9 ツーリング①
本日早朝、体重計に乗ると67.4kg、ほぼ通常の体重に戻っている。解せぬ。
明日はゴールデンウイークの最終日だ。初めてのツーリングの日です。
うどんで始まり、最後はソバで締める。良い感じがする。
明日のツーリングは、何を用意しなければならないのかと思っていると、千葉さんからラインが届きます。
「明日はツーリングです。よろしくお願いします」
流石は実業家、まめな連絡は基本である。私は直ぐに返事をする。
「こちらこそよろしくお願いします。前にも話しましたが、私ツーリングは初めてで、何か用意しなければならない物とかありますか?あれば教えてください」
直ぐに返事が返ってきた。
「特にありませんが、明日の天気は曇りと予報されています。もしかしたら雨が途中で降るかもしれないのでカッパを用意しておいた方がいいでしょう」
なるほど、この連休中天気が良かったから、明日も天気がいいのだろうと勝手に思っていた。用意しておこう。
「分りました。用意しておきます。ありがとうございます」
やっぱり聞いて置いて良かった。後はおやつも持って行きたいな。
小学校の時の遠足に行くのと同じ気分だ。今夜は眠れないかもしれない。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。
私は、ベッドから起き上がり、腕を伸ばす。
「うーん」
ぐっすりと眠れた朝は気持ちがいい。興奮して眠れないかもと心配していたけど、いらぬ心配だった。実は、私は今まで眠れない夜を経験したことがない。一度経験してみたいものだ。
朝食を取りながら、天気をチェックしています。
曇り時々晴れ、今日の天気予報です。天気の心配もないようです。
「明美、今日は千葉さんとことツーリングだろ。気を付けて行きなさい」
「はーい」
父が珍しく私の行動を把握している。私がイケメンの千葉さんと会うのを気にしているのだろうか。いつもは、早く嫁に行けと言っているが、娘に彼氏ができると、それはそれで心配なのかもしれない。
でも、心配しないでください。千葉さんにその気はないと思います。残念ですが、非常に遺憾であります。
「千葉さんと言えば、明美のバイクを納車してきた人でしょ。結構イケメンだったね。明美がんばりなさいよ」
「うん」
母はいつの間に見ていたのか。油断ならない。それに何をがんばれというのか。
私は、父の心配と母からの激励を受けて出発した。
集合場所は、サンポート高松、噴水のある駐車場です。見通しのいい場所なので近づけば分かると聞いています。
目的の駐車場が見えてきた。約束の時間より10分ほど早く着きそうだ。
集合場所である駐車場には10台近くのバイクが屯していた。黒の大型バイクばかりです。
まるで、アメリカ西部の酒屋に集まるアウトローのライダーたちだ。サングラスに刺青、汚い髭面の男たち、映画で見たことを思い出す。
行くのを止めようかなと考え始めた時、奥の方に1台だけ、真っ赤なヨーロピアン型のバイクが見えます。モンスタードゥカティだ。千葉さんのバイクだと直ぐに分った。
良く見るとそのバイクの横で、こちらに向かって手を振っている人がいる。千葉さんだ。見つかった、今更帰れない。
覚悟を決めて、バイク集団へ合流する。
「おはようございます。田中さん」
「おはようございます」
居心地の悪い私はヘルメットを取るのを忘れて、かぶったまま挨拶を返します。そんな私に構うことなく、千葉さんは集まった人たちに向かって話し始めました。
「みなさん、今日のツーリングに参加して下さり、ありがとうございます。天候は暑くもなく寒くもなくベストコンディションだと思います。安全第一でツーリングを楽しみたいと思います」
ここで一度言葉を切り、千葉さんは私の傍に来ました。
「出発する前に、今回初めて参加するライダーを紹介します。Ninja ZXの田中さんです」
私はその時、自分がヘルメットを被ったままなのに気が付き、慌ててヘルメットを取ります。慌てていても、日頃から訓練していた仕草が自然とでます。
ヘルメットを取り、私の黒髪が流れるように肩に落ちた瞬間、
「「「おー」」」
野郎どもの口から感嘆の声が漏れ聞こえます。
初めてこのポーズが人の目に留まった。嬉しいよりも恥ずかしい方が勝った。
私は真っ赤になる顔を意識しながら「田中です。よろしくお願いします」と、頭を下げた。
