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女帝

「――――ッ!」


 巨獣の咆哮。


 突如現れた討伐ランク三級に達する怪物。その叫声に圧されるように、リオンとアルが同時に大きく後退した。


「くそっ!」


 イラだちと焦りを滲ませながら、アルが双剣を構えた。隣ではリオンもミスリルサーベルを手に、油断なく敵を見つめている。


 だが、敵の追撃はない。侵入者を威嚇するように牙を剥き、唸り声をあげるだけだ。


「何で攻撃してこないんだ?」

「……おそらく奴が受けた命令は通路の守護だけ。侵入者の捕獲や殲滅は含まれていないんだろう」


 リオンの言う通り、キマイラは前方通路への入り口をその巨体で塞ぐように構えている。敵意は感じるものの、自発的な攻撃の意思は無いようだ。


 厄介な敵であることは間違いないが、ひとまずは落ち着いて対策を練ることが出来るのは不幸中の幸いか。


「でも、偵察ではこんなのがいるなんて言ってなかったのに……」

「おそらく、手駒にしたは良いが持て余していたんだろう。キマイラは火炎を吐く。命令に逆らわないとはいえ、女帝にとってはあまり使いたい駒ではないだろうからな」

「つまり、そんな切り札を切らなきゃならないほど追い込まれてるってことか……」


 アルの言い分はおそらく当たっているだろう。キマイラが逃亡のための時間稼ぎなのか、最後の防壁なのかはわからない。だが、先を急ぐ以上、このままいつまでも睨み合いを続けているわけにもいかない。


