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そのホログラムで敵を穿て  作者: フィング
10/10

『悪』の巣窟

 廃れたスラム街。かつては工業の中心地として、発展を遂げていた場所だった。今では過去の威光を感じる事はできず、むしろ悪の巣窟として忌み嫌われる場所となっていた。


 そんなスラム街のある一角で、腕を縛られた青年が、ある屈強な男に連行されてきた。


「ついたぞ小僧」


「うわっ」


 乾燥した地面へ体を無造作に投げ込まれる。同時に砂埃が舞い、青年はせき込み、こすれない瞳を代わりの涙で洗い流す。


「ごほっ、ごほっ……」


「おうおう、せっかくの()()だ。丁寧に扱えよ」


「は、申し訳ありません。ボス!」


「ごほっ……ボ、ス?」


 青年は赤くなった目をこじ開け、声のする方へ向ける。そこには、スクラップで作られた玉座の上に座る、少年の姿があった。青年と比べて、年の離れた子供のように見える。にもかかわらず、屈強な男がボスと呼び謝る様子は違和感があり、同時に得体の知れなさで恐怖すら覚える。


「やあ、初めまして。一応、名前を聞こうか?」


「わ、私はビル……です」


「そんじゃ、ビル。てめぇの犯した罪について言えるか?」


「つ、罪ですか。えぇ、えっと……」


「おいおい、少しは落ち着け。何も取って食おうってつもりはない。まだな」


「まだ、って」


「情状酌量の余地があるって意味だ。お前、最近ここに来た口だろ? そうでなきゃ、こんなバカのことはしねぇ」


「はぁ……」


 思いのほか、話が通じることに気が付いたビルは、その表情に落ち着きを取り戻したように思える。それを確認すると、少年はビルを連行してきた男に目配せをする。


「は、何用でございましょう」


「こいつの罪状について話してやれ。まずは相互理解からだ」


「はっ! かの者は、我々の縄張りにて収集されていた粗悪品のアーリコアを一部窃盗。使用しようと画策していたところを我々で捕らえました。対応する罪状は、アーリーコアの窃盗、および未加工品アーリーコアの使用になります」


「ということだ。前者は分かりやすいとして、後者が罪に当たる理由については分からないだろ?」


 少年の言葉にビルはうなずく。アーリーコアの使用は、現代になって当たり前になっている。過酷なスラムの環境を生き残るには、腕っぷしの無さそうな彼にとってどうしても欲しい代物に違いない。加えて、山と積まれたアーリコアを見れば、一つぐらい無くなったって気づかれないと思うかもしれないだろう。どちらにせよ、浅はかな行動をしたのは確かだが、それでもなお情状酌量の余地があるとはどういうことなのだろうか。もしや、アーリコアを使用したことと関連しているのだろうか。


「いいか。ここでは、生活に必要なアーリーコアを一度改造してからじゃないと使ってはいけないルールがある。そもそも、アーリーコアってのは、捨てられても企業側で使用履歴を確認できんだよ。俺たちみたいな悪い奴が犯罪に使わないようにって、名目でな」


「そ、そうだったんですか」


「もちろん、アーリコア無しで俺たちは生きていけねーから、ある場所でアーリコアの改造を頼むんだ。こっちの状況が把握されようものなら、お前も俺たちも危ういからな。警察や、スペルクラブの連中がカチコミに来るかもしれない」


「スペル……」


「お、この名前を知ってるってことは、奴らにお世話になった口か?」


 スペルクラブの名で身を震わせる様子を見て、少年や周囲の男どもが笑う。醜態をさらしたようで、ビルの顔が赤くなっていく。


「まあ、隠すことはない。むしろここには同じ境遇の奴らがわんさかいる。同時に恨みを募らせてる奴もな。だからむしろ、お前に共感して仲間意識が芽生えたかもしれねーぞ。なあ?」