パチパチパチと拍手の音が聞こえる。
頭を上げて、周りを見ると、おじさんや爺のライダーの他に、女性もちらほら見える。
初めの印象、勝手に思い込んでいた印象とは随分と違った。
しかし、そうなると、この黒いアメリカンの大型バイクに乗るのはこの女性ライダーたちということになる。 凄い、カッコいい。
後から聞いた話では、その女性たちは夫婦で参加していたのだ。夫婦で黒のアメリカンに乗る。益々カッコいい。
「それでは出発します。田中さんは、私の後ろを走ってください」
「はい」
千葉さんは優しい。もしかして、私に気があるのでは。
いやいや勘違いしてはいけない。新しい顧客は大事にするものだ。それにこのツーリングのメンバーは千葉オートのお客さんたちだ。好印象と連帯感を持たせて、更なる新規顧客を芋づる式に得ようとする戦法に間違いない。
ドッドッドッドッド。私のほんの少しの期待と、それを否定する考えを排気音が消し去って行く。
高松市内を南北に走る中央道路を10台のバイクが南下して行く。
先頭は真っ赤なドゥカティ、そのすぐ後ろにはカワサキグリーンの車体、そして黒の集団が続く。ドッドッドッドッド。
ドッドッドッドッド。私の真後ろから聞こえてくる排気音。
ドッドッドッドッド。好きな人には、いい音なのかもしれない。
ドッドッドッドッド。・・・五月蠅い。
どんな顔をして、こんな五月蠅いバイクに乗っているのだろうと思い、振り返ると、白ひげを生やしたジェットヘルの爺が、私に向けて、サムズアップしてきた。
・・・・白い歯が眩しい。元気な爺だ。
しかし、高齢には違いない。耳が遠いのだろう。だからバイクの音が大きくなる?
「高齢者にやさしい街づくり」どこかで見た看板を思い出す。
仕方がない。私も爺に向けてサムズアップを返してあげた。
五月蠅かった排気音も、一度許してしまうとあまり気にならなくなってきた。
後ろの排気音が気にならなくなった代わりに、前を走るドゥカティの音が気になり始めた。信号に止まる度に横に並ぶ。その時聞こえてくるカチャカチャと鳴る機械音、どこか壊れていのではないのか。
心配になり千葉さんの顔を見るが、とても嬉しそうな笑顔が帰って来るだけ。バイク店のオーナーがマシンの不調を訴える音を聞き逃すわけもないので、そのカチャカチャと鳴る音は正常な音なのだろう。
しかし、気になる。その音と同じ音を昔、小さいころ聞いたことがある。たしかあれは、ゼンマイで動く人形だった。まさかとは思うが、千葉さんのバイクはゼンマイ仕掛け?
みんながガソリンスタンドで給油している時に、千葉さんは、その片隅でゼンマイを巻いている。そのような姿を思い浮かべ、自然と表情筋が緩む。
「田中さん、楽しそうだね。誘って良かった」
今は、高松を出発して40km走った所、道の駅たからだの里、休憩中です。
いつの間にか、千葉さんが目の前にいました。
千葉さんの可笑しな恰好を想像していたのでびっくりしました。
「はい、誘ってくくれてありがとうございます。少し気になるのですが、千葉さんのバイクからカチャカチャと音が鳴っていますが、それは何の音ですか」
「あっ、気になりますか。あれは、ドゥカティ特有の音です。乾式クラッチをドゥカティは採用していて、・・・・・・・・・」
私は、触れてはいけない物に触れてしまったようです。永遠と続く理解不能の説明。引き攣りそうになる表情筋を意志の力で抑え込み、出来るだけ笑顔を作る事のみに集中します。
「千葉さん、そろそろ出発しないかね」
救いの手です。見ればあの爺ライダーでした。白い歯が印象的です。
「あっ、そうですね。田中さんごめん。つい夢中になって話し込んでしまった。続きはまた後で」
まだ続きがあるのか。
「そうですね。続きは今度時間のある時に」
「はい。では出発しましょう」
千葉さんは、笑顔で立ち上がりました。
千葉さんは、私より父と気が合いそうだと、その時思いました。耕運機にもクラッチは付いていたと思います。イタリヤのバイクと日本の耕運機に共通点があるかは疑問が残るところですが、その話の続きはまっぴらごめんです。
再度走り出したバイクの集団、国道32号線を更に南下します。
最近、通勤をスーパーカブ90から電車に変えました。暑い寒いは、なくなりましたが、少しだけ、楽しみが減った様な気持ちです。




