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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第2章:英雄の卵編
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第30話.偶像

 




 それを形容するのならば一体何と表現すべきだろう。


 レーンはそんなことを考えていた。




 通路の奥の闇よりぬるりと現れたそれは、生物と無機物を掛け合わせた奇怪な姿をしていた。


 宙に浮遊するそのシルエットは歪な球体。直径で見てもフランタックの召喚した5m級ゴーレムをゆうに越えている巨大さ。正面に備わる巨大な円形のレンズがまるで瞳のように見えて、空を飛ぶ巨大な眼球の化け物、という表現がわかりやすかった。


 そんな機械でできた球体パーツにうねうねしく蠢く赤黒い肉のようなものがへばりついており、幾本もの触手めいた器官を脈動させながら垂れ下げている。さながら様相はタコのようでもあった。


 そして驚くべきは、特にその肉塊に覆われた上部の盛り上がったこぶのような部分からは、白い肌をした人間の女性の上半身としか言えない器官が生えていたのだ。まるで人が肉にうずめられているかのように見えたが、そのサイズは人間にしては大きすぎるので、歴戦のシーカーにとっては擬態した魔物以上の感想は持てないであろう代物だった。


 とはいえまるで祈りをささげるかの如く腕を組み、瞳を閉じてうつむく美女の生えた空飛ぶ機械の眼球ともなれば取り合わせを間違っているとしか思えない。


 それほどまでに歪な存在が、レーン達の前に姿を現したのだ。



「〈自動人形:王(オートドール・キング)〉……? いや、違う? なんだあの肉の膜は……魔物なのか……?」



 レバンが目を見開いて呟く。


 レーンは反射的に手記を開くと、確かにレバンの言った〈自動人形:王(オートドール・キング)〉にあの怪物の姿が酷似はしていることを知る。というより金属の部分、球体の本体だけ見れば紛れもなくそれであった。しかし、どこを見てもあのような女性に擬態した器官を持ち〈自動人形:王(オートドール・キング)〉を覆う肉塊については記載がない。


 しかし、ただでさえ〈自動人形:王(オートドール・キング)〉は魔物としては危険度はとても高い部類となる。


 一行は確信する。この異形が大樹イノシシを返り討ちにした怪物であると。



「レバンさん、あんな魔物……!」


「ああ、俺も見た事ねえよ……! 〈自動人形:王(オートドール・キング)〉に似ちゃいるが寄生でもされてんのかありゃあ!?」



 大剣を担ぎ上げ、とっさに構えるレバン。その額には冷や汗が滴っている。



「機械に寄生する新種の魔物……と考えるしかないでしょう。信じがたいですが」


「ギルドマスターも人が悪いわね……とんだババ引いたみたいよ、あたし達!」



 ユルネアが愚痴をこぼす。


 金章シーカーですら見た事のない異形の魔物が、この遺跡には巣くっていたのだ。


 金章シーカーを焦らせるほどの異形。冒涜的なまでのその容貌には嫌悪感を通り越した神々しさすらある。


 その女神にすら映る女性の上半身部分の瞳が開かれ、一行を見下ろした。



「うおっとぉ……奴さんこっちを見てんぞ? 誰だぁバケモノのお眼鏡に叶っちまった幸せモンはァ?」



 レバンがおどけて見せる。緊張をほぐすためだ。


 しかして、みな一様にレバンの軽口に笑いこそすれ、張り詰めた緊張がほぐれようはずはなかった。



「さて、〈自動人形:王(オートドール・キング)〉と変わらないのであれば何とか討伐は可能でしょうが……果たしてそうは見えない。大樹イノシシとつい数日前に戦闘したのであれば大なり小なり傷の一つもあっていいものですが」



