05
リリムは笑みを深めてウェイターに椅子を運んでもらうようお願いする。イザベラの隣だ。気が利くウェイターである。事前にチップを握らせておいて正解だった。
反対側に座っていたマリーがすごい形相で睨んでくる。
「……リリム、まさかイザベラにちょっかいかける気ですか……?!」
「ふふ、どうかな? でも義理の父になったらごめんなー?」
「く、どんなにお人好しでもやっぱり淫魔ですね! 殴ります」
「あり得ませんから安心なさい、マリー。食事中に暴れてはいけません。修道院ではコース料理なんて食べられませんからね。ここでマナーの復習をしましょう」
「……はーい……」
なかなか教育に厳しい女性らしい。自分にも他人にも厳しいタイプか。
リリムは姿勢を正した。ナイフとフォークを使い、リエットの乗ったタルティーヌをきれいに切り分けて口にする。にこりとイザベラとマリーにほほえみかけると、マリーがむっとした顔をした。タルティーヌは割ると粉がこぼれるので、初心者にはきれいに食べづらい料理だ。
「お見事です。マナー講師にでもなれそうですね」
「そんな大層なものはしたことがありませんが、いつの時代も女性をエスコートするのにマナーは大事ですからね」
「スケコマシおじいちゃんがなんか偉そうなこと言ってます」
マリーが余計なちゃちゃを入れる。どうやら母親を取られそうで癇癪を起こしているらしい。
「マリー、淫魔とは言え、リリムは見習うべきところがあります。お勉強させていただきなさい」
「淫魔から?!」
「どこからでも学ぼうと思えば学べるものです」
イザベラの話に、リリムはうんうんとうなずく。やっぱりこの女性は素敵なひとだ。ぜひとも精気をいただきたい。
そこで、リリムの脳がひらめいた。ひらめきのまま口を開く。
「そうだ、シスター・イザベラ。もしよければ、マリーの教育係として僕を雇ってくれませんか?」
リリムの突拍子もない提案に、イザベラの両目がわずかに見開いた。マリーが気の毒そうな視線でこちらを見てくる。
「……リリム、ずっとヘンな悪魔だと思ってましたけど、やっぱり頭がちょっとどうかしちゃってるんですか? うちは修道院ですよ?」
「修道院に滞在するくらいは、別にどうってことない。さすがに聖水ぶっかけられたり、『聖なる言葉』なんかで悪魔祓いの儀式をされたら消滅しちゃうかもしれないけれど、逆に言えばそういうことをされない限りは生存に支障はないよ」
「へえ。そういうものなんですね」
「……とは言え、わざわざ悪魔を修道院に迎え入れる必要がありませんね」
イザベラは静かな声とともに、手慣れた仕草で小さく切り分けたタルティーヌを口に運ぶ。どうやらこの修道女は精進潔斎などはしていないらしい。
「マリーの家庭教師なら、人間から選べば十分です」
「でも僕は二千年の大陸の歴史を知っていますよ。生きた知恵です。それに、悪魔を含めた幻想種の存在も、それにまつわる歴史や伝記の話も可能です。魔術は得意な方ですし、そういうのは貴女がた悪魔祓いにとってはぜひとも欲しい知識なんじゃないでしょうか」
「……」
リリムが自己PRを続けると、イザベラが口を閉じてナイフとフォークをテーブルに置いた。少し真面目に考えてくれているらしい。そのイザベラの様子に、マリーの方が驚いていた。
「えっ、イザベラ、本気で考えてるんですか?」
「──……こちらの言う条件を受け入れるなら、私の管理する尼僧院へ迎えても構いません」
「イザベラ?!」
イザベラの返答に、マリーが驚きの声を上げる。イザベラは口元に指先をあててマリーの声をたしなめた。ただ、周囲がわりとやかましいので誰も少女の声を気にした様子はない。主に悪魔の卓がうるさかった。アレが自分の王だと思うと恥ずかしい。
「……いくら優秀な家庭教師を雇っても、魔術や悪魔のことは教えられません。そのあたりのことは今まで私やマリエッタが教えていましたが、マリエッタは還俗しましたし、私も貴女に付きっきりというわけにはいきませんからね。これは貴重な申し出です」
「う……」
イザベラがほほえみを浮かべてマリーを諭す。マリーはピーマンを食べた子どものような表情を浮かべた。
リリムは内心ガッツポーズをする。思いつきのダメ元だったけれど、言ってみるものだね!
「もちろん、条件が合えばの話です。淫魔リリムが私の言う雇用条件を全て飲むというのなら、尼僧院へ教師として招きましょう」
「シスター・イザベラ、貴女の提示する条件は、どんなものでしょう?」
「──まず、修道院に滞在中は人間を淫蕩の罪にそそのかさないこと。そして自ら淫蕩の罪を重ねないこと。精気は血、もしくは汗から摂取すること」
イザベラの涼しい顔に、リリムは眉をひそめた。
精気は相手の体液から摂取する。精液がもっともエネルギー効率が高いが、血や汗からでも摂取はできる。
ただ、リリムはあまりそういうのが好きではない。淫魔らしくないからだ。ここは血や汗でも十分、というファウヌスと意見が分かれるところである。
「そして最後に。
──マリーと同じ程度の年齢の姿に変えること。今の貴方の姿を、尼僧院で受け入れるわけにはいきませんからね」
マリーの見た目は10歳前後。第二次性徴前だ。
淫魔は容姿を自在に変化させられるが、子どもでは相手を淫蕩の罪に導くことは難しい。
……と、イザベラは考えているのだろう。
「いかが? お若い淫魔」
イザベラが美しくほほえむのを見て、リリムも笑みを浮かべた。大きくうなずく。
「──いいでしょう。それで美しい貴女の傍にいられるのであれば、お安いことです」
イザベラの隣で、マリーが口をぱくぱくと開閉している。イザベラ本人は淡くほほえむだけだ。彼女にしてみれば、どっちでもいいのだろう。
「ちなみに、いつ出て行っても構いませんよ」
「大丈夫です。僕も悪魔の端くれ。そんな腰抜けではありませんよ。特に女性の愛を希うのであれば」
イザベラの手をとって、指先に唇で触れる。皺の刻まれた顔には聖なるローブに似合わない艷やかな笑みが広がった。
「よろしい。では、後日私のところへいらっしゃい。歓迎しますよ」
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