのそれだったにもかかわらず、鈴の手に力がこもった。それに気づいた涼葉がそっと鈴の頭を抱きしめて小声で「だいじょぶですよ」と呟いている。
その光景に力のない笑みを見せながら司は順を追って話し始めた。




