第4話 見えない死神を遮れ――鉛の防護外壁(シールド)工事
空気が満たされ、ヘルメットを脱げるようになったドーム内は束の間の歓喜に包まれていた。しかし、俺は魔導モニターに映し出される不気味な「オーロラ」のような光の渦から目が離せなかった。
「一ノ瀬様、喜びも束の間ですわ。太陽フレアによる超高エネルギーの宇宙線が、あと数時間でこの月面に到達します。今の透明な強化ドームでは、空気は守れても『放射線』を素通りさせてしまいますわ。内部の精密機器は焼き切れ、生命体は……想像もしたくありませんわね」
エレナの警告に、場が凍りつく。月には地球のような磁場も分厚い大気もない。降り注ぐ放射線は、地上で浴びるそれの数百倍。まさに「見えない死神」だ。
「……あいつを防ぐには『密度』が必要だ。ガッツ、地下の倉庫から回収した大量の『古代の鉛塊』をすべて溶かせ! ミーナ、お前は溶けた鉛を霧状にして、ドームの外殻に均一に吹き付けるんだ。厚さ50ミリ……いや、安全を見て100ミリの『鉛ライニング』を施すぞ!」
俺たちが着手したのは、医療用のレントゲン室や原子力施設でも使われる放射線遮蔽工事の月面大規模版だった。
ガッツが地下プラントの熱を利用して巨大な大釜で鉛を溶かす。銀色に光るドロドロの液体は、重力1/6の世界でも不気味な質量感を持って揺れている。
「ボス、準備完了だ! だが、ただ鉛を塗るだけじゃ、ドームの自重が増えすぎて構造がもたねえぞ!」
「分かってる。だから『サンドイッチ構造』にするんだ。ドームの外側に、月面の砂を焼き固めたブロックを積み上げ、その隙間に溶けた鉛を流し込む。レゴリスの厚みで中性子線を、鉛の密度でガンマ線を遮る。名付けて『複合防護外壁』だ!」
作業は時間との戦いだった。フィラが空中でブロックの配置をガイドし、ガッツがそれを積み上げ、ミーナが魔法の熱で接合していく。俺はドーム全体の荷重バランスをリアルタイムで監視し、特定の箇所に重みが集中して「不等沈下」が起きないよう、ジャッキの圧力を微調整し続けた。
太陽からの不可視の弾丸が到達する直前、ドームの透明な輝きは、鈍い灰色と岩の色が混じり合った無骨な「城塞」へと姿を変えた。最後の一箇所に鉛が注入され、冷却が完了した瞬間、周囲の空間を強烈な電磁波がなめるように通り過ぎていく。
「……計測器、安定。ドーム内部の線量は、地上よりも低いですわ。一ノ瀬様、完璧な『防空壕』の完成ですわね」
エレナがホログラムのグラフを提示する。外側で火花を散らす宇宙の猛威を、分厚い鉛と岩の層が完全に沈黙させていた。
「ふぅ……。これでようやく、枕を高くして眠れるな。家を建てるってのは、雨風を凌ぐだけじゃない。住人の『命』そのものを包み込むことだからな」
俺は灰色の壁を叩き、その確かな手応えに満足した。月面基地は、単なる観測所から、いかなる天変地異にも耐えうる「星の要塞」へと進化したのだ。
「所長、安全が確保されたのはいいけど……せっかくの『蒼い故郷』が見えなくなっちゃったわね」
ミーナが少し残念そうに、灰色の壁を見上げた。確かに、命を守る代償に視界は閉ざされた。だが、俺に言わせれば、これは「窓」を作るための準備に過ぎない。
今回の建築・土木用語解説
• 鉛ライニング: 放射線を遮る能力が高い鉛を、壁や床の表面に貼り付けたり覆ったりすること。
• 密度: 物質の詰まり具合。放射線遮蔽においては、密度が高い物質ほど強力なバリアになる。
• サンドイッチ構造: 性質の異なる材料を層状に重ねることで、単体では得られない強度や機能を持たせる工法。
• レゴリス: 月や惑星の表面を覆っている細かな砂や石の層。
• 不等沈下: 建物の重みが不均等にかかり、地面が斜めに沈んで建物が傾いてしまう現象。
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