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第22話 速成教育1ヵ月目 トリガーハッピー

「射撃手! 構え!」


 ラミータ隊長の声が響き、俺は備品のアサルトライフルを握る手に力を込めた。騎士団で普及しているこのライフルは、俺の腕の長さと同程度の全長を持つ黒く頑丈な物だ。5.56mmの銃弾を放ち、装弾数は30発。取り回しのしやすいデザインの、銃らしい銃と言っていい。

 各種の弾薬は珍しいものでは無い。戦争に次ぐ戦争をしてきた歴史が皮肉な事に、単純かつ高効率な工場の建設と保持、それらに伴うテクノロジーとノウハウの継承を可能にし、パン1枚よりも弾倉1個分の銃弾の方が安いと言う事もままある。

 そして俺は肩と胸、そして肘と膝、腿にプロテクタを付けた戦闘服バトルドレスを着込み、フルフェイスの戦闘用ヘルメットも被った完全武装だ。腰にはホルスターに入った私物の拳銃と、大型のナイフも下げられている。


「用意!」


 静寂の後。笛が鳴った。

 俺は飛び出すように走り、指定の位置で急停止。人型の的に向けて発砲する。乾いた音が響き、銃の反動を自分の筋肉と戦闘服バトルドレスの人工筋肉が吸収した。

 再び走り、今度は並んだ的を順番に撃つ。金属音がして的が倒れていくのを見るや否や、ライフルを地面に置いて更に走る。

 途中で腰から拳銃を抜き、また的を撃つ。再び走って指定の位置で止まって発砲。そこからは歩きつつ、近くに設けられた的へ弾倉が空になるまで拳銃を撃った。

 拳銃はミルファが選んでくれた、反動の少ない『初心者向け』の一品である。オートマチックの9mm拳銃で、装弾数は9発。小ぶりながらも角ばった形がいかにも銃らしい。


「止め! 銃はホルスターへ」


 相変わらずタンクトップにサンダル姿のラミータ隊長がそう言うと、俺が撃った的を1つ1つ調べていく。最後の的を調べると、一瞬ニヤリと笑ってから俺に言う。


「全然ダメだね! 素人そのもの!」

「いやー! やっぱりですか!」


 俺もヘルメットを脱ぐと笑って返し、2人でしばらく笑い合っていたが、ラミータ隊長は真面目な顔に戻って言う。


「それでも、1か月前よりは大分マシだよ。筋トレや基礎体力作りばかりだったけど、代わりに下地は一応出来ている。もっとも――」


 ラミータ隊長が肩をすくめる。


「速成教育も良い所だから、とりあえず形だけって感じだけれどね。君は勘が良いから、圧倒的に足りない基礎をセンスで補っている感じだ。素晴らしいとは思うが、経験が足りない上にそれでは無茶苦茶すぎる」

「褒められているんですかね……?」

「ははは! どうとるかは君次第だよ! それでもきちんと褒めておくべきは、この1ヵ月文句も言わずに地味なトレーニングを積み重ねて来た事だね!」


 ラミータ隊長はそう言って俺の肩を叩き、訓練場の隅まで来るよう手で示した。周りでは他の騎士団員達も似たような訓練を行い、発砲音がいくつも響いている。



 307(サンマルナナ)小隊の厄介になり始めて1か月。ずっと行ってきたのは基礎体力作りであった。生身の俺は、ミルファのようなアンドロイドやサイボーグと違い、まず身体を鍛える事が大切だと言われたからである。

 運動着姿で何十キロもランニングをし、身体中の柔軟を行って筋トレをし、格闘術の基礎的な部分だけを何度も繰り返す。

 それが終わったら、今度は装甲をフルに付けてヘルメットを被った戦闘服バトルドレス姿で同じ事を行う。筋力サポートがあるから楽。などと言う事は無い。着ていない時の何倍ものランニングは行われるし、腕立ての時には背にトラックのタイヤが乗せられる。更には装甲車を押して歩けなどと言う無茶も言われた。当然のように汗にまみれ土にまみれ、息が切れる。〆にはもちろんランニングの、まさしく地獄だった。

