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今から一緒に、死にに行こうぜ  作者: シロツメクサ次郎
不良と少女
24/24

馬鹿野郎

「僕の馬鹿野郎……」


何度目になるか分からない後悔が胸中を埋め尽くし、情けない声となって口から零れた。

駅にて宮崎さんと河野を見送った後、僕は七海に連れられ、帰り道の途中にある公園に立ち寄っていた。


「何でも引換券って、僕はバカか。まだサッカーのポスターの方がマシだったじゃないか」


考えてみれば当たり前のことだった。

美羽ちゃんは、五歳の時に母親に置いて行かれて、それから五年間は顔を見るどころか、声すら聞いていない。

そんな子供が何でもしてあげるなんて言われたら、会いたいと願ってしまうのは当然のはずだ。


「……タイムマシンの開発が急がれる」

「急にどうした」

「過去に戻り、僕の首を折る」

「わざわざ息の根止めなくても、普通に口止めすれば良いだろ」


あの時、美羽ちゃんは戸惑う僕の顔を見て「冗談だよ」と笑ってくれた。

しかし、あれは間違いなく美羽ちゃんの本当の願いだったはずだ。


「探偵の依頼料ってどれくらいなんだろう。僕の小遣いで足りるかな」

「最低でも四、五万。高くて百万前後って話もあるな」

「マジ?」

「ああ。それと、さらにそこに成功報酬と調査費用ってのが掛かるらしい」

「……なるほど、払えるわけがないってことか。やっぱりタイムマシンしかないな」

「そんな便利な物があるなら、五年前の美羽に会いに行った方が早えよ。とにかく、これでも飲んで落ち着け」


吐き捨てるように言い、来る途中で買った缶コーヒーを僕の膝の上に置く。

少し口に含めば、ぬるい苦みが染み入る様に口の中に広がった。

美味しいとは思えないが、おかげで少し冷静さが戻ってきた。


「それで、どうするんだよ。美羽の願いを叶えるつもりは無いのか?」

「それは……」


言い淀む僕を、七海は静かに見据える。

答えに困っているのは、逃げ道を探しているからではない。

単純に、足の踏み出し方が分からないのだ。


「期待させてごめんって謝れば、美羽なら許してくれると思うぞ」


確かにその通りかもしれない。

しかし、


「それは、嫌だな」

「何で」

「だって、美羽ちゃんは僕を助けてくれたから」


河野と気まずくなっていたあの時、何も事情が分からないのに、美羽ちゃんは僕に寄り添ってくれた。

傍から見れば小さなことかもしれないが、彼女の優しさは荒んでいた僕の心を癒してくれた。


“お兄ちゃんが笑ってくれたら、お姉ちゃんも笑ってくれるから”


あの言葉を聞いて僕は、僕が苦しんでいるせいで河野も苦しんでいたことに気が付いた。

そして、何より……。


「……」

「なんだよ、急に黙りこみやがって」

「いや、何でもない。とにかく、出来ることがあるならしてあげたいんだ」

「……そうか」

「まあ、そんなこと言っても、結局僕には何もできないし、むしろ美羽ちゃんに気を遣わせただけなんだけど……」

「おいおい、また急に落ち込むなよ。今日のお前、情緒不安定で怖えよ」

「腎臓って、一ついくらくらい?探偵の調査費くらいは賄えるよね」

「闇深い金の稼ぎ方をしようとするな。……ああ、ったく。お前は相変わらず意味が分からねえ」


乱暴に頭をかくと、七海は大きなため息とともに体をこちらに向けた。


「あの日、美羽は真夜中にどこに行こうとしてたんだろうな」

「……え?」

「言っただろ。美羽は真夜中にマンションの廊下で倒れているところを立花さんに保護されたって。でもさ、それまでずっと家で待っていた美羽が、どうしてあの日、そんな時間に外に出たんだろうな。いや、そもそも何処に行こうとしていたんだろうな」

「どこって、それはお母さんの所じゃないのか?」

「じゃあ、そのお母さんはどこにいるんだ?」

「いや、それは分からないけど……」

「だよな。誰も分からないから、お前は腎臓を売って探偵の調査費を稼ごうとしてるわけだからな」

「そうだけど、えっと、つまり?」


どこまでも勘の悪い僕に、七海はあくまで憶測だと前置きをして、


「お前が美羽と同じ立場だったとして、もしも母親の居場所に繋がる何かを見つけたら、お前だったらどうする?」

「そんなの、すぐにでも会いに……」


口にしているうちに、一つの仮説が思い浮かぶ。

まさか、そんな都合の良い話があるのか?

胸中で膨らむ期待と疑惑を肯定するように、七海は僕から目を逸らさずに言葉を続ける。


「もちろん、都合の良い妄想かもしれない。だけど、これがただの妄想じゃなかったら……」


そこまで言って、七海は口を閉じた。

最後まで言葉にしないのは、多分、彼女も自信がないからだろう。

もしも、今言ったことが全て彼女の妄想だったら、いよいよ美羽ちゃんの母親に繋がる手掛かりが無くなってしまう。

そして、そうなることを、他の誰よりも彼女が望んでいない。


「どうする?」

「……」


きっと、いま僕が口にすべき言葉は一つだけだ。

分かっているが、しかし、僕は無神経な言葉を口にして美羽ちゃんを傷つけたばかりだ。

行動を起こして、それがまた美羽ちゃんを傷つけることに繋がってもおかしくない。

だから、


「……お願いがあるんだ」

「なんだよ」

「一緒に来てくれないか?僕一人だと、また美羽ちゃんに余計なことを言ってしまうかもしれないから」


情けないと軽蔑するだろうか。

自分から言い出しておいて、結局人任せじゃないかと呆れるだろうか。

なんて、そんなことを少しでも考えた僕は、七海と言う人間を過小評価し過ぎていた。


「……だっせぇ~」


軽蔑も、呆れもしなかった。

代わりに、僕の願いを聞いた彼女は、気の利いた冗談でも聞いたように笑い出した。


「お、お前、なんでそんなに声が震えてるんだよ。しかも、なんか耳まで赤いし……。ぐふっ」

「し、仕方ないだろ。色々と思うことがあったんだよ」

「色々思った結果が一緒に来てくれって……なんていうか、安心したわ。そうだよな、お前はそういう奴だよな、イヒヒッ」

「そういう奴ってどういうことだよ」

「誉め言葉だよ。本当、お前は期待を裏切らないな~」


こらえる様子もなく、涙を流すほど笑い、強めに肩を叩いてくる。

痛みと羞恥に顔をゆがめていると、彼女は流れた涙を指先で払いのけて、


「美羽と約束したからな。力づくでも叶えさせるって」

「じゃあ」

「当たり前だろ。むしろ、何で一緒じゃねえと思ってんだよ」


そう言って、彼女はゆっくりと微笑んだ。


「まあ、色々と考えてくれたのは結構だが、私の考えが間違っていた場合、お前の決意は全部無駄に終わるからな」

「その時は、潔く腎臓を売ってくる」

「それより、私が良いバイトを教えてやるよ。一カ月は不眠不休になるだろうが、気合と根性で頑張ってくれ」


今の気持ちを口にすれば、彼女は調子に乗るだろうか。

それとも、いつか宮崎さんに褒めてもらった時の様に複雑な顔をするだろうか。

何も解決していないのに、むしろ困難はここからだと言うのに。

僕は、彼女がいてくれることを“嬉しい”と感じてしまっていた。

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