「とにかくこいつをどかさない限り、女帝に辿り着くのは無理だな……」


 出口を塞いだまま凶暴な眼で二人を睥睨する怪物に、リオンがため息を吐いた。


「時間が無い。さっさとこいつを――」


 わずかに考えるそぶりを見せた後で、リオンが口を開く。

 だが――


「オレがアイツを押さえる。リオンは女帝の首を頼む」


 ――その言葉を遮って、決然とした表情を浮かべたアルが、リオンの前に一歩踏み出した。


 一瞬だけ目を丸くしたリオン。だが、すぐにアルの真意や決意を探るように視線を鋭く変える。


「……そう判断した根拠を聞こうか」

「この作戦の最悪の結末は、こいつに手こずってる間に女帝に逃げられること。なら、どちらかがこいつを押さえてる間に、もう一人が女帝の首を取るのが最善だと思った」

「俺を先に行かせるのは?」

「無いとは思うけど、この先にもこんな予想外あるかもしれない。それに女帝が逃げようとしてても、リオンなら追いつける」


 淀みなくリオンの問いに答えるアル。その口調には、恐怖も気負いも、以前のような焦りもない。ただ最善の結果のために自分がなすべきことをなす。その決意があるだけだ。


「わかってる。今のオレの実力じゃ、キマイラには勝てない」


 一瞬だけ、アルの顔にわずかに悔しさが滲んだ。


 だが、次の瞬間には毅然とした表情で、目の前の敵を見つめる。


「でもこいつなら……女帝の命令で、火炎攻撃が使えないこいつなら、オレでもなんとかなる。たとえ勝てなくても、リオンが女帝を倒すまでの時間は絶対に稼いでみせる」


 決して口で言うほど簡単な選択ではない。たとえハンデがあっても、討伐ランク三級は伊達では無い。間違いなく紙一重の死闘になるだろう。


 それでも自分の未熟を理解し、冷静に状況を分析し、最善の道を選ぶ。


 自分の理想(リオン)がそうするように。


 そして、今度こそ自分がその背中を守るために。


「それに、俺は黒の翼のリーダー……黒の獅子帝の弟だからな。あんな獅子もどき、倒せないはずないだろ?」


 そう言って肩ごしに振り返り不敵に笑う姿は、確かに戦いを前にしたリオンのもの。


 そんな弟の姿に、リオンは少しの間、目を丸くしていた。しかし、すぐに表情を引き締めると、アルの横顔に厳しい視線を向ける。


「一つだけ、間違いを正そう」


 何のことかと、首を傾げるアルの肩にリオンが手を置いた。


「俺達にとって最悪の結末は、いつだって同じ。俺達家族六人が、一人でも欠けること。ただそれだけだ。絶対に忘れるな」


 ハッと息を飲むアルの背中を叩くと、リオンは進路に立ち塞がる強敵へと視線を向けた。


「十五分だ」


 アルと肩を並べたリオンが、前を向いたまま告げる。


「女帝を打ち取れば、奴の洗脳が解ける。そうなればハンデは無い。たとえ倒せなくても、十五分で必ず離脱しろ」


 三級の魔物を相手に十五分。


 それは酷く困難な要求。


 だが、たとえ十五分であろうと、自分の追い求める背中を任されたということ。


 そして逆を言えば、この先にどんな障害があっても、十五分で絶対に女帝を討つという約束でもある。


 なら――


「へへ、十五分もあれば充分だ!」


 込み上げてくる喜びに震えながら、アルが力強く一歩を踏み出した。


「オレが先行して隙を作る! 一気に走り抜けてくれ!」

「了解だ。俺の背中、確かに預けたぞ」


 力強いリオンの言葉。ずっと憧れ、待ち望んでいたその言葉。


 その一言に強く背中を押されたように、アルが弾丸のごとく駆け出した。


 風魔法のブーストも利用して、一気にキマイラとの距離を詰める。


 同時に、威嚇だけで攻撃の気配の無かったキマイラの体から、濃密な殺気が溢れ出した。愚直なまでに一直線に向かってくる敵を迎え撃つべく、身を低くして迎撃体勢を取る。


「――ッ!」


 アルが間合いに入った瞬間、短い咆哮と共にキマイラが強く地を蹴った。


 その巨体からは考えられないような速度で、キマイラがアル目掛けて飛びかかる。


 だが――


「はっ!」


 敵のほんの二、三メートル手前。キマイラの攻撃の間合いギリギリの所で、アルの姿が消えた。


 敵の姿を完全に見失ったキマイラが、獅子の頭を左右に振る。


 キマイラは体高も三メートル近い。そのうえ敵に飛びかかったため、視点はさらに高くなる。


 対して、アルは小柄だ。身を屈めれば敵の死角に潜り込みやすくなる。加えて直線的な突進。それも速度を抑えられた状態から、急激な加速と進路変更。キマイラが見失うのは必然だった。


 もっとも、喰らえば致命の一撃にあえて前に踏み込むというのは、並大抵の技量と度量では成し得ることではないが。


「こっちだ」


 見事にキマイラの真横を取ったアルが、その横腹に右手を当てる。


 直後、砲撃のような轟音が響いた。同時に、キマイラの三メートルを超す巨体が砲弾のように横に吹き飛んだ。薄汚れた白毛に覆われた体を数度地に打ち付けながら転がり、無数のツタでできた横壁へと衝突する。


 そして次の瞬間、今の結果を予期していたリオンが、一瞬前までキマイラがいた空間を高速で走り抜けて行く。


 そのすれ違いざま、一瞬だけ視線が交わった。


 ――あとは任せる。


 言葉は無くとも伝わる信頼に、アルの体が歓喜に震える。そして向けられた信頼に応えるように、再びその顔に不敵な笑みを浮かべ、その場を去る兄に背を向けた。


「さてと……それじゃ攻守交代だな」


 リオンが消えた部屋の出口を守るように背にして、アルが双剣を構える。


 同時に、アルの攻撃で吹き飛ばされたキマイラが、低い唸り声をあげながらゆっくりと立ち上がった。怒りを剥き出しにして、立ち塞がる小さな剣士を睨み付ける。


「さぁかかってこい、獅子もどき! 黒の獅子帝の弟、アル様がオマエを狩ってやる!」


 己の理想から与えられた信頼と誇りを胸に、若き獅子が高らかに叫ぶ。


「グルアアアアアッ!」


 対する巨獣も、敵を前に怒りの咆哮を叫ぶ。


 それが闘いのゴングとなったかのように、両者が同時に地を蹴った。

 

