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第64話 行動と結果

 戦いの後の事後処理は、大体はつつがなく終わった。盗賊達はほぼ全員が逮捕され、反抗の意思に大小こそあれど、今は大人しくしていた。

 ほぼ全員。その言葉には理由がある。数人は錆色の巨人が起動した際に、崩れた建物の瓦礫で怪我をした人がいたり、打ちどころが悪くそのまま亡くなったりした人もいるのだ。


「事故だ。お前達の責任では無い。全ての責任は、作戦を立案した騎士団員である俺が負う」


 ザクビー中尉はそう言ってくれたものの、その言葉を鵜呑みにして、気分が晴れやかになる訳では無い。中尉の部下達が手慣れた様子で遺体を黒い袋に収納して運ぶのを見て、胸の奥に重い霧のようなモノが立ち込める。


 建物から赤錆色の人型機械ネフィリムが立ち上がり、俺の方へと攻撃してきた際。俺は一瞬動けなかった。その場で戦うのは危ないからと、離れようとした時にも瓦礫が飛び散り、その瓦礫が盗賊達の何人かに当たったのかもしれない。そこまで気が回っていなかった俺は、馬鹿だったのだ。

 俺が舞踏号をもっと上手く動かせていたら違ったのだろうか? もっと周りに被害が出ないように動けたのでは無いか? 作戦自体にもっと良い手があったのでは無いか? それに気付かなかったのはどうしてだ?


 色々な想いが胸を駆ける中。捕まった盗賊の1人が、後ろ手に縛られて座らせられたまま、ザクビー中尉に叫ぶ。


「テメエらが悪いんだ! オレ達はあの女を使って身代金を貰うだけのつもりだった! あの女にも聞いてみな! 手を出したりしちゃいねえ!」


 痩せてなお鋭い眼光を放つ、きつい顔付きの男だ。無精髭はそうしたくて生えているのでは無く、何日も風呂に入れていないからだというのが察せる。そして彼は、無線の向こうから色々と聞こえて来た声の主でもあった。

 ザクビー中尉が冷静に言葉を返す。


「黙れ。話は後で聞く」

「あの人形だって最後の手段だった! テメエらの人形と殴り合ったから、瓦礫が飛び散ってアイツらは死んだんだ! 人殺しが!」


 人殺し。その言葉を聞き、俺の胸が締め付けられる。

 俺が? 俺は? 俺のせいで死んだ?

 心臓が飛び出そうな程に鳴る胸を抑えると、そんな俺に気付いたのか、男が俺の方を見て叫ぶ。


「テメエか……! テメエがあの灰色の人形に乗ってやがったのか!」

「俺は、俺は。その――」

「この人殺しが!! テメエのせいでアイツは死んだんだぞ! テメエが殺したんだ!」


 真っすぐ叩き付けられる言葉に、俺の頭は真っ白になり、心と体が委縮する。


「テメエがやったんだ! 楽しかったかよ!? 足先一つで瓦礫をまき散らして、足元に居る人間を虫みてえに殺すのは!」

「黙れと言っている!!」


 返事が出来ない俺に代わりザクビー中尉が叫び、その黒く大きな拳が振るわれた。

 男は地面に倒れるが、血の混じった唾を吐き捨ててからキッとザクビー中尉を睨みつける。


「ほら見やがれ! 結局これだ! 騎士団だとかふざけるんじゃねえ! 権力側の暴力ってだけじゃねえか!」

「貴様にそれを論ずる資格は無い! 自分のした事の責任を他人になすり付けているだけだ!」

「うるせえ人形が! テメエみたいな機械野郎共が人間のフリしてるなんて、気色悪くて反吐が出るぜ! 世の中全部おかしいんだ! 歪んでやがるんだ!」

「世の中への鬱憤を言いたいだけなら、俺が後でいくらでも聞いてやる! 誰かコイツに猿轡を噛ませて連行しろ!」


 男とザクビー中尉が叫び合うと、中尉の部下が1人歩み寄って、男に猿轡を噛ませた。

 男の目はザクビー中尉を睨みつけ、次いで俺を睨みつける。しかしすぐに、騎士団の増援が乗って来た護送車に連行されて行った。


「ブラン。思い詰める必要は無い」


 大きく1度。肩で呼吸をした後に、ザクビー中尉が言い。俺の肩にそっと手を乗せた。大きくゴツゴツとしていて、仄かな体温のある手だ。その手の平はサイボーグだからか、どこかミルファにも似た感触がある。


