第6話:月姫
列車のハイジャック犯のリーダーが、姉さんによる常識外れな一連の技で苦しめた末、ついに武器を捨てて投降した。
少し離れた場所で女性護衛と応戦していた残りの二人の仲間も、リーダーの投降を受けて武器を捨てた。
そして、この事件の最大の功労者である姉は、すぐに私の元へと戻ってきて、腰ポーチから包帯を取り出した後、私の右手を持ち上げた。
「待ってて、シェリア、すぐ手当てするから、じっとしていてね」
「うん、ありがと。お姉ちゃん、助けに来てくれて」
「もう、本当に心配したんだから。なんであんな強盗たちと戦ったの?」
「あぁ…流れっていうか、放っておけないというか…ごめん」
「もう、こんな無茶して。大した怪我じゃなくて、よかったよ」
「うん…ごめんね、お姉ちゃん。心配かけて。」
私が素直に謝罪しても、姉はまだ釈然としない様子だった。右手の傷口の処置を終えたばかりの姉は、一筋縄ではいかない笑顔を私に向け、問いかけた。
「そういえば、シェリア、左手に持ってるその得物はどこから出てきたの?」
あぁ…
「えと…前の強盗さんから、…もらった」
「もらった、ではなく、奪ったよね、あなた、素手で強盗とやり合ったよね」
「…はい、すみません」
「あなたと言う子は…でも、強がりではないよね?シェリア」
「…うん、小さな女の子が…」
「そうか…我慢できなくなったよね」
「うん」
「いいのよ、シェリア、ちょっと無謀と言いたいだけと、さすが私の妹よ」
「…うん、ありがと」
私たちが互いに話し込んでいる内、向こうにいた女性の護衛もこちらに歩み寄り、話しかけてきた。
「助けていただき、感謝します。私はラスタと申します。今、ある方の護衛を務めておりますが、お二方は?」
「ヴァレリアです。こちらは妹のシェリアです。学園ルシズに進学するため、ここにいます」
姉さんの紹介で、私もまた、ラスタと名乗ったその護衛に対し、小さく顎を引いた。
「わかりました、早速ですが、この二人の拘束を手伝っていただけますか?」
「それでしたら、これらを使ってください」
姉さんは更に腰ポーチから二つの手錠を取り出した。
取り出した二つの手錠を前に、ラスタはとうとう疑問を抑えきれなかった。
「こんなものを常に携帯しているのですか…?」
ラスタの疑問に対して、お姉ちゃんは微笑みながら言いました
「え、防身用です、世が物騒ですので」
「そうですか…」
姉はそう言っていたが、世の中に彼女と同じくらい手錠を防犯具として好んで持ち歩く人間はいないだろうと思う。
私はずっと前から、姉の腰ポーチには常に三つの手錠が用意されているのを知っていた。今回のこの場面は偶然だったが、この数は姉の深慮遠考の結果なのだ。
[いい?シェリア、この数以上の敵がいたら、反抗より逃げる方を考えるべきよ]と、以前、姉さんに教わった。
残る二人にも手錠をかけ終え、ラスタは貴賓室の前に立った。
「アリス様、安全が確認できました。もう出てきていただいて大丈夫です」
「ご苦労様」
ラスタの呼びかけに答えたのは、貴賓室の中から聞こえてきた澄んだ女性の声だった。ラスタがドアを開けると、中から紫と白のドレスを着た姫君のような方が出てきた。
いや、違う。よく見れば、その方は本当に私たちアインタル王国の姫君でした。
「はじめまして。既にご存知かもしれませんが、私はアインタル国の第一王女である、アリス・アインタルです、以降、お見知りおきください」
月光を浴びたような白銀の髪に、ベゴニアの飾りが一つ。梳かしただけの髪は風もないのに揺れるようで、夢のように深い紫色の瞳には輝きが満ちていた。紫と白のグラデーションドレスを纏い、童話から出てきた妖精さながらのその姿ゆえ、彼女は王国の民から【月姫】と称されることが多い。
(すごく綺麗な人…)
私はこの月姫の美しさに完全に魅了され、我に返るまでしばらく時間がかかってしまった。自分の無礼さに気づき、慌てて挽回しようとした。
「あ…失礼いたしました、王女殿下、お目にいただき、光栄に存じます」
慌てて腰を折ろうとした瞬間、王女殿下が手でそれを制された。
「礼はいいです、それにあなた達のことは存じています、エイル家のシェリアさん、そしてヴァレリアさん」
(うん?)
