和洋折衷 その5
一
オオクニは立ち上がる。
すでに、体は切り傷だらけである。
今までに体験してきた痛みとは、全くと言っていいほど比べ物にならないのだ。
だが、いつだって痛みが彼を強くしてきた。対して荷風は、苦しみで過去を乗り越えた男である。
荷風、千町、そして寛二郎の3人は捨て子であった。それぞれ違う親が、同じ場所に彼らを置き去りにした。全員、三歳にして捨てられた。
その時、まだ若き日の不動とスサノオの二人が、幼き彼らを拾い育てた。
だが二年後、二人は対立し、スサノオがその場を去った事で、三人が成長するまで、不動は一人で彼らを育て上げたのだ。
そのことあってか、三人の記憶にはあまりスサノオの記憶は無い。ただ、うっすらと覚えているだろう。不動とスサノオ、二人の大喧嘩を。
オオクニの空気を押し出す力の乗った蹴りはやはり強力であった。荷風はそれをよけずにはいられない。もし、それがぶち当たりでもすれば骨は軽く折れてしまう。浮遊している足場を器用に渡り、オオクニに接近していく。
オオクニも負けじと足場を破壊していく。そしてついに一発が荷風の胸に直撃する。まさに飛んだ鳥の落ちるように、荷風は地面に倒れた。
「痛いか?荷風」
「『痛い』で済まされると思うかよ...」と立ち上がりながら言う。
ここで、荷風は気づく。
躁命魂「断腸亭日乗」の能力が切れていることを。
既に察知したオオクニは、また彼が躁命魂を発動される前に走り出していた。彼の空気を圧縮する力を使い、足で空気を押し出して移動する。
荷風はオオクニの攻撃を防ぐしか方法が無くなる。
(俺はここでやらんとならないんだ...)荷風は心の内で思う。
「貴様が今思っていることは、躁命魂の再発動だろう?だがそれは必ずさせん!」
オオクニは、今空中にいる。
そのまま、拳の先を荷風に向ける。
「『粗崩露呑』!!」
その技は、荷風の心諸共、地面を砕いていく。
まるで、見えない岩石の雨の様であった。
だがまだ、荷風の心はかろうじて持ち堪えられる。
「腹が立つぜ...オオクニ!俺をここまで追い詰めたんだからな...」
荷風はひとしきりの攻撃の隙を見計らい、特殊な構えを取る。それはあの構え。
(躁命魂が来る!)と、オオクニは瞬時に感じ取る。
「させるものか!」躁命魂を発動させられる前に、屠る。オオクニは次の技を繰り出す体制に入る。
一方、既に荷風の口は動いていた。
「躁命魂...!」
「『喝鈍』!」
拳を振り下ろす。
二人の世界がどれだけ速いか。
その速さを競い合う。
オオクニの能力で相手を食い止めるのが先か。
荷風の躁命魂が発動するのが先か。
進みゆく時の中、どこかの建物の残骸が、どこからともなく現れオオクニの技を遮った。
二人の世界の徒競走は、荷風が一着となった。
瞬間、地面がまた浮き出す。
先程まで地面に転がっていた瓦礫も浮き始める。
「はは...最高だなぁ!オオクニ!」
十字に交差された刀は、また大きな太刀へと姿を変える。
「『断腸亭日乗』...!!!」
瓦礫は、次々にオオクニへ飛んでいく。
横殴りの石造りの雨は、オオクニの肉体を蝕んでいく。
「貴様...!」
「そろそろカタを付けようぜ、飽きてきたって訳でもねえが、決着が着いてこその戦いさ」
「ならば覚悟しろ...全て粉々にしてくれる!」
降り注ぐ瓦礫の中、二人は構えを取る。
走る。二人は互いに向かって走り出していく。その姿は、流れ星が対を成して流れるよう。
瓦礫は気付かぬ間に破壊される。
互いが、互いの間合いに入った時、オオクニよりも先に刀が振られる。
負けず、劣らず、遅れを取らず、オオクニも拳を突き出す。
ふたつの刃が、オオクニの拳を切り裂く。
(勝った!)荷風は思った。だがそれが命取りであった。
自分の命を死に晒す脅威は左の拳だけでは無い。その光に溢れた懐に隠れた、右の拳が、真の脅威はであった!