 アルの命とプライドを賭けた死闘。その火蓋が今、切られた。





「すっかり黒の獅子帝が定着してしまった……」


 走り抜けるリオンの耳に届いたアルの切った啖呵。思わずリオンの口からため息が零れる。


 すでに冒険者の間で黒の獅子帝の名が広まってしまったのはどうしようもない。だが仲間内だけでも、あんな中二病全開の二つ名は封印すべきだ。これからもことあるごとにアレを叫ばれるのは、正直勘弁願いたいところである。


 せっかくのアルの決意をぶち壊さないよう、一度目をスルーしたのはやはり間違いだったのか……


 そんな後悔を抱えながらも、真っ直ぐに続く廊下を走り続けるリオン。ほどなくして、リオンは終点へと辿り着いた。


「行き止まり……」


 通路の先は唐突に終わった。部屋も無ければ女帝の姿も無い。


「いや、違うな……これは扉か」

 

 行き止まりとなった壁は、他の部分と違って蔦の密度が薄い。おそらく配下の魔物を招き入れる時や自分が出入りするとき以外は外部との関りを断っているのだろう。


「まぁ招かれざる客を相手に門を開いたりはしないよな」


 皮肉交じりにそんなことを口にし、リオンは右手に握ったミスリルサーベルを引き絞る。


「ふっ!」


 銀色に輝く直剣を斜めに一閃。力任せに目の前の蔦を叩き切った。


「刀があればもっと楽なんだけど、なっ!」


 己の得意武器があれば、こんな壁を一瞬で斬り破ってやるのに。


 そんなことをぼやきながらも、ミスリル製の直剣を再度振るう。さらに二度、合計四度薙ぎ払われた蔦の壁は、歪な菱形に切り取られ最後に突き出されたリオンの右足によってミシミシと鈍い音を立てて蹴り破られた。


「これは……」


 斬り抜けた蔦の壁の先。そこはこれまでに通り抜けてきたどの部屋よりも巨大な空間。部屋の幅は五十メートルほど。奥行きは中央に鎮座する『ある物』に遮られてわからない。天井は真上を見上げなければ目に入らないほど高い。


 そんな広大な空間で、真っ先に目についたのは、赤黒く咲き誇る超巨大な花だった。


 部屋の四方から伸びてきた無数の蔦が絡まり合い形作られた花の茎は、もはや一つの山のよう。その山の天辺から、まるでマグマが噴火したように、赤黒い花が咲き誇っている。花の形は、その異常な大きさを除けばバラに近いだろうか。美しくも、どこか危険な空気を漂わせる。そんな妖花だった。


「これが女帝……なのか? それともどこかに隠れて……」


 眼前の異様に目を奪われたのも一瞬だけ。すぐに意識を切り替えると、敵の姿を探して周囲を油断なく探る。


「マサカ、ココマデ侵入シテクルトハ……」


 そんなリオンの耳に、やけに無機質な響きのする声が届いた。前世で聞いたプログラム音声のような声。声の高さから、かろうじてそれが女の声だとはわかる。


「家畜ノ分際デ……我ノ栄華ノ邪魔ヲスルカ」

 

 巨大花の少し下。花の茎に当たる部分にソレはいた。


 見た目は人間の女性とさほど変わらない。植物の魔物らしく肌が黄緑色だったり、髪の毛が細く伸びた蔓だったりするが、それを除けば絶世の美女と称しても問題ないだろう。蔓の髪の毛はどうやら後ろの巨大花と繫がっているらしい。体の所々に生えた色取り取りの花は、その美貌を彩る花飾りのよう。スラリと伸びた脚を組み、蔦で作られた玉座からリオンを冷たく見下ろしていた。


