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第24話 速成教育2ヵ月目 見えない力

 訓練が始まって2か月。流石に色々な事にも慣れたが、未だ付け焼刃の素人くらいの頃。


「それじゃあ久しぶりの起動よ。色々とチェックする時に何回か乗ってもらってるけど、本格稼働は初めてになるわね」


 舞踏号のコクピット横に立つ俺に向け、そのまた隣に立つシルベーヌが言った。

 俺は装甲を外した戦闘服バトルドレスだけの格好で、シルベーヌに手渡されたバインダーに留められた書類――専門用語まみれの整備内容一覧――を流し読みしてから答える。


「とりあえず俺がやる事はいつも通り。だよな?」

「まあね! 今日は隊長さんの指導の下、基礎運動系の総チェック。あ、ミルファは試射場よ。今度自費で買いたいから、機関銃の撃ち方に慣れとくんだってさ」

「ホントにお気に入りなんだな。それじゃあ行こうか」

「あいあい。それじゃあ起動しますよー!」


 シルベーヌが周りに向かって叫んだ。足元から整備員が離れ、舞踏号の周りに組まれていた足場も移動していく。シルベーヌは俺の肩を叩くと、嬉しそうな顔をして足場を降り、離れていった。

 俺も改めて周りの安全を確認した後、舞踏号の背にあるコクピットに身体を滑り込ませた。いくらかナマモノ臭さの抜けたコクピットの中で、脊髄に抱き付くようにして操縦桿を握る。

 軽い音がしてハッチが閉まり、俺は意識を失った。



 ありがとう



 人型機械ネフィリムに乗って起動する際、必ず聞こえる誰かの声。ラミータ隊長やベイクに聞くと、これは一種の幻覚らしい。

 脳の機能を一部を借り受け、まさしく自分の身体のように人型機械ネフィリムを動かす操縦系統ゆえの反作用だと教えられた。とはいえ、特に身体へ悪影響も無いとの事だ。

 声の正体が幻覚という一応の答えを得て安心したが、同時に手品の仕掛けが分かったようで残念でもあった。なので俺は心の内で、これを舞踏号の声だと思う事にする。その方が、何だか夢があっていい。



 意識が戻る。クリアな視界と全身を巡る確かな感覚。腰と足を支える金属製の支柱に寄りかかり、立っているけれど座っているような感じの姿勢だ。

 頭に流れ込んでくるエラーは無い。全て良好。頭の天辺からつま先まで、まるで生まれ変わったような気持ちである。センサが綺麗で過敏すぎて、五感が鋭くなっているほどだ。


「起きたわね。きっちり10秒」

「早いねえブラン君は。隊長やベイク少尉は1分とか掛かってもおかしく無いのに」

「ブランは私のパイロットですからね!」


 少し離れた場所でそう話すのは、シルベーヌとダースだ。

 生身の時なら決して聞こえる距離では無いが、耳を澄ましている訳でも無いのにしっかりと声が聞こえる。流石はオーバーホール直後と言った所だ。

 ダースがシルベーヌの言に笑い、メガホンを取って俺に叫ぶ。


「ブラン君! エラーチェックはどうだい!」

『良好です! 何も問題なし!』

「当然だな! シルベーヌちゃんの手に加えて、我ら307(サンマルナナ)整備班全員の手が掛かってるんだ!」

『ありがとうございます!』


 自慢げに言うダースに、俺は笑って返した。そしてダースは息を吸い、カメラ頭を凛々しくさせて言う。


「周囲確認良し! 進路良し! 安全確認良し! 人型戦車ネフィリム! 起動スタンドアップ!」


 ダースの掛け声で、俺は全身に力を入れて格納庫の外へと歩み出した。

 全身の人工筋肉がしなる。骨格フレームにかかる圧力が心地よい。足の裏はもちろん、指先まで感覚が鋭敏に働いている。

 格納庫の外に出ると、太陽が真上から(舞踏号)を照らした。思わず目蓋(カメラ保護シャッター)を細め、(光学センサ)が受ける光量を狭める。


『ぬっおお……』


 センサに感じる太陽の暖かさに、腕を広げて背伸びをし、全身で太陽の光を浴びた。

 今の舞踏号には、装甲が殆ど付いていない。頭部と肩、手の甲、脛に仮止めの鉛色の装甲板が付いているくらいで、後は黒い皮膚カバーという状態だ。足先周りを守る装甲――いわゆる『靴』は履いておらず、5本の足指が剥き出しの状態で、鉛色の巨人をことさら生物らしく見せていた。