「『回旋呑』!」
一発目。捻れる打撃が、空気を押し出し、荷風脇腹に効いてくる。そしてまずの吐血。
「『鐵火鈍』...!」
二発目。左手の拳は、そのまま刀を拳に食い込ませたまま、家風の顔面に燃ゆる打撃を、大砲のように喰らわす。頭蓋骨の損傷。
「『獲尾天鈍』!!」
三発目。再度右の拳が、荷風の顎に直撃する。殴られた勢いで荷風は空高く吹っ飛んでいく。
「『幾羅鈍』!!!」
四発目。荷風が最高高度に到達する迄よりも早く、そして荷風が横目に視認するよりも断然早く、右脚で蹴りを入れ、またも同じ脇腹に衝撃が加わった瞬間、数多の空気の打撃が、後からやってくる。蹴られた方向にまたも吹っ飛び、山に激突する。
「これで終いだ、荷風...お前の様な、剣士を、俺は忘れはしない」
これで最後の構え。目いっぱいに右の拳に力を込める。
「『鬼火焼特閃武打鈍』!!!!」
五発目が放たれる。数里離れた場所から、拳を突き出す。その空気を押し出した衝撃波は、火を纏い、柱の様に真っ直ぐと解き放たれていく。その衝撃波が山に当たった時、山は焼けながら、燃えながら崩れ去って行った。
同時に荷風の影も見えた。そして山と共に逝った。
二
二人の剣士の世界は崩壊しつつある。互いの神経は最上級に尖っている。
「スサノオ...あの時、お前はこう言ったな、『間違っている』と...今でもそう思うか?」
「ああ」頬に着いた血を拭いながら返答する。
「今でも後悔しているんだ...」
彼の燃え盛る刀の炎が少し揺らぐ。
その揺らぎと言葉は、スサノオをあの頃に想起させる。
かつて、スサノオと不動は同じ道場の門下生であった。二人は、共に国の為に、どれだけ貢献して散れるか、毎日それだけを信念に、糧に生きてきた。
だがある日、不動はある事件を見てしまう。
国の公務員が、罪のない市民を銃殺している場面であった。
重なり、道場の借金を取り立てに、国の調査員が調査に押し入り、強引な方法で金銭を略奪。暴行を受け師匠は対抗せず死亡。道場は潰れてしまった。
「おい…スサノオ!お前何故だ!何故貴様がその場にいてこの道場を守ってやれない!」
スサノオは、この言葉に何も言い返すことができなかった。何か奴らに弱みを握られていたわけでもない。ただ、なぜか体が動かなかった。それは、「何もするな」という師匠の言葉があったからであった。
不動は、その場を去った。道なりに彷徨っているうちに、「国を滅ぼさなければ」という心に支配された。その日、フラワーバースの元楽という街が、崩壊した。その街の残骸には、無数の棘のようなものが刺さっていたという。
かつての友は、今日の敵となってしまった。スサノオは、あの日のことを悔いている。だがもう戻らない。
「不動…お前あの後、誰に教えを乞うたんだ?」
「教えを乞う?ふざけるな。俺はもう誰にも頼らん。そして信じない」
「お前のその燃える刀、お前はもう人ではないんだな」
「俺が…人じゃないって?俺はこんなにも魂の解放を楽しんでいるのにか!」
「…その力を使うのに、どれだけの改造を施した?お前の弟子にも…」
「弟子じゃない、あいつらは勝手についてきている金魚の糞だ」
「変わったな」
「お互い様だッ!」刀の炎がいっそう勢いを増す。
呼応するように、スサノオの刀に変化が起こる。蛇腹の模様が入った刀が、その目に沿ってほどけていく。それは鋭い鎖のようにゆらゆらとしている。その一部分一部分は、小さな糸のようなもので繋がっている。
炎が斬撃となって飛んでくる。スサノオがその鎖のような刀を振ると、炎はたちまち消え去る。
「こんなものじゃないだろう!?スサノオォォォ!」不動は刀をもう一度胸にしまう。
「躁命魂!『如是我聞』!」
不動の体から、棘のような、円錐で鋭い物が顕現される。そしてそれが四方八方、全ての場所に死角なしに飛んでいく。
「不動お前...いつの間に躁命魂を!」
「修行を積んできたのはなにもお前だけじゃないんだスサノオ!」
