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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第2章:英雄の卵編
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第32話.戦いの序曲

 




 肌寒く透明な大気が肌に刺さる、淡く青い光を放つ発光苔に照らされた洞窟の中。


 レーン、ラド、そしてカルナの三人は所定の位置について〈偶像(イドロ)〉を睨んでいた。


 お互いが視認できる位置で、目くばせで意思を疎通する。



 そして、ラドとカルナがレーンを見やり、レーンも頷き杖を構えた。


 目を閉じ、集中する。


 冷たい空気を大きく吸い、深く吐いた。



「……よし、やるよ」



 レーンは術式を練り上げる。魔力を通し、大気の霊素に働きかける。



二重紋魔術式ダブルスペル……風と大気よ、その指は万象に触れるだろう……〈大気の教え(ルフレット)〉!」



 大気に魔力を奔らせ、霊素に感応し己の目とし耳とし手とする。


 閉じられた瞼の裏には周囲の物体の大きさ、形、空間の形状、魔力の流れが細やかに映っている。


 範囲を絞り、周囲一帯に限定してさらにその精度を高める。緻密な感知は魔力の通された大気の範囲内のすべてを見通す。


 しかし……。



「やっぱり……見えない」



 レーンの見る感知視界は範囲内のあらゆる場所……死角すら見通す程の高精度を誇る。


 しかし、その視界に映る周辺一帯の中で、まったく感知が出来ずに真っ黒な空間が出来ている場所があったのだ。


 その感知不能領域は球体をしており、まさしく〈偶像(イドロ)〉がいる場所に他ならなかった。


 レーンは感知をやめ、瞼を開けると〈偶像(イドロ)〉を見やる。


 その顔に浮かぶのは感知できなかった事への苦心などではなく、もっと別の色。



「見えないってことは……やっぱりそういう事だよね……!」



 レーンは思わずにやりと笑みを浮かべてしまった。





 先だっての会話をレーンは思い出す。


 レーンが〈偶像(イドロ)〉を倒せるかもしれないと語った後の事だ。


 レーンの発言にカルナとラドは驚きながらも期待を込めて聞き返していた。



「おいおい、倒せるってどういうことだよ軍師様?」


「かも、だけどね。まずは一つ一つ〈偶像(イドロ)〉の持つ能力を確かめて、攻略していく必要があるから」



 目を輝かせるラドにレーンはまだ確信ではないことを念押しし、それをこれから確かめるのだと伝える。


 そしてレーンは考えを順繰りに説明していく。



「まず気になったのは、上の広場で〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉が〈偶像(イドロ)〉に襲い掛かった時だ。あの時、現れた〈自動人形(オートドール)〉達は〈偶像(イドロ)〉に肉薄していた。そしてあの触手でやられていった」


「あー、そうだな。でもそれがどうしたんだ? あいつがそれだけやばいって事だろ」


「いや、それでちょっと思ってさ。〈光壁(ライトシェル)〉のこと。レバンさんが言ってたろ? 根気よく攻めれば砕けたって。それって物理攻撃にも機能する障壁って事だろ」



 そこまで話してカルナが指を唇に当てながらふむ、と頷く。



「なるほど、つまりあのチビ人形たちには〈光壁(ライトシェル)〉が機能していなかった、と」


「そういうこと。阻まれている様子もなかったからね。で、思ったのはやつの〈光壁(ライトシェル)〉は物理的な物体には作用しないモノなんじゃないかって」



 〈自動人形:王(オートドール・キング)〉の最大の防御能力である〈光壁(ライトシェル)〉はレバンの言葉や手記によれば常時発動の障壁だという。


 であれば物理的な物体の本体への肉薄を許すはずはない。


 その当たりがより確信に強まったのは、先ほど〈偶像(イドロ)〉を見ていて、天井のつらら状の岩から滴り落ちる水滴が〈偶像(イドロ)〉の体を濡らしていたことに気づいたためである。


 更に、その根拠は〈自動人形(オートドール)〉達の肉薄や水滴の落着の他にもう一つあった。



「多分だけど、あの障壁は魔術防御に特化させすぎている反面で、物理的な物体に作用しないデメリットを生んでいるんだと思う。レバンさんも言ってたけどさ、まず普通に考えてカルナの魔術をあんなに完全に防いでしまえるわけがないんだ」