「あれは奴の戯言だ。挫折と疲労と、これからへの絶望から来る言葉だろう。お前が気に病む事では無い。それに先も言ったように、全ての責任は俺にある。お前に責は無い」

「でも、ザクビーさん……」


 本当に俺がまき散らした瓦礫によって被害が出たか。その真偽はともかく。自分が舞踏号を動かす事で、闇の中で瓦礫が散ったのは確かなのだ。しかも盗賊達は腕を縛られ、ザクビー中尉達によって捕縛されたりしていた。仮に瓦礫が自分に向かって来たとして、咄嗟に逃げる事は容易い事では無いだろう。

 想像力を働かせれば『もしかしたら』という事は考えられる。その可能性はゼロじゃない。俺と舞踏号の動きで被害が出た可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないのだ。


「少なくとも。お前が人型機械ネフィリムで戦った事で俺達は守られた。あの動きと大きさだ。真っ先にお前が標的にされなければ、他の誰かに攻撃が及んでいたのは間違いない。お前は未然に俺達を守ったのだ。そう考えておけ」


 低く重い声で掛けられる、どこか俺の事を慮る言葉。この人は、俺が気に病まないように計らってくれているのだ。そう思うとありがたくもあり、同時に更に申し訳なくもなる。


「……俺は、誰にも被害が出ないように出来たんじゃないかと……」

「その反省は大事だ。だが、今のお前のそれは、強い言葉を当てられた事から来る罪悪感と後悔だ。反省では無い。今はとにかく『はい』と、返事をしろ。了解でもいい。自分の口で実際に声に出す事で、心の安定が図れる。お前は俺達の命を守った。いいな?」

「……了解です」

「後の事は俺がやる。とは言っても、整備班員達は騎士団員だ。劇団員達の身の安全の確保等になるな。事情聴取もだ。エリザベトからも話を聞かなければいけないが、まずはお前達が行って安心させてやれ。それと、エリザベトに付き添ってアルフォートの病室にも行け。いいな」


 ザクビー中尉はそう言うと、つるりとした顔を俺に向けてから軽く俺の背を叩いた。そのまま踵を返し、部下達と共に後始末へと向かって行く。

 同時に。少しだけ離れた所で俺とザクビー中尉を見ていたシルベーヌとミルファが、俺に駆け寄ってきて心配そうな顔で俺を見た。その後、シルベーヌが俺に聞く。


「ブラン、大丈夫? さっきのも見てたし、ミルファからちょっと聞いたけど……。怪我したみたいな感じが残ってるなら、ちょっと休んだ方がいいよ。それと、オッサンに何言われたの?」

「今は平気。ありがとうシルベーヌ。ザクビー中尉からは気に病むなって事を言われたよ」


 俺が返すと、シルベーヌは少しだけ意外そうな顔をした。けれど、再び俺を心配そうな顔で見る。


「なら良いんだけど……。本当、溜めてちゃダメだからね?」

「うん、もちろん。ありがとう」


 混じり気の無い俺へ向けた心配に、なるべくにこやかに返した。今度はミルファが話しかけて来る。


「騎士団の方が、エリーゼさんと共に病院まで送ってくれるそうです。舞踏号を乗せたトレーラーは、現場検証などもするので、明日の昼頃まではここに停めておいてくれとも言われました」

「分かった。それじゃあエリーゼさんと一緒に、一旦病院行こうか」

「はい。車は向こうに停まっているそうです」


 流石に物々しい戦闘服バトルドレス姿では病院に行けないので着替え。それからザクビー中尉やダースさん。それに劇団員のメア達にも直接話し、また明日ここに集合する事を決めてから病院へ送ってもらった。

 車内では、毛布に包まったエリーゼさんが女性の騎士団員と話しており。俺達の顔を見ると、涙ぐみながらも何度もお礼を述べてくれた。それに続いてアルさんの容体も聞かれたので、安心するように言いつつも車を急いでもらう。




 病院に着き、4人で足早にアルさんの病室に向かうと、丁度看護師が1人病室から出て来たところだった。その看護師は俺達に気付くと、優しく笑って扉を指し示してくれる。

 病室に入ると、優しい明かりの病室のベッドの上にはアルさんが居た。身体を起こし、半ば呆然とした様子で。


「アル!」


 毛布を肩から掛けたままのエリーゼさんが、感極まった様子で恋人の名前を呼んだ。

 名前を呼ばれたアルさんは、呆然とした様子から一変する。


「エリーゼ!? どうやって……!? あの怖い人達は!?」

探索者シーカーさん達と騎士団の方々が、助け出してくれました」


 エリーゼさんが赤い髪をふわりと舞わせて俺達探索者シーカー3人を丁寧に手で示す。そしていよいよ抑えきれなくなった様子で、ベッドで身体を起こしているアルさんに飛びついた。


