第9話:深海の外科手術――「水中溶接」の火花と深海龍の咆哮
内側から緊急支保工でドームを支えたものの、それはあくまで時間稼ぎに過ぎない。外壁の亀裂からは今もなお、凄まじい水圧によって海水が針のように噴き出し、アトランティスの気密を刻一刻と奪っている。俺は決断した。この亀裂を外側から直接、溶接で塞ぐ。
「エレナ、魔導潜水服の気密チェックを。ガッツ、『水中溶接用ホルダー』と、絶縁処理を施した特殊電極を準備しろ。……一秒でも早く、この傷口を塞ぐぞ」
俺は重厚なヘルメットを被り、エアロックを抜けて漆黒の海へと躍り出た。そこは、静寂と圧倒的な水圧が支配する世界だ。ライトが照らす先、ドームの亀裂が巨大な口を開けて待っている。だが、その背後の闇に、月よりも巨大な黄金の瞳が二つ、怪しく光った。深海龍だ。
「聖、後ろはあたしたちに任せて! そのヒビ、一ミリも揺らさせないわよ!」
通信機越しに響くミーナの力強い声。彼女はフィラと共に、ドームの周囲に強力な魔導防壁を展開し、突進してくるリヴァイアサンを正面から食い止める。衝撃で海が震えるたびに、俺の体も大きく揺さぶられるが、俺はドームの壁面にマグネットアンカーで自分を固定した。
「……よし、始めるぞ。水中でのアーク溶接は、火花が周囲の水を熱分解して生じる『気泡』の中で行われる。この気泡を維持し、不純物を混ぜずに鉄を溶かし込むのが、プロの技だ」
俺は電極を亀裂の端に触れさせた。瞬間、漆黒の深海に目が眩むほどの青白い閃光が弾ける。
ジュウゥゥ……ッという、こもった音が伝わってくる。
水中溶接は極めて危険だ。漏電すれば即座に感電死するし、熱分解で発生した水素ガスが気泡の中に溜まれば爆発の恐れもある。俺は繊細な手つきで電極を動かし、亀裂の上に溶けた金属を盛り上げていく。これを『肉盛り補修』と呼ぶ。
ドームの外では、ミーナの放つ氷の槍と、リヴァイアサンの吐き出す高圧水流が激突していた。爆圧で視界が泡に包まれ、真っ暗になる。だが俺は、指先に伝わる振動だけで溶接の状態を読み取った。
「……逃がさない。この火花こそが、この街を繋ぎ止める最後の希望だ!」
一箇所、また一箇所。電極を交換しながら、俺は執拗に亀裂を潰していく。溶接ビード(盛り上がった金属の筋)が、ドームの傷跡を力強く縫い合わせていく。最後の一滴を流し込み、俺は電極を離した。
「……終わったぞ。エレナ、内側の圧力センサーを確認しろ!」
「……数値、安定しましたわ! 亀裂からの浸水、完全に停止。リヴァイアサンも、獲物が壊れないことを悟ったのか、深海へ去っていきましたわ!」
俺は、青白く光る溶接跡にそっと手を触れた。冷たい海の中でも、そこだけはまだ熱を持ち、力強く拍動しているように感じられた。
「所長、おかえりなさい! 完璧な仕事だったわ。……でも、リヴァイアサンが去り際に、ドームのさらに下……都市の『最下層基盤』を思いっきり尻尾で叩いていったみたい。そこ、今にも崩れそうな巨大な『鍾乳洞』の上に建ってるわよ?」
ミーナが指し示したモニター。アトランティスを支える地盤そのものが、巨大な空洞によって崩壊の危機にさらされていた。
今回の建築・土木用語解説
• 水中溶接: 海中や水中で行われる溶接技術。周囲を排水する「ドライ法」と、そのまま水中で行う「ウェット法」がある。
• アーク溶接: 電気の放電現象を利用して、金属を溶かして接合する方法。
• 肉盛り補修: 摩耗したり欠けたりした金属の表面に、溶接によって新しい金属を盛り上げ、元の形状や強度を復元すること。
• 絶縁処理: 電気が漏れないように、電気を通さない物質で覆うこと。水中溶接では作業員の安全を守るために極めて重要。
• 溶接ビード: 溶接を行った後に残る、盛り上がった金属の筋(目)。この形状で溶接の良し悪しが判断される。
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