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猫系男子と名探偵  作者: ひだまり
雨の日
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おかげさまで累計10000PVを突破しました!

沢山の方に読んでいただき、本当に嬉しく思っています!

いいねや高評価、ブックマークなど本当に励みになります、ありがとうございます!

小説に登場するキャラクターが別作品にも登場していたり、物語の設定が繋がっていたりするので、そういったところを楽しんでいただけると幸いです。

これからも応援のほど、よろしくお願いします!

 雨は、街の輪郭をぼかしていた。夕暮れを過ぎた空から絶え間なく降り注ぐ雨粒が、ビルの窓や車の屋根を叩き、灰色の道路を鏡のように濡らしている。橋の下を流れる川も雨に煙り、遠くの街灯が水面に細長く揺れていた。


 その橋の上に、一人の男が立っていた。


 斎藤静(さいとうしずか)、二十五歳、刑事である。茶色の髪は雨に濡れて額に張りつき、白いシャツもすっかり水を吸っている。ズボンの裾からは雨水が滴り落ちていた。


 それでも静は、傘を差そうとはしなかった。

 ただ欄干(らんかん)のそばに立ち、雨に霞んだ街をぼんやりと眺めている。


 悲しそうでもない。怒っているわけでもない。ただ、何かを考えているようで、何も考えていないような、不思議な表情だった。


 そのとき__。


「風邪ひきますよ」


 背後から声が聞こえた。

 静がゆっくり振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の女性だった。黒髪のセミロングに、中性的で整った顔立ち。コートを身にまとい、手には一本の傘を持っている。


 名探偵、朝日零(あさひれい)。

 零は静の隣まで歩いてくると、何も言わずに傘を差し出した。


「……どうも」


 静は短く礼を言う。


 零は少し呆れたように静を見た。これだけ雨が降っているというのに、傘も持たず、濡れることを気にする様子もない。


「傘、持ってないんですか?」


「忘れました」


「忘れたからといって、雨の中こんなところで立っているなんて…」


「他人がどうしようと、普通の人は素通りしますよ」


「それは……そうですけど」


 零は苦笑しながら、傘を静のほうへ傾けた。

 自然と二人は、一つの傘の下に並ぶことになった。


 雨音が二人を包み込む。傘に当たる雨粒の音が一定のリズムを刻み、橋を行き交う車の音がその向こうから聞こえてくる。

 しばらくして、零が静の横顔を見た。


「で、こんなところで、何やってるんです?」


 静はすぐには答えなかった。

 雨に煙る街を眺めたまま、少しだけ目を細める。


「……わかりません」


「は?」


 零は思わず聞き返した。

 静は相変わらず淡々としていた。


「なんとなく、雨に打たれたくて」


「……」


 零は言葉を失った。

 そして数秒後、呆れたように息を吐く。


「あなた、変な人ですね」


「よく言われます」


 あまりにも平然と答える静に、零は思わず笑ってしまった。

 

 零の視線が、ふと静の服に向く。

 雨に濡れた白いシャツは肌に張りついており、静の茶色い髪からも水滴が落ちている。

 零の視線の先、妙な色気を身に纏った男性の姿がそこにあった。


「……」


 零の心臓が、不意に大きく跳ねた。

 ドクン。

 自分でも驚くほど強く胸が鳴った。

 零は慌てて顔を背ける。


「どうしました?」


 静が不思議そうに尋ねる。


「な、なんでもありません」


 零は前を向いたまま答えた。

 頬が少し熱い。

 静はそんな零の変化に気づくことなく、再び雨の向こうへ視線を戻した。


 二人の間に、静かな時間が流れていく。

 一つの傘。

 二人の距離。

 そして、降り続ける雨。


 零は横目で静を見ながら、胸の鼓動がなかなか収まらないことに困惑していた。

 静かな雨音の中、不意に静が小さく身を震わせた。


「……くしゅん」


 くしゃみだった。

 零は隣で目を丸くすると、呆れたようにため息をついた。これだけ雨に濡れていれば当然だ。むしろ、今まで平然としていたことのほうが不思議なくらいだった。

 零は傘を静の方へさらに傾ける。


「自宅はどこです?早くシャワーを浴びないと、本当に風邪ひきますよ」


「……じゃあ、帰ります」


 二人は橋を離れ、雨の降りしきる街を歩き始めた。静は相変わらず口数が少なく、零もそれ以上は何も聞かなかった。ただ、静が少しでも雨に濡れないよう、零は傘をずっと彼のほうへ傾け続けていた。

 やがて二人は、静が住む紺色の屋根の一軒家へとたどり着く。


「ここです」


 玄関先で静が立ち止まった、その瞬間だった。

 一瞬、空が眩しい光につつまれ、空の彼方から、低い雷鳴が響いた。


「うっ……雷…」


 零の肩が震える。


 零はその場にしゃがみ込み、傘を持ったまま片手で片耳を塞いだ。先ほどまで名探偵らしい落ち着いた表情を浮かべていた彼女の顔から、余裕がすっかり消えている。

 静はそんな零を見つめた。


「雷、苦手なんですか?」


「……はい」


 小さな声が返ってくる。

 再び雷鳴が響くと、零はさらに身を縮めた。

 静は少し考えたあと、零の前に手を差し出した。


「来てください」


「……」


 零は戸惑いながらも、静の手を取り、引かれるまま歩いた。

 零が静の家の玄関の前まで来ると、静が扉の鍵を開ける。


「雷が止むまで、家にいていいですよ」


「……え?」


「別にこのまま帰っても、僕はどちらでも構いません。あなたの好きにすればいい」


 静はそれだけ言って、玄関の扉を開けた。

 零は少し迷ったあと、傘を閉じ、小さく頷き中へ入る。


「……じゃあ、お言葉に甘えて失礼します」



 静の自宅は静かで落ち着いた空間だった。必要最低限の家具が置かれていて、余計な物はほとんどない。まるで静自身の性格をそのまま表しているようだった。


 リビングに入り、ソファーの近くに立つ零。

 静がその横を通り過ぎる。


「先にシャワーを浴びてきます」


「あ…、はい」


 静はそういって、浴室へ向かった。

 やがて浴室からシャワーの音が聞こえてくる。

 零はソファに座ったまま、なんとなく落ち着かない気持ちになっていた。


「……なんでこんなに緊張してるんだろう」


 小さく呟き、自分でも不思議そうに首を傾げる。

 しばらくすると、脱衣所の扉が開いた。


「お待たせしました」


 静の言葉に零が振り向く。

 そこには、シャワーを浴び終えた静が立っていた。濡れた茶髪をタオルで拭きながら、バスローブ姿でこちらを見ている。

 零は一瞬、言葉を失った。


「……」


 そして、すぐに視線を逸らした。


「どうしました?」


「な、なんでもありません!」


 零は慌てて前を向く。

 静は不思議そうに首を傾げた。


「そうですか」


「……はい」


 零は胸元を押さえながら、静かに息を吐いた。

 雷の音は、まだ遠くで響いている。



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