第3話:屁理屈から編み出したもの
その沈黙の場で、わたしは何が起こったのか全力で理解しようとしていた。その時、他に気づいたことがあった。いつの間にか視線が高くなったことだ。どうやら、いつの間にか立ち上がってしまっていた自分自身にすら、気づいていなかったようだ……
(どうしよう…何か言うべきかな?)
「はぁ?なんだ、小娘。ヒーロー気取りか?」
……
「大声出して、みんなの敬意をぶっ飛ばしちまったじゃねぇか!」
……
「よくあるよなぁ、空気読めねぇ、自己中の、場をぶち壊す最低な野郎ってやつが!」
……ピキッ
「てめえ、友達いねぇだろ」
(はぁ、だめだ、こいつまだ訳がわからないことを言っている)
「やはりそうよなぁ、席の周り誰もいねぇし、まさか家出か?さすがぼっちだなぁ」
(はは、そんなに根が歪んでいるとしたら)
「よかったよ、ぼっち。俺と出会えてしまったなぁ」
(もう、ぶっ壊すしかないよね)
「これからてめえにもわからせてやるぜ」
「みんなと通じ合うもの」
「そう、恐怖の共感をな」
「できないでしょ、そんなの」
「あぁ?」
「だってあなたは全然感じていないでしょ、恐怖と言うものを」
「…」
「その偉大そうな口調に加え、手に持った玩具が、まるで教師の定規を持ち歩いて自慢する子供のようだね。」
「…」
「あら、もしかしてあなた、教師に志願することがあったとか、無理でしょ、なれる気が全然しないわ」
「…」
「そうよ、こんな上目線て自己中心的な人、全然そばに置きたいと思わないよね」
「…はぁ?」
「やはりね、ポイっと餌を貰って、ご主人様待ちの君には、自分の価値なんて測れない相談よね」
「出鱈目なこと…」
「まだわからないのか、君は何度ヘマをした? 仲間外れのぼ・っ・ち・さん」
「…はは」
生まれてから一度たりとも使ったことのない粗語を言ってみた。効果は……高そうだ。男は話すことすら煩わしいとでも思ったのか、今すぐにも飛びかかろうとしているように見えた。
(まぁ、これでよかった、得物を持った相手には、思案させるより感情的に攻撃させた方が、対処しやすい。)
「ははは、本当に教育が足りないガキね、もう直々に教えるしかねぇじゃねぇか、死への、力への敬意をなぁ!」
(この人は、ほんと、また出鱈目のことを…)
「あなたこそ、敬意を臆病に勘違いしているではないか」
「はぁ?」
「あなたが言ったよね、列車が地獄行きで、私たちがもう終わりで」
「それがどうしたんだ?」
「あなたの名が聞いていない、どなた様でも構わない、例え神は今日に全てを滅ぼそうとしても、明日へ生きられるものはきっと明日に生きろと決めたものだからだ」
「何を言いたいのだ。てめえ」
「恐怖に怯えて今日で死を受け入れたあなたには、明日の光が見えないということさ!」
決め台詞みたいなこと言った直後、私は男向かって動き出す…わかっている、今まで考えていることと全然一致していないことを、でももう止めようがないじゃない、こんな風に言い争ったせいで、もう感情が抑えきれない、それにこの場合まで来てまだ動かないとしたら、めちゃくちゃ恥ずかしくならない?もう避けようがない、いつの間にか湧き上がってきた体の中の衝動に身を任せ、行動するしかない!
相手の反応はやはり、まともな動きとは言えなかった。おそらく頭に血が上っていたのだろう、私の行動に対する備えは全くなく、ただ手中の『自信』を込めて全力で私に振り下ろしてきた。
(不思議なものだ、最初は男の暴行に対して理解不能だとしか思わなかったが、今となっては彼を相手に自分が失敗する理由なんてないと感じている。取るべき対応策は、日々の訓練の再現に過ぎない)
空手で白刃取りなどできるはずがない。だからまず何としてでも相手の武器を避け、利き腕の外側から切り込みながら、右手で上から相手の手を掴み、そして相手の後方へ捻り上げる。関節の痛みを避けようとする相手の隙を利用し、相手のバランスを崩す方向へ力を加えることで転倒させる。
その後はそのまま力をかけ続けて抑え込めばいい。たとえ状況が変わっても、相手の腕を捕らえて制御し続けることができれば、対決において優位に立てる。これは自分自身が幾度もやられた日々に得られた経験だ。
積み重ねてきた経験は嘘をつかない、しかし実戦はやはり、それほど甘くはない。
「くそ!舐めるんじゃねぇ!」
スムーズに相手の手首を掴んで背後に回ったが、この狭い通路がやはり想定外の事態を引き起こした。男は片手首を制され、倒れかける寸前に、もう片方の手で丁度隣にあった座席を掴み、強引に体勢を保ち直した、
私は男の背後を取る形になったが、男は痛みに耐え、立ち上がったまま得物を手放さない。
(姿勢はまだ悪い、だったら!)
相手の膝裏に一撃を加えると、男はその衝撃で膝をついて、体勢も非常に見苦しくなった、これで残すところ、あと一歩という段階まで来た。
「くそ!」
「往生際が悪いね。さっさと諦めたら!」
この段階に至り、男もようやく何かに気づいたようだ。
「てめえ!魔力持ちだなぁ!ふざけた真似を!」
「あら、ようやく気づいたのかしら、子供に手玉に取られている気分はどう、おっさん?」
男はどう見ても30代以上、体格差も倍以上ある。どれだけ格闘技が上手くても、15歳の女の子にここまでコテンパンにやられるのはおかしい。
何せ魔力持ちは稀少で、常に剣を携えている印象がある。だからこそ男の目には、私のような女の子が自分と抗衡できる存在だと映らなかったのだろう。
だが、この段階に至っては、たとえ魔力が身体そのものの力を顕著に強化するわけではなくとも、技術をもってこいつにずっと痛みを与え続けている腕を制御するには十分だ。
このような相手に対し、私がすべきことは最初から明確だった。彼の手から武器を離させることだ。体格差がある以上、私一人では彼を抑え込み続けることはできない。彼を転倒させて効果的な反撃ができないようにした後、周囲の人々に呼びかけて一緒に彼を拘束するのが最も確実な方法だからだ。
「大人しく捕まれよ、監獄があなたを呼んでるよ!」
「このクソ生意気なガキが何も分かってねぇ。生まれつき才能があったとしても、この世には逆らえないルールってもんがあるんだ。俺がぶち込まれる前に、大人に対する敬意をちゃんとお前に教えてやらねぇとな!」
…ピキッ
(そう言えば、このおっさんはまだ<恐怖>というものを知らないのか)
「あなたに言い忘れたことが覚え出したよ」
「はぁ?」
「わたしは!」
体に魔力を集め、持ち上げた左足に力を集中させ、そして……
「ぼっちじゃないわ!」
私に背を向けていたおっさんの、ずっと晒け出された要害めがけて、男の根に、全力で蹴り込んだ。




