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忘却曲線上の悪役令嬢――死に戻るたび、世界は私を忘れていく  作者: 直助
第二幕 戴冠の資格

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第四十八話 影の王国

 ユリアはブロッケスの執務室を後にした。


 廊下を歩いていると、向こうから一人の男が歩いてくる。


 ティルだった。


 ティルもまたユリアへ気付き、足を止める。


「これは、ユリアさん」


「昨日はどうも」


「ブロッケス卿に何か御用でしたか?」


 ユリアは穏やかに頷く。


「ええ」


「夜会だけでは、お顔とお名前を覚えきれませんから」


「こうして改めて、ご挨拶に回っているんです」


 ティルは微笑む。


「そうでしたか」


 ユリアは軽く一礼する。


「それでは、このあたりで失礼します」


 そう言うと、そのまま歩き去っていった。


 ティルはその後ろ姿をしばらく見送る。


 そして、ブロッケスの執務室へ向き直ると、扉を叩いた。


 コンコン。


「どうぞ」


 中から返事が返る。


 ティルは静かに扉を開いた。


 部屋へ入ると、ブロッケスの前にはケーテンの姿もあった。


「これは、ケーテン卿もおいででしたか」


 ブロッケスは穏やかに笑う。


「今日は本当に来客が多い」


 ティルは部屋を見回しながら尋ねる。


「先ほどユリアさんもこちらから出てこられましたが」


 ブロッケスは頷いた。


「ええ」


「ご挨拶に来られただけですよ」


「お若いのに、律儀なお方です」


 ティルは静かに頷く。


「そうでしたか……」


 その視線がケーテンへ向く。


 ケーテンは空気を察したように小さく頭を下げた。


「それでは私は、このあたりで失礼します」


 そう言うと、静かに部屋を後にする。


 扉が閉まる。


 ブロッケスは改めてティルへ向き直った。


「それで……」


「本日のご用件は何でしょうか?」


 ティルは穏やかな笑みを浮かべる。


「そんなに身構えないでください」


「今日は、大した話ではありません」


 そう言って、一冊の書類を差し出した。


「少し妙な動きをしている者がおります」


「審問をお願いいたします」


「必要とあらば……」


「処刑となっても仕方ありません」


 ブロッケスは書類へ目を落とす。


「……捜査局の者ですか」


 ティルも書類へ視線を落とした。


「この時期になると……」


「嗅ぎ回る者がいるんですよ」


 再びブロッケスを見る。


「適切なご判断をお願いします」


「この国のために」


 ティルは軽く一礼する。


「それでは、失礼いたします」


 そう言い残し、静かに執務室を後にした。



 ブロッケスは、ティルが出ていった扉を静かに見つめていた。


 ――この国のため……。


 小さく息を吐く。


 ――そうだ。


 ――これが、この国のためだ。


 手元の書類へ視線を落とす。


 静かに羽根ペンを取り、審問要請書へ署名を記した。


 その動きに、一切の迷いはなかった。


 署名を終えると、ふと窓の外へ目を向ける。


 ――ライヘンバッハの血は……。


 静かに目を閉じる。


 眼鏡を外した時の蒼銀の瞳が脳裏をよぎる。


 ――この力に、抗うことはできるのか……。




 ユリアは恐る恐るアルベリヒの執務室の扉を開けた。


 静かな執務室。


 中には誰もいない。


 ――よかった……。


 ――まだ戻ってきてない。


 ユリアは小さく胸を撫で下ろす。


 そのまま机へ向かい、何事もなかったかのように書類の整理を始めた。


 しばらくして――。


 扉が開く。


 戻ってきたのはアルベリヒだった。


 執務室へ入るなり、机へ向かうユリアの姿が目に入る。


 ――ちゃんと仕事をしているな……。


 思わず口元が緩む。


 ユリアは一瞬だけアルベリヒへ視線を向ける。


 すぐに書類へ目を戻した。


「おかえりなさい」


 アルベリヒは苦笑する。


「今日はちゃんと仕事をしているみたいだな」


 ユリアは一瞬だけ肩を震わせる。


 だが、振り返ることなく答えた。


「当たり前でしょ」


 アルベリヒは小さく笑う。


「それなら安心だ」


 そう言うと、自分の机へ向かい、再び仕事を始めた。


 執務室には、書類をめくる音だけが静かに響いていた。


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