不動が手を前に出すと、手のひらから鋭いものが生えてくる。そしてそれは、スサノオ目掛けて猛スピードで飛んでいく。
刀を元の状態に戻したスサノオが、その棘を真っ二つに切り捨てる。
「俺の躁命魂の能力を教えてやろうか?単純さ、俺の身体やその半径10mの範囲に、『棘』を顕現させる能力だ」
「ぬるいな」
「ほう?なら試してみようか!」
不動はもう一度燃えて飛ぶ斬撃を繰り出す。
スサノオはまた、それを切り裂いた。と同時に、体に無数の小さな棘が刺さる。
それに気を取られたスサノオは、近ずいて来ていた不動に腹に蹴りを入れられる。
「効いただろう?今の斬撃は...俺は今の飛ぶ斬撃をこう名ずけた...陰火とな」
三
第二幕。二人の世界の中で、凄まじい勢いで刀が振るわれる。
スサノオの刀のしなやかさは不動を翻弄して攻撃する。若干、不動を押しつつある。
後ろから不意に飛んできた棘を、ノールックで素早く刀のモードにして防ぐ。そしてその間不動には脚だけで攻防をする。
今度は下からの棘を間一髪で避ける。だがそのせいで視線が不動から外れてしまう。
その隙に、姿をくらました。だがお見通しである。刀は、その方向を示す。不動の隠れた、壁の方向を。
不動は壁の裏に隠れて一呼吸置く。だがその僅かな時間も見逃さず、スサノオの刀がコンクリートの造りの壁を貫通してくる。
「何っ!厚さ15センチメートルはある壁だぞ!」
そのまま刀が横に向き、不動の方へ迫ってくる。ギリギリで避ける。その壁をちらりと見ると、それは切れて上部は滑り落ちて行っていた。
「スサノオ...その刀の切れ味...妖刀、もしくは機械獣か?」
「いや、自作だ。名を、大蛇。閃天石と言う石を使っている」
スサノオの刀、大蛇は、彼自身が言っている通り、郷衛神団に入団してから数ヶ月後に自作した刀である。
閃天石は、富士の山の頂上で、日の出の時のみ取れる貴重な石で、人間の魂に反応して転がっていくと言う特殊な性質を持つ。一度、石に自分の魂の色や形、そして炎に触れさせれば、永続的に石は当人の物になり、何処へでも勝手に着いてくる用になる。
追従する人間以外の者の居場所を示してくれる。魂との刷り込みまで行っているスサノオは、石が自ら動いて攻撃してくれる。つまり、スサノオの持つ刀は、「殺意を持った刀」である。
スサノオは、「スサノオ自身で行う攻撃」と、「石がする攻撃」を使い分けて戦っている。そのため、攻撃を予測するのは困難である。
「なかなかおもしろい戦い方だなスサノオ...だが俺には通じんぞっ!」
戦いが激化していく。木々は、もう度重なる斬撃により伐採されてしまっている。世界は、もう終わりを迎えようとしている。
「なぁ...スサノオ」
「なんだ...!」
「随分と早く感じたな...ここまで」
返事はしない。
「なぁスサノオ...昔やったよな、居合勝負」
「やったな...」
「最後にこれで決着を付けようぜ?どうだいい提案だろう」
「悪くない」
そういうとスサノオは刀を鞘にしまい。腰を深くしてどっしりと構える。
「居合技は持ってるだろ?」
「早くしろ不動」
不動は少し笑った。スサノオと似て非なる構えを取って、刀の柄をしっかりと強く握る。
「『響』」スサノオの世界。
「『群堂韛』」不動の世界。
居合で広がる2人の世界が、最後にぶつかり合う。ただはそれは驚く程に静かで、儚い。
スサノオの口から、血がぽたぽたと流れる。腹には、無数の棘と共に付いた横一文字の切り裂かれた傷がついている。血が、流るる。
不動の視界が、がくんと下がる。頭のてっぺんが前を向いて上体が前に傾く。そのまま、上半身が下半身からきり離れて地面に落ちる。両腕は無惨に地面に寝転がっている。
あの頃、共に高め合い、ひとつ屋根の下、同じ道場で、同じ師を持つふたりの世界は、この長い時の中で、すっかり差がついてしまっていたのだ。
スサノオの世界の方が、彼の何倍も大きかったのだ。
スサノオは懐かしく思った。
青空、夕暮れ、風の音。彼の魂はあの頃に戻り、もう一度、不動と話したいと思った。