 カルナがその話を聞いて少し嬉しそうに笑う。ドヤ顔というやつだ。



 レーンの説明はおおむね的を射ていた。カルナの上級魔術をああも容易く防ぎうる障壁ともなれば、そのすべてのリソースを魔力防御に特化させる必要がある。


 魔術系統のジョブに身を置くものならばすべからく身に着けている初級の防御魔術である障壁魔術も、魔力障壁や物理障壁と分かれて区分されている。


 しかし中身の構成としては魔力防御に重きを置くか物理防御に重きを置くかのリソース配分の違いに他ならず、ものとしては同一の魔術である。


 そして重きを置く防御性質も片方に寄せればもちろんもう片方は効果が弱まるのだ。


 そういった障壁のメカニズムを知るものとしてレーンはあの圧倒的な魔術防御力はその反面として物理がおろそかになっている可能性を考えていた。


 なのであの〈光壁(ライトシェル)〉は魔術特化の防御障壁であると察しを付ける事が出来たのだ。


 この時点で推測はほぼ確信であったが、万が一障壁をただ展開していなかった可能性をつぶさないことにはと思っていた所で、視認できない障壁が常時展開されているものか否かを知る方法として、感知魔術があると思い立った訳である。


 そしてラドとカルナにそのことを伝え、確信を得られた段階で行動を決める算段であった。





 そして結果……



「カルナ、ラド! 魔力感知が弾かれた! 魔力が通らない! 〈光壁(ライトシェル)〉は、展開している!」



 レーンの叫びにカルナとラドはにやりと笑った。



「つーことは、奴さんの障壁は物理攻撃で通せるって事だろ!」



 ラドが剣を抜き放ち戦闘態勢を取る。



「レーンの推察通りというわけだ。なるほど未知を看破するのは気分がいい!」



 カルナは暢気に楽し気な笑みを浮かべている。


 そんな二人を見ながら後方でレーンは気を引き締めなおす。


 まだ〈光壁(ライトシェル)〉の謎を解いただけだ。何も終わっていない。


 レーンは生唾を飲み込み次に起きるであろう事象に備える。


 そして。



「ははは、見ろレーン! やつめ、寝顔を覗き見られて慌てて飛び起きたようだぞ!」



 カルナが笑う。


 見れば〈偶像(イドロ)〉はゆっくりと動き出し、地への落下の衝撃で半ば埋まっていた状態から浮きあがり空中に留まる。やはり感知によって障壁に魔力が触れたことで外敵を察知し覚醒したかとレーンは思う。


 しかし、想定内だ。もとより覚悟していた。


 〈偶像(イドロ)〉はゆっくりと向きを変えて一行にその瞳に見えるレンズを有する正面を向け、女性型器官は祈りの形に両手を組んだまま、レーン達をその双眸で見下ろしたのだ。


 対してレーン達は構え、〈偶像(イドロ)〉に相対する。


 それは戦闘を決め込んだ者たちの決死の様相であった。


 そう、レーン達はこの怪物と戦う事に決めたのだ。







 もちろん先立って戦闘のリスクを考え、三人は短い時間でよく話した。



「〈光壁(ライトシェル)〉の弱点が分かったとしても、〈偶像(イドロ)〉は危険なことには変わりはないから……このままなんとかしてやり過ごすか、洞窟を探索しながら逃げる方がいいかも知れない。……今はレバンさんたちとの合流にいい案は浮かばないけど……そっちの方がなんだかんだで安全だと思う」



 レーンは〈偶像(イドロ)〉を倒し安全を確保する事を為すために生じるリスクを鑑みて別の案を語る。


 しかして迷宮のような洞窟に、どのような魔物がいるともわからぬまま歩き回るのも、自分たちを探しに来ているであろうレバン達との合流が先延ばしになるリスクもあるのは既に話した。


 おそらく上の遺跡からなんとかしてこの洞窟にレバンたちがやってこれたのなら、出口は知っているはずであるから、レバン達と合流することはこの洞窟を脱する上では必須と言えた。知識はともかくシーカーとなって日が浅いレーン達では、洞窟を闇雲に歩くのは迂闊である。


 だが、この場に留まろうとすれば、あの〈偶像(イドロ)〉がいつ自分たちに気づくかも知れぬ中で隠れ潜むしかなくなる。


 いずれ見つかり戦う、ないしは逃げて洞窟を走り回ることになるのならいっそ鉄壁の魔術防御の弱点に光明が見えた〈偶像(イドロ)〉討伐を狙う事が、もとより自分たちがスオウから依頼された仕事の完遂という意味でも最上の結果をもたらすだろうと考えたレーンではあったが、決断する勇気が出し切れなかった。


 失敗すれば死ぬ。当たり前だ。そして敵は強大にして正体不明。


 果たしてそんな戦いに、カルナとラドに手伝ってくれと言う事は、レーンの性格では出来なかった。いつも、考えはするが最後の大事なひと声が喉元に詰まる。レーンはこれからの案をいくつか説明した後に、結局どうするかを決定できずにいたのだ。