 細かい部分では、銃器を分解して綺麗にし、再び組み立てる事や、ナイフを研いだりする事も何度もした。だが、発砲などは毎日弾倉1個分ほどしかやらされなかった。それも的に向けて静かに撃つだけ。さっきのように走って撃ったりしたのは初めてだった。


「小手先だけの技術を教えてもいいけど、それは趣味程度の場合さ。実用に耐えうるすべを身に付けたいなら、基礎の反復をおろそかにしてはいけないよ」


 ラミータ隊長の言葉であるが、その言葉通り徹底した基礎の基礎ばかりを反復していた。

 そしてやっとの事で今日。先ほどのような『いかにもな』訓練をさせてもらえた。狙いはともかく。初めてした時よりも、銃の反動などを抑えられているのだけは確かだ。基礎トレの成果だろう。

 


 そして訓練場の隅。ちょっとした休憩所のような場所で、他の騎士団員の訓練を眺めつつラミータ隊長が言う。


「さて! 今日からブラン君は次のステップだ! 基礎トレに加えて、私物の拳銃とライフル他小火器の使い方が主になるね。それから格闘術などの身体の使い方。目安として、側転くらいは出来るようになってもらうよ!」

「了解です! でも、ちょっと聞いて良いですか?」

「イイとも! 何だい?」

「こういう事を教えてもらえるのは、確かに勉強になります。けど、人型機械ネフィリムの操縦に関する事とかがさっぱりなのが……」


 そう。今までの訓練は全て、俺自身の身体を使った事ばかりなのだ。ありがたいけれど、俺にも微かな『自分はパイロットだ』という思いがある。

 俺の言葉を聞いたラミータ隊長は、なるほど。と言って腕を組んだ。豊かな胸が腕の上に乗る。


「わざと話していなかったけれど、いい機会だし話しておこう! 人型戦車ネフィリムの性能についてだね」

「よろしくお願いします」

「ネフィリムは、分類としては人型戦車と呼ばれているのは知ってるかい? これは無理矢理分類したからこそ、車輪も付いていないのに戦車なんだ。書類の上での管理を楽にするためでもある。でも、だからといって戦車みたいに使うのは向いていない。戦車砲を持って盾を握って走れば、出来ない事は無いけどもね」


 ラミータ隊長はそう言って笑う。


「つまり。あれは戦車と言っても戦車じゃない。完全に別のモノとして考えるべきなんだ。じゃあ何が出来るのか? そこで参考になるのが人間そのものだ」

「人間そのもの。って事は、パンチとかキックとかですか?」

「それも一例だね! 人型戦車ネフィリムの最大の特長は、『人間と同じ』である事。つまり、人間が出来る事は大半が出来る。地面を走ったり、壁を登ったり。身を屈めて遮蔽物の影に隠れたり、穴を掘ってそこに身を伏せたり――」


 ラミータ隊長がふとサンダルを脱ぎ、足先でそのサンダルを掴むと持ち上げて見せる。


「こうやって足で物を拾い上げたりとかもね。人間が出来る事は、意外と沢山ある。身体だけでもパンチやキック。使えるなら火砲を抱えて撃てば良いし、弾が切れたら砲自体を投げつけたりも出来る。瓦礫を武器にしたり、装甲が欲しいなら鉄板を抱えて盾にも出来る。その応用力というか汎用性。とりあえずやろうと思えば何でも出来るっていう部分が、最大の特長なのさ」


 サンダルを地面に落とすと、今度はその足先で器用に戦闘服バトルドレス姿の俺の腹に触れ、足指の先でそっと撫でた。少しくすぐったい。


「そして僕たちパイロットはコクピットに収まっている間、人型戦車ネフィリムそのものになっている。つまり、『自分が出来る事』が、そのまま『人型戦車ネフィリムの出来る事』なんだよ。だからこそ、自分の身体で何が出来るのかをきちんと知っておかなきゃいけない。その為の、ちょっと前時代的な基礎トレーニングさ」

