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新田家の改革

 三日後、二人の兄と別れた喪失感から立ち直った重兼は、精力的に動き始めた。

 まず、新田家の内部から変えていく。

 そう決めて、今や新田家の御用商人になっている平次を呼び寄せた。



「重兼様。 お久しぶりでございます」

「久しぶりだな。 元気そうで何よりだ」

 重兼の前に座った平次が、丁寧に頭を下げる。

 その外見は元農民ではなく、すっかり商人になっていた。

 安養寺の近くに木造の家を建てており、仲々羽振りが良いようだ。

 好ましい事だと思う。

 自分が目をかけた人間が、出世したり金持ちになったりするのはなんとなくではあるが嬉しい。

「兄上の事は、本当にお悔やみ申し上げます。 真に惜しい御方を亡くされました」

「すまん」

 正直言って、その話題には触れてほしくなかったが気遣いは素直に嬉しかった。

「それと重兼様。 家督継承、祝着至極にございます。 お祝いが遅れて申し訳ありません」

「構わん。 気にせずとも良い」

「して、今日は如何なる用事でございますか? 何でも重大な話があるとのことですが」

「ああ、その件だがな」

 重兼は平次を見据えた。

「お主をな、新田家の家人に取り立てようと思っておるのだ。 是非、承知してもらいたい」

「何ですと!?」

 平次は仰天した。

 新田の家人なるということは、平次を武士として扱う事なのだ。

「あ、あの、私には武芸の心得など全く……」

「早とちりしないように。 お主に我が新田家の金と商品の流れの管理をしてほしいのだ。 武には関わらせはしないから安心してくれ」

「しかし……」

「お主にはこれまで随分と稼いでもらったからな。 礼をしなくてはなるまいと思ったのだ。 これまで通りの稼ぎに加えて土地を与えよう。 勿論そこから上がる収益はお主の物にして良いから」

「土地と言われますと……。 どのくらいの広さでしょうか?」

「村、一つだ」

 一介の農民だった頃には想像も出来なかった好待遇に、平次はただ、呆然としていた。

 数年前まで農民だった自分が商人になり、そして今、領主になろうとしている。

 平次は、心底から重兼に感謝して、頭を下げた。

「ありがとうございます。 是非、その様にしていただきたく思います」

「そうか。 引き受けてくれるか」

 重兼は笑顔になった。

「よろしい。 今日からお主、上屋(うえや)平次と名乗る様に。 分かったな?」

「ははっ。 今日からこの上屋平次 、重兼様に対しより一層の忠勤に励みます!」

 この名字は重兼が、平次に上野国を代表するような大商人なってほしいと色々考えた末に、上野国の「上」と「○○屋」という屋号をくっつけたものだった。

 センスが良いとは言えないが、勿論平次には秘密である。

 とりあえず新田家に、財務大臣のような立場の家人が加わった。

 それが重兼には重要なのだった。


 続いて重兼が会ったのは、生田太郎だった。

「拙者に、新田領内の農業の管理をせよと?」

「そうだ」

 重兼は彼に、農務大臣のような仕事をまかせるつもりだった。

 太郎は、生田家は長いこと帰農していたので、農民の日常生活や農業の現場の事情に詳しいはずなので、うってつけだろう。

 新田家のこれからの発展を考えると、領内の物流を把握するのは有益になるだろうと思っている。

 そして今、そのために必要な人材が集まりつつあるのだ。

「某は構いませぬが……」

「どうした?」

 平次とは違い、太郎はどこかためらっているような感じだった。

「他の一門の方が、何と言うか……」

(その事か)

 それは重兼も気にしていた。

 長いこと新田から離れて帰農していた者が、帰参してすぐに要職を与えられる事に反感を抱く者が出てくるのは、想像に難くない。

「その件は、惣領である私が皆を説得する。 大丈夫だ」

「……そういう事でしたら」

「有り難い。 あと、私の名前から一文字与えよう。 今後は生田重政と名乗るように」

 重政と言う名前は、重兼と兄政義から一文字ずつ取った。

 いつまでも「生田太郎」ではなんとなく格好悪い気がするし、家臣に偏諱を与えて恩を売るのも悪くないと思ったのだ。

「真にありがたき幸せにございます。 この生田太郎重政。 これからもお館様に忠節を尽くします!」

 効果はあったようだ。

 大喜びで帰る重政を見送ったあと、重兼は私室に戻って休む事にした。

 あともう一つ、重要な職務を任せたい人物がいるが、その者に会うのは明日にする事にした。

 焦る必要はないし、まだ体調が万全ではない。

 改革はまだ始まったばかりなのだ。


 翌日、重兼は額戸経義を呼び寄せた。

 平次や重政の事を話したあと、用件を伝えた。

「わしに、家令をしろと?」

 頷く重兼に、経義は露骨に不満の態度を見せた。

 経義の反応はもっともだった。

 この時代、家令や執事といった役職は身分の低い者が就くものであり、名誉ある仕事とは思われていない。

 ましてや経義は、新田一門の分家の当主なのだ。

 見下されている、軽く見られていると思っても不思議なことではない。

「経義殿。 お気持ちはよく分かります。 しかし、これは経義殿にしか任せられぬのです。 とりあえず、話を最後まで聞いていただきたい」

「……分かった」

 重兼は経義に身体を寄せて、囁いた。

「経義殿には家政だけでなく、一門の統制や他家との交流、幕府内を渡り歩くにおいて助言をしていただきたいのです。 そのために、経義殿にできる限りそばにいてもらえる家令になってもらえれば何かと都合が良い。 いわば、経義殿に軍師に、(それがし)の張良になっていただきたい」

 重兼は、高祖三傑の名前を出した。

 張良は中国、漢の高祖に仕えて漢王朝の創建に多大な貢献をした人物であり、それに例えられるのは武士にとって光栄のはずだ。

「……言いたい事は分かった。 しかし、何故わしなのだ?」

「……他の分家が、特に岩松、世良田が信用できんのです。 里見は越後に拠点を移しているので、引き受けてはくれぬでしょう」

「……」

 経義はうつむいて考え込んだ。

「某は経義殿が一番信用できると思えばこそ、頼んでおるのです。 どうか、引き受けて下さい」

 本気だった。

 これまでの事を思えば、経義が一門内でもっとも信用できると重兼は思っている。

 もし、経義が引き受けてくれなければ、構想がご破算になってしまう。

 人間性が分からない、信頼出来ない人間に執事をまかせるのはごめんだった。

 真剣な眼差しで自分を見る重兼を見て、経義は首を縦に振った。

「分かった。 引き受けよう」

「おおっ、ありがとうございます!」

 重兼は深々と頭を下げた。

「ただし、家令職は我が額戸家が世襲する。 それで良いかな?」

「勿論、一向に構いませぬ」

 嬉しかった。

 これで新田家の財政と農業部門の管理者と、所領運営のアドバイザーが決まった。

 あとは軍事関係だが、これは当面の間は重兼が担当する事にする。

 新田家の新体制の大まかな枠組みは決定した。

 あとは必要に応じて変えていく。

 今のところはそれで良いだろう。

 とりあえず、生田と上屋の両名が就く地位は、それぞれ農事奉行、段銭奉行と名付けた。



 新田家の内部改革。

 これが新当主、新田重兼の第一歩だった。

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