第31話.地の底で
「っ痛う……」
レーンは、後頭部に鈍い痛みを覚えながら瞼を開いた。
腫れていないか、出血していないかと後頭部をさする。
痛みはあるが目立った傷もない事に安心して、仰向けに倒れている今の現状が理解できる程度に脳が覚醒するとゆっくりと上体を起こした。
「ここは……?」
レーンは周囲を見渡してみる。
先ほどまでの人工的な施設と言える場所からは大分異なる、より自然に近い洞窟といった風の場所だ。
先ほどの場所と同様発光性の苔も散見していて周囲の様子は見て取れる。
天井からは白い石がつらら状に垂れ下がっており、水滴が滴っている。よく耳をすませば激しく水が流れる音……滝の音のようなものも聞こえる。
音のする方に目をやれば青く輝く泉に、岩の亀裂から流れ出る水が流れ込んで滝を作っている。
冷たく透き通った空気に包まれた、幻想的にも見える美しい洞窟の泉には水しぶきが霧を作っていて神秘的な様相を醸し出していた。
「天然の洞窟……? 地下遺跡のさらに地下にこんな場所があったなんて……というか、僕は落ちて……」
状況確認がてら後頭部の痛みでじんじんとふらつく頭を働かせ、記憶を辿ってレーンははっとする。
そうだ。自分はあの施設の広場の床の崩落で落下したのだ。
「……ラド? カルナ?」
一緒に落ちたはずの二人の名を呼ぶ。
その声は洞窟内にこだまし、返す音は反響した自分の声だけ。
二人は無事なのか、どこにいるのか。まさか落下の途中ではぐれたのだろうか。
レーンは思考しつつ上を見上げた。ちょうど真上に大きな穴が見えて、はるか上に淡い光が見える。
もしかしなくてもあんな高い所から落下したのだろうか。
落下中の事は思い出せない。
しかして今は二人の安否が重要だ。
それに……ちょっぴり心細かった。
レーンは再び二人の名を叫ぶ。
「ラド! カルむぐぅ!?」
その言葉を言い切る前に何者かに背後から口を押えられ、そのまま背後に引き倒された。
ごろごろした岩場の影に引っ張り込まれ、姿勢を崩したので頭を打つかと思ったが、柔らかいものにぼすりと後頭部を預ける形で支えられた。
そのままゆっくり体は沈んでいき、頭を何かに預け寝転がるような姿勢になる。
視線だけを背後に可能な限り向けてみれば、覆いかぶさるような銀色の髪が目に入った。
瞬間、レーンはひどく安心を覚えた。口を押えられたままふう、と大きく息を吐く。
すぐにレーンの顔の上にカルナが顔をのぞかせるようにして、人差し指を口に当て、静かにというジェスチャーをした。
レーンは頷くと、そこでカルナはレーンの口をふさいでいた手を離した。
「起きたんだね、レーン。よかった。心配したんだよ」
にこりと笑うカルナにレーンも先ほどまで少し感じていた不安と心細さが消えていくのを感じた。
そして同時に、自分の状態にも冷静に思考が行きつき、カルナに背後から抱えられるような、それでいて頭は彼女の腹や腿に預け、さながら枕のようにしている形であると理解して慌てて顔を真っ赤にして、姿勢は低くしたまま起き上がる。
安堵感が気恥ずかしさに即座に置き換わったことをできるだけ自分の中で動揺せずに処理しながら、ややぎこちない笑みとなってしまいながらも己が使い魔へと言葉を紡ぐ。
「ああカルナ、よかった……。目が覚めたら誰もいなかったんだ」
「ふふ、吾輩はずっと近くにいたよ。ああ、ラドは少し周りを見て回ってくれている。とはいえ、派手には動けないからもう少しで戻ってくるはずさ」
レーンは頭に疑問符を浮かべつつ派手に動けないとはどういうことかと考えた。
と、そんな中、カルナの言った通りラドが滑り込むようにして二人のいる岩場に帰って来た。
「っと……お、レーン! よかったぜ。目を覚ましたか」
「ラド! 君も無事でよかったよ」
「おう。レーンのおかげでな」
その言葉にレーンは首を傾げた。
「おいおい、もしかして頭を打ったせいで記憶トンだのか?」
ラドが苦笑し、カルナも口に手を当ててくすくすと笑っている。まるで理解できないが、確かに思い出せないあの空白の落下の顛末を知っているようなそぶりの二人は、レーンのおかげで助かったという。
