第62話 闇夜の救出作戦
草木も眠る深い夜。夜の闇が街に重々しく立ち込め、吐く息が僅かに白くなる寒さの中。
闇に紛れてそっと動くワゴン車とトラックの影が、メイズの街の中を滑っていた。ワゴン車の中には人がすし詰めに。一際大きなトレーラーの荷台には、オリーブ色の防水シートをかけられた何かが横たわっている。
その車両の一団は、街の外れの空き家や廃墟の多い区画にそっと近寄った後。エンジンを止めて息を潜め、車の中から様々な体格の影が静かに動き出した。
何も知らない者が見れば、日陰者の一団に見えた事だろう。だがその実態は、理不尽によって拉致された1人の人間を救うために集まった、善き人々なのだ。
そうやってメイズの街の隅に停められた車の横で、エリーゼさん救出に参加する全員が顔を突き合わせた。夜の街は気温こそ低いけれど、この場には不思議な熱気がある。
俺はもちろん戦闘服を身に纏っており、今回は手足と胸にプロテクタを付けただけだ。腰には私物の9mm拳銃とナイフ。いつも通りの装備だと言って良い。
「最終確認をする」
集まった人々の中でも特に頑強な、ボディアーマーにも似た鎧を着たザクビー中尉が、静かに淡々と語る。
「作戦目標は、人質にされているエリザベト・ウーアシュプルングの奪還。作戦区域はここから1km程離れた場所にある廃工場。今作戦で重要なのは、民間人に人殺しをさせる訳にはいかない事。それに、出来るなら敵全員を捕縛したい事だ。だが建物を完全に包囲するには人員も時間も足りない」
数度聞いた、今回の作戦の目標とこちらの内情。
探索者3人と騎士団員達、そして一般人。それも騎士団員は殆どが裏方。一般人は銃を撃った事も無い人々。練度の不足は目に見えており、歯に衣着せぬ物言いをすれば、急ごしらえの烏合の衆と言っても過言では無いだろう。
だからこそ。と、ザクビー中尉が言葉を繋ぐ。
「こちらの数と練度を欺瞞する必要がある。優秀な大部隊があの廃工場を囲んでいる風にな。全員確認したと思うが、この廃工場は周りが500m程の更地。内部は大まかに言えば長方形の中が5つに分けられた構造をしている。東西南北の大部屋と、中央にも部屋がある。エリザベトは恐らく中央の部屋に居るから、最初はそこが目標になる」
ザクビー中尉は手持ちのライトで、段ボールなどを積んだ即席の机に広げられた地図を指し、ちらりとミルファを見た。
「西にある資材の搬入に使われていた大きなシャッターから、俺達サイボーグとアンドロイドが行く」
「了解です。ザクビー中尉」
「基本的に人間相手の戦いをするのは俺達2人の突入組だ。突入した後は後ろを俺の部下達が付いて来る。部下は盗賊達の捕縛と後方の確保を行う」
ザクビー中尉の言葉を聞いたミルファが頷き、戦闘服とプロテクタ、更に追加腕を付けた身体を揺する。背で追加腕を畳んだその姿は、闇の中にあっても異形なのが良く分かる存在感だ。
「北側は307の整備班員が、南側は劇団員とシルベーヌが退路を塞ぐ。整備班と劇団員。お前達は元が後方担当と民間人だ。そして人員も少ない。南北側での仕事は建物の外に待機して、盗賊達が逃げ出さないように威圧する事だ。建物の建材は老朽化してなお頑丈だ。ライフル弾が貫通する心配はない」
「中尉殿。自分達も一通りの銃器取り扱いは訓練しています。北はご安心下さい」
装甲の少ない戦闘服を着たダースさんがそう言うと、今まで見た事が無いくらいに真剣な表情でカメラ頭をザクビー中尉に向けた。他の整備班員達も同様で、皆が皆。適度な緊張を保っているのが察せる表情だった。
しかし。当然ながら劇団員3人の様子は少しだけ違う。3人の中でも特に屈強なメアは、そのガラの悪い風貌と相まって、俺達が貸した防弾チョッキを着込んだ戦闘服姿は様になっている。黙っていればベテランかつ相当の手練れにも見えるだろう。しかし顔が不安げで、目の動きに落ち着きも無い。