 フランタックが眼鏡を持ち上げなおして異形を見やってため息を零す。


 異形には傷などまるで見受けられない。大樹イノシシと戦ったのだろうに、だ。



「やれやれ、大樹イノシシを軽くあしらったってか!? 見たところ〈自動人形:王(オートドール・キング)〉の部分以外に攻撃器官は見えねえが……あの触手は怪しいな」


「見れば見るほどウンザリするくらい不気味よね! さながら”女神”ってとこ?」


「女神に失礼ですよ、ユルネア。しかし、不気味さの中に神々しささえ覚えますね。ここはもじって”偶像(イドロ)”とでも呼びましょうか」


「それ、物は言いようってやつじゃないんすかフランタックさん?」


「ラド君、言いようとは大人の必須テクニックですよ。よく覚えておきなさい」



 〈偶像(イドロ)〉と名打たれた怪物はゆっくりと浮遊しながら移動している。


 よく言ったものだとレーンは感心したものだが、やるか、逃げるか。〈偶像(イドロ)〉の戦闘能力が未知数な以上策は練り切れない。


 少なくとも、大樹イノシシをはるかにしのぐ相手だが……


 レーンはカルナをちらりと見やる。



「どうしたんだい我が主。あの醜悪な空飛ぶボールを仕留めればいいんだろう?」


「カルナ、正直でいい。やれそう?」


「さあね。吾輩もあんな玉っころ見たことがないから何とも言えないが、やってみればわかるだろうさ。小手調べというやつだ。許可を出したまえ、主」



 にこりと笑って指示を待つカルナに、レーンはレバンに目配せする。


 レバンはレーンとカルナのやり取りを聞いていたか、レーンに一度頷いた。試せ、ということだ。



「カルナ、遠距離からだ。近づき過ぎないように、魔術でやろう」


「心得たよ。これで終わってしまえばよいがね」



 カルナは笑い、一行を離れ〈偶像(イドロ)〉に少し近づいていく。それを見てラドとレバンが一行の前に立ち防御の姿勢。


 歩くカルナの背を見ながら、レーンも静かに詠唱を開始。



一重紋魔術式(シングルスペル)……〈魔力励起(マナブースト)〉……複製、改変……〈反射霊鎧(リフレクト)〉……!」



 レーンの展開した魔法陣より光が二筋の帯となって歩くカルナに注ぐ。


 対象者の魔力を一時的にという制限の代わりに大きく高める〈魔力励起(マナブースト)〉と、対象者の体に物理、魔術両方に一定の耐久性を持つ障壁を纏わせる〈反射霊鎧(リフレクト)〉を付与する。


 強化魔術の付与を認めたカルナは自分の手のひらを握って開いてを繰り返し、その効果を確かめる。



「ふむ、悪くないね。さすがは我が主なだけはあるよ、レーン」



 そして広間の中央あたりで立ち止まると、〈偶像(イドロ)〉に己の腕を伸ばし、詠唱を開始する。



三重紋魔術式(トリプルスペル)。……聖者は愚者へ。生者は死者へ反転す。翳りの螺旋は闇となりて光を食らう。魔を司る我が指先より放たれし黒の雫よ、さあ行くがいい――――」



