第5話:演舞
やる以上、やられる覚悟が必要ですよと誰がさんによく聞いていましたが、やはり自分はまだまだ未熟者だ、としか認めざる得ない。
「ちぇ、止められたか」
(相手が本気でかかってきてるわけじゃないって、もっと早く気づくべきだった。今回は運が良かったとしか言いようがない)
相手の匕首は、私の喉元を狙って突き刺さってきた。あの力比べの状況では、もう避けることは不可能で、致命傷を避けるのが唯一の選択肢だった。
あの瞬間は、精一杯腕を捻って刃物を受け止めるしかなかった。今こうして立っていられるのは、運良く間一髪間に合ったとしか言いようがない。
数歩後ろに下がった私に向かって、男は再び口を開いた。
「その傷じゃ、次はもう防げないだろ。」
この男が言った通りだ。あの一撃を防いだ代償は大きい。利き腕の手首を深く刺されてしまった。もう先ほどのように全力で攻撃することはできない。
「武器を捨てて立ち去れ。そうすれば見逃してやる。」
あらら
「もう私には興味ないのか?でも、お前がそこまで時間を大事にするなら、もう少し付き合ってもらうとしよう」
(どうやら私、本当に負けず嫌いみたいね。このまますごすごと帰るのは癪だし、もう少し時間を稼いで、この人たちを困らせる時間をもらおうかしら。)
右手の武器を左手に持ち替え、刀を斜めに構える。さらに右手で刀の峰を支えるように押し当て、防御の構えを取った。
私の防御姿勢を見て、彼も観念したのかしら。もう言葉は交わさず、そのまま真っ直ぐ近づいてきた。
(まあ、これくらいの小細工は簡単に見破るだろう。)
武器が一本だけなら悪くない構えだが、男は二本持っている。防御だけ考えていてもどうにもならない、更なる負傷を覚悟するしかない。
(ごめんね、お姉ちゃん。また心配かけちゃうね。)
私が心構えを新たにし、迫りくる死闘に臨もうとした瞬間、背後から一陣の風が吹き付けてきた。
「え?」
一瞬で人影が横をすり抜けていった。風はそのせいた、あれは?
「くっ!」
突如現れた人影の攻撃に、男は反応できず、顔面にまともな蹴りが入った。
そして、聞こえた
「私の可愛い妹に!」
「何しやがっているんだ!」
お姉ちゃんの声…
この突然の事態は、さらに前方の戦闘中だった3人の注意も引き、同じ時に全ての人の視線がこの新参者に集まった。
「お姉ちゃん?」
突然目の前に現れ、自分より遥かに大きな男を一撃で蹴り倒したその人は、私と同じ腰まで届く輝くような金髪と、同じサファイアのような青い目をしており、何より私と最も深い血縁関係にある人――双子の姉・ヴァレリアでした。
「え?なんで後ろから?」
疑問でその場に立ち尽くし、身動きが取れなくなっている私を全く気にも留めず、姉は素早く近寄ってくると、私に質問を浴びせ始めた(あるいは、質問攻めにした)。
「やっと見つけたよ、シェリア。今まで何してたの、心配かけないでよ」
「あぁ、ごめん、お姉ちゃん、心配されちゃった」
「……」
まだ何か質問が飛んでくるかと思ったが、姉はただ静かに私の右手を見つめていた。
あ…それは
「くそっ、もうすぐ終わるって時にまた一人来た!」
さすがは戦いで飯を食っている者と言うべきか、男は顔面に一撃を食らった後も、しぶとく立ち上がった。
「ん?双子か? まあ、武器を持ってないなら、ただ子供が一人増えただけだがな。」
私たちの容姿を見て、男の判断は確かに素早かった。だが、姉の場合は少し例外と言うべきか。
「あの、お姉ちゃん、せめてこれを」
「いいの、シェリア、下がっていて」
「…わかった、お気をつけて」
少し不安は残るが、お姉ちゃんの判断を信じよう
「あぁ?何の真似だ?芸でもするのか?」
男は近づく足を止めた。彼の経験からすれば、明らかに魔力持ちであるにもかかわらず、武器を持たない姉さんが何をしたいのか、理解に苦しんでいるようだ
「シェリアのあの傷、あなたなのね」
「そうだとして、何だって言うんだ?俺にも同じようにやってみるか?だが、お前には俺の手に持ってるコレはねえだろ?跪いて、俺からくれてやろうか?」
「結構よ、血まみれになるのは、この子の目の毒ね」
「はは、いいね、後で妹さんの顔が楽しみだ!」
「それはお互い様ね、さあ、死にはしないから、かかってこいよ」
「はは、行くぞ!」
いつからだろう、「人は見かけによらぬもの」という言葉が、ほぼ魔力保持者たちを評する際に使われるようになったのは。双子として生まれた私たちにとって、この言葉のおかげで利益を得た私とは対照的に、姉の方はむしろ、不必要な警戒を招いてしまっていた。けれど私は、姉こそがこの言葉を体現している存在だと、とうに知っていたのだ。
男が右手に持った長刃で斬りかかってくるのを前にして、姉さんはもちろん、空手で白刃取りような真似はしなかった。素手の状態で戦う私と同じように、私たち双子は皆、切っ先を避ける方法で対処する。
外見だけで判断すれば15歳の私たちに対して、相手の初手は決して手加減のある戦術ではない。世間一般の「魔力保持者に警戒せよ」という常識は、この攻防の初手において、私に姉さんのことがとても心配になった。
