第4話 「錆」と「誇り」――天空のドクター、診断を開始する
「地上を這う汚れた者たちが、どうやって神聖なるアステリアの門を叩いた?」
雲海を抜けた俺たちを待っていたのは、歓迎の宴ではなく、白銀の甲冑に身を包んだ「翼を持つ民」たちの鋭い槍先だった。彼らは背中に美しい白い翼を持ち、軽蔑の色を隠そうともせずに俺たちを見下ろしている。
「私は聖域の守護長、カイル。地の底を這う種族が、空を飛ぶ我らの領域に足を踏み入れるなど万死に値する。……その鉄の棒(工具)を捨て、直ちに立ち去れ」
「所長……あいつら、めちゃくちゃ感じ悪いわね。一発、海底まで叩き落としてやろうかしら」
ミーナが三叉槍を握り直すが、俺はそれを手で制した。
「……悪いが、カイルさん。立ち去る前に、あんたらの足元をよく見てみろ。その『誇り高い』都の床、さっきから『クリープ現象』で1分間に数ミリずつ沈み込んでるぞ」
「……何だと?」
俺が指差したのは、カイルたちが立っている広場の中央にある巨大な装飾柱だ。
美しい彫刻が施されているが、その根元には目に見えるほどの大きな亀裂が入り、そこから赤茶色の液体が漏れ出している。
「バカな……これは精霊の涙だ。都が悲しんでいるのだ!」
「涙なわけあるか。ただの『鉄筋の腐食』による錆汁だ」
その時、轟音と共に広場の一角が大きく傾いた。天空人たちがパニックに陥り、翼を羽ばたかせて宙に逃げる。だが、逃げられない老人や子供たちが、崩れゆく回廊に取り残された。
「全員退がれ! ガッツ、あそこの崩落箇所に『緊急サポート(突っ張り支柱)』を入れろ! エレナ、崩れているのは構造材じゃない、化粧石板だ。奥の主骨組を魔法で仮固定しろ!」
俺は【スキル:構造物診断】を全開にし、崩壊しつつある回廊へと飛び込んだ。
1. 応急支保工の設置: ガッツが魔導ステンレスの支柱を素早く組み立て、傾いた天井を支える。
2. 荷重の分散: 崩れそうな箇所に、俺が開発した高張力ワイヤーをスリング(吊り具)として巻き付け、まだ健全な主塔へと重さを逃がす。
3. ボルト締結: 緩んでいた古代の接合部を、高圧インパクトレンチで一気に締め上げる。
「いいか、空を飛べるからって『重力』をなめるな! どんなに高く浮いていようが、建物は物理法則に従って壊れるんだ。……よし、これで当分は沈まない」
俺が作業を終えると、崩れかけていた回廊はガッチリと固定され、異様な安定感を取り戻していた。カイルたちは、呆然と俺たちの手際を見つめている。
「……貴様ら、一体何をしたのだ? 精霊の祈りも捧げずに、どうして崩壊が止まる?」
カイルが恐る恐る、俺たちが設置したステンレス製の支柱に触れる。
「祈りじゃ建物は直らない。直すのは、適切な『補修・補強』だ。カイルさん、あんたらの都は美しいが、中身はボロボロだ。目に見えないところで金属疲労が溜まり、排水が詰まって内部から腐食が進んでいる。……このままじゃ、一ヶ月後にはこの都、まるごと地上へ墜落するぞ」
俺の言葉に、広場に静寂が流れた。
翼を持つ彼らは、空を飛べるがゆえに「地面に接する構造物」の維持管理を疎かにしていたのだ。
「……一ノ瀬 聖。不遜な口を叩いた無礼を詫びよう。……頼む、我らの『揺り籠』を救ってくれ。我らには、この美しき都を守る術がないのだ」
カイルが深く頭を下げ、それに続いて全ての天空人たちが槍を収め、俺たちに道を譲った。
「そうこなくっちゃな。……よし、野郎ども! 本格的な『天空のフルリノベーション工事』の受注だ! まずは、あの詰まりまくった空中排水溝の清掃から入るぞ!」
「「「「おー!!」」」」
今回の建築・土木用語解説
• クリープ現象: 長期間、一定の荷重がかかり続けることで、材料がゆっくりと変形していく現象。
• 鉄筋の腐食: コンクリート内部の鉄筋が錆び、膨張することでコンクリートを破壊してしまうこと。
• 支保工: 工事中に構造物が崩れないよう、一時的に支える仮設の柱や枠組み。
• 金属疲労: 小さな力が繰り返し加わることで、金属にひび割れが生じ、最終的に破壊される現象。
• リノベーション: 既存の建物に大規模な工事を行い、性能を新築と同等の状態に向上させること。
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