第2話 天空の労働安全衛生――魔獣襲来と現場死守
「……おいおい、労基署(労働基準監督署)が見てたら即刻工事停止命令もんだぞ、ありゃあ」
第一スパンの架設を終え、第二スパンの主塔に『移動式作業足場』を設置していたその時だ。雲海の底から、巨大な翼を広げた「スカイ・ワイバーン」の群れが、現場の輝くステンレス鋼をエサと勘違いしたのか、猛烈な勢いで上昇してきた。
「聖様! ああ、あの魔獣たち、まだ固定していない床板を狙っていますわ!」
リアナが悲鳴を上げる。
「所長、どうする!? 奴ら一頭で数トンはあるわよ。あんなのに激突されたら、せっかくの張力バランスが狂っちゃう!」
ミーナが三叉槍を構えるが、足場が狭すぎて思うように動けない。
建築において、建物が最も弱いのは『建設途中』だ。
完成すれば数千トンの風荷重に耐える大吊り橋も、ケーブルを張っている最中や、床板を一枚ずつ吊り下げている段階では、横方向からの不規則な衝撃に極めて弱いのだ。
「ガッツ! 床板の『仮固定』を急げ! 揺らし(ローリング)でケーブルが共振したら、タコマ橋の二の舞だ!」
「わかってるが、ボス! 奴ら、足場のボルトを噛みちぎろうとしてやがる!」
ワイバーンの一頭が、主塔の作業デッキに爪を立てた。ギチギチと嫌な金属音が響く。
「……現場を荒らす奴は、客だろうが魔獣だろうが容赦しねえぞ。エレナ! 防御障壁を『点』で展開しろ。橋全体を覆う必要はない、『構造上の節』だけをガードするんだ!」
俺は【スキル:現場一式・資材展開】を発動した。
取り出したのは武器ではない。高所作業ではお馴染みの『墜落防護ネット(ラッセルネット)』の魔導強化版だ。
1. ラッセルネット展開: ガッツとフィラが協力し、橋の両サイドに巨大なネットをカーテンのように吊るす。
2. 衝撃の分散: ワイバーンが突進してきても、ネットの弾性と、俺が計算して配置した『親綱』の張力によって、衝撃を橋の主柱へと受け流す。
3. ボルトガンによる威嚇: 建設用の高圧ボルトガンに、閃光魔法を付与して連射。
「いいか、力で押し返すんじゃない。奴らの運動エネルギーを、この橋の『減衰機構』に吸収させてやるんだ!」
ワイバーンがネットに突っ込む。だが、ネットはぐにゃりと伸び、ワイバーンの勢いを殺したまま、トランポリンのように優しく、しかし確実に空へと弾き返した。
「仕上げだ。エレナ、橋のメインケーブルに微細な『超音波振動』を流せ。魔獣が嫌がる周波数だ。……これを『防鳥ネット』ならぬ、『防獣ネット』と呼ぶ!」
「了解ですわ! 周波数を調整……発振!……一ノ瀬様、見てください! 奴ら、耳を押さえるようにして逃げていきますわ!」
エレナが魔導パネルを操作すると、橋全体が目に見えない微弱な震えを帯びた。ワイバーンの群れは、その不快な振動に耐えかね、雲の下へと退散していった。
「ふぅ……。無事故無災害。これ、今月の安全目標だからな」
俺は額の汗を拭い、ひん曲がった手すりを確認した。
「聖様……すごいです。戦うのではなく、現場の『設備』で追い払ってしまうなんて」
リアナが尊敬の眼差しを向けてくる。
「武器を持って戦うのは騎士の仕事だ。俺たち職人は、知恵と道具で『現場の安全』を守るのが最優先だからな」
「よし、野郎ども! 邪魔者は消えた。日が暮れる前に、第二スパンの『ケーブル・エレクション(吊り込み)』を完了させるぞ! 残業代は出すから気合入れろ!」
「「「「おー!!」」」」
天空の都まで、あと少し。
俺たちの道作りは、魔獣の襲撃さえも「現場のルーチン」として飲み込み、さらに高くへと伸びていく。
今回の建築・安全用語解説
• 移動式作業足場: 工事の進行に合わせて移動できる足場。高所作業の生命線。
• 共振: 外部からの振動が、構造物固有の揺れ周期と一致し、揺れが増幅される現象。
• 仮固定: 本締めをする前に、位置がずれないよう一時的に固定すること。
• ラッセルネット: 工事現場の周囲に張られる防護ネット。資材や人の落下を防ぐ。
• 親綱: 作業員が安全帯(命綱)を引っ掛けるための、強固に張られたロープ。
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