男人の最初の一撃は、やはり彼自身の自尊心によって誘導されたものだった。魔力保持者に対しては回りくどい戦術を取らざるを得ないという常識と、目の前にいる姉が武器を携行していない魔力保持者であるという点が、男に何の躊躇も抱かせなかったのだ。
姉さんが刃をうまく外側に回避し、男の右手首を掴んだあの瞬間、私はもうすぐ「芸」が始まることを予感していた。
同じ「掴む」動作でも、手の使い方が違うだけで、結果は異なる、姉さんが掴んだ方法は、上から相手の手首を覆い被せるようにするのではなく、相手の手首の下に手を入れ、掬い上げるような形で掴むものでした、そして、相手の背後に回り込みざま、その腕を内側に捻り上げた。
「うん?!」
どうやら男性は、本当に初めてこのような状況に遭遇したようだ。右腕の肘はすでに肩よりも高い位置まで上げられ、この姿勢では体の重心が後方に偏りがちになる。足でバランスを取らなければ、今にも後ろに倒れてしまいそうな状態だ。
混乱しながらも、姉が自分の右後ろにいることだけは男も理解していた。だからこそ、次に繋ぐ動きも単純明快だ。
男は体を右回りに回転させながら、左手の匕首を右側へ突き出した。しかし、姉が男の回転に合わせて左へ移動したことによって、男自身の体が壁となり、匕首は届くはずがなかった。
これでは届かないと悟った男は左手を左に回り戻し、更に深く背に刺す。そこが姉さんを思惑ところを知らずままに、背中に出した左手を待ちかまえた姉さんがすぐに掴み、上にねじ曲げた。
両手全部掴まれた男に悠長を与えず、姉さんはこのまま男を掴みながらやや後ろ広い場所に移動始めた。
「はいはい、こちらにどうぞ」
「くそ!てめえ!」
体のバランスが取れない男には、このまま状況を転がるがよほどの屈辱のようだったが、姉さん次の動きはすぐ来ました。
バランスが崩しかけた男の体を、力を加え一気に右に曲げた。男はすぐさま転がり、床に倒れる。姉さんは倒れた男を跨いで右手を離し、すぐに左足で右肩を踏みつけて、持ち上がれないように抑え込んだ。
「おい、お前、いい加減にしろ」
依然として姉さんに左手を掴まれ、両足で腰を跨がれてうつ伏せにされている男は、心境の変化からか、姉さんに話しかけた。
「あら、懺悔する気になったかしら」
「ふざけんな!まだ負ける気がねぇ!」
「よく言ったが、自分の様子を見たらどうかしら?」
「見ていろ、地面を這いずり回ってでも、お前たち二人を始末してやる。」
見る限り、男は本当にプライドが高いようだ。あれだけの攻防戦を経ても、手にした武器は手放されていない。だが、彼の口から出たその言葉は、何というか…
「あら、ではお言葉に甘えて見せてもらうよ。そんな芸を」
男の言葉に好奇心を刺激された姉さんは、素早く身につけていた腰ポーチから金属光沢のある物品を取り出した。
「うん?」
その物が、姉がまだ掴んでいる男の左手に当たる瞬間、澄んだ音が響いた
カチャッ
その音声を耳にした瞬間、男はついに限界を迎えたかのように、大声で叫び声を上げた。
「いつまで続くんだよ!ふざけんな、何でそんなもん持ってんだ!」
姉さんは魔力持ち特有のスタイルを重点的に訓練している私とは違い、ずっと格闘術、特に各種のロック技や梃子の原理を応用した技術に夢中になっていた。その理由は……ここでは伏せておく。
だが、格闘技術を極めたとしても、体型や性別といった不利な要素は避けられない。しかし、姉はそこで立ち止まるような人間ではない。証拠が、今まさに男の手にかけられているあの金属製品――手錠だ。
終わりを悟った男は、まだ刀を握っている自分の右手を、できるだけ既に手錠がかけられた左手から離そうとしていた。だが、その動作から目を逸らさなかった姉さんが右手で掴んだのは、男の右足だった。
「はぁ?」
カチャッ
まだ反応できていない男を無視し、姉はもう全てのことを終えたかのように、そのまま拘束していた男から離れた。
「…おい、何しやがった?」
「地面を這いずり回ってでも、私たちを始末するでしょう?やってみたら?」
姉さんの言葉を聞いた男は、試しに動こうとしたが、すぐに異変に気づく。歩くどころか、立つことすらできなくなっていた。
「っ!この!」
視界に映るのは、次々と奇妙な体勢で崩れ落ちる男の姿だった。
「こんなもの!」
対角の手足(右手と左足、またはその逆)を背後で拘束するこの姿勢は、人体本来の平衡感覚を完全に破壊していた。
「はぁ—っ!」
まるで、対角の二本の脚をもぎ取った非対称の四角いテーブルのように、バランスは木端微塵どころか、灰すら残らないほどに破壊されていた。
「ヒュッ、ヒュッ、!」
諦めきれず、最後に右手の刀を数回素振りしたが、しかし…
「チッ!ハァー、ハァー」
這うことすら、唯一自由な武器を持った右手の補助があって初めて可能となるこの体勢で、男はようやく諦め、ついに手に握っていた二つの武器を手放した。
「くそ…降参だ」




