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テクノロジーと人間の魂が導く新時代

都内の高級ホテル、クリスタルルーム。


 数百人を収容できる巨大な宴会場には、出版業界の主要メディアやエンタメ系のネットニュース記者たちがひしめき合っていた。


後方にはテレビ局のカメラが数台並び、動画配信サイトでのリアルタイム中継も行われている。


 壇上には金屏風が立てられ、中央のテーブルには豪華な装丁の契約書が置かれていた。


 フラッシュの瞬く中、マイクを握りしめているのは、上機嫌で顔をテカらせたオタシャチ社長である。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます! 我がダンアツ文庫は設立以来、『完全ヒューマンメイド』『反AI』を掲げ、人間の魂が込もった作品だけを世に送り出してまいりました。そして今日、その理念の究極形とも言える天才作家と、専属契約を結ぶ運びとなりました!」


 オタシャチの演説に、記者たちが熱心にメモを取る。


「ネット小説界のあらゆる記録を塗り替え、読者を熱狂の渦に巻き込んでいる覆面作家『GHOST』先生! 彼の作品には、無機質なAIなどには絶対に模倣できない、人間の血と汗と執念が詰まっています! まさに、我々人類の創造性の勝利であります!」


 大言壮語を響かせるオタシャチの顔には、勝利の確信しかなかった。


 GHOSTという最強のカードを手に入れたことで、ダンアツ文庫の売上はV字回復どころか過去最高益を叩き出すだろう。


自身の「反AI」というブランディングも盤石になる。


「それでは、ご登場いただきましょう! 現代の小説界に舞い降りた天才、GHOST先生です!!」


 オタシャチが声を張り上げ、会場の照明が入り口の重厚な扉へと向けられる。


 ファンファーレが高らかに鳴り響き、ゆっくりと扉が開かれた。


 無数のフラッシュが瞬く中、一人の男が堂々とした足取りでレッドカーペットを歩いてくる。


 仕立てのいいネイビースーツに身を包み、手には一台のノートパソコンを持っている。


 その顔を見た瞬間、壇上で満面の笑みを浮かべていたオタシャチの表情が、ピシリと凍りついた。


「……なっ」


 マイクを通さずに、間抜けな声が漏れる。


 壇上の脇で控えていた若手編集者たちも、幽霊でも見たかのように目を見開き、後ずさりをした。


 無理もない。現れたのは、半年前に「AIを使った」という濡れ衣を着せられ、業界から追放されたはずの元チーフ編集者、神谷健人だったのだから。


「……き、貴様っ、神谷! なぜここにいる!」


 壇上に上がってきた神谷に対し、オタシャチは慌てて歩み寄り、小声で威嚇した。


「警備員! こいつをつまみ出せ! こいつは部外者だ! 逆恨みで我が社の神聖な調印式をぶち壊しに来たテロリストだぞ!」


「部外者? おかしなことを言いますね、社長」


 神谷は涼しい顔で、オタシャチのマイクを奪い取った。


 そして、カメラの砲列と、配信の向こう側にいる数十万人の視聴者に向かって、はっきりと宣言した。


「ご指名に預かりました、覆面作家の『GHOST』です。本日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます」


 会場が、水を打ったように静まり返った。


 数秒の空白の後、記者席から爆発的なざわめきが巻き起こる。


フラッシュの嵐が先ほどの三倍の勢いで瞬いた。


「き、貴様がGHOSTだと……? ふざけるな! 嘘をつくのも大概にしろ!」


 オタシャチが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「貴様のような魂の腐った三流編集者に、あの熱量のある傑作が書けるはずがない! 第一、貴様はAIを使って我が社の看板作品を台無しにした大罪人だろうが!」


「ええ、その通りです。私はAIを使っています」


 神谷はあっさりと肯定し、持参したノートパソコンを壇上のプロジェクターに接続した。


 巨大なスクリーンに、神谷のパソコンの画面が映し出される。


 それは、ローカル環境で構築された黒いコマンドプロンプトの画面だった。


「社長は先ほど、GHOSTの作品を『AIには絶対に模倣できない人間の魂』『人類の創造性の勝利』とベタ褒めしてくださりましたね。ですが――残念ながら、GHOSTの全作品は、この生成AI『ミューズ』と私の共同制作によるものです」


「な、なんだと……?」


「証拠をお見せしましょう」


 神谷がキーボードを操作すると、スクリーンに膨大なテキストのログが表示された。


 ノベルフロンティアに投稿されている『追放された無能参謀~』の全エピソードの生成日時、そして、その文章を生成するために神谷が打ち込んだ『プロンプト(指示書)』の履歴である。


 そこには、投稿日時の数分前に、AIによって該当のテキストが秒速で生成されているタイムスタンプが明確に刻まれていた。


「ば、馬鹿な……嘘だ……そんな、完璧な文章が、ただのAIごときから出てくるわけがない……!」


 オタシャチは頭を抱え、後ずさった。彼の根本的な価値観が崩壊する音が、会場中に響き渡っているかのようだった。


「おっしゃる通り、ただボタンを押しただけで名作が出るわけではありません。AIはあくまで強力なツールです」


 神谷はタイピングの手を止めず、冷静に言葉を紡ぐ。


「十年間の編集者生活で培った、読者の心を動かすロジック。物語の構造。流行のデータ。それらを緻密に言語化し、プロンプトとしてAIに指示を出す。そして出力されたテキストに、人間の手でエモーショナルな『間』と『体温』を吹き込む。私の持つ『一流の編集スキル』と『最先端のテクノロジー』が完全に噛み合ったからこそ、あなた方から見ても『魂が籠もっている』と錯覚するほどの作品が生み出されたのです」