『うん! 調子は良さそうだね!』


 俺と同じく人型戦車ネフィリムに乗ったラミータ隊長が、側にやってきて声を掛けて来た。(外部スピーカー)からの声は、どこか嬉しそうだ。

 騎士団の人型戦車ネフィリム。パラディンは青と白で塗られた装甲も相まってか、鈍色の装甲と黒い皮膚カバーの舞踏号よりも爽やかで勇ましく見える。身長も舞踏号より少し高く、まさしく巨人の騎士と言っていい。

 ラミータ隊長(パラディン)が、兜のバイザーの下で左目を爛々と輝かせながら言う。


『それじゃあ準備運動をしてから、基本的な運動性をきっちり把握しよう!』

『了解です!』

『さあ! まずはランニングだ!』

人型戦車ネフィリムでもランニングですか!?』

『当然だよ! 人間と同じさ! 走る、歩くって言うのは全ての基本なんだからさ!』


 そう言うとラミータ隊長(パラディン)は装甲を揺らし、軽い足取りで駐屯地の中を走り出す。(舞踏号)も慌ててその背を追い、音を立てて走り出した。


 機械の巨人が2人。連れ添ってランニングをする姿はある意味滑稽である。しかし、走ってみると意外なほどに色々な事が分かる。膝や踵。股関節。腰への負担はもちろんだが、腕の振り1つ違うだけで、毎度違う負荷が全身にかかるのだ。

 俺自身が人型戦車ネフィリムになっているという関係から、全身に備えられた鋭敏なセンサが、負担はハッキリと数字として、そして言葉となって頭に流れ込んでくる。


『どうだいブラン君! 何か掴めるかい!』


 先導して走るラミータ隊長(パラディン)が、器用に後ろ向きで走りながら俺に聞いて来た。

 重い装甲を纏っているはずなのに足音が軽く、逆にほぼ装甲など無いに等しい(舞踏号)は足音が重い。


『全身の負荷とかは分かります。けど、どうして隊長はそんなに足音が軽いんです?』

『良い所に気付いたね! それこそ大事な部分!』


 相変わらず後ろ向きに走りつつ、ラミータ隊長(パラディン)が言う。


『それこそが体の動かし方。自分の身体の使い方ってやつだよ。人間にはいくつ関節があるか知っているかい?』

『関節ですか? 100くらい?』

『残念! 260前後だよ! 人は無意識の内にその全てを使って身体を動かしている。人型戦車ネフィリムはまた数が違って来るけど、基本的な感覚は人体と大差無い。それはブラン君も感じているはずだ』

『そうですね。今だって、息は上がらないけど普通に生身で走っている感じと同じですし』


 ランニングを続けたまま2人の巨人が会話を続けている様子は、やはりどこか妙な感じがする。


『動き一つ一つに意味がある。単純に勢いよく右足を踏み出して、勢いよく左足を踏みだせば走れるという訳じゃない。指1本動かすのだって、沢山の筋肉が連動している。その全てを学術的に理解できないまでも、意識する事が大切なんだ』

『動きを意識……』

『そう。走るのであれば、足首や膝を柔らかく使う事。そして意外と大事なのが、足の指や腕の振り、首がグラグラしない事だね。とにかく、色んな部分に耳を澄ますんだ。幸い僕らパイロットはそれを感覚だけじゃなく、センサが受け取った確かな情報としても感じられる。それを意識すると――』


 ラミータ隊長(パラディン)が後ろ手に手を組んだまま、爪先で後ろ向きに走り出した。更に足音が軽くなり、着ている装甲が動く音の方が大きい気すらする程だ。


『意外と軽く動ける。今の動きには踵を付けないように動くっていう、技術的な部分があるけどね』

『おおー!』

『意識の無い人を背負うと、妙に重く感じられるって話は聞いた事あるかい? 乱暴な論理だけれど、あれと似た物だと考えてくれるといいよ。身体の動きを意識する事こそ、トレーニングでは大切なんだ』


 笑ってそう言うとラミータ隊長(パラディン)は身を捻り、側転からのバク転を始めた。俺は思わず足を止めてそれを見てしまう。

 バク転5連からの半捻りで華麗に着地すると、格納庫の方から拍手と歓声が聞こえた。(舞踏号)も思わず拍手をする。無論パチパチという音では無く、重い金属音が響く拍手であった。