少し違和感を感じたが、私は続きの言葉を選ぶ。
「王女様に名を存じて頂き、光栄に存じます」
「そんなに堅苦しくしなくてもいいですよ、シェリアさん、私はこう見えても、あなたと同じ歳ですよ、それに助けた恩もあり、私のことはアリスと呼んで構いませんよ」
「…では、お言葉に甘えで、アリス様と呼んでいいでしょうか?」
「ふふ、それで構いませんよ」
アリス姫は周囲を見回しながら再び話した。
「三人ですか…きっと、大変な戦いだったのでしょうね。皆様はご無事でしたか?」
「私だけ少し怪我をしましたが、既に手当て済みです。アリス様の護衛はとても強い方でしたので、私たちは少々、余計な事をしてしまったかもしれません。お連れは一人のようですか、アリス様の侍女でしょうか?」
「いえ、アルレッド卿は私の個人的な野望のために付き添っただけです」
アルレッド…
私が名前に疑問を持っていることを見抜いたのか、ラスタは再び前に出て自分の名を名乗り直した。
「先ほどは失礼致しました。改めて自己紹介させていただきます、王国騎士団に所属する、副団長のラスタ・アルレッドと申します。この度は、アリス様の付き添いと護衛を務めさせていただいております」
「騎士団副団長?どうりで、あんなに強いわけですね」
「そんなことはありません。皆さんのおかげで、このような形で早く終わらせることができたのです。」
彼女の言い分が自分を気遣ってのものだと分かってはいたが、自分だけが怪我をしたというのは、やはり少し残念に思われた。
「では、この者達はアリス様目当てですか?なぜ彼らはアリス様の居場所がわかるんでしょうか」
「それについて私は考えがありますので、強盗たちのリーダーは誰でしょうか?私が彼と話し合ってみましょう。」
「この人のようですが…」
私は、姉に手錠で奇妙な姿勢で地面に縛り付けられた強盗のリーダーを指差した…この状況で『手錠』と言うの少し変でしょうか…
私の指差す方向に視線を移してきたアリス姫は、やはり地面に平伏す男の姿勢に疑問を抱いているようだった。
「これは随分ど…ユニークなかけ方ですね、どうしてこのような形でかけるんですか?」
アリス姫の問いに、姉さんが当たり前のように答えた
「私の可愛い妹を刺し傷つけた張本人です。ですから、相応の教訓を与えました」
「そうなのですが…」
「…くそ」
自業自得だとは言え、この無様な姿を見ていると、少しこの男が不憫に思えてきた…
「ごきげんよう、強盗さん。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「俺が答えるとでも思ったのか?」
「このまま強盗さんとお呼びし続けるのは、お辛いと思いませんか?」
「…」
私がアリス姫と強盗の問答を見守っている間、姉さんがそっと私のそばに来て、耳元で囁き始めた。
「綺麗な人ですよね」
「お姉ちゃん…それは、まぁ」
「さっき見惚れたでしょう、シェリアはそういうのが好みかしら」
「やめてよ、そんな人に…大体、私なんかと釣り合えるわけないじゃない」
「ふふん、釣り合えたらいいのか」
「そういう意味じゃないでしょう!」
私は姉さんのそばから少し離れ、再びアリス姫の方へ注意を戻した。
「ありがとう、早速ですが、私の問いに幾つ答えていただけませんか」
「その気になったからだなぁ」
「では、あなたはこのままの姿勢でいるつもりかしら?」
「…」
「私の問いに答える気がないのなら、このまま這いずりながらアークライトの牢に行くことになりますが、それで構いませんかしら?」
「…」
(え?この姫、急にえぐいことを言ってなかった?)
「貴方が本気でそうしたいというのなら、私に止める術はありません。ですが、この状態でどうやって移動するのか、私も少し興味がありますね」
「…」
「おしゃべる気になった?」
「…くそ、何を聞きたい?」
「ありがとう。ではまず、あなた達は依頼主が誰だか、おわかりですか?」
「知らん。前払いを受け取っただけだ」
「では次に、あなた達は何人で仕掛けて来たんですか?」
「八人だ、列車に乗り込んだのは五人だけで、残り三人は警備と交戦中だ」
それを聞いた瞬間、私はすぐ反応した。
「人数が合いません!私がここまで来て見たのは四人しかいません!」
アリス姫は私の言葉を聞いて、重ねて問い詰めた。
「彼女の言った通りなら、その残った人はどちらですか?」
「車頭の方だ」
「あの人はどうして別行動を?」
「あいつは依頼主側の人だ、依頼者が知りたいなら、あいつに聞け」
「そうさせてもらうわ。最後に、もし私を攫ったら、どうするつもりなの?」
「あんたを別の都市に拉致するつもりだ」
「アークライトから?まだ警備とやり合うつもりなの?」
「いや、もうすぐ到達する山脈地方に馬車が待っている。車頭にいるやつはそこまで案内する。列車なんぞ停車させればいい」
(計画は、なかなか周到ですね…)
「なるほど…ありがとう。もう結構です」
「言ったこと、忘れるなよ。このざまのままじゃ、ただじゃ済まねぇ!」
「はい、ご安心ください」
どうやらこの体勢は、本当にずっと彼のプライドを傷つけてるみたい…
尋問を終えたアリス姫は、私達の元へ来た。
「皆様、少しいいかしら、大事な話があります」
(大事な…)
私はアリス姫の突然の話に気を留めつつ、次の話を待った。
「このままでは、列車が止まるどころか、最悪の場合、爆発してしまいます」
……
「え?」
いま、何言った?