そんな劇団員たちを見て、ザクビー中尉が静かに言う。
「安心しろとは言わん。何が起こるか分からないからな。それに、銃器は渡すし撃ってもらうが、相手に当てなくて良い。銃声と光。弾が周りに当たる音だけでも効果は十分だ。それに姿は見えんだろうが、部下も何人か南側の援護に回る手筈になっている。優秀な連中だ」
「は、はい……」
ぶっきらぼうながらもザクビー中尉が心配しているのが察せたが、メア達3人は落ち着かない。
それもそうだろう。手伝わせてくれと言いはしたものの、彼らはあくまで劇団員。しかも『悪漢』の演技をしていた時ですら、手に入りやすい本物の銃は使わず、ナイフに至っては玩具な位には武装と無縁な人々だ。それが今や戦闘服を纏い、念のためにと渡された実弾入りの拳銃を腰に下げている。その確かな重みに、不安に駆られない訳が無い。
もちろん作戦会議の最初。シルベーヌは不安げな劇団員達に後方の警戒を頼もうとしたが、人員不足や事情を知っている人間が前に出て欲しいというザクビー中尉の意見があって、こんな配置になったのだ。悩む時間があまり無いという事情もあったが、訓練も無しにいきなり実戦は、相当精神に負担が掛かるだろう。
でも。この人達は優秀な役者なのだ。
俺は小さく手を打って、劇団員達3人に声を掛ける。
「メアさん達。こう考えてみて下さい。今から皆さんは『手練れの特殊部隊員』の演技をするって」
「特殊部隊の演技、ですか……」
「そうです。ザクビー中尉が言ったように、威圧するだけで良いんです。相当ヤバイ特殊部隊員が見張ってる。そういう風に相手に思わせるだけで十分です。用心棒の演技のお仕事とか、されたことあるんですよね。それの発展形です! ……多分!」
「なるほどね。舞台は本物。観客は私達と盗賊達って訳ね。私はメアさん達なら演じ切れるって分かります! だって私は皆さんの演技に乗せられちゃったんだもの」
俺とメアさんの会話の最後にシルベーヌが大きく頷き、力強い笑顔と迷いの無い信頼を向けた。
俺の言葉はメア達を元気付けるために口から出た方便だったけれど、シルベーヌの笑顔と言葉は、メア達の心の内にある何かを刺激したらしい。
3人が小声でいくらか話し合うと、身体の震えが止まり、落ち着きのない目がスッと据わっていく。所作も変わり声も変わり、彼らの雰囲気が目に見えて変わっていくのは、この場に居る全員が驚く以外無かった。
そして小さく深呼吸をして目を瞑った後。メア達3人は劇団員ではなくなった。今ここに居るのは『特殊部隊の3人組』。それも屈強でガラの悪い、手練れの雰囲気を醸し出す3人組だ。
ザクビー中尉が満足そうに言う。
「心配無さそうだな。南北を抑え込めば、盗賊は自然と建物の東側に逃げるだろう。そこで舞踏号とお前の出番だ。戦意を喪失させるくらいに威圧し、兵器等があればその相手。その間に盗賊達は俺がなんとかする」
「はい! 了解です!」
俺はザクビー中尉の説明に大きく頷き、小さくともハッキリと返事をした。
ザクビー中尉も頷き返してくれた後。この場に居る全員を見回してから、ゆっくりと口を開く。
「質問が無ければ、作戦開始は今から10分後。無線の周波数は合わせてあるな。時間も足りない上に作戦とは言い難い内容だが、各員の冷静な対処を期待する。配置に着け」
中尉の淡々とした言葉に熱い返事が鳴り響き、全員が迷いなく動き出した。
ミルファは戦闘用のヘルメットを被り、背から伸びる追加腕それぞれに、防弾加工された騎士団の盾を握る。