「自分が出来る事……」

「例えば今の君は、筋トレや柔軟のおかげで、多少なりとも前よりも重い物を持ったりできるはずさ。ただ単純に筋力がアップしている事を指しているんじゃないよ? 『重い物を持ち上げる際の身体の使い方』を知っている事を指してる。それは地味だけれど、とても大切な事さ。基礎訓練をおろそかにするのは兵隊として最も愚かで……っと、君は騎士団員じゃなかったね」


 ラミータ隊長はそう言って苦笑いすると、サンダルをきちんと履いた。


「とにかくだ。『自分は何が出来るのか?』それを把握する事が人型機械ネフィリムのパイロットには大切だよ。曖昧で不可思議だけど、人型機械ネフィリムには乗ってる人間の力を増幅するパワーがあるんだ」

「そんな力が?」


 俺はふと考え込む。確かに、ミノタウロスを投げ飛ばしたあの動き。イメージこそ出来てはいても、武術の心得も無い素人の俺が出来たのは奇跡だろう。もしやその不思議な力が作用して――


「ははは! そんな真面目な顔をしないでよ! 増幅なんてのはジョークだよ! 機械で奇跡が起こせるなら、何度も戦争なんて起きちゃいないさ!」


 ガクンと気が抜ける俺に、ラミータ隊長は快活に笑ってから言う。


「でも、人型機械ネフィリム自体は戦前の技術の塊さ。解析は100%行われていないし、発掘品に頼るしかないブラックボックスだってある。原理が解明されていないからこそ、技術的な意味で何か変な事が起きてもおかしくはないね」

「そういうもんですか……」

「でも言わせてもらえば、人と同じ様な機械っていう存在自体がそもそもおかしいのさ。兵器としての効率を考えても問題ばかり。作業機械としてなら5本指の器用さは褒められるけど、やっぱり無駄ばっかりさ。戦前の人は何でそんな馬鹿みたいな物を作ったんだろうね?」


 気の抜けた俺に対して、ラミータ隊長はことさら明るく笑うと俺の肩に手を置く。


「さて! 今度はミルファ君の方に行こう。ライフルを仕舞って来て!」

「了解です!」


 俺が敬礼をすると、そんな事しなくて良いからと、ラミータ隊長は苦笑いした。



 訓練場と近いが、また別の場所。いわば兵器の試射場のような場所にミルファは立っていた。周りというか、少し離れた場所には何人か整備員がいる。

 ミルファは装甲をフル装備の戦闘服バトルドレスに身を包み、ヘルメットの代わりにつるりとした大きなバイザーを顔にしていた。口元だけが見える物で、彼女の顔を否応なしに無表情に見せている。

 そしてミルファの足元には、重厚なガトリングガンが置かれていた。3本の銃身が高速回転し、間断なく20mm口径の弾丸をまき散らす機関砲だ。大きさはミルファの身長程もあり、銃身には弾薬箱から直接弾帯が伸びていた。


「お願いしまーす!」

「はい」


 整備員が全員、身を隠せる強化プラスチックの盾に隠れて叫ぶと、ミルファは少しだけ微笑んで返した。そして足元のガトリングガンを手に持つと、両手で分厚い金属製の的に向かって構える。ジャラりと金属音がした。


「撃ちます。3カウント。3。2。1」


 僅かな空転音の後、獣の叫びにも似た発砲音が唸る。

 秒間何十発という勢いで弾丸がまき散らされ、無数の薬莢がミルファの足元へと溜まっていく。撃ち続けるミルファの腕は発砲の衝撃で少しブレているものの、体幹や立ち位置は全く変わっていない。

