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第23話    〃     オーバーホール

 格納庫には、青と白で染められた騎士団の人型戦車ネフィリム。『パラディン』と呼ばれる機体が、整備員に囲まれて甲冑のように3機立ち並んでいた。


 『パラディン』はまさしく騎士のような姿の人型戦車ネフィリムで、骨格フレームの頑強さが取り柄の機体だ。しかし関節が捻じれに弱く、泥臭い格闘になると少し問題があるというのが整備班の言である。人間で言うならば、身体の堅い人という感じらしい。

 基礎設計などは遺跡等で再発見された物らしいが、骨格フレームや人工筋肉は騎士団傘下の工場で極少数作られている新造品だ。発掘品に頼らざるを得ないのは脊髄部分。コクピットと一部のブラックボックスだ。


 装甲の取り付け具合や重量バランスは、騎士団員がよく着ている金属鎧と似た仕上がりになっており、これは生身の時との差異をなるべく小さくする工夫なのだとか。

 固定武装と言える物は無く、強いて言うならば高剛性スチールの長剣が標準装備。剣は主に示威行為に用いられるが、上手く使えば装甲車程度なら両断できると聞いた。

 その他の武装は適宜、人型戦車ネフィリム用に引き金(トリガー)を取り付けられた火砲を使う。多くの場合は片手で持てるように調整された、人型戦車ネフィリム版のアサルトライフル。20mm口径で単砲身の機関砲を持つ事が多いらしい。

 ちなみに1番機がラミータ隊長。2番機がベイク少尉。3番機が予備兼遠隔制御機で砲台代わり。という編成になっている。


 そして格納庫の隅に、俺達の『舞踏号』がパラディン達よりも堂々と立っていた。


 舞踏号はオーバーホールの真っ最中だ。全身の精密検査の後に、もげた左腕が再び付けられている。しかし、未だに装甲は付いておらず皮膚カバーも無い。人工筋肉すらまだ付けていない部分ばかりだが、それでも舞踏号が今まで見た事が無いくらいに活き活きとしているのが察せる程だ。

 骨格フレームが剥き出しの顔は、どこか人の頭蓋骨にも似ている。歯が並んでいるように見える部分は、頭部に集約されている各種センサを冷却する吸排気口だと教えられた。


 そんな舞踏号の首元に、見慣れたぼさぼさの金髪が揺れていた。彼女は周りでキビキビと動く整備員達と話しつつも、満面の笑みで何かを調整している。

 ラミータ隊長が明るい声で叫ぶ。


「シルベーヌ君! 今いいかい!」

「はーい! って、隊長さん? あれっ、ブランにミルファも!」


 シルベーヌが顔を上げ、額の汗を拭った。何やら書類の付いているバインダーを小脇に抱え、舞踏号の周りに組まれた足場を軽い足取りで降りてくると、小走りで俺の前に来て微笑みかける。


「フル装備の姿でこっち来るなんて珍しいね?」

「ラミータ隊長が、何か言いたい事あるんだってさ」

「なんでしょう? 隊長さん?」


 シルベーヌが機械油の付いた手で自分の鼻の頭を触った。真っ黒な油が鼻先に付いたのを見て、ミルファが微笑む。

 ラミータ隊長も笑い、満足そうに頷いた。


「熱心なようでなによりだね! 舞踏号の修繕はどのくらい進んでいるんだい?」

「7割くらい。と、言っておきます。人工筋肉は全く問題なし。骨格フレームも調整されて、歪み一つ無し! ついでに補強も済ませて、強度も上がってますね」

「それはよかった! 何か問題はあるかい?」

「コクピットの端末にある記録を吸い出したかったんですけど、整備マニュアルはおろか、舞踏号自体の仕様も全く無くてびっくりですよ。最低限の基幹プログラムしか動いてないんですが、容量が異様にあるから、何かがあるのは確か。でも、それが全然掴めなくて……」


 そう答えるとシルベーヌは首を捻る。しかし思い出したように小脇に抱えたバインダーから書類を1枚出すと、ラミータ隊長に手渡した。

 

「今後の予定をまとめた書類です。内装は引き続き調整と、実際どうなっているかの調査ですね。外装や装甲とかはパラディンの物を応用して調整。内部も外部も、パラディンの補給パーツを舞踏号仕様に調整するのに時間が掛かってる感じです。規格が全然違うんですよねえ……すぐ拒絶反応エラーが出る部分が多くて、わがままな子ですよホント! あ、でも舞踏号の見た目は変わらない予定です」