この盾は1枚だけでも体が覆い隠せる大きな物で、緩く弧を描いた縦長の長方形だ。かつて戦場で剣と盾が主力であった時代の物を参考にした、スクトゥムと呼ばれる形式の物だとか。分厚く大きなこの盾は、ライフルどころか機関銃の弾すらも弾けるらしい。もちろん衝撃を吸収するような機構は無い為、盾を握る者はそれ相応の覚悟と技量を必要とされるが。
2本の追加腕にその盾を握ったミルファは、追加腕の動きをいくらか確認した後。自分本来の手に、これもまた頑強そうなショットガンを握る。ポンプアクションの堅実な作りの代物との事で、装填されるのは実弾では無くゴム弾だ。
騎士団員のダースさんが言うには「例えゴム弾でも当たり所が悪ければ死ぬ。なんて一昔前は言われていたけれど、今のゴム弾は至近距離でも死ぬ事は無い」との事だ。そもそもゴム弾という名前ではあるが、中身はゴムとはちょっと違うらしい。それでも当たれば10分は動けなくなる威力を有する弾丸であるとも、笑って語ってくれた。
他にも細かい装備を腰回りに着ければ、ミルファの用意は完了だ。
ザクビー中尉も同様で。盾は持っていないがゴム弾を込めたショットガンを握り、両太ももにはその大きな手に相応しい重厚な拳銃が2丁下げられている。少なくとも9mm以上の口径であるのは確かだ。
突入する2人は非殺傷のショットガンだが。整備班員と劇団員、そしてシルベーヌには、いつも使われている実弾の篭った5.56mmのライフルが渡されている。今回のライフルには、点滅して凄まじい光を放つライトが取り付けられていた。
ワゴン車やトレーラーにはミルファも握っている盾が乗せられ、その盾と車に隠れながら、ライフルの音と光。そして車のライトで威圧する事になる。
そして最後に俺と舞踏号。夜陰に紛れるためにも、トレーラーの荷台で掛けられていた防水シートを機体に巻き付けた後。大きく迂回して東側に回り、皆が突入する廃工場から少し離れた場所で、俺は身を潜めた。元ガソリンスタンドらしい廃墟だ。
俺の出番はいつになるか分からない。戦車か装甲車か、はたまたヘリか。何かそういった大物が出てくれば駆け出して行くし、盗賊達が建物の東側から逃げ出そうとすればそれを押しとどめる役でもある。責任は重大だ。
それぞれが配置についてから、何分経っただろう。俺は夜の闇の中にうずくまりながら、古ぼけた廃工場に目を凝らしていた。
図面などでも確認していたが、この廃工場は確かに四角い。元は木材か何かを加工しているとか聞いたけれど、実際は何をしていたのか分からない。ヒビの入ったガラス窓や、掠れた字で安全第一と書かれた看板などからは、旧市街にも似た雰囲気を感じ取れる。
皆が配置についたのが闇の中でも察せるが、時間がどれくらい経ったのか分からない。人型機械サイズの腕時計などは無いし、周りは人の気配も少ない廃墟や空き家なのだ。時間を知る手段が無い。
今か今かと心がはやる中。ザクビー中尉の無線越しの声が頭に響く。
「行くぞ」
耳センサに、鈍い金属音が聞こえた。次いで乾いた音と、一瞬だけ強い光と大きな音が響き、それに返すような銃声が廃工場の中から聞こえ始める。
始まった。そう思う間もなく、繋げっぱなしにしてある無線からも戦闘の音が鳴り響いた。
ショットガンの唸り声。銃弾が盾に当たって弾かれる金属音。誰かの悲鳴と痛みに悶える声。時たま響く鈍い音からは、ミルファが盾で何かを殴りつけたのがありありと想像できる。
敵は相当驚いているようで、指示を出そうとする叫び声すらも、銃声と悲鳴と金属音でかき消されているのが察せた。
「――なんだコイツら……ぐおっ!?」
「片方は騎士団だ! がぁっ!?」
「壁が動いてる! 何だアレ!?」
「馬鹿野郎アレは盾だ! クソッ! 人形共が!」
無線で途切れ途切れに聞こえてくるのは敵の叫びだ。阿鼻叫喚の声からは、大楯を掲げたまま突き進む4本腕の魔人の姿や、散弾銃を握った無慈悲な黒い騎士の暴れ様が目に浮かぶ。