 詠唱とともにカルナの伸ばされた指、その人差し指の先に三重円を描く魔法陣が生成される。



「〈極黒螺旋(エルネブリト)〉!」



 そして放たれるは黒の濁流。螺旋を描く闇の魔力の奔流はうねる弧の軌跡で〈偶像(イドロ)〉へと襲い掛かる。


 そして、魔術が着弾し、一瞬の光の瞬きとともに甲高い音が響いた。



「っ……」



 カルナはピクリと眉根を寄せた。



「効いたか!?」



 レバンがレーンに聞く。レーンはじっと魔術の着弾した箇所を睨んでいた。



「いえ、効いていない……」



 レーンは冷や汗をこぼして呟く。


 そしてカルナもまた、爪を噛んで〈偶像(イドロ)〉を睨んでいた。



「よもや掻き消されるとはね。いや、防がれた、かな。いやはや驚きだ」



 カルナの放ったのは三重紋による上級魔術。その威力は語るべくもない。


 しかしてレーンは見ていたのだ。カルナの放った魔術が確かに防がれるその瞬間を。



「カルナの魔術が着弾した時、一瞬……光の膜のようなものが見えました。あれがきっと障壁の役割で、魔術を打ち消したんだ」


「光の膜ってーと、そりゃもしかしなくても〈光壁(ライトシェル)〉か……? しかし、そりゃ〈自動人形:王(オートドール・キング)〉の持つ常時展開型の防御能力だが……あのお姫様の魔術を防げるほどの性能はなかったはずだ」


「あの寄生体のせいで強化されているのかもしれませんね。〈偶像(イドロ)〉はもはや〈自動人形:王(オートドール・キング)〉をはるかに超える存在のようだ」



 レバンの言葉にフランタックが自分の分析をこぼす。


 聞いた限り、〈自動人形:王(オートドール・キング)〉はレバンらで討伐可能な魔物。それがここまで強化されているともなれば、通常との違いに原因がある。


 そしてその違いは、あの女性体と肉塊だ。


 〈偶像(イドロ)〉はカルナの魔術を防いだものの、特に何をするでもなくただただ前進を続けた。



「意に介していないとでも言いたいのかな……癪に障る!」


「カルナ、一度戻って!」


「ちっ……わかったよ」



 カルナは口惜しそうに爪を噛みながらレーンの隣まで跳躍し戻ってくる。



「通常の〈光壁(ライトシェル)〉ならば根気良く攻めれば砕けたんだが……今回は骨が折れそうだな……見たところやつは俺たちを認識はしているようだが……さて」



 怪物は広間に完全に侵入した後、一行に目掛けてゆっくりと近づいてきていた。


 そして、怪物が完全に広間に侵入すると同時に、広間内に甲高い笛の音のような機械音が響き渡ったのだ。サイレンのような音だ。


 一行は思わず円陣を組み、寄り添って身構えた。


 そして機械音に交じって、言葉のようなものが聞こえてきたのだ。



「なんだこれは……声? 誰かが喋っているのか?」


「まるで聞き取れないぞ! どこの国の言葉だ!?」


「……」



 慌てるレーンとラドの脇で、カルナはじっと爪を噛んでいた。


 謎の言語で響く声はなおも続けて喋っている。


 その状況にユルネアがたまらず叫んだ。



「レバン! 撤退よ! 分からないことが多すぎるわ! このまま戦うのは危険よ!」


「ユルネア……その通りだな、仕切りなおすが吉と見た! フランタック! ルーキーを見てやれ!」



 と、レバンが撤退の指示を出した瞬間である。


 広場の壁面に穴が開き、そこから大量の〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉が現れたのだ。



「おいおい増援!? ウソだろ囲まれんぞ!! ラド!」


「わかってるっすよレバンさん! でもこんな数……!」



 レバンとラドが一行を守るように立つが既に四方八方に続々と現れる心なき機械兵士たち。


 フランタックもゴーレムに指示を出しいつでも戦闘可能なように防御姿勢を取らせる。


 しかし。



「これ……レバンさん、皆さん……!」


「これは、一体どういうことです……?」



 レーンに続いて一行全員が目を見張った。


 現れた〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉の大群はレーン達には目もくれず、一目散に〈偶像(イドロ)〉に襲い掛かっていったのだ。


 次々に〈偶像(イドロ)〉に飛び掛かっていく〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉達。


 その光景は異様という他なかった。


 しかして〈偶像(イドロ)〉もそれにはさすがに反応を見せる。


 肉膜から垂れ下がる触手がうごめき、〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉を次々に薙ぎ払っていく。


 次々に砕け、破壊されていく兵士たち。


 しかし、恐れを知らない〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉は次々と〈偶像(イドロ)〉に襲い掛かっていく。