「エリーゼ! いえ、お嬢様! 他人の目があります! それに傷口が……いたたたっ!」

「本当に、本当に、無事で良かった……!」

「自分は大丈夫です。お医者様から応急処置が良かったと聞きました。探索者シーカーさん達のおかげです」


 アルさんに抱き付いたまま小さく嗚咽を上げるエリーゼさんには、その説明はあまり届いていないようだった。

 当然だろう。エリーゼさんは撃たれたアルさんを見たのが最後だったのだ。血だまりになる程に血を流す姿を見たのが最後なら、もう死んだと思っていてもおかしくは無い。

 アルさんがそんなエリーゼさんの赤い髪を優しく撫で、すぐに顔を上げて俺達を見る。


「ブランさん。ミルファさん。シルベーヌさん。本当にありがとうございます。皆さんのおかげで自分は。いえ。エリーゼと自分は、本当に助かりました。ありがとうございます」


 ベッドの上で深々と頭を下げると、アルさんは俺達が頭を上げるように言っても、しばらくそのままだった。エリーゼさんも幾分か落ち着いた後。俺達の方へと向き直ってから同様に頭を下げる。


「2人とも顔を上げて下さい! そんなにお礼を言われるような事を俺達は……」


 アルさんとエリーゼさんの。こちらが申し訳なくなる程の態度に、俺が慌てて返した。

 エリーゼさんが目に涙を溜め、嬉しそうに言う。


「いいえ。いくらお礼を申し上げても足りません。私達は命を救われたんです。このお礼は後日、必ずさせて頂きます。本当にありがとうございます」


 その後もお礼と謙遜の堂々巡りが続く中。様子を見に来た騎士団員が、俺達探索者シーカーは夜も遅いので病院の一室に泊めて貰える事を告げた。なんでも、ザクビー中尉が手を回してくれたのだとか。

 病室を出たところには騎士団員が数人居て、エリーゼさんとアルさんの護衛をするとも言い、後顧の憂いは無い。皆疲労しているし、今から家に帰るのも大変だ。喜んでこの提案に甘えさせて貰う。




 もちろん俺は当直の医師に一応診てもらい、とりあえず体に異常は無い事が確認された。気になるなら精密検査もと提案され、とりあえず資料だけを貰って退散しておく。


「何にもないみたいで良かった。ブランに何かあったんじゃ、私も不安だもの」


 蛍光灯の灯る廊下を歩きつつ、診察の付き添いをしてくれたシルベーヌが笑った。

 ミルファはシルベーヌに俺に付き添うように言い。近くのファーストフード店に向かっている。すっかり食べ忘れていた夕食――もう夜食の時間であるが――を買いに行ってくれているのだ。病院側もベッドは貸せるが、流石に食事まで準備する時間は無かったのである。


 シルベーヌと2人で足を進めた先は、今晩だけと貸してくれた個室の病室だ。騎士団の要請もあっただろうけれど、3人分貸して貰えている。

 辿り着いた病室のドアを開くと、パッと部屋の照明が付き、空調が動き始めた。窓辺にベッドが1つと、小さな机と椅子が1セット。なんとトイレやシャワーも付いている個室であり、俺の部屋よりも豪華だ。

 しかし。当然ながら人のいない部屋はかなり冷えており、部屋が温まるまでは布団すらも冷たいのが容易に分かった。白が主になっている部屋の彩りも、どこか部屋の冷え込みを強くさせている。

 3人分の個室に暖房を入れ、温まるまでは何となく2人で居る事になる。


 俺はベッドの縁に座り、体の力を抜いた。夕方から怒涛の準備と戦いだったのだ。体力気力共に、普段よりも消耗しているのが分かる。

 シルベーヌも俺の隣に座り、グッと背伸びをした。互いにいつもの作業着姿だ。


「改めて。お疲れブラン。頑張ったね」

「シルベーヌこそ大変だったろ、お疲れ様」


 俺が言うと、シルベーヌはぼさぼさの金髪を掻いてからはにかんだ。


「まあね! 普段はバックアップだし、ライフルなんて撃ったの久しぶり。人に当たらないように撃ってたし、気を使って疲れちゃった。メアさん達だって居たし、私が引っ張らないと行けなかったしね」