そんな地獄のような騒音の最中。ミルファの冷静な声が響く。
「ザクビー中尉。装甲車です」
「ブラン。お前はそのままで良い。これなら俺で十分だ」
俺が走りだす前にザクビー中尉がそれを留め、次いで凄まじい打撃音が、無線と耳に轟いた。重く固い金属が紙のようにひしゃげて、小さな破片となって散って行く様が見えるようだ。
何をした? と俺が思う間もなく、ミルファの嬉しそうな声が銃声と共に聞こえる。
「流石ですザクビー中尉。装甲車の車輪を破壊してひっくり返すなど、騎士団のフルサイボーグは出力が段違いですね」
「これくらいは出来んと話にならん。中央の部屋への扉だ」
「私が行きます。中尉は援護を」
「了解。盾を1枚置いて行け」
「はい」
再び銃声が轟き、扉を蹴り破った音が響く。そしてすぐさま鈍い悲鳴が聞こえ、何かを殴る音が無線に溢れ返る。
「――ああミルファさん! ありがとうございます――!」
「全員へ。目標を確保。エリーゼさんは無事です。縛られていたせいで多少跡が残っていますが、暴行などは無いとの事です」
エリーゼさんの涙ぐんだ声が聞こえ、ミルファの声にもいささか安堵がにじみ出ている。
その後の会話から察するに、すぐさまザクビー中尉の部下が走り寄り、エリーゼさんを安全な場所へと連れ出していったらしい。作戦終了後に、一度皆に顔を合わせるとの事だ
「次は犯人達の確保だ。この部屋の後、突入組は左右に分かれるぞ。南北の連中聞こえるか。いくらか盗賊が移動し始めている。準備は良いな」
ザクビー中尉の冷静な声が問うと、無線に景気の良い返事が返ってくる。同時に、廃工場に向けてすさまじい光の点滅と銃声が轟き始めた。
「撃て撃て撃て撃て! 撃ちまくれ! どうせオレ達の腕じゃ当たらないんだ! 人影じゃなくて建物の壁か地面に向かってだぞ! 大部隊が居るように派手に撃ちまくれ!」
「メアさん達は私と一緒に! あの看板狙って撃ちまくって! 大丈夫! 壁はこのライフルじゃ抜けないし、看板のとこなら周りに窓も入口も無いから、誰かに当たるなんてないわよ!」
ダースさんの真剣な声と同時に、シルベーヌの快活な声が響く。
廃工場の南北側は西側よりも近いせいか、無線の声と共にハッキリした銃弾の雨の音が聞こえて来て落ち着かない。そして鉛玉の嵐の音と目が眩む光の点滅で、盗賊達の混乱がいよいよ収拾のつかないものになっていくのが察せれた。
普段は自分が真っ先に突っ込んでいたりしたのだ。どうにも他人が戦っている中、自分だけ待機しておくというのは尻が落ち着かない。
(落ち着け。落ち着け)
自分に言い聞かせるように頭の中で唱え、俺は目と耳を凝らし、少しでも情報を得ようと気を張った。
感じ取れるのは色々な気配と混乱の渦。ミルファとザクビー中尉の凄まじい重圧と、それに対する盗賊達の敵意と恐れ。そんな中に、微かな違和感がある。
それはまるで、扉一枚向こうで誰かの眠っているような、物音こそしないけれどする人の気配。何かの息吹に似たものだ。
「北側。クリア」
「南側はもう少しです。障害物とコンテナが多いですね」
ザクビー中尉とミルファの言葉で、俺は我に返る。妙な気配を探るのをやめて目を見張ると、いよいよ無事な東側から、盗賊達が出て来ようとしているのが察せた。
『行きます!』
無線に叫んで俺は飛び出す。身に纏っていた防水シートを投げ捨て、ひっそりと持っていた手斧を握りしめると、戦化粧をした巨人が地面を駆ける。
調整された足指は地面をしっかりと掴み、その身体を動かす強靭な人工筋肉が生み出す運動エネルギーを、余す所無く地面に伝えていた。
(身体が前より軽い! 地面を飛んでるみたいだ!)
