第8話:崩壊の序曲――緊急支保工と巨大鋼管によるドーム補強
「……一ノ瀬様、冗談抜きで時間がありませんわ! 外壁ドームの歪みが許容応力を20%超過。このままでは、ドームが『座屈』し、アトランティスは一瞬で水深数千メートルの水圧に握りつぶされますわよ!」
エレナの警告と同時に、都市全体を覆う透明なドームのあちこちから「パキパキ」という、背筋が凍るような乾いた音が響き始めた。見上げれば、頭上の蒼い闇に走る白い亀裂。そこから細い糸のような水が、超高圧の噴霧となって内部へ噴き出している。
「ガッツ、倉庫にある一番太い『鋼管支柱』を全部出せ! 瓦礫なんて片付けてる暇はない、最短距離でドームの頂点(天端)を支えるぞ! フィラ、上空から支柱の垂直を維持しろ。1ミリでも傾けば、水圧の重みで支柱ごとへし折れる!」
俺たちは、崩れかけた大通りの真ん中で、巨大な鋼鉄の柱を立てる『緊急支保工』に着手した。これは、トンネルの崩落防止や工事中の重いスラブ(床)を支えるために使われる仮設構造物だが、今回支えるのは「海そのものの重さ」だ。
ガッツが魔導重機で運び込んできたのは、直径2メートルを超える極厚の鋼管。それをフィラが吊り上げ、ドームの亀裂が集中する「弱点」の真下へと誘導する。
「ボス、位置についたぜ! だが、ドームの表面が歪んでて、柱の頭が上手く噛み合わねえ!」
「ミーナ、柱の先端に重力魔法で『クッション』を作れ! 重さを均等に分散させるんだ。エレナ、柱の底部に『大容量油圧ジャッキ』をセットしろ。一気に突き上げて、ドームの沈下を押し戻すぞ!」
ジャッキに圧力がかかり、キリキリという金属の悲鳴が上がる。ドームにかかる数万トンの水圧と、俺たちが押し上げる油圧の真っ向勝負だ。俺は柱に耳を当て、伝わってくる振動からドームの「耐力」を読み取る。
「……よし、今だ! ジャッキアップ、全開!」
ドォォォォン……!
地響きと共に、沈み込んでいたドームの天井が数センチだけ押し戻された。噴き出していた水霧が止まり、亀裂の成長が沈静化していく。俺たちは休む間もなく、その巨大な支柱の周りに三角形の補強材を組み上げ、『トラス構造』によって横揺れに対する強度を固めていった。
「……ふぅ。一ノ瀬様、歪みの進行、停止しましたわ。首の皮一枚繋がりましたわね」
エレナが額の汗を拭う。見上げれば、無骨な鋼鉄の柱がアトランティスの空を支える巨大な背骨のようにそびえ立っていた。
「……だが、これはあくまで『杖』をついてる状態だ。柱一本に街の運命を預けるわけにはいかない。ドームそのものの強度を根本的に回復させなきゃ、この街に未来はないぞ」
俺は、亀裂が入ったままの透明な壁を睨みつけた。応急処置は終わった。ここからは、この巨大な傷口を「外科手術」で塞ぐ、命懸けの水中作業が始まる。
「所長、内側から支えたのはいいけど……。外側のヒビから漏れ出した微細な気泡が、深海の捕食者たちを呼び寄せちゃったみたいよ。……見て、ドームのすぐ外に、巨大な『深海龍』が目を光らせてる!」
ミーナの言葉通り、ドームの向こう側、暗い海の中に山のような巨影がうごめいていた。
今回の建築・土木用語解説
• 緊急支保工: 崩壊の危険がある構造物を、一時的に下から支えて安定させるための仮設の支柱や骨組み。
• 許容応力: 材料が破壊されずに安全に耐えられる力の限界値。これを超えると変形や崩壊が始まる。
• 座屈: 柱などに縦方向の強い力がかかった際、耐えきれずに急激に折れ曲がってしまう現象。
• ジャッキアップ: 油圧などの機械力を使って、重い構造物を持ち上げたり、圧力をかけたりすること。
• 天端: 構造物の最上部のこと。
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