「お前がアルルーンカイゼリン……深緑の女帝か」

「知ランナ。我ハ王ダ。キサマラ家畜ノ言葉デ我ヲ定義スルナ」

「王、ね……まぁ自分をどう呼ぼうとあんたの勝手だが……正直、言葉を話せるとは思ってなかったな」


 敵の大将を前に、いつも通りの態度で肩を竦めるリオン。その態度が気に障ったのか、女帝が不愉快そうに鼻を鳴らした。


「王タル我ガ、家畜ゴトキノ言語ヲ解セヌハズハナイ。自分達ガ全テノ生物ヨリ上位種ダトデモ思ッタカ?  思イ上ガルナ、家畜風情ガ」

「別にそんなつもりは無かったが……その家畜風情に追い込まれてる間抜けな王様は、ずいぶんと自尊心が高いみたいだな」


 たっぷりの皮肉を込めた軽口に返ってきたのは、蔦による鞭のような一撃。リオンの手前数センチの地面を、人間の足のように太い蔦が強かに打ちつけた。


「不敬ダゾ、家畜。我ガ御前ニ辿リ着イタ程度デ調子ニ乗ルナ」


 冷たい怒りを乗せた声が降り下ろされた。


 花の玉座に座り、先ほどと変わらぬ姿勢でリオンを見下ろす女帝。だが、その周囲には極太の蔦が四本。まるで一本一本が意思を持つ大蛇のように蠢き、女帝を守る騎士のようにその傍に控えている。


「ココハ我ノ城ダ。兵ハ居ナクトモ、家畜程度ニ後レヲ取リハシナイ」


 その強気な態度は、決して追い込まれた末の虚勢ではないのだろう。


 リオンの目の前。叩かれた地面は深々と抉れ、その一撃の強さをはっきりと示している。生身の人間が食らえば、ただでは済まないだろう。


 そして、その攻撃を繰り出した蔦は、現在で四本。だが、それもあくまで現時点の話。その気になれば、この部屋を形作っている植物の全てがリオンへ牙を剥くのだろう。


(下級冒険者数名で倒せる、か……アルにはあとで訂正しておかないとな……)


 以前、女帝についての説明の際にした自身の発言を思い出し、その認識を改めるリオン。


 おそらく城の外で遭遇したなら、リオンの今の実力なら瞬殺することは可能だっただろう。だが、数多くの魔物を手駒にし、捕らえた人間から魔力を吸い続けたせいで、女帝の力は高まり続けた。その結果がこの巨大な城であり、目の前の妖花なのだろう。


 内心で女帝への警戒を高めるリオンだが、そんな不穏な空気を破るように植物の女王はその美貌に不敵な笑みを浮かべた。


「ダガ、我ヘノソノ不敬モ、貴様ガ大人シク我ノ元ヘト下ルノデアレバ許シテヤッテモ構ワヌゾ?」

「へぇ、家畜相手にも慈悲があるんだな」

「家畜ニモ質トイウモノガアル。ソノ中デモ貴様ノ魔力ハ上物ダ。殺スニハ惜シイ。貴様ニナラ特別ニ、我ガ子ノ苗床ニナル栄誉ヲ与エテヤッテモ良イゾ?」


 蠱惑的な笑みを浮かべて、女帝がこちらへと手を差し出してくる。魔物でありながら、その完成された美貌と一糸纏わぬその艶姿は、男であれば思わずその手を取ってしまいそうなほどの魔力を秘めている。その先が地獄と理解しても。


「悪いが、俺の全てはとっくに売約済みだ。諦めてくれ」


 無論、そんな誘惑がリオンに通じるはずもないのだが。そもそも苗床云々の前に、他の奴と子供作るなんて論外だ。ティアの涙交じりのブリザードを食らうことの方がよっぽど地獄なのだから。


「苗床ト言ッテモ、決シテ貴様ニトッテモ悪イ話デハナイゾ? 人間ノ女デハ味ワウコトノデキナイ極上ノ快楽ヲ――」

「いや、そういう十八禁な話もいいから」


 どこのエロゲだ、とリオンは心の中でツッコみを入れた。


「そもそもお前、子供とか産むんだな」


 リオンの何の気ない発言に、女帝は伸ばしていた手を引っ込め、嘲笑うように鼻を鳴らした。


「何を馬鹿ナコトヲ……種ノ繁栄ヲ望マヌ生物ナドイルモノカ」

「まぁそうなんだがな……何せお前の出現例は少ないんだ。生態もほとんどわかっていない。正直、生け捕りにして色々と調べたいところではあるんだが……残念ながら、さすがにお前のような危険な魔物を生かしておくことはできない。ここで、大人しく死んでくれ」