「仲間割れ……? 味方を攻撃しているのか? どういう事なんだ……?」


「見たまんまじゃないかな。おそらく連中にとってあれはもはや守るべき王ではないのだろうさ」


「あいつらにとっても〈偶像(イドロ)〉は敵、ってことか……おい、今のうちだろレーン! レバンさん!」


「あ、ああ、そうだな! よし、撤退……うぉっと! さすがにこっちもガン無視とはいかねえか!」



 レバンが舌打ちをして剣を構える。


 数体の〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉はレーン達に向かってきていた。レーン達が対象というよりは〈偶像(イドロ)〉までの道中にいる邪魔ものといった体だったが、レーン達にとっても退路への障害であった。


 レバンらが進路上の〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉を相手取っている間、レーンはじっと〈偶像(イドロ)〉を注視していた。


 そして、一つ気づくことがあったのだ。



(あの〈光壁(ライトシェル)〉……もしかして……)



 と、突然ひときわ大きいサイレンと音声が響き渡った。



「な、なんだよ今度は!」


「ああっ、レバン! あれを見て! 隔壁……!? 退路が!」


「なんとぉ!?」



 ユルネアが指さしたのはレーン一行が広間に入るときに通ってきた通路。


 その通路の上部から鋼鉄の壁がまるで通路をふさぐように降りてきているのだ。



「やべえんじゃねえかこれ! フランタック! ゴーレムで道を拓け!」


「わかっていますよ!」



 フランタックがゴーレムを突撃させ、進路上の〈自動人形:兵士(オートドール・ポーン)〉を薙ぎ払う。


 レバンとユルネアも先行し自動人形を倒していく。


 道は開けた。先行するレバンらに続きレーンたちも全力で駆け込もうとする。と、その時である。



「皆さん気を付けて!」



 その異変には〈偶像(イドロ)〉を注視していたレーンが最初に気づいた。


 〈偶像(イドロ)〉が瞬間的に高く飛び上がったと思うと、広間の中央付近めがけてその巨体を叩きつけるように着地したのだ。


 その巨体が地面を叩いたことによる振動と衝撃はすさまじかった。



「うおおあああっ!?」


「なんて衝撃だよっ!」



 レバンは地面に剣を突き立てて耐えながら悪態をついた。


 ラドは飛翔物から身を守るために盾を構えて、地面に伏せたレーンの下にやってくるとその身をかばう。


 カルナも飛んでくる石や自動人形の破片をさばいてレーンを守る。


 しかし……


 衝撃に床に大きなひびが入る。


 そして〈偶像(イドロ)〉を中心として床が崩落し始めたのだ。



「床が……! っていうか下、空洞!? まずい……ラド!」


「わかってるが……!」


「まずいね、崩落の速度が随分はやいよ」



 カルナが周囲を見回しながら舌打ちをした。



「ルーキー! おい! レーン、ラド! 立て! 急げぇえ!」



 レバンが叫ぶ。見れば隔壁が下り切らないようゴーレムが押し上げている。


 レバンが今の衝撃で足を止めてしまい遅れたレーン達に駆け寄ってくるのが見え、レーンも振動に体を揺さぶられながらなんとかカルナとラドに手を掴まれ立ち上がろうとする。


 だが、そのレバンとレーン達の間、衝撃に耐えかねた床に大きなひびが走った。


 急な揺れと目の前の亀裂にレバンが一瞬ブレーキをかけてしまう。


 見れば中央の崩落はすさまじく、一瞬ののち〈偶像(イドロ)〉は崩落で落下していく。


 そして、後を追うようにレーン達の居た場所も完全に崩落に巻き込まれた。



「う、うわぁあああああ!」


「お前らぁああああ!」



 レバンが必死に手を伸ばすが届くはずもなく。悲痛な叫びと悲鳴の中、レーン、ラド、そしてカルナの3人は暗い奈落へと落下した。




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