「そっちは絶対大変だったよな。俺はいつも通り、だった、けど」


 そう。いつも通りしただけだ。相手が生体兵器モンスターじゃなくて、人型機械ネフィリムで。足元にたくさんの人が居たけれど、いつも通り――。


「ブラン。色々気にしてるんでしょ。顔見たら分かるよ」


 シルベーヌが心配そうに言い、若干俯きかけていた俺の顔を覗き込んだ。本当に心配してくれている顔が視界の端に写り、俺は慌てて隣に座るシルベーヌの方を見た。

 彼女は優しい声と暖かい笑顔で言う。


「ほら。今は2人しか居ないし、全部話して。溜めてちゃダメだって言ってるでしょ? 心配な事とか不安な事とか、どんな事でも聞いてあげるから。前はブランが私の事聞いてくれたし、今度は私が聞く番。格好悪いとか情けないとか、私は全然気にしないもん。私の情けないとこを、ブランは見てるしね」


 そんな言葉と快活な笑顔に心が緩む。この子はい子なのだ。俺の事を気遣って、俺の事を大事に想ってくれている。


「……俺は、もっと上手く出来たんじゃないかって。もっと、周りに被害が出ないように――」


 自分のせいで誰かが死んだかもしれないという事。自分のせいで誰かが怪我をしたかもしれないという事。そこまで自分の気が回らなかった事。ザクビー中尉に話された事。あの赤錆の人型機械ネフィリムから感じた事。舞踏号の事。

 たどたどしく、他にも先の戦いで感じた事を全部話すのを。シルベーヌは相槌を打ちつつ、しっかりと聞いてくれた。幾分か胸が落ち着いて来ると、こうやって誰かに話すのは、本当に大事なのだと実感する。

 話終わった後に俯く俺を見て、シルベーヌは優しく背を撫でてくれる。


「今みたいな時でも相手の事とか気に出来るのは、ブランの良い所だと思うよ」


 彼女はいつもの明るい声では無く、優しく儚い声で言う。


「今の時代。誰かが死んだり怪我しても、よくある事で済まされちゃう。今回なんかは特に、エリーゼさんを攫った人達なんだもの。誰かに危害を加えて、その仕返しで何かあっても大体の人が気にしないはず。それは戦争とか戦いが近くにありすぎて、誰かを傷付ける事に抵抗が薄いからだと思う。私だって抵抗が薄かったもの。エリーゼさんを取り返しに行く時、相手を怪我させる事なんて心配もしなかった」


 けどね。と、彼女は言葉を繋ぎ。俺の背をさする手を止める。


「ブランみたいに、自分の行動で誰かを傷つけたかもって心配できるのは、きっと大事な事。別に殴ったりとかじゃなくても、言葉とか、態度とか、手紙とかでも。自分のせいで誰かが傷付いたかもって、ちょっとでも思えるのは大事な事だと私は思うよ。特に今の世界じゃあね」

「そういう。もんなのかな」

「うん。それにさ、ブランがした事で誰かが文句を言っても、私は絶対に味方だよ。絶対にね」


 力強くシルベーヌはそう言うと立ち上がり、ベッドの端に座る俺の前に立つ。そして優しくも明るい笑顔で俺を見ながら、俺の頬に両手で優しく触れて顔を上げさせる。


「ほら! 沈んだ顔しない! 悩みはいっぱいあるだろうけど、悩み過ぎちゃダメ! 真面目な事をいっぱい考えた後は、不真面目な事も考える! 他人との関わりに正解なんて、パッと出てこないんだから!」


 彼女はそう言うや否や頬から手を離し、一歩近づいて、俺の頭を割とある胸に掻き抱いた。作業着の生地の奥に服や下着の固さが少しあり、更に柔らかさと温もりが顔いっぱいに広がって面食らう。


「ちょっ……!?」

「ふふん。こういうのにブランは弱いって知ってるからね。ほら、不真面目な事考えなさい!」


 抵抗しようにも本能故か、この状況に体が喜んでいるのか。あまり力が入らない。しばらく弱々しくもがいた後。俺は心地よさのままに力を抜き、おずおずとシルベーヌの腰に手を回した。