 ラミータ隊長(パラディン)は格納庫に向けて軽く手を振り、次に駐屯地の外壁に向かって手を振った。


 そちらを目を凝らして(カメラでズームして)見ると、一般市民が数人、2人の巨人を眺めているのが目に入る。小さい子供もいる様で、ラミータ隊長(パラディン)に手を振り返していた。

 なるほど、確かに『宣伝部隊』だ。

 ラミータ隊長(パラディン)(舞踏号)の方に向き直る。


『生身でこれくらい出来ると、人型戦車ネフィリムでやる際も楽にできるよ!』

『俺はまだそこまで出来ませんよ』


 苦笑いしつつ答えたが、パラディン(ラミータ隊長)は腰に手を当てて明るい言う。


『何事もチャレンジが大事だよ! バク転とは言わないから、側転してみよう!』 

『側転ですか』

『臆せず身体を動かせば、意外と何とかなる物さ! 思い切りっていうのは大事だよ!』


 先ほどの5回転半捻りに影響されたのか、自然とやる気が湧いて来る。言われるままに両手を挙げ、勢いを付けて思いっきり地面を蹴り――バランスを倒してうつ伏せに倒れた。


『ぐおおっ!?』

『ははは! まだ無理だったか! ごめんごめん!』


 そう言うとラミータ隊長(パラディン)は手を貸してくれた。その手を取って起き上がる間際、鋭敏になった(音系センサ)が格納庫からこちらを見つめる整備員達の悲鳴を拾う。

 あ”ぁー!! いやぁぁ仮付け装甲が! 手首の緩衝剤がァ! 首逝ってないよな!? 予備部材持って来とけ! テメェら見学なんざしてねえで仕事しやがれ! などなど、心配しているのかどうなのか分からない声がたくさんだ。

 そう言った声を時折聞きつつも、俺はラミータ隊長の指導の下、久しぶりに人型機械ネフィリムに乗って色々な動きをしたのだった。



 そろそろ日も傾き始めた頃。一台の車が駐屯地に走ってきた。盾のマークが描かれた騎士団の車両だ。車は素手で組手をしている2人の巨人を見つけると、ある程度近くまで寄って来て止まった。

 何事かと思って見ていると、後部座席からのっそりと降りて来たのは、見覚えのある人物だ。禿げ散らかった頭と無精髭。そして太鼓腹で、制服がまるで似合わないおじさん。


『カール少佐!』

「おおー。そっちに乗ってるのがブラン君? 久しぶりだねェ」


 (舞踏号)が驚いて名前を呼ぶと、カール少佐はニヤリと笑った。

 ラミータ隊長(パラディン)は敬礼をした後。気を付けをしたまま止まり微動だにしない。それに気づいたカール少佐が軽く手を上げると、素早く休めの姿勢を取った。

 (舞踏号)もそうした方が良いのかと思い、慌てて見よう見まねで休めの姿勢を取る。するとカール少佐は笑った。


「なになに? ブラン君は探索者シーカークビになったの?」

『いえ、そういう訳では……』

「だったらそんな、軍隊風の事しなくていいの。あー、確か。ラミータ中尉? だったかな」

『はい! カール少佐! 自分はラミータ・レーチェ! 中尉であります!』


 ラミータ隊長(パラディン)が大きな声で言い、明朗な返事をした。いつもの軽い感じは無く、階級というものを感じさせる厳格な声だ。

 

「確か小隊長さんだったねェ。フレイク大尉はこっちの建物?」


 軽妙な口調でそう言うとカール少佐は格納庫を指さした。

 対して、ラミータ隊長(パラディン)が丁寧にコンクリートの建物を指す。


『はい。いいえ。カール少佐。フレイク大尉はあちらの建物です。執務室は3階です。よろしければご案内をします』

「ああ、大丈夫だよォ。その位は自分でやるさ。中尉さんは訓練の続きを……ああいや。2人共、30分後位にフレイク大尉の所に来てくれるかい?」

『はい。了解です。カール少佐』

「邪魔して悪いね。それじゃあブラン君。また後で」


 ニヤリと笑って太鼓腹を掻くと、カール少佐は再び車に乗りこんだ。運転手が車の向きを変え、事務員たちがいるコンクリートの建物へと走っていく。


『カール少佐かあ。何の用だろう?』


 (舞踏号)が何となく呟いた言葉に、ラミータ隊長(パラディン)が答える。


『何か連絡などがあるんだろうね。しかしまあ、上の階級の人と話すのは緊張するよ。僕がこの小隊に来て3年だけど、関わりのある上位階級はフレイク大尉しか居なかったからね』