 少年の問いかけに対し、屈強な男らは声を上げて笑いながら語り出した。


「ああ、間違いねぇやボス。俺だって、最初はそうだった」


「アイツらに脅されて、ここに流れ着いた奴は多い。牢屋にぶち込むでもなく、じりじりと社会的に殺しにかかるあいつらのやり方は気に食わねぇ」


「心配すんな坊主。俺らにとっちゃ、お前の反応は子供っぽくって可愛いってもんよ」


「おいそこ、聞き捨てならねぇな?」


「あ、す、すいやせん、ボス」


 子供の容姿にコンプレックスがあるのか、獣のように鋭い目が男に突き付けられる。今思えば、ただ恐怖の対象としてしか見ていなかった彼らだが、その内情が見えてくるたびに正体が気になってくる。ビルのキョトンとした様子を察してか、少年は立ち上がり口を開いた。


「そろそろ、俺たちについて話そう。我々は『バック(B)アリー(A)タイガー(T)』っていうギャングだ。ボスは俺、ケイン。ここ、スラムを縄張りとし、この地域の治安を守る武装集団だ」


「ギャング、ですか」


「そんで、お前の生い立ちについても聞きたい。主に、ここへ流れ着いた理由とかな」


「は、はい」


 ビルは座り直し、事情を語る。腕が縛られたままで不便なようだからと、ケインの命令で外してもらった。少し深呼吸した後、真摯にこちらを見るケインに向けて語り出した。


「私は、お父さんと二人で暮らしていていましたが、お父さんが事業に失敗したようで多額の借金を抱えることになりました」


 事業という言葉に、ケインは目を瞬かせ反応するも、すぐに姿勢を直す。ビルは止まらず、話を続けた。


「借金を返せないまま、父は蒸発。私が借金を肩代わりすることになり、スペルクラブの連中にあれよこれよと財産を奪われ、家も失い。行く当てもないままここへ流れつきました」


「よく聞く話だな。ほんと、良く聞く話だ?」


「え?」


 含みある言い方に、ビルは首をかしげる。確かにこれは、ありふれた話かもしれないが、彼なりに思うところがあるというのだろうか。嫌な予感と共に、ビルは自然と身構えた。


「ここ、スラムが悪の巣窟って言われてる理由を知ってるか?」


「理由と言われましても、そういうふうに教わりましたから」


「もともとここは、工業の中心地だった。にもかかわらず、芋ずる式に関連企業は倒産していき、ぽっと出のアーリコーポレーションが企業における一強へとなりあがった。そんで、スラムとなったこの工業跡地に犯罪者が流れつくようになった。スペルクラブの連中によってな。ちなみにあいつらは、アーリとこの傘下だ」


「さん、か?」


「そもそも、スラムって言葉は貧しい地域に着けられる名前だ。治安が悪いにしても、悪の巣窟なんて言われる筋合いはねぇ。そうなったのは、スペルクラブの連中を使って、悪人をここ場所に追い込むようになったからなんだよ」


「そんな……」


「さらに、アーリコーポレーションの連中は、その立場を脅かす可能性のある事業をことごとく潰しにかかる傾向がある。そうでない企業は、十中八九アーリの傘下だ。スペルクラブと同じ、な」


「…………!?」


「詳しくは知らねぇが、お前の父もはめられたんじゃねぇか?」


「そんな。そんなことが、何で許されてるのですか!」


 心の底から「悔しい」という言葉が湧いて出てくる。きっと、人には見せられない顔をしていると思った矢先、目の前に座る猛獣を見て、息が詰まった。自身の怒りが些細なものに思えるほどに、怒りをあらわにしたケインの姿に、ビルも他の者も冷たい汗を流す。


「ぼ、ボス……」


「なんで許されてるかって、みんなここに流れ着くからだ。誰もここまで追ってこねぇし、事件の真相はうやむやになって、被告は無事逃走に成功する。お互いウィンウィンってか?」


 間を置きながら、腹がはちきれんほどに吸い込んだ息を使って、ケインは怒声を上げた。


「ふざけんな! そんなふざけた話、あってたまるかってんだよ。おかげでこっちは、さんざんだ。治安が悪化し、もといた住民が奴隷みたいに利用された。怪しげな実験を始める奴もいた。そいつらの悪事に利用され、廃人にされた奴もいる。罪のない一般人までも、悪人と同類扱いされた挙句、悪人以下の扱いをされる。外の連中は助けるどころか、知ろうともしない。そういう教育をされているからだ!」


