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終の別れ

「……重兼殿、重兼殿!」

 左腕が痛い。

 それと遠くから聞こえる呼び声で、重兼は目を覚ました。

 空に星が瞬いている。

(夜なのか……)

 そう思いながら見渡すと、自分が横たわっているのが北条義時邸の庭であるのが分かった。

「おおっ、気づかれたか!」

 傍らにいた武士が、嬉しそうに声をかけてきた。

(それがし)、北条相模守義時の家人、安東忠家と申す。 甘粕重兼殿、見事な戦ぶりでござった!」

「かたじけない」

 そう言って身体を起こそうとすると、再び左腕に痛みが走る。

「ぐっ!」

 見ると、左腕はついていた。

 しかし、どうやら骨折しているらしい。

 刀で斬りつけられたのを鎧の袖で受け止めたので切断はされなかったが、衝撃で骨が折れたようだ。

(切り落とされなかっただけ、よかったか)

 そう思ったが、痛いものは痛い。

「大丈夫でござるか?」

 手伝おうとする安東忠家を制して、なんとか自力で身体を起こす。

「痛え……」

 顔をしかめる重兼を心配そうに見守りながら、忠家はそばにいた武士に命じた。

「義時様に伝えよ。 重兼殿が目を覚ましたと」



 松明を持った武士達に護衛されて、北条義時がやって来た。

 上体を起こした重兼を見て、安堵の表情になる。

「気がついたか。 横になっていてもよかったのだぞ?」

「恐縮です」

 痛みを堪えている重兼を、心底気遣っているらしい。

 何となく嬉しかった。

「此度の戦はお主達、新田党の凄まじい奮戦のおかげで勝利する事が出来た。 その武功はどれだけ褒めても足りないほどだ。 格別の恩賞を与える故、期待して良いからな」

「もったいない御言葉、感謝のしようもありませぬ

 」

 これは正直な言葉だった。

 文字通り、骨を折った甲斐があったというものだ。

 しかし、そんな事よりも重兼には気にかかる事があった。

 耳に残るあの言葉の真偽を確かめねばならない。

「義時殿、お尋ねしたい事があるのですが」

「何だ?」

「我が兄、政義はどうなりましたか?」

 その瞬間、義時が気まずそうな顔つきになった。

 できれば聞かないでほしかった。

 そう言わんばかりの顔つきだった。

 短い沈黙のあと、義時は口を開いた。

「……新田党で生き残ったのは、お主だけだ」

 短く、遠回しではあるが、残酷かつ正確な表現だった。



 義時はまだ首実検があるとの事なので、兄の亡骸が安置されている場所には安東忠家が案内してくれた。

 兄は、顔に布をかぶせられた状態で横たわっていた。

 新田家の家紋『中黒』が描かれた鎧はあちこちが破損して、ズタボロだった。

 ひどい有様である。

「気を失った貴殿を守る為に多勢を相手に必死に奮戦なさったのですが、武運拙く討ち取られたとの事です」

 忠家が説明してくれた。

 政義はまだ良い方で、他の新田党の郎従達はもっとひどいらしい。

 人馬に踏みにじられてもう、筆舌に尽くせない有様だとか。

「……申し訳ないが、一人にしてもらえぬだろうか」

「心得た。 心中お察しいたす」

 一礼して、忠家は去って行った。



 新田政義の亡骸を見ながら、重兼は後悔の念に苛まれていた。

 厳密には、政義は重兼にとって兄ではない。

 重兼は令和の時代からの転生者であり、この時代の人間ではない。

 しかし、ほんの数年とはいえ兄弟として過ごして来たのは事実であり、間違い無く家族だったのだ。

 史実の新田政義は、幕府の許可を得ずに出家する自由出家をしてしまい新田家の没落の原因となるが、天寿を全うしている。 

 しかし、今、その新田政義は和田合戦で討ち死にした。

 弟の甘粕重兼の進言を聞き入れたせいで。

(余計な事をしたかも知れない)

 そう思わずにいられなかった。

 政義は傑物という訳ではなかった。

 しかし、無能でも悪人でもなかった。

 少なくともこんな無惨な死に方をしても構わない人間ではなかった。

 重兼の進言を適切だと判断したら聞き入れてくれる良き棟梁だった。

 その好人物が、亡骸となって横たわっている。

 悲しかった。

「許してください……」

 呟いて頭を下げると、左腕にまたしても激痛が走る。

「ぐっ!」

 そこで重兼は、自分が負傷者である事を思い出した。

 この時代の医療技術など無きに等しいが、添え木を当てるぐらいは出来るだろう。

 手当てをしてもらう為、重兼は兄や郎従達の亡骸から離れた。

 まるで逃げるかのように。



 翌朝、逆賊の和田一族がほぼ壊滅したとの事実が知れ渡り、鎌倉は歓喜と安堵に包まれた。

 北条に味方した武士達が次々に義時邸を訪れて、祝いの言葉を述べる。

 それは、鎌倉の支配者は誰なのか、幕府を動かしていくのは誰なのかをはっきりと示す光景だった。

 勿論その中に重兼も混じっていた。

 ただし、その表情には他の武士達とは違って喜び、嬉しさなどは全くない。

「義時殿。 此度の勝ち戦、祝着至極にございます」

 邸内の庭で、甲冑姿で床几に腰掛けている義時に祝いの言葉を述べる。

「おおっ、重兼か。 傷の具合はどうだ?」

「大したことはありませぬ」

「そうか。 ならば良いが、無理をするで無いぞ? お主には亡き兄に代わって幕府に忠勤を尽くしてもらわねばならぬのだからな」

「……心得てございます」

 義時の言い方は 、少しばかり腹立たしかった。

 政義の死を些事のように扱っているように受け取れるのだ。

 しかし、その気持ちを声と顔には出さない。

「宜しい。 ところで、話は変わるが政義に子はいるのか?」

「いいえ。 そもそも兄はまだ、嫁をとってすらいませんでした」

「そうか。 ならば、重兼。 お主が新田の家督を継ぐが良い。 他の兄弟がおるかも知れないが、お主が当主になるのを認める下文を出す。 楽しみにしておるがよい」

「ありがたき幸せにございます」

 重兼は、深々と頭を下げた。

「死んだ兄の分まで働くのだぞ?」

「ははっ」

 頭を上げずに答えたおかげで、顔に出てしまった怒りと嫌悪を隠す事が出来た。

 兄の死によって転がり込んで来た当主の座など、喜べる訳がないだろう!

 そう怒鳴りたくなるのを、重兼は必死にこらえた。



 その後、将軍実朝から「御教書が出されて」北条義時が政所と侍所の別当を兼任する事が決定した。


 数日後、鎌倉に次々に早馬がやって来た。

 和田義盛に味方した有力御家人達、横山時兼や古郡保忠などが討ち取られた、もしくは自害したなどの報告のために。

 これによって、鎌倉幕府史上屈指の内紛である和田合戦は終結し、幕府内における北条義時の独裁体制は確立したのであった。


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