ごく短い距離のダッシュだったが、それは改修された舞踏号の性能を推し量るには十分すぎた。加速からの急停止にも俺の身体はキッチリと対応し、砂煙と石礫をまき散らしながらピタリと身体が止まった。
俺は外部スピーカーで叫ぶ。
『止まれ! 逃げられないぞ!』
逃げ出そうとした盗賊達は、おもむろに駆け込んできた鈍色の巨人に度肝を抜かれたのが察せる。
4本腕の魔人と装甲車をも殴り飛ばすサイボーグから逃げ、ほうほうの体で廃工場から出たはずが。闇夜の中で爛々と左目を光らせ、傷の多い手斧を握った巨人が立ち塞がったのだ。その巨人の顔や肩に描かれた赤い戦化粧。そして全身に点在する赤いマーキングは、まるで返り血のようにも見えたに違いない。
盗賊全員が混乱しながらも、絶体絶命だと頭の芯で理解し始めたのが良く分かる。盗賊の1人が持っていた銃を俺に向けて撃つが、銃弾は俺の胸部装甲に当たって虚しい音を立てた。
返事の代わりに身を屈め、握った手斧を思い切り地面に突き刺す。足元に居る盗賊達には、その手斧が地面に刺さる衝撃が余すところ無く伝わり、全員が膝を着いて揺らめかざるを得なかった。
そして降参したのか。1人、また1人と銃を捨てる者が出始める。
更にどこに潜んでいたのか。ザクビー中尉の部下が周りから何人か現れ、その盗賊達を捕縛し始めた。
勝利は目前という思いの中、無線に遠く、見知らぬ男の叫び声が響く。
「クソッ! クソッ! クソッ! 人間のフリした人形共が! 仲間を撃ちやがって! てめえら絶対許さねえ!」
盗賊の1人、恐らくはリーダー格なのだろう。その声からは憎しみと怒りと後悔。そして焦りと怨嗟が滲み出ていた。
ミルファの冷静な声が無線を揺らす。
「使用しているのはゴム弾です。それと、大人しく降伏を」
「ふざけやがって! ふざけやがって! テメエみたいな人形に! 人間様がやられるかよ!」
連なった銃声が響いた。リーダー格の男は、恐らくライフルか何かを握っているのだろう。男が半狂乱になりながら、更に叫ぶ声が無線越しに聞こえる。
「クソッ! クソッ! 今まで上手くいってたのに! あのうすらデカイロボットを見てからずっとだ! アイツさえいなけりゃ! あんな奴に会ったのが間違いだったんだ!」
「そこに因果関係は無い。貴様が盗賊などに身をやつしているからだ。間違った行いは間違った結果を生む。正しい行動と正しい考えを持て」
駆けつけたであろうザクビー中尉の声が返したが、リーダー格の男の声は、更に語気を荒げてザクビー中尉に返す。
「正しいだと!? 騎士団だとか気取りやがって! 結局暴力で解決するのに、オレ達とお前らで何の違いがある! 元を正せば戦争のゴタゴタで成り上がったクソ野郎共じゃねえか!」
「権力の正当性を論じる気か? だとしても今の貴様らは、法で禁じられた様々な行為を行っている。弱者から食料や金品を奪っていた貴様らは、決して正しくは無い」
「何が法だ! そんなモンこの世界に要らねえんだよ! 戦争してる頃は最高だったぜ! 金も女も地位も! ぶん殴れば欲しい物は全部手に入る!」
「下らん考えだ。そして間違った考えでもある」
「うるせえ! 正しいか間違ってるかなんざオレが決めるんだよ! それにテメエはバカだな黒い人形! オレの話にわざわざ付き合うなんざ、やっぱり脳ミソのねえ機械野郎だ! 人形同士壊し合え!」
男の荒い言葉と同時に、ザラッとした気配が俺の背を走った。何かが目を醒ました。そういう感覚に全身が粟立ち、更に廃工場の一部が震え出した。
何かに気付いたミルファが叫ぶ。
「これは……! ブラン! 気を付けて下さい!」
廃工場の一部が崩れていくと共に、その一角から大きな人影がゆらりと立ち上がった。
触れる者を傷つける為か、鋭角的な肩と肘の装甲。腕には錆び色の装甲が張り付いており、その先には物を握る事など考えていない丸まった3本指。頭はずんぐりとしていて、首が無いようにも見える程装甲で覆われていた。
そう。立ち上がったのは、2本の腕。2本の足。1つの頭に2つの目。紛うことなき人型の巨人――
『人型機械……!!』
俺がそう呟くや否や。立ち上がった錆色の巨人の左目に、赤々とした瞳が灯った。