「あ、ああ……」


 息を切らしながらも、ケインは心の底から叫び散らかす。最初こそ、こんな子供がボスと呼ばれることに違和感があったが、今ではその差触れ出んばかりの殺意に子供であることを疑いたくなる。声が、顔が、ケインが猛獣であると錯覚させる。それほどまでに詰め込まれた怒りは、その言葉に説得力を持たせる。信じたくもない、辛い現実に。


「はぁ。それでも、俺たちみたいなやつを支援してくれる奴もいる。だが、俺たちと関わっただけで、世間から犯罪扱いされるんだ。足が付かないよう、不正アカウントを使ってまで支援してくれたラーメン屋も最近しょっぴかれちまった。ほんと、申し訳ねぇよ」


「なん……というか、うまく言葉にできません。あの、アーリコアを作ってる会社が」


「だが今は、あそこの作るアーリコアが無きゃ、この町では生きていけねぇ。かつて存在した電化製品は、みんな仲良く博物館に並んでるっけな。いらないならこっちに分けてほしいってもんだ。そうでなきゃ、違法行為に手を染めてまでアーリコアに執着する必要もねぇ」


「やっぱり、アーリコアの改造って」


「違法だ。外のルールではな。加えて、会社に認証されていないプログラムを個人で組み上げて使っている。そういうのを使っているアカウントは不正アカウントとして扱われる。これで2アウトだな。だからこそ、徹底的に足の着くことをしたくねぇ。お前の犯した罪はそういうことだ」


 生きるためには、悪に手を染めなければいけない。それが例え、誰かを傷つけるものではなくとも。これが『悪の巣窟』の正体。口ぶりからしてケインは、もともとこのスラム地域で生まれ育った地元民なのだろうか。外部から犯罪者として扱われることを否定したかっただろうに、生きるために違法行為に手を付けなければならない。それも、ある一企業の陰謀によって。


「情状酌量の余地を与えるのは、お前の気持ちが痛いほどわかるからだ。だが、このまま去っても行く当てはねぇだろ。どうだ、うちらの所に来ねぇか、ビル」


「ケイン……さんの、ギャングにですか?」


「何も、求めているのは腕っぷしだけじゃねぇ。あと、俺たちみたいなはぐれ者が暮らせる住居も紹介しよう。そこなら、最低限だが衣食住も確保できる」


「…………」


 とても魅力的な提案だが、どうもすんなり彼の提案を飲むことができない。曲がりなりにも、彼らは犯罪者であって、まだ心に正義感があるせいか躊躇してしまうのだ。


「やっぱり、そうすんなりは飲み込めないよな。まあ、少し考えてから答えてくれてもいい。その間も、ここを訪ねれば食料を分けてやる。とりあえず今日はこれで終わりだ。そこのお前、そいつを出口まで案内してやれ」


「はっ!」


 ぱんぱんと手を叩き、ケインは先に帰ってしまった。ビルも、近くの男に連れられ出口へと向かう。

 ここに連れてこられたときは、死を覚悟したが、今ではそんな恐怖はみじんも残っていなかった。ビルは、目の前を歩く屈強な男を見あげる。彼は、ビルを縛ってケインの前に連れ込んだ張本人だ。筋肉質でいかつい顔のせいで、怖いという感想しか浮かばないような奴だったが、今見ると印象が変わる。鍛え上げられた肉体には、目立つ古傷が複数見られ。顔にはやけどの跡が残っている。これらの傷ができた経緯までは分からない。だが、ケインの言っていたことが確かなら、この男も苛烈な過去を過ごしてきたのかもしれない。


「すみません、名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「あ、俺の名前か。俺はロニファーだ。ここに連れて来た時は、手荒に扱ってすまなかった。怒りで少し冷静さを失っていた。けがはないか? 少しの傷でも、ここでは致命的だ。必要なら消毒と包帯を用意するが」


「大丈夫です。砂煙はすごかったですが、ふかふかした地面でしたので」


「ああ、後で水を持って行ってやる。顔をゆすいで、水分を取れ」


「……ありがとうございます」


 彼の優しさに、自身の犯した罪が重くのしかかるような気がする。彼らは、戦っているのだ。過酷なこの現実から。今もつらいはずなのに、他人を思いやる心を持っている。ケインやロニファー、恐らく他の者たちも、心まで悪には染まっていない。文字通り、表面上の悪でしかない。


 まだ言葉にはできないが、ビルの志す未来が見えた気がする。

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