 そう言って、リオンがミスリルサーベルの剣先を、女帝へと向けた。


 確かに生け捕りにして研究すれば、アルルーンカイゼリンという魔物の生まれる条件やその能力、生態など、これまで謎に包まれていた部分を解明できるかもしれない。操られた魔物の危険性を考慮して討伐作戦が組まれていたが、人間と意思の疎通が可能ならば、身柄を拘束した後で魔物の洗脳だけを解くことも可能だろう。


 だが万が一、魔物を操る女帝の特性を誰かが軍事的に利用すれば、その脅威は計り知れないだろう。家族のためなら他者を切り捨てることに躊躇いの無いリオンだが、だからといって無用な争いや殺戮の種を放置する程冷酷ではない。


 そんなリオンの態度に、魔物の女王の顔から表情が消えた。感情の抜け落ちた冷たい視線がリオンの身体を刺す。


「我ガ御前ニ辿リ着イタ褒美ヲト思ッタガ……ヤハリ、ワザワザ家畜ノ意思ナドヲ問ウタノガ間違イデアッタ。言ウコトノ聞カナイ家畜ハ、鞭デ躾ケルニ限ルナ」


 冷徹な声とともに、リオンの周囲から何本もの蔦が持ち上がった。


 それだけではない。今や部屋の壁や床など、ありとあらゆるところから無数の蔦がリオンに狙いを定めている。


 まるで獲物を前にした蛇のように。


「安心シロ。殺シハシナイ。生キタママ、我ガ子ノ糧トナレ」


 兵に突撃を命じるように、女帝が右手をリオンに向けて突き出す。


 同時に、鎌首を持ち上げていた植物の蛇が、一斉にリオンに向けて襲い掛かった。


「はっ!」


 銀の刃が閃く。


 縦横無尽に襲い来る攻撃をリオンが薙ぎ払った。閃光のような速度で振るわれたミスリルサーベルが、鞭のように撓る蔦を次々と斬り落としていく。


「おっと」


 背後からの攻撃も、わずかに体をずらすことで回避。剣の舞を踊るような軽やかさで、襲い来る蔦をしのいでいく。標的を失った蔦が地面を強烈に打ち付けた。さらにはリオンが斬り落とした蔦の残骸も、衝撃に弾かれ、リオンを狙う礫となる。


「邪魔だ」


 タンッという軽やかな音と共に、リオンの身体が回転しながら宙に舞った。振り上げた両足と、剣の腹で飛んできた蔦の残骸を逸らしていく。


 軌道の逸れた礫は高々と飛び上がっていき、とある一点に殺到する。


 そう、部屋の中央、花の玉座からリオンの攻防を見下ろす女帝の元へと。


「小癪ナ」


 飛び回る羽虫を追い払うように、女帝が右手を振る。


 すると女帝の傍に控えていた蔦が集まり、主を守る盾となった。極太の蔦が四本も集まったその壁は、同じ植物の礫などではビクともしない。


(さすがにあの程度の攻撃では無理か……)


 絶え間なく続く攻撃を防ぎながらも女帝の様子を確認していたリオンが、小さく舌を打つ。


「おまけにこっちへの攻撃も止まないか……面倒な……」

「愚カナ……コレラハ全テ我ノ一部デアリ、手足モ同然。貴様ハ自分ノ指ヲ動カスノニ、一々全テノ動作ヲ考エルノカ?」


 どうやらリオンを襲う蔦の攻撃は半自動的に行われているようで、女帝が礫を防いでいる間も容赦なくリオンを攻撃している。わずかでも女帝の意識を逸らせば攻撃に転じる隙を作れるかと思ったが……そう上手くはいかないらしい。


(やはり数が多すぎるな。間隙を縫って奴に近づくのは至難。さてどうするか……)


 華麗に攻撃を回避しているリオンだが、実際は圧倒的な敵の手数に防戦を強いられているのが現状だ。時折わずかな隙が見えたりもするが、それは間違いなく罠だ。何せ相手は植物の魔物。不用意に跳びこめば何が飛び出してくるかわかったものではない。


