第1話:塩風の港町と、不可能な架橋計画
王都でのコンペを圧勝で終えた俺たち一行が次に向かったのは、王国最大の交易拠点である港湾都市『マリーナ』だった。
「……ひどいな。これが王国一の港かよ」
馬車から降りた俺が目にしたのは、活気こそあるものの、非効率の極みとも言える港の光景だった。
入り江を挟んで対岸にある商業地区へ行くには、一度大きく陸路を迂回するか、小さな渡し舟を待つしかない。大型の魔導商船は接岸できずに沖合で停泊し、荷揚げを待つ小舟が水面を埋め尽くしている。
「聖様、あちらをご覧ください。対岸までわずか数海里だというのに、荷物を運ぶだけで半日もかかるそうですわ」
リアナが心配そうに、滞った物流の列を指差す。
「一ノ瀬様、これまでも歴代の魔導建築士たちが『大橋』の建設を試みましたの。でも、激しい潮流と底なしの泥、そして何より鋼鉄を腐らせる『塩の呪い』によって、すべて一ヶ月も持たずに崩落していますわ」
エレナが過去の失敗資料をBIMに投影しながら補足する。
「『塩の呪い』じゃねえ。ただの『塩害』と『電蝕』だ。……お嬢さん、エレナ。ここに橋を架ければ、この街の物流は十倍……いや、百倍に跳ね上がるぜ」
俺は港の岸壁に立ち、激しく泡立つ海を見つめた。
潮流は確かに早いが、現代日本の本州四国連絡橋を経験した技術者の知識があれば、突破口は見えている。
「ボス! 海の中での作業なんて、ドワーフの俺たちには無理だぜ! 金槌ばっかりだからな!」
ガッツが不満げに叫ぶが、俺は不敵に笑った。
「安心しろガッツ。お前らに潜れとは言わない。……今回は『ケーソン工法』で行く。地上で基礎を作って、海に沈めるんだ」
「沈める……!? せっかく作ったものを捨てるのかい!?」
フィラが驚いて空中で一回転する。
「捨てるんじゃない、配置するんだ。……それと、今回の主役はもう一人いる。……マリーナのギルド長! 呼んでいた『彼女』はどこだ?」
俺が呼びかけると、潮風を切り裂くようにして、水面に一本の筋が走った。
ザバァッ! と豪快な水しぶきを上げて現れたのは、美しい青色の鱗を持つ人魚の少女だった。彼女は岸壁に手をつくと、勝気な笑みを浮かべて俺を睨みつけた。
「あんたが、王都で暴れ回ったっていう変態建築士? 海の底に柱を立てるなんて、寝言は寝てから言いなよ」
「彼女はミーナ。この海域を統べる人魚族の若きリーダーよ」
リアナが紹介してくれる。新たなヒロインの登場に、現場の空気がまた一段と騒がしくなりそうだ。
「寝言かどうか、この図面を見てから判断してくれ、ミーナ。俺が作りたいのは、ただの橋じゃない。……荒れ狂う海をねじ伏せ、百年先までこの街を支える『大吊橋』だ」
俺は【スキル:脳内BIM】を全開にする。
港を跨ぐようにして現れた、巨大な主塔と優美な曲線を描くメインケーブル。
それは魔法でも神の奇跡でもない、現代工学の粋を集めた「機能美」の塊だった。
「な……っ!? あんな細い線で、あんな巨大な道を吊り下げるっていうの……?」
ミーナの目が、驚愕で見開かれる。
「ああ。潮流は人魚族に手伝ってもらう。基礎はドワーフが地上で造る。そして、現場管理は俺がやる。……工期は三ヶ月。この『マリーナ大橋』を竣工させてみせる」
俺は作業着の袖をまくり、潮風に向かって宣言した。
異世界建築無双。
今度の敵は、広大な海と、目に見えない塩の侵食だ。
「よし、野郎ども! まずは海底の『ボーリング調査』からだ! 一ミリの地層変化も見逃すなよ!」
今回の建築用語解説
• 塩害: 海水の塩分によってコンクリート内の鉄筋が錆び、建物が劣化すること。
• ケーソン工法: 地上で箱状の構造物を造り、それを海や川の底に沈めて基礎とする工法。
• ボーリング調査: 地面に細い穴を掘り、地層の構成や強度を調べること。橋を建てる際の必須工程。
• 電蝕: 異なる金属が接触し、電解質(海水など)を通じて電気が流れることで腐食が加速する現象。
• 吊橋: 塔から吊ったケーブルで道を支える橋。長い距離を繋ぐのに適している。
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