「吾輩達はあの高さから落ちて来たんだ。見えるだろう? 吾輩はともかくとして二人はそのまま落ちたらまず助からない」
「そしたらレーン、お前が着地寸前で風の操霊術を使って、空気のクッションを作ったんだよ!」
「クッションというよりかは爆弾めいたものだったけどね。おかげで全員が吹っ飛ばされて転がったよ! あれは正直楽しかった」
「そしたら術者のお前が運悪く岩壁に頭をぶつけちまってな。慌てたもんだぜ。まあ、大きなケガじゃなかったのが幸いだが気を失ったもんだから、とりあえずカルナにお前を任せて俺は周辺の探索をしていたんだ」
「なるほど……」
まるで覚えていないが、成程確かに両手には魔力の残滓を感じる。確かに風の操霊術は使用したのだろう。
おおよそ落下の衝撃を緩和するために設置直前で風の魔術を使い、反動で衝撃を殺そうと試みたのだ。
結果としてレーンは失神するという体たらくではあったが、それで結果全員助かったというわけらしい。
「で、だ。早速だがまず俺がこのあたりを見て回った結果だな」
ラドはしゃがみ込むとレーン、カルナに顔を寄せ小声で喋り始める。
「正直わかんねえな。出口はさっぱりだ。入り組んだ広い通路が無作為に走ってるし、方角もわからん」
「つまり遭難か。危機的状況というわけだねえ」
「あのさ、二人はずっと小声だけど……」
レーンが妙に二人が小さい声で話すので何かと思い聞いてみる。先ほど口をふさがれたのもあり大声でしゃべってはいけない理由はあろうが、今のレーンにはわからなかった。
その問いを聞いてカルナが岩場から少し顔を出し、レーンに手招きをした。
「あれを見たまえ」
レーンが言われるがままに顔を出してのぞき込むと、少し先に黒いシルエットが見えた。
「〈偶像〉……!」
そのシルエットは紛れもなく先ほどレーン達を崩落で落下させた原因たる異形の魔物、〈偶像〉であった。
カルナがこういうわけさ、と言った視線をレーンに向けるので、レーンもこくりと頷き二人は岩場に再び身を隠す。
「見ての通り、アレも近くにいるんだよ」
「状況はつかめたよ。でも、〈偶像〉は着地したまま動かないみたいだね」
「落下の衝撃で失神でもしているんじゃないかな? レーンみたいに」
「ちょっとカルナ! 揶揄うところじゃないだろ!」
「おまえら緊張感ねえな……」
現状の再確認として、まず自分たちは今境界森林の地下遺跡のさらに地下の洞窟にいる。
レバン達とははぐれて、位置はわからない。
広い洞窟の地形も複雑で、すぐには脱出の手立てもない。
そして何より、現在は動きを止めているようだが〈偶像〉がすぐ近くにいる。
「どうする? 〈偶像〉が動きを止めている間に逃げるって言う手もあるが……」
「いいのかい? 安易に動き回ってはあの3人がもし合流に動いていた場合すれ違う可能性もある。連中は吾輩達が落ちた位置を目安に探しに来るだろう」
「そうだね。何より〈偶像〉がいつ動き出すともわからない……」
レバン達がレーン達を探しに動いていた場合、入れ違いになるのが最もよろしくない。
彼らの性格だから見つけるまで徘徊しかねないし、仮にレーン達が先に脱出できた場合はレバン達を置き去りにしてしまうことになる。連絡手段がないのが手痛い。
まして前提として、今いるこの洞窟は迷宮じみた複雑さを持っている。上の階層であった先ほどまでの規則性のある通路を有する遺跡とは違う。天然の洞窟なのだ。
しかしてこの場所でただじっとしているのも危険と言えば危険である。近くに〈偶像〉がいるのはもとより、この洞窟にどんな魔物がいるかすらわかっていない。
レーンは顎に指をあてて考える。ラドも地面に胡坐をかいてしかめっ面だ。
「まいったな。動きたいけど動けねえ上に〈偶像〉とご一緒かよ」
「でも、逃げるか戦うか決めるしかないね……このままこうしていてもじり貧だ」
「吾輩が本気を出そうか?」
「いや、待った。それは最後の手段だ。もし倒せなかったらカルナ抜きでやるしかなくなるし、倒れたカルナを庇って戦うのも背負って逃げるのも現実的じゃない」
