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126.雄大な景色とドタバタ劇

 この部屋が一番奥のようで右側の壁の向こうはもう外のようだ。左手にはまたふすまがあり、正面に見える広縁には、そこでもくつろげるように椅子とテーブルが置いてある。

 何よりもその広縁から見える景色がすごかった。


 「ふわあぁ……」


 大きめの窓から見える景色には、人工物は全く見えない。眼下には清流が流れ、近くに滝でもあるのか微かに音が聞こえてくる。正面には雄大としか表現の言葉がでてこないような自然の景色が広がっている。


「この旅館は周りどこを見ても山と川と谷しかないっす。つまんなくってもうしわけないっす」


 広縁に置いてある椅子に腰かけながら、舞香はそう言って眉を下げているが諒一にはそう思えなかった。むしろ人の手の入っていない本当の大自然を温かい部屋の中から眺める事が出来るのだ。実はすごい贅沢な事なんじゃないかとすら思えていた。

 窓にかじりつくように外の景色を目を奪われていた諒一がふと隣を見ると、隣では我を忘れたようにその光景に見入っている涼葉がいる。


 自分と同じものを見て、同じように感動してくれる。価値観が同じ気がして、その事が妙にうれしく感じる。


「あ、あ……見てくださいりょういちくん!」


 涼葉は諒一が見ている事にも気づかず景色を眺めていたが、何かを見つけて興奮したのか、そう言って外を指さしながら諒一の肩を叩いてきた。


「いた!ちょ、涼葉……痛いって」


 よほど興奮しているのか、力加減も忘れたみたいに諒一の肩を叩く涼葉は、諒一の痛がる声も聞こえていないらしい。それに苦笑しながら涼葉が指す方向を見る。


「どれどれ、何があったの?」


 諒一も目を凝らすがなかなかそれらしき物は見つけられない。ようやく涼葉が諒一の様子に気付いたのか、諒一の視線を誘導するために後ろに回った。そして後ろから抱き着くような態勢で見つけたものを指差して教えようとしている。


「ほらほら、あそこです。見えませんか?あのおっきな木の下……」


「あ……」


 そこには犬っぽい動物の親子がいた。親らしき動物の周りを、何かを追いかけているのか、ちっちゃいほうの動物がちょろちょろと動いている。遠目には犬にも見えるけど、犬よりもふさふさとしたしっぽ……。


「ああ、あれはキツネっすね。結構深い山っすからね、色々いますよ?キツネにタヌキ、シカやクマ。あとは小動物も多いっすね。テンとかイタチもよく見かけるっす」


「え?クマ?」


 そのワードに諒一が思わず振り返ると、すっかりキツネの親子に見入ってしまっている涼葉の顔がすぐ近くにあって驚いた。そしてようやく自分たちの状況に考えが至って顔が熱くなってくる。後ろから諒一の顔の横でキツネがいる所を指差していた涼葉の手は、今は後ろから諒一の首に回されている。諒一の顔のすぐ横に涼葉の顔もあり、冷静になって見ればキツネに興奮した涼葉の呼吸が頬や首筋に当たっている。

 さらに涼葉に包まれるような状態のため、ずっといい匂いがしているし、なんなら背中に微かに柔らかい感触を感じる。


「キツネさん……かわいいです」


 それでも野生のキツネの親子を目の当たりにして目を輝かせる涼葉の邪魔をしたくはないし、どうしようかと顔を真っ赤にしながら焦っていると……。


 パシャ


「え?」


 ガラス越しに後ろを見ると、スマホを構える舞香。表情までははっきり見えないが絶対ニマニマしてる!


「あっ!」


 その声を皮切りに、はしゃいだ声を出していた涼葉の声がぴたりと止まり、まだ諒一の首に回されている涼葉の腕からは、微かな震えを感じる。


「あー、っと……」


 諒一がそおっと振り返ると、そこには顔を真っ赤にしてプルプルと震える涼葉の顔があった。


「ご……」


「ご?」


「ごめんなさいぃ!」


 飛び跳ねるようにして諒一から離れた涼葉が、泣きそうな顔をして謝ってきた。


 ◆◆◆◆


「くすん……」


 十畳の部屋に戻って、悄然とした様子で座る涼葉。


「ほ、ほら元気出して。きつね、かわいかったもん夢中になっても仕方ないって」


 備え付けのお茶を入れて渡しながら諒一はそう言ったが、涼葉はまだ気にしている様子だ。そこにおやつを取りに行った舞香が戻って来た。あわてて謝り倒す涼葉を一緒になだめて欲しかったのに、舞香はいい写真が撮れたと満足した顔で言うと、おやつ取ってくるっすー!などと言ってさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。


「あれ、涼葉先輩まだショック受けてるっすか?」


 などと軽い感じで言ってくるので、思わず恨みがましい目で見た諒一だったが、当の舞香はあっさりとしたものだった。


「や、涼葉先輩たち普段からあれくらいの距離感じゃないっすか。まあ、あそこまで露骨ではないっすけど……。今更そこまで恥ずかしがらなくっても」


 持ってきたケーキを切り分けながら、なんてこともなさそうに言う。


「そ、そこまでないです!」


 慌てて否定する涼葉を見て、ケラケラと笑いながらケーキの皿を差し出す。涼葉も舞香の冗談に本気で怒るような事は無いので、むしろ少し冷静になってきたようだ。


「ほんとすいません、苦しくなかったですか?それほど締め付けては無かったと思うんですけど……」


 それでも申し訳なさそうな顔で諒一にケーキの皿を回しながら謝ってくる。


「いやいや、全然!俺もキツネに集中してたしね!」(途中までは)


 途端にニヤニヤしだす舞香に、余計な事を言うなと視線で釘を指しながらそう言うと、涼葉もようやく落ち着いてきたようだ。ただ今度は少し落ち込んでいるように見える。


「そうですか。全然……。やっぱり、りょういちくんももっと質量がある方がお好みなんですかね?」


 などと、自分の胸部を押さえながら言うものだから、諒一は舞香が入れなおしてくれたお茶を思いっきりこぼしてしまった。


 「あっつー!」


 「す、涼葉さん!?」


 真っ赤な顔をして動揺する諒一と、入れたばかりのお茶を足にこぼされて飛び上がる舞香を見て、涼葉は自分が何を言ったのかにようやく思い至って再び真っ赤になる。もうてんやわんやである。


 ……旅行って開放的になるって聞くけど、見た目よりもずっと浮ついていたみたいです涼葉さん……。



 結局そこから復活するのに、またしばらくの時間を要する事に。旅館すわのでの初日はこうして暮れていった。



 

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