新田家の方針
総持寺の新田館。
以前は政義が使っていた部屋がある。
その一室で重兼は机に向かい、一生懸命文書を書いていた。
まだ、左腕が治っていないので、身体のバランスが思うようにとれず、意外にてこずってしまう。
それでも、なんとか書状を書き上げて、花押を書き加えた。
「やっとできた……」
重兼は安堵のため息をついた。
片腕だけで文字を書くのがこんなに大変だとは思わなかった。
身体は勿論、精神的にも疲れた。
「経義殿。 これで良いかな?」
書状を傍らに控えていた額戸経義にみせる。
それを経義は、真剣に読んだ。
「……良いでしょう。 しかし、本気ですかな?」
「本気です」
「土地を安養寺に寄進するのは結構ですが、いささか多くはありませんか?」
「……」
重兼が書き終えたのは、安養寺に土地を寄進する事を記した譲状であった。
ただ、譲状とはいっても内容は土地を売却するというものだった。
安養寺を新田家の菩提寺にするにあたって、土地を与える事にしたのだ。
勿論、代金はもらう。
寄進するのは新田荘内にある八木沼郷である。
しかもまるごとなのだから、経義が反対するのも当然だ。
「金だけで十分だと思うのですが……」
経義は、政義の葬儀代として支払った五十貫文で良いと言いたいのだろう。
しかし、重兼はそうは思わない。
それだけでは済ませるわけにいかない理由があるのだ。
「言いたい事は分かります。 されど某はいずれ、安養寺を新田家の支配下におきたいのです。 そのためには、少しでも多くの恩を安養寺に売っておく必要があるのです。 こればかりは譲れません。 どうか、分かっていただきたい」
重兼の真摯な物言いに経義は黙り込んだ。
何故、安養寺にこだわるのか不思議なのだろう。
しかし、新田家のこれからの事を考えるとどうしても安養寺とその周辺地域は掌握しておきたい。
その目的は、安養寺の門前町を世良田宿に負けないくらいの宿場町にする事だ。
世良田宿から得られる収入は相当の額であり、世良田家が岩松家と違って足利家の血が入っていないのに新田宗家に対して強気なのは、世良田宿を支配下においているからなのだ。
分家を完全な統制下におくためにも、少しでも経済的な力をつけておきたい。
その事を説明しようと思ったが、それより先に経義が口を開いた。
「まあ、惣領たるお館様がそこまで言われるなら、反対するわけにまいりませんな。 そのようにいたしましょう」
「有り難い」
重兼は本心から感謝した。
経義が賛成してくれただけでなく、自分をきちんと惣領としてたててくれる事に。
「お館様。 某の事は呼び捨てで構いませぬぞ? 今は主従なのですから」
「それはさすがに……」
かなり抵抗があった。
なにしろ経義は新田義重の息子で、重兼はひ孫なのだ。
年長者に対して礼は尽くしたい。
それに、これまでの働きぶりを見ていると経義は本当に信頼できる人間だ。
ないがしろに出来ない。
ここで、重兼は話題を変える事にした。
「ところで経義殿。 甲斐源氏の武田信光殿に会いたいのだが、こちらから甲斐に行った方が良いかな?」
「甲斐に行くよりは、向こうが大番役で鎌倉にいる時に会った方が良いでしょう。 しかし、何故お会いに?」
「先の合戦の時に、危ういところを救われたお礼をまだ、しておらんのです。 某が直接会って礼をしたいと思っておるので」
「なるほど。 そういう事ですか」
経義がうんうんと頷く。
「使いを鎌倉にやって、調べさせましょう。 お館様が動くのはそれからの方が良いかと」
「そうして下され。 ついでにその者にこれを持たせて、幕府の認可をもらって下さい」
「心得ました」
譲状を受け取って一礼すると、経義は出ていった。
重兼は一息ついた。
今、話さなかったが、武田家と接触するのはもう一つ、別に理由があった。
和田合戦の恩賞で武田家は、甲斐国の波加利荘を貰ったはずだ。
武田信光にそこにあるはずの黒川金山を発見、開発してもらうのだ。
史実では、黒川金山で本格的に金を掘り出すのは戦国時代からだが、それを三百年ほど早める。
そして、そこから産出される金を購入して、新田領内で蒔絵細工を生産して安養寺で売る。
蒔絵細工は高級品なので、有徳人、富裕層による相当の利益が期待できるし、贈答品としてもうってつけだ。
世良田宿では日用雑貨を扱っているが、将来建設しようと思っている安養寺宿ではワイン、蒔絵細工や石鹸といった高級品を売って新田宗家の収入とする。
それが経済面の方針だった。
(平次に頑張ってもらわないと)
続いて、重兼は軍事関係に思考を進めた。
考えているのは、槍の導入だった。
この時代の近接戦闘の武器は、刀と薙刀である。
「切る」より「突く」方が簡単なような気がするし、武器の種類を増やしておくのも悪くないだろう。
あと、鉄砲の導入。
一応、重兼は製造方法は知っている。
しかし、これは真面目に考えた末に止める事にした。
何故かというと、この時代の武士達は既に刀を持っている。
重兼に言わせればこの時点で『なんとかに刃物』を実践しているようなものだからだ。
たとえ、鉄砲の製造を秘密にしても、いつかは漏れて、誰もが知るだろう。
二十一世紀の人間からすると理解出来ない、想像も出来ない理由で平然と人を殺す鎌倉武士に、そんな物を持たせたらどうなるか、考えたくもなかった。
それと、新田家が鎌倉時代でどのように動くか。
重兼は三つの目標をたてた。
達成できるかは分からないが、実朝の暗殺、承久の乱、両統迭立を防ぐ。
この三つだ。
特に最後の両統迭立は絶対に阻止したい。
それによって日本は南北朝時代に突入し、おびただしい数の人命が失われるのだ。
そんな未来はご免だ。
新田家を発展させる事は望ましいが、そのせいで誰かが命を落とすのは避ける。
それが重兼の今後の方針だった。
考えをまとめて、片付けを下人に任せて重兼は部屋を出た。
領内の視察を兼ねて散歩に出る。
怪我をしているとはいえ、引きこもっていては心身両面の健康に良くない。
少しでも長生きしたい。
この時代の、普通なら死ななくて済む人達に生きてもらうために、自分が出来る限りの事はしたい。
大袈裟かも知れないが、今の重兼はそんな事を本気で考えていた。