 そんな折に、カルナがレーンに寄って笑った。



「レーン、キミはあいつを倒したいんだろう。なら倒してしまおうじゃないか。あのちんちくりんのギルドマスターの言う通り、ランクを上げて御父上を追いたいはずだ」


「カルナ……」


「吾輩はキミがしたいと思ったことを良しとするよ。望みとはいつだって強く美しい輝きを放つ、生物が持つ尊い感情だ。キミはキミの望みに正直でありたまえよ、レーン」



 カルナはレーンの目を真っ直ぐに見る。その紅い瞳からは、確かな自信と、暖かな信頼を感じた。


 彼女は、自分が、自分達が負けるなどとは微塵にも思っていない。そう思えてしまうほどに真っ直ぐな瞳。そしてそう思わせるほどに強力な力をカルナは事実持っていた。


 そんな彼女にこう肯定の言葉を言われる事は、正直に言ってこの上なく頼もしいものだった。



「それに、忘れたのかい? 吾輩は魔王。そしてキミの使い魔であり、キミの力だ。使い魔というのは主のやりたいことを遂げさせるのが、正しい在り方だろう?」


「カルナだけじゃねーぞ。レーンがそうしたいってんなら、俺も付き合うぜ」



 カルナの言葉に肯定の意を示すラドがレーンの肩に腕を回す。



「ラド、いいの……? 本当に、勝てる保証はないし、とても危ないんだ」


「馬鹿野郎そりゃお前なー、俺だってめっちゃ怖いに決まってんだろ!」



 それはそのはずだ。ラドも、レーンと同じで〈偶像(イドロ)〉などという、金章シーカーすら恐れさせる正体不明の怪物とこんなに早くに対峙するなどとは思っていなかった。駆け出しに過ぎない自分たちには分不相応な相手。恐怖を感じないわけはない。


 しかしラドは言葉を続けた。



「でもよ、俺たちはこんなとこで終わらねえ。どんどんのし上がって、最高のパーティで、あらん限りの冒険をすんだって昔から決めてただろ。それに、冒険に危険はつきものだろーさ」


「そうだけどさ……」


「カルナも言ったけどな、お前がやりたいことだろ? あいつをぶっ倒して、ランクを上げて、もっとでかい世界を見る。レーン、お前のしたい事は、俺のしたい事だ。だったら俺はお前のしたい事を、どんな危険があってもいい結果になるよう全力で手伝ってやる。それに……どんな危険があったってなぁ」



 ラドはそこで一度自分の胸鎧をガンと叩き、にかっと笑った。



「仲間が危険に曝された時に、真っ向から体張って守るのが〈重装剣士(ガーディアン)〉だぜ!」



 そう言って親指を立てて見せるラドに、レーンはこの上ない頼もしさと、感謝を抱いた。ラドは自分を頼りにしろと言っているのだ。


 昔からずっと隣にいてくれた親友。その親友と、今約束した通りにエトセトラの地を踏んでいる。


 ならば、シーカーとして真っ直ぐに進むのが彼への恩義に報いる事になると信じよう。





 そうして二人の言葉にレーンは覚悟を決めたのだ。




 そういうやり取りがあり間もなくとした今、水音響く薄暗い洞窟で、それは始まろうとしていたのだった。



「おぉーっし! 俺はいつでも行けるぜ!!」



 ラドが足をしかと地面に張り、大盾を構えてレーンに笑う。


 親友のやりたいことは尊重し、危険があれば振り払う。纏う鎧と手に持つ大盾は、仲間を守るためのもの。


 その背中はいつにもまして大きく、頼れるようにレーンは感じた。



「レーン、安心したまえよ。キミの使い魔は、強いからね」



 カルナもいつぞや聞いたセリフそのままに、くすりとレーンに笑顔を見せる。


 あの時……養成学校時代、周囲からはいびられのけ者にされていた頃。迎えた卒業式で、弱音を吐くレーンを優しく励ました魔王は、あの時と変わらぬ力強さでレーンの前に立つ。


 ラド、カルナの二人はレーンの位置から前方左右に立ち、逆三角形を描くような陣形で〈偶像(イドロ)〉と相対する。


 レーンは〈偶像(イドロ)〉の動きが自分たちを敵と見定めたものに変じるのを直感で感じ、瞼を閉じて刹那の深呼吸をする。


 頼れる先輩はいない。そんな状況で異形の怪物と面と向かい、改めて感じる圧倒的な圧力。


 それでも、やると決めた。


 なら後は、やりきってやる。


 レーンは瞳をキッと開き、青く淡い光に照らされた地の底で、覚悟を言葉にするように号令を発した。



「〈偶像(イドロ)〉を、僕たちで討伐する!」


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