 ガキン。と、大きな音がして発砲音が止んだ。的は金属製のはずなのに、まるで紙切れが食い破られたようになっていた。

 ミルファも構えるのをやめて小首をかしげていると、整備員が1人近づいて話しかける。


「うーん。やっぱり1分近く撃ち続けると詰まりが出るねえ」

「はい。段々と銃身のブレも大きくなりますから、余計な力が掛かっているのだと思います」

「もうちょっと構造を煮詰めるか、材質を変えるのがいいのかな。試し撃ちありがとねミルファさん!」

「いいえ。私も良い経験になっていますから」


 頭を掻く整備員の言葉に、ミルファは丁寧に答えた。そして俺とラミータ隊長に気付くと、バイザーを外してにっこりと微笑んで近寄ってくる。


「お疲れ様ですブラン。ラミータ隊長。射撃訓練は如何でしたか?」

「全然だよ! 俺は素人すぎる!」

「筋は良いんだけどね、ブラン君は。ミルファ君の方はどうだい?」

「はい。ラミータ隊長。色々な銃器を撃たせて頂くのは、とてもいい経験になります。どの程度の火器なら厚さ何cmの鋼板が撃ち抜けるかなどは、良い指針になりますしね」

「それはよかった!」


 嬉しそうにラミータ隊長は言い、言葉を続ける。


307(サンマルナナ)はフレイク大尉の根回しで、他の部隊のお古とかが色々回ってくるからね。修理して使える物は使うし、古い弾丸を処理ついでに、こうやって色々と実験も出来るのさ」

「ありがとうございます。私もこういった火砲を扱う機会はありませんでしたから、今後も探索者シーカーとして依頼を受けていく際にも参考になります」



 ミルファはこの1ヵ月。307(サンマルナナ)が所有するありとあらゆる銃器の試射などを手伝っていた。もちろん合間合間に射撃訓練などをしているが、ミルファの場合は既に動き方が完成されているとの事で、何か教える事は無いらしい。

 代わりに主となっているのが、新しい武器などをどう使うかという訓練だ。彼女はアンドロイドであるがゆえに、生身の人間よりも正確で力強い動きが可能だ。そこに戦闘服バトルドレスの筋力サポートなどが加われば、普通の人間では扱いきれない大きな銃を使う事が容易になる。

 先ほどのガトリングガンもその一端だ。本来はヘリや銃座に固定して使われるような代物だが、ミルファはそれを持って歩いて撃つ事が出来る。他にも、軽戦車に取り付けられていた戦車砲。持ち運び式のミサイルランチャー。果ては試作のレールガンといった代物まで、様々な物をぶっ放していた。

 整備員達もいちいち設置したりする手間が省けると、これ幸いに引き金(トリガー)だけを付けた試作の銃器すらも持ち寄っている程だ。もちろん。こういったデータもきちんと騎士団へと還元されていくらしい。



「気に入った銃はあったかい?」


 ラミータ隊長がにこやかにミルファに聞く。


「はい。私は重機関銃が好みですね。取り回しがしやすいですし」

「重機関銃っていうと。12.7㎜のアレかい? アレは本来、3脚で固定して撃ったり、装甲車の上に付けてる物だよ?」

「はい。威力は十分ですし、それでいて持ち運びやすいです。それに、撃っている時の感覚がとても素晴らしいですね。腕があと2本欲しくなります」


 ミルファはそこで言葉を区切り、深窓の令嬢のような笑顔でにっこりと微笑んだ。私に銃を撃たせろ(トリガーハッピー)という訳ではないだろうが、ここ1ヵ月の撃ちまくり生活が、ミルファの何かを開花させたのを感じさせる笑顔だった。

 ラミータ隊長はその笑顔を見ると大声で笑い出す。周りで先ほどのガトリングガンを弄っていた整備員達が、何事かとこちらを向く程だ。


「腕があと2本か、ミルファ君も中々だね! これからは銃器の試射はもちろんだけど、使い方も習熟していってもらうよ! 人型戦車ネフィリム戦車随伴歩兵タンクデサントになるには、そういう部分も大事だからね!」

「了解です。ラミータ隊長」


 ミルファはそう答えると、見事な敬礼を返した。それを見たラミータ隊長は俺の時と同じように苦笑いを浮かべる。


「それじゃあミルファ君も、一緒に来てもらえるかい」

「はい。ラミータ隊長。ですが、どちらに?」

「それはもちろん。君達の人型戦車ネフィリムの所さ!」


 サンダルの音を鳴らし、格納庫に歩いていくラミータ隊長の背を追った。

読んで下さった方はもちろん。レビューやブックマークなどなど、誠にありがとうございます。

身が引き締まる思いです……!

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