 シルベーヌが嬉しそうに語るのを聞きつつも、ラミータ隊長は書類に目を通していた。そして段々と、隊長の目が丸くなっていく。


「これはまた……すごいね。君の手がかなり手が入ってるけど、カレド班長の堅実な案が元かい?」

「はい。親父さんに言われた通り、使える部分はなるべく残す形で整備してます。新しい物取り付けてると拒絶反応エラーが多いですから。中でもほぼ丸ままなのは、人工筋肉と骨格フレーム周り、コクピットと脊髄関係のブラックボックスです。他にも細かい部分はありますけど、とにかく! 本当にありがとうございます!」


 シルベーヌが更に嬉しそうに笑い、ラミータ隊長の手を取って力強く握ると、ぶんぶん振り回す。


「設備も補給パーツもあるって言うのは、本当に幸せ! 隊長さんありがとう!」

「ははは! 僕にそう言ってくれるのは嬉しいけど、本当に褒められるべきはフレイク大尉だよ! 大尉は307(サンマルナナ)の事務一切を取り仕切ってる人でね。大尉が居ないと、307(サンマルナナ)はここまで色々出来はしないよ!」

「そうだったんですか! じゃあ今度大尉さんにも何かお礼を考えないといけませんね!」


 ラミータ隊長の言を聞いて、シルベーヌは嬉しそうに悩む素振りを見せた。

 隊長はそれを見て再び笑うが、今度は真面目な顔になって言う。


「それはともかくだ。オーバーホールが終わって、舞踏号が一応稼働できる状態になったら、すぐに試運転がてらの訓練をするよ。騎士団の主目的はデータ取りだから――」

「分かってますよ隊長さん! とりあえず綺麗にして修理完了さようなら。何て言いません! オーバーホールの後だからこそ、また新しい異常が見つかったりもしますからね!」

「ははは! そう思ってくれているのなら良かった! と、言う訳だよ。ブラン君ミルファ君。舞踏号が動くようになったらすぐだ」


 再び真剣な表情に戻ったラミータ隊長に、了解です。と俺とミルファは返した。

 隣でシルベーヌが俺に、もうすぐだから待ってて。とも微笑む。


「それじゃあ僕は少し、面白くない事務仕事をしてくるよ。3人は自由にしてて! 昼ご飯が済んだら、ベイクと一緒に腕が痺れるまで銃を撃ってもらうからさ!」


 そう言ってラミータ隊長はサンダルをペタペタ鳴らし、自分の机がある部屋へと消えていった。

 隊長の背を見送った後、俺は何とは無しに口を開く。


「何だかんだで、この話を受けてよかったよな」

「そうですね。弾薬費タダで本格的な訓練が出来るのは、ブランにとって丁度良いです。今後、人型戦車ネフィリムが入れないような場所に行く依頼も視野に入れれますし」

「ミルファの言う通りね! それにねブラン。整備員のみんなが手伝ってくれて、拡張性も高くできそうなの!」

「拡張性? 何が変わるんだ?」 

「簡単に言うと、ソフトとハードの両方で、色んな機器を付けるのが簡単になるのよ! エラーが出るかはともかく、ここみたいに設備が無くても、とりあえず何とかできる感じね。つまりは騎士団を離れても色々出来るようになる! ……かもしれないの!」


 そう言ってシルベーヌはバインダーを胸に抱えると笑った。そしてその目が、視線の端でスパナを握る老練な整備員を捉えた。


「あっ、親父さーん! ちょっと聞きたい事が! 舞踏号の神経繊維なんですけど、パイロットとのニューロンリンクの部分がどうしてもパラディンと違って! 意識選択式の回路はやっぱり――」


 嬉しそうにカレド班長の方へと駆けていき、戸惑いつつも何かを答えるカレド班長の言葉を聞くと、熱心にバインダーへ何やら書き込んでいく。

 最初は騎士団で整備なんて。と嫌がっていたシルベーヌは、すっかり馴染んでいる様子で微笑ましい。本当に人型機械ネフィリムを整備するのが大好きなのが伝わってくる。天職というよりも、活き活きしていて趣味半分仕事半分と言った様子だ。


 そして俺も、ふと視界の端に見覚えのある若い男を捉えた。


 短い茶色の髪に精悍な顔立ちで、禁欲的な雰囲気を纏う男。年のほどは俺と同じくらいで、背丈は俺よりも少し高い騎士団員。俺と人型戦車ネフィリムで殴り合ったパイロット。ベイク・キース少尉だ。

 ベイクは戦闘服バトルドレス姿でパラディンの足元まで行くと、整備員に何やら聞いて書類へとサインをしている。

 彼と直接会話したのは訓練初日だけだ。その時も丁寧かつ生真面目な態度で俺達3人に謝罪して頭を下げた。憮然としている風では無く、自身の失敗をきちんと受け止め、申し訳ない事をしたという思いが伝わってくる様子は記憶に新しい。