吾輩に倒せないわけないだろとふくれっ面のカルナをなだめながらレーンは思案する。
確かにカルナが本気で攻撃すれば倒せる可能性はあると思うし、そうでなくとも大打撃は与えられると思う。
もっともそれは通常であればの話だ。
先ほど〈偶像〉の防御能力である〈光壁〉はカルナの三重紋魔術式による闇魔術〈極黒螺旋〉を防ぎ切った。
カルナの魔力出力は尋常ではなく、二重紋魔術式ですらかのイフリートを行動不能に陥らせるほど。
それが三重紋となれば、ましてレーンの補助魔術も込みのものを防いだのだ。相当強力な障壁であることは間違いない。
即ちレーンの懸念はあの〈光壁〉を攻略しないことには、有効打たるカルナの一撃を本体に届かせられないという事であった。
カルナの言う本気……即ち四重紋魔術式による魔術を使えば、彼女は反動で昏倒する。
であればいたずらにカルナに最上級魔術を撃たせるわけにはいかない。確実に倒せる時に温存しなくてはならない。
ともなれば、仮に戦い倒すことと決めた場合、まずはあの〈光壁〉をどう攻略するかが鍵となる。
先の短い間に見せた〈偶像〉の能力は、〈光壁〉と肉の膜より垂れ下がる触手による攻撃の二つ。
跳躍からの叩きつけも注意が必要だ。
他にも見せていない能力があると仮定はしつつもまずは分かっている手の内の攻略をしなくてはならない。
(〈光壁〉はカルナの上級魔術を簡単に防ぐほどの防御力……そして防御をかいくぐったとしてあの複数の触手の力は簡単に〈自動人形:兵士〉を破壊する威力と速さ……。魔術もダメで近づいたらあの触手かあ……まるで要塞だよ)
レーンはちらりと岩壁から頭を出して未だ沈黙している〈偶像〉を睨む。
なにか目に見える範囲で弱点はないだろうか。
手記の情報を脳裏に巡らせてみる。
〈自動人形:王〉は機械人形種では最高位にある魔物で、持つ能力はその防御能力である〈光壁〉。そして周囲の〈自動人形〉を強化する〈王の威光〉。更にはあの眼球めいたレンズから放たれる魔力の光線。
周囲に〈自動人形〉はいないうえに、当の〈自動人形〉からは敵対しているようなので〈王の威光〉に関しては無視できるはずだ。
となればやはり問題は〈光壁〉。あの肉の触手や女性型器官の謎もあるが、まずはこの鉄壁の守りが課題だ。
光線に関しては、先の戦いでは使っている様子はなかったので何とも言えないが、レーンのとある疑問の一つでもあり油断はできない。
(倒すって言ってもあの〈光壁〉を攻略しないことには……でも、さっきの戦いでもしかしたら、って思ったけど……それも確かめる手段が……)
そうやって〈偶像〉を見ながら思案に耽っていたレーンの耳には、滝の落ちる水の激しい音は集中で遠くに聞こえ、つらら状の岩から滴る水滴の音がやたら鮮明に響いた。
どれだけそうして見ていただろう。
〈偶像〉の上にあるつらら状の岩。そこから滴った水滴が……〈偶像〉の体に落ちていることに気づいたのだ。
ぴちゃり、ぴちゃりと。
じっと〈偶像〉を見ていたレーンは、目を見開いてその水滴の滴り落ちるさまに声を上げた。
「え、あ……あれ、やっぱりもしかして……!」
そんなレーンの背中をラドが叩く。
「レーン、そういえばだが、また周囲の感知はできないか? 近くに魔物がいるかだけでも……」
「え? あ、ああ……やりたいけれど、あの〈偶像〉が感知に気づいて動き出すかもしれない。機械種は大気の霊素や魔力の変化に敏感らしいから」
と、レーンは語りながら、在ることに気づく。
そうか、感知。その手があった。
「そうか……逆にそうすることで確証が得られるかもしれない。気づかれるリスクがあってもやる価値はある。感知なら見えなくとも……だとすれば……」
「どうした、レーン。もしかして何か考えがあるのか?」
「うん。少し気になってることがあってさ。もしそれが確信できたら……」
レーンはしかと決意を込めた目で、ラドとカルナを見やって、言った。
「……〈偶像〉、倒せるかも」




