58.私の前世
「どう、して……」
でも、そう。どうして、マギカーエ王国の兄王子たちは、そんなことをしたのだろう?
そして、もしかして。私がこの世界に転生したのも、そのせいなのだろうか?
色々なことが頭を過るけれど、一度に多くのことを考えすぎて頭がパンクしそう。
「順を追って、しっかりとお話ししますから。どうか、落ち着いてください」
頭痛がしてきたのと同時に、過呼吸になりかけた私に。
アルジェンティ王子の、優しい声がかけられる。
「難しいことを考える必要はありません。ヴァイオレット、私の目を見てください」
「……ぁっ」
ゆっくりと語りかけられるその声は、とても落ち着いていて。
言われた通り見上げた先では、緑と茶が混ざったような瞳が、優しい色を湛えながら私を見つめていた。
それにようやく少しだけ、冷静な自分を取り戻して。目をつぶってゆっくりと深呼吸をしてから、顔を上げる。
「ごめんなさい、大丈夫。ちょっと、驚いてしまって」
「私も初めて真実を聞いた際には、お恥ずかしながら全く理解できず、驚きのあまり、その場で固まってしまいましたから。突拍子もない事実を突然聞かされれば、誰しもそうなってしまうのが普通です」
そうかもしれない、けれど。
どちらかというと私の場合は、前世のことを知られているというのが、あまりにも衝撃的で。
というか、つまり。
「あなたも、あなたのお兄様方も、知っているのね」
私の前世を。
ヴァイオレットとして生まれるよりも以前の、一般人として生きていた頃の私を。
しかも、私が同人乙女ゲームをプレイしていたことすら、知られているとか。
(パーソナルな部分を知られているって、結構恥ずかしいんだけど?)
むしろ、どこまで知られているのか。
私としては、それもかなり気になるところではあるけれど。
「直接は、知ることができなかったのですが。少なくともあなたの魂に、私の存在と記憶が刻み込まれていることは確かだと、兄上方から聞いています」
そこまで知られてるのか……!
思わず私は、両手で顔を覆ってしまったけれど。これは致し方ないことだったといえよう。
というか、なんでしっかり私の好みが把握されてるの……!
「すみません。全ての原因は、私の魔力不足なのです」
「…………え?」
羞恥に悶えていた私は、申し訳なさそうなアルジェンティ王子の言葉と声に、思わず顔を上げて。その顔を、穴が開きそうなくらい見つめてしまう。
いや、だって。どう考えても今の話とそれ、繋がりが見えないし。
というか、魔力不足が理由でそんな壮大な計画、お兄様方が立てるかな?
「魔力以外で国に貢献するために、諸国を巡り文化研究をしていたことは、以前お話しした通りなのですが」
うん、言ってたね。聞いた覚えがあるよ。
「そのせいで、兄上方には大変ご心配をおかけしてしまっていたようでして……」
え、っと……。
お兄様方は、ブラコンなのかな?
「せめて国に戻ってからは幸せに暮らせるようにと、私が将来惹かれるであろう女性と確実に結ばれるために、この世界に生まれる以前の魂に存在を刻み込む計画を……」
いや確実にブラコンだなそれ‼
お兄様方すごいな! 弟のためにそんなことしてたのか! まんまとやられたよ!
というか。愛されてるなぁ、アルジェンティ王子。
(分からなくは、ないけど)
むしろ私も、お兄様方寄りの気がするし。
気持ち、分かるもん。この人には幸せになってほしいって、思っちゃうもん。
「ですが、その……。いくら物語とはいえ、私の姿や名前そのままに、他の女性との疑似恋愛をさせるのも嫌だったようで……」
だからか! プルプラが主人公だったのは!
というかあれ、いくつか存在しているはずの、分岐した先の未来だったでしょ。
そうじゃなければ、ゲームの中でプルプラの『銀の騎士』として選ばれた人物が、正確だった説明がつかないからね。
「色々と、その。誤解が生まれてしまっていたということも、兄上方から聞きました」
「……あぁ、なるほど。そうね」
つまり。
ヴァイオレットが悪役王女様だというのは、完全なる誤解で。掲示板の民たちの、完璧な勘違い。
そして、それすら知られている、と。
(なんか、なんだろう……)
一気に、気が抜けた感じ。
今まで、そんなに気にしてなかったけど。ある意味で私の最大の秘密だった部分が、実は全部、最推しキャラのお兄様方の掌の上だった、なんて。
脱力したくもなるでしょう? そんな真実。