 神谷はスクリーンに、新たなプロンプトを打ち込んだ。


『条件設定:傲慢なブラック企業の社長が、生配信のカメラの前で自分の無知と嘘を暴かれ、社会的に破滅していく無様なシーンを500文字で出力。感情の推移は【絶対の自信】→【困惑】→【完全な絶望】』


 エンターキーをターンッ、と叩く。


 わずか三秒後。スクリーン上に、圧倒的な語彙力と緊迫感を持った破滅の描写が、猛烈なスピードで生成されていく。


 それを見た記者たちは息を呑み、カメラのシャッターを切り続けた。ネット中継のコメント欄は、驚愕と喝采で滝のように流れている。


『うおおおおお! GHOST先生の文章、本当に一瞬で出力されてる!』


『すげえ! つまりAIへの指示出しが神懸かってるのか!』


『「AIは無機質なゴミ」とか言ってた社長、最高のブーメラン食らってて草』


『反AIの旗手が、AI作品に三千万の契約金積んで公開土下座とか歴史に残るだろwww』


「あ、あ……あぁ……」


 オタシャチはその場にへたり込んだ。額からは大量の脂汗が吹き出し、高級スーツは無様に乱れている。


 彼が長年かけて築き上げてきた『反AI・完全ヒューマンメイド』の神話は、今この瞬間、何万人という視聴者の目の前で完全に粉砕されたのだ。


 しかし、神谷の追撃はこれで終わりではない。


「さて。GHOSTの正体証明はこれで十分でしょう。もう一つ、皆さんに見ていただきたいデータがあります。私がダンアツ文庫を不当解雇される直前、密かに社内サーバーからバックアップを取っておいたものです」


 神谷が別のフォルダを開くと、そこには膨大な量の音声ファイルやチャットのスクリーンショットが並んでいた。


「これは、小田原社長から社員への深夜の恫喝メッセージ、休日出勤の強要、さらには『完全ヒューマンメイド』と謳っていた看板作家たちの原稿を、私たち編集者に徹夜でゴーストライティングさせていた証拠です」


「や、やめろ……っ! それ以上は……!」


 オタシャチが悲鳴のような声を上げるが、神谷は冷酷にエンターキーを叩いた。


 会場のスピーカーから、オタシャチの生々しい怒声が響き渡る。


『お前が血反吐を吐いてでも原稿を完成させろ! 徹夜すれば時間は無限にあるんだからな!』


『読者なんて適当に騙しておけばいい! 俺の言う通りに魂を削れ!』


 決定的なパワハラとモラハラ、そして読者への背信行為の数々。


 記者たちの顔つきが、エンタメの取材から、企業不祥事を追う社会部のそれへと一変した。


 ネットのコメント欄は、完全な炎上状態と化している。


「『人間の魂』。社長、あなたはいつもそう言っていましたね」


 神谷は、マイクを握り直し、足元で震えるオタシャチを見下ろした。


「でも、あなたが求めていたのは魂じゃない。自分に逆らわず、無限に搾取できる都合の良い奴隷(人間)だっただけだ。だから、己の支配を脅かすAIを病的なまでに恐れ、排除しようとした。……違いますか?」


「…………っ!」


 オタシャチは反論の言葉を持たず、ただ口をパクパクとさせて床に伏せるしかなかった。


 神谷はノートパソコンを閉じ、静かに宣言した。


「私は、ダンアツ文庫からの専属契約を正式に辞退します。テクノロジーを否定し、人間の命をすり減らすことしかできない古い船は、いずれ沈む。私は、AIという最強の相棒と共に、新たな時代を創ります」


 一礼し、神谷は振り返ることなくレッドカーペットを引き返していく。


 その後ろ姿に向けて、会場を揺るがすほどの凄まじいフラッシュと、記者たちからの嵐のような質問が浴びせられた。


 こうして、GHOSTの正体を巡る狂想曲は、一人の老害社長の完全なる社会的破滅と共に幕を閉じたのである。


     * * *


 それから、半年後。


 都内の真新しいインキュベーション施設の一角に、小さな、しかし活気に満ちたオフィスがあった。


 ドアには『株式会社ネクスト・ノベルス』という真新しいプレートが掲げられている。


「神谷社長! 今週分のプロット、ミューズとのすり合わせが終わりました! やっぱりAIに叩き台を作らせると、純粋なアイデア出しの時間が倍に増えて最高ですね!」


 目を輝かせて報告してくるのは、ダンアツ文庫から移籍してきた若手編集者の一人だ。


 あの公開処刑の後、ダンアツ文庫は深刻なコンプライアンス違反でスポンサーが次々と撤退。


オタシャチは社長を解任され、多額の賠償金を抱えて自己破産したという。


残された編集者や作家たちの多くは、神谷が立ち上げたこの新しい会社へと合流していた。


「よし、じゃあ次は俺がエディットに入る。ミューズの出力は完璧だが、人間の『泥臭さ』を足すのが俺たちの仕事だからな」


 神谷は笑いながらキーボードを叩く。


 過労で青ざめていた時とは違い、その表情には健康的な生気がみなぎっている。徹夜もなければ、理不尽な恫喝もない。


 AIに任せられる作業は徹底的に効率化し、人間は「人間にしかできないクリエイティビティ」に全力を注ぐ。


それが、神谷が証明したかった本当の『テクノロジーと人間の共存』だった。


 モニターの端で、黒いコマンドプロンプトのカーソルがチカチカと明滅している。


 まるで、「次は何を作ろうか」と相棒に問いかけているように。


「さて、ミューズ。今日も世界を熱狂させるぞ。準備はいいか?」


 神谷健人の指が、軽やかにキーボードの上を舞い始めた。


 追放された元・社畜編集者と、感情を持たない最強のAI。


 彼らが紡ぎ出す新しい物語は、まだ始まったばかりである。


(了)

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