 とはいえ、自分の行いが100%間違いだったとは思っていないようだとは風の噂で聞いた。もし仮に俺達が本当に盗賊だった場合は、自分の行動は正しかった。そういう確信を持っているとの事だ。


「ブラン? どうしました?」


 ミルファが微笑み、ぼんやりしていた俺の肩をつつく。


「ああいや。何でも無いよ。自由時間貰ったし、いつも通り人工筋肉でも揉んでようか」

「そうですね。機械でするのも良いですが、やはり手作業が一番ですし」


 そう2人で笑いあって、タンパク燃料のプールに向かおうとした時だった。


「少しいいか」


 後ろから声を掛けられ、俺とミルファは振り向いた。こちらに歩きながら声を掛けて来たのは、先のベイク少尉である。

 あからさまに警戒。という訳ではないが、ミルファが僅かに身構えたのが感じ取れた。

 ベイクはその警戒に何かする訳でも無く、まずはミルファに向かって妙にかしこまった声色で言う。


「ただの連絡だ。ミルファさんは、少し試射場に来てくれと整備員が言っていた」

「はい。分かりました」

「それと貴方。ブランさんは、俺と一緒に射撃場に」

「了解です。でも、そりゃまたどうして」

「午後からは俺と貴方達を合わせて射撃練習をすると、隊長が朝、俺にも言っていたからな。準備はしておくべきだ。先に行っている」


 ベイクはどこか不機嫌そうに言うと、くるりと踵を返して歩き出す。背筋の伸びた毅然とした歩き方は、どこか高潔な雰囲気があった。


「そういう事なら行くしか無いよな」


 俺がミルファに笑いかけると、ミルファも少し微笑んだ。

 途中でミルファと別れ、俺は1人で射撃場に向かう。隅にある弾薬庫に行くと、ベイクが既に銃弾が山ほど入った箱を保管係から受け取っているところだった。


「すみません。遅れました」

「いい。そっちの箱を頼む」

「はい」


 淡々とした言葉を交わした後、2人で黙々と重い弾薬箱を机まで運び、中身を検め、不備や錆びた弾が無いかを立ったままチェックしていく。

 他の騎士団員が射撃練習をしたり歓談する声が聞こえる中、俺とベイクの間にはどこか張り詰めた空気が漂った。小さく、弾丸と机が当たる音が聞こえるのみである。


 ……気まずいなあコレ……。

 

 なんて事は思っても、口に出す事は出来ない空気。

 黙々と小さな銃弾を1個1個チェックしていくベイクの姿は真剣そのものだ。目を凝らし、ちょっとでも異常があれば不良品として弾いている。

 そしてベイクは俺の視線に気づいたのか、一瞬だけ俺の方に視線を注いでから、すぐに手元に視線を戻して口を開く。


「……なんだ」

「いや、その。ベイク少尉は、騎士団に入って長いんですか?」

「今年で3年になる」


 どもりつつも出した俺の曖昧な質問に対し、ベイクは明朗かつ淡々と返す。


人型機械ネフィリムに乗ってどれくらいです?」

「1年だ」

「そんなに! 凄いですね」

「……嫌味か?」

「いえ、そんな事は! ……気に障ったのなら、ごめんなさい……」


 恐縮して俺は言い、慌てて視線を手元に戻した。肩身が狭いまま、銃弾のチェックを続ける。

 しかし。少ししてから小さなため息が聞こえ、ベイクが呟くように言う。


「8か月訓練を積んだ。人型戦車(ネフィリム)を使った任務に付き始めたのは3か月前からだ」

「おお……!」

「お前の話は聞いている。探索者シーカーなのは確かだが、素性の分からん奴だとな。人型戦車ネフィリムに乗っている期間は少ないのか?」

「はい。全然です。1ヵ月にも満たないはずですね」


 俺がそう言うと、若干悔しそうな顔でベイクがこちらを向いた。


「そういう奴に俺は負けたんだ。自分の力量不足と才能の無さに眩暈めまいがする」

「ベイク少尉……でも、あれは俺の不意打ちみたいな――」

「どういう状況であれ、あの場はお前が勝った。俺が負けた。俺のやった事は間違いだとも決定された。お前が正しく、俺こそが蒙昧だった。そして騎士団の決定を覆す気も無ければ、そこに疑問も無い。全ては俺の力不足だ。やたらとかしこまるな」