 この世界に植物型の魔物は、女帝以外にも数多くいる。その中には前世のテレビ番組で見た食虫植物のように、その身を擬態させ獲物を捕らえるものも多い。


 地面と同化し、上を歩く生物を食べる魔物。


 無害な花だと思わせ、近づくものに毒液を浴びせる魔物。


 女帝にそういう手段があるかはわからないが、数多くの魔物を手駒にする力があるのは事実。そのうえ、人語を解する知性もある。油断はできない。


「フン、ナカナカ足掻クデハナイカ」


 蔦の壁を解除した女帝が、剣舞を披露するリオンへわずかばかりの称賛を送る。


「ダガ、コレナラドウダ?」


 薄らと笑みを浮かべて、女帝が細い指をクイッと小さく動かした。


 その挙動に警戒のレベルを引き上げるリオン。


 直後、自身の足にわずかな違和感を覚えた。


 反射的に、視線を足元に向ける。


「っ!?」


 そこには、毛糸のように細い無数の蔓が。


 それらは渦を巻くようにリオンの両足に絡みついている。


「ちぃっ!」


 地に着いた両足に力を込め、強引にその蔓を引き千切る。ブチブチと繊維の切れる音が響き、拘束はすぐに解かれた。


 だが一本一本の力は弱くとも、まるで縄のように締め合わされたその拘束具は、一瞬とはいえ確かにリオンの動きを止めた。


 そしてその一瞬は、確かな隙となる。


 無数の蔦がほぼ一斉にリオンへと殺到する。それはまるで緑色の津波。頭上も含めた全方位からの攻撃だ。躱す隙間も、逃げ道も無い。


 そしてその数は剣一本で防ぎきれるものでもない。


(くそっ、こんな時に刀があれば……)


 一瞬だけ、そんな口惜しさが脳裏をよぎる。


 重さや強度という点では勝るミスリルサーベルだが、切れ味という一点においては刀の方が上。使い勝手も、そして何より武器への信頼も圧倒的。


 相棒の作ったあの武器さえあれば、こんな蔦の波など簡単に斬り抜けてしまえるのに。


 右手に感じる重量に、歯がゆさを覚える。


 しかし、今は無いものねだりをしている場合ではない。


 それに――


 刀は無くとも、相棒の自信作ならもう一本ある!


「はあっ!」


 前方から迫る大波めがけて、リオンがミスリルの刃を全力で振り抜いた。


 リオンの渾身の一撃は、直径数十センチはある蔦を十本以上まとめて斬り飛ばす。


 目の前の壁が薄くなり、蔦の間にわずかな隙間ができる。


 しかし、その程度ではまだ、リオンを押し潰さんと迫る壁は打ち破れない。


 ならば――!


「おおおおおおおおおっ!」


 腰の後ろに回していた左手を、気合と共に薙ぎ払う。


 その手にはサーベルとは別の白銀の刃。


 長さ三十センチに満たないミスリル合金のナイフが握られている。


 それは五年前、リオンが十二歳の誕生日にジェイグがくれた逸品。


 絶対の信頼をもって振り抜いたその一閃は、前方の蔦数本を断ち切った。


 迫る壁にわずかな、だけど確かな綻びができる。


 体を滑り込ませるように、リオンはその隙間に跳び込んだ。


「くぅっ!」


 蔦の殴打が身を掠めながらも、リオンは敵の猛撃を切り抜ける。


 直後、リオンの背中に、太い蔦同士がぶつかり合う連続した衝撃の余波が届いた。もしもその場を抜けきれなければ、リオンの体はその大質量に押し潰されていただろう。


 だが、敵の渾身の攻撃は凌いだ。今この瞬間は、攻撃に使える蔦は限りなく少ないはず。反撃に転じるチャンスは今しかない。そのわずかな隙に、敵との距離を詰めるべくリオンが顔を上げる。そして――


 ――見上げた先、花の玉座で足を組む女帝の口元が嗜虐的な色を宿して吊り上がる。


 瞬間、リオンの背筋を猛烈な寒気が突き抜けた。


(まさか、今の包囲攻撃も囮……!?)


 瞬時に敵の狙いを察するリオン。しかし、体勢を崩してなお、強引に反撃へ転じようとしていた体は、リオンの意思とは裏腹に反応が遅れる。


 そしてそんなリオンの焦燥を嘲笑うように、地面のわずかな隙間から赤黄色の粉塵が噴き出した。火山の噴煙のように噴き上がるそれは、一瞬のうちにリオンの全身を包み込んだ。


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