 一瞬だけ彼女の身体がピクリと跳ねるが、すぐに俺の頭を抱きしめる腕に力が篭る。自然と割とある胸に顔を押し付ける格好になり。その暖かさと微かに感じる良い匂いに、頭がどんどん緩んでいく。

 真面目な事なんて考える余裕がなくなり、整然としていた頭の中が、不健全な考えと良い匂いに掻き回された。


 シルベーヌが若干戸惑いつつも言う。


「どう? その、ミルファ以外にこういう事するのは、その。初めてだけど」

「……暖かいし、いい匂いします……」

「やっぱりヘンタイだ。それと、喋られるとくすぐったい」

「ごめん」

「別にいいの。それにさ、こうするとブランの匂いも分かるね」

「……俺今、汗臭いんじゃない?」


 いつぞやとは違い、俺が不安げに聞く。けれどシルベーヌは、どこか嬉しそうに答えてくれる。


「ううん。私は好き。ブランのせいでさ、私もヘンタイになったかもしれないのよ?」

「俺のせいってどういう事だよ?」

「イイ匂いがするとか言われたら、自分の匂いとか他人の匂い意識しちゃうじゃない。それでブランの匂いは、私もイイ匂いだなって」

「……恥ずかしいな!」

「ブランが先に言ったのよ? 仕返し!」


 僅かに身をよじり、シルベーヌの声が弾んだ。

 そんな声と胸の奥から伝わる早めの鼓動を聞き、何故だか安心していく。守られているような感覚に、頭を凝り固めていた悩みやなんかが溶けていった。


 ああ。俺は結局、単純で馬鹿なのだ。さっきのシルベーヌの絶対に味方になってくれるという言葉もだが、こんな不健全な動作1つで、色々な悩みとか小難しい事が吹き飛んでいく。

 俺は自分の行動が本当に正しかったのか、考える事が出来る生き物だ。けれど同時に、可愛い子に抱きしめられて頭が緩む程度の生き物なのだ。そう自覚すると可笑しくもあり、不思議と元気が湧いて来る。


 ベッドの端に座ったまま、正面に立つシルベーヌの胸に顔をうずめるという不埒な恰好。その状態のまま、沈黙が部屋に満ちていく。


「……ちょっと。何か喋ってよ。どんどん恥ずかしくなってくるから」

「くすぐったいんじゃ?」

「そうだけど。黙ってられると、何か変にドキドキしてくるじゃない」

「おう。心臓の音が聞こえる。この音好きかもしれない」

「……匂い好きの次は音好きなの? どんどんブランがヘンタイなのが判明していくわね……」

「どんな変態だよ!?」


 思わずそう返してシルベーヌの割とある胸の中で顔を上げると、耳まで真っ赤にした彼女と目が合った。

 その瞬間、バッと身体を離されてしまい、更にシルベーヌは顔を逸らして反対側を向く。温もりとイイ匂いと安心する心音が無くなって、俺はちょっとした喪失感を味わった。

 シルベーヌは自分の頬を両手でぐりぐりと擦りながら言う。


「はいおしまい! 元気出た!?」

「はい! 出ました!」


 まるで訓練中の返事のように、俺は背筋を伸ばして立ち上がって答えた。


「なら良しね! これ、物凄く恥ずかしいからこれっきりよ!」

「それは……」


 正直残念だと言いかけたところで、いくらか顔の赤さが引いたシルベーヌがこちらを見て邪悪に笑う。


「まだしたいの? やっぱりいやらしいんだー」

「……そりゃまあ。俺も男だし……」

「恥ずかしいからダメ! でも。もっと雰囲気とか、色々あったら考えてあげる!」


 つまり次があるのを期待してもいいのか。などと不埒な事を考えた時、廊下を歩く足音を耳が拾った。ふと部屋の扉の方を俺が見ると、続けてシルベーヌも扉を見る。

 そう時間をおかずに扉が開かれ、両腕にファーストフードの袋を抱えたミルファが現れた。彼女は俺とシルベーヌを交互に見て、にっこりと笑う。


「お邪魔でしたか?」

「そん――」

「そんな訳無いじゃない! 買い物ありがとねミルファ! お腹空いた!」


 先ほどまでの甘い雰囲気は何処へやら。俺の言葉を遮ってシルベーヌが明るく笑うと、ミルファからファーストフードの袋を受け取った。そして彼女は、何を買って来たかミルファが説明するのを聞きつつ、横眼で俺を見る。


(内緒だからね)


 彼女は目でそう俺に厳命すると、とりあえずコーラのカップをミルファから受け取ったのだった。

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