 ぶっきらぼうに言い、ベイクはハッとした。そして足先で地面を擦りながらも呟く。


「……しゃべり過ぎたな。お前と話していると妙な事まで話しそうだ」

「よく言われます。何か弱そうだとか、新品の人工筋肉みたいだとか」

「弱そうなのは分かる。正直、もっと大柄な奴だと思っていた」

「やっぱりですか!」


 俺が笑ってしまうと、ベイクも少しだけ微笑み、すぐさま顔を引き締めた。


「無駄口を叩きすぎたな。昼飯までにはチェックを終わらせるぞ」

「はい!」


 再び作業を始めて沈黙が訪れるが、先ほどまでの張り詰めた空気は緩んだ気がする。

 色々とあるのだろうけれど、きっと悪い人では無いのだ。


 それからは騎士団の食堂でシルベーヌやミルファと昼食を摂った後、ラミータ隊長の指導の下、ベイクやミルファと本当に腕が痺れるくらい銃を撃たされた。

 撃ち方や狙いの付け方、素早い弾倉の交換方法なども教えられ、諸々の注意事項もたくさん言われる。妙な事をすればラミータ隊長の、口調は軽くとも迷いの無い叱責が飛ぶ。だがその軽妙な注意は1度だけ。2度目は怒声が飛んだ。



 毎日の訓練が終わるのは大体が夕方頃だ。着替えを済ませたりした後、もはや日課になっている人工筋肉のマッサージをしに格納庫に行く。

 今日あった事を話したりしつつ、ミルファやシルベーヌと一緒にやるのだが、最近はシルベーヌやミルファ目当ての整備員の面々がやってきて、何故かみんなで人工筋肉を揉むのが常になっていた。

 しかし今日は、『右手』と大書されたタンパク燃料のプール。そこに沈む人工筋肉を、男連中で固まって揉んでいるという何とも汗臭い有様だ。


「質問なんですけど」


 俺は舞踏号の薬指の人工筋肉を揉みつつ言う。


「シルベーヌとミルファは分かるんだよ。整備の皆さんは、騎士団のお仕事とか良いんですか?」

「なーに言ってんの! きちんとやる事はやってるよ! オレ達はこう見えて優秀だからね!」


 カメラ頭の整備員。ダースが笑った。ダースはアンドロイドであり、ミルファと違ってモーター音が聞こえる程に機械な手足をしている。そして彼はカレド班長の下、いわば整備員達のまとめ役を担っているのだという。専門は電子機器。主にソフトウェア関連に詳しいとか。

 ダースは人差し指の人工筋肉を揉みつつ、言葉を続ける。


「ちゃんと仕事を終わらせて、自由時間だからこそオレ達は善意で! 自分から! 何の下心も無しに! 手伝っているだけだよ?」

「ものっすごい強調しますね……実際のとこ、シルベーヌやミルファ目当てでしょう?」

「異性と親しくなるには、まずは接点を増やすのが大事なんだぞブラン君!」


 ダースの言葉に、同じく小指、中指、親指の人工筋肉を揉む整備員達が力強く頷いた。

 俺はため息をつき、再び聞いてみる。


「それにしたって、じゃあどうして俺と一緒に人工筋肉揉んでるんです。ミルファとシルベーヌは向こうですよ」

「分かっていないねブラン君! 見たまえあの和やかな雰囲気を!」


 視線を上げれば、作業着の女子2人は少し離れた場所にある『左手』と書かれたタンパク燃料のプールに屈み込んでいた。

 何か面白い話があったのか。ミルファとシルベーヌはくすくすと笑いながら人工筋肉を揉んでいる。身を寄せ合い頬をつつき合うその姿は、地味な作業が何故か華やかに見える程度には魅力があった。


「あんなキャッキャウフフに、オレ達みたいなむさい連中が入って良いはずが無い……! 神が許してもオレが許さない! 否! 弱さを認めよう! 我々307整備班は、出会いの無い職場に長年居るがゆえに、美しいものに手を伸ばす事すら臆病になっているのだ……!」

「何なんすかそれは……事務や警備の方にも女性の方はいますし、ラミータ隊長とか居るじゃないですか」

「隊長は何か違うんだよ! 確かに美しい肢体だが、恥じらいが無いというか、ありがたみが無いんだ!」

「熱弁されても、俺には分からない……!」

「ああ! ブラン君には! あの可愛い2人と暮らしている君には、分からないかもしれないね……!」


 半ば歯ぎしりするような音が、俺の周りにいる整備員達から聞こえ、怨嗟と羨望の詰まった粘りのある視線が投げかけられた。ベイクの時とは違った意味で肩身が狭い。


「謂れのない叱責を感じる……」

「まあ君は柔らかいけど、淡泊そうな顔してるからね! そんな君にプレゼントをしておいたよ! 君のバッグにこっそりセクシー写真集入れておいたから!」

「俺のバッグに何してんすか!?」

「安心したまえ! 新品未開封だ! 表紙には『球体関節特集』って書いてあったぞ!」

「どうでもいいわ!!」


 人工筋肉を握りしめた俺の叫びが、格納庫に響いた。

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