『そうなんですか? ラミータ隊長はそういうの、あんまり気にしない感じがしてましたけど』


 ラミータ隊長(パラディン)が、やれやれと言った様子で肩を落とす。


『僕だって組織の一員だよ? それくらいの礼儀は無いと即クビさ。騎士団では階級が1つでも上の人間は絶対だからね。ましてや僕は中尉。向こうは少佐。カール少佐が吹けば飛ぶ程度には、権力っていう物があるのさ。それじゃあちょっと唐突だけど、格納庫に戻ろう』

『了解です!』


 そう言うと、巨人2人が並んで格納庫へと戻って行く。

 整備員の誘導に従って格納庫に入り、舞踏号から降りた直後には、再び整備員達が足場を移動させ、あっという間に舞踏号の周りに取り付いて装甲を外したりし始めた。整備員達の動きはきびきびとしており迷いが無い。ラミータ隊長のパラディンも同様だ。

 最も。隊長はまた全裸で乗っていたらしく。呆れた顔をしたベイクが服を持ってきて、何事かを話していた。先ほどの礼儀とは一体……。


 俺にもシルベーヌがすぐさまコクピットの横に来て、操縦中に違和感のある場所や操作具合についての細かい質問を嵐のようにしてくる。それら全てに丁寧に答えていると、あっという間にカール少佐の言った時間の10分前になってしまい、俺は慌てて着替えに向かったのだった。

 前回会った時は戦闘服バトルドレス姿だったが、流石に今度はキチンと服を着ていないと失礼にあたるだろう。例えそれが、いつもの作業着であったとしてもだ。



 そして到着したフレイク大尉の執務室。そこは大きな机と椅子。来客用のソファと机のセット。事務書類が収められた棚があるだけの、シンプルな部屋だ。大尉の人柄を表しているようにも見える。

 小綺麗ではあるものの、建物が老朽化しているのが察せる具合であり、壁に掛けられた何かの表彰状などの裏には、ヒビが入っているのがちらりと見えていた。


「ごめんねェ。ブラン君。急に呼びつけちゃって」


 来客用のソファに腰かけ、怠そうに背もたれに背を預けたままのカール少佐が言った。対面にはフレイク大尉が浅く座り、背筋を伸ばしている。


「いえいえ! お久しぶりです。カール少佐」

「山岳の方で会って以来だね。すっかり馴染んでるみたいで何よりだよ」


 俺はカール少佐とフレイク大尉の間。机の横に立ったまま一礼して答えた。俺の隣ではラミータ隊長が気を付けをしたまま微動だにしていない。

 ラミータ隊長は青色の制服をきっちりと着込み、普段見せない真面目な顔だ。いつもと雰囲気が違いすぎて非常に心細い。俺自身もこういった場に慣れていないし、それなりに緊張して呼吸が浅くなる。


「あぁ。座って良いんだよ? だって君は騎士団の人じゃないしね」

「そうですよ。ブラン君」


 カール少佐がそんな俺の緊張を察したのか、軽妙な声で言った。それに続いて、フレイク大尉も自分の隣に座るよう促してくれる。

 一度は断ったものの、すかさず再び座るよう促され、俺はそっとソファに座った。カール少佐が満足そうに頷いてくれるが、やはり肩身が狭い。


「さて。わざわざブラン君1人とラミータ中尉を呼んだのは、ちゃんと理由があるんだよ。大尉、さっきのお願いできる?」

「はい。カール少佐」


 フレイク大尉が一度席を立ち、机の引き出しからファイルに入った紙束を取り出すと、ソファの方まで戻って来て机に置いた。そして俺と、立ったままのラミータ隊長へ、1枚づつ紙が渡された。


「作戦番号208877……山岳東部の反政府勢力鎮圧作戦に先行しての障害排除……? 騎士団の作戦資料? 何です、これ?」

 

 俺の質問に、カール少佐がニヤリと笑って太鼓腹を掻いた。

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