光の槍《ブリューナク》
再編集して新人賞に送った結果、二次予選で落ちました。
なので、執筆再開。
続きを待ってた方がいたら、大変お待たせいたしました。
新人賞投稿用に別の作品も書いているので、更新は不定期になると思いますが、これからも執筆は続けます。
新人賞用に編集したものも、そのうちなろうに投稿する予定です。
あと他の作品も、入賞できなかった場合はなろうに投稿するつもりです。
「そろそろ頃合いか」
女帝の城からの合図を確認してから数分後。突入経路にいた魔物の一部が、殲滅部隊の迎撃に動き出したのを小高い丘の上から確認したリオンは、少し後ろに立つシルヴェーヌへと振り返った。
この討伐作戦の指揮官であるダークエルフは、向けられた視線に無言で首肯した。そしてリオンとその隣に立つアルを真剣な面持ちで見つめる。
「最終確認だ。あんたたち二人は、ここから真っ直ぐに女帝の塒に突入。可及的速やかに、この騒動の根源である女王様の首を取る。あたしは立場上、中まで付いていくことはできない。その代わり入り口までの道はきっちり開いてあげるよ」
シルヴェーヌの言に、リオンは小さく頷いた。アルは威勢のいい返事と共に、自身の胸の前で左の手の平に右拳を打ち付ける。
そんな二人の返事を受けた指揮官は、そこでふっと表情を崩すと、リオンに向けてどこか満足げな笑みを浮かべた。
「それにしても、こうもすんなりことが運ぶとはねぇ。どうやらあんたのパーティーはリーダー以外もかなり優秀なようだ」
「当然です。誰よりも信頼できる仲間ですよ」
優秀なギルドマスターからの仲間への称賛に、リオンが含みのない笑顔で応える。
そんなリオンの顔を見たダークエルフは、まるで珍獣にでも出くわしたかのように切れ長な目を丸くした。かと思えば、その美しい顔に妖艶な笑みを浮かべて、覗き込むように、あるいは誘惑するようにリオンに顔を近づけてくる。
「ひねくれ者のあんたでも、そんな表情するんだねぇ……お姉さん、ちょっとキュンと来たよ」
「……作戦前にくだらない冗談はやめてください」
いつもの表情に戻ったリオンが、肩を竦めてシルヴェーヌから一歩距離を取る。どうもこの妙齢の女性は、気に入った相手をからかうのが趣味なようだ。そもそもダークエルフの寿命を考えれば、十七歳のリオンなど、ただのガキにしか見えないと思うのだが……もっとも、長命な種族の感性を、前世と合わせても三十五年程しか生きていないリオンが理解できるはずもないが。
「つれないねぇ……こっちとしては、全くの冗談ってわけでもないんだけどね」
「……だったらなおさらやめてください。必要のないところで、余計な心配を掛けたくはないので……」
リオンは背後にそびえ立つ城へと振り返る。スッと細められた赤い瞳が見つめるものは、目の前の醜悪な大樹ではない。たとえ姿が見えなくても、今も中で戦っているであろう最愛を想っていることは、アルも、そしてシルヴェーヌもすぐに理解できた。
「やれやれ……そんなにあの子が大切なら、戦わせたりせずに町で待たせてればよかったじゃないか」
「無理ですね。頑固者のティアが聞き入れるはずがない。それに、そんなことを言えば、俺がティアを信頼していないということになる。そんな思ってもいないことを言って、ティアを悲しませるつもりはありませんよ」
苦笑するリオンに、シルヴェーヌが呆れた様子で肩を竦める。
「じゃあ、あんたの想い人のためにも、さっさとこの戦いを終わらせるとしようかねぇ」
まるで面倒な書類仕事にでも取り掛かるかのような調子で、シルヴェーヌが左手を掲げた。そして後ろから何かを手招きするように、その手を振る。
すると、森の中から数人のギルド職員と思われる者達が現れた。それぞれが両手で大きな樽を抱えている。高さが一メートル以上はありそうなそれを、丘の上の平らな地面に並べていく。
突然の事態に首を傾げるリオンとアル。一瞬、攻城戦用の魔導兵器か何かかと思ったが、やはり木製のどこにでもあるただの樽だ。となると、当然その中に秘密があるのだろう。
そうこうしているうちに全ての樽が地面に置かれた。
何がなんだかよくわからないまま、アルと二人でその中を覗き込む。
「これは……槍?」
樽の中身は長さ一メートルほどの短槍だった。ジャベリンと呼ばれる槍で、丈夫な樫の木で作られた柄に、魔鉄製の鋭い穂先が付いている。接近戦用ではなく、敵に向かって投げつける投擲槍だ。それが樽の中に十本以上は入っている。
「この槍は?」
「もちろん、あたしの武器さ」
突然運び込まれた大量の武器を前にハテナ顔の二人を置き去りにして、シルヴェーヌは手慣れた手つきで樽から一本のジャベリンを取り出した。
別に、リオン達がシルヴェーヌの得意武器を知らなければ、今回のように疑問を感じたりはしなかっただろう。
実は、リオンはつい先日、シルヴェーヌと軽い手合わせをしており、その時にシルヴェーヌの得物をその目で見ている。それは穂先が五つに分かれた銛のような形をした槍で、オリハルコンやミスリルで作られた逸品だった。ここにあるジャベリンもガルドラッド製らしい良質なものではあるが、おそらく安価な量産品だろう。前に見た槍とでは比べ物にならない。
「前に使っていた槍はどうしたんですか?」
「もちろん持ってきてるさ。ただ、今回の戦いではこっちの方が効率良さそうなんでね」
クルクルと短槍を回転させながら、自身に満ちた笑みを浮かべる元一流冒険者。そしてそのまま丘の一番上まで歩を進めると、眼下の魔物の群れを見つめて槍を逆手に構える。
「さぁ見せてやろう。光の槍と呼ばれたあたしの実力を!」
高らかな宣言と共に、シルヴェーヌが上空へ高々と舞い上がった。その跳躍が最高点に達する直前、眩い白色の光がシルヴェーヌの全身を包み込む。その輝きは、その右手へと収束していき、簡素な投擲槍を彼女の代名詞である光の槍へと変えていく。
「ハアァッ!」
鋭い気勢に乗せて、右手に構えた光の槍を放つ。
眩い閃光が明け方の薄暗い空を切り裂いた。ティアの魔法矢を流星と例えるなら、シルヴェーヌのそれは大気圏で燃え尽きることなく地上へと落下する隕石だろうか。あるいは前世でリオンが愛してやまなかった人型ロボットが放つレーザービームにも見える。
その隕石が落下、あるいは光線が着弾した威力は、そのたとえにふさわしい物だった。まるで爆撃にでもあったかのように魔物が弾け飛び、大地を震わせるほどの衝撃が、リオン達の立つ丘の上までも伝わってきた。舞い上がった粉塵が風で流れた後には、大地に直径十メートル近いクレーターが出来上がっている。砕け、ちぎれ、バラバラになった魔物の死体や肉片がその端々に散らばっていた。
「すっげぇ……」
その光景を目の当たりにしたアルが、口と目をまん丸にしながら感嘆の声を漏らす。
(これが元一級冒険者の実力……)
豊かな銀色の髪をなびかせ、ふわりと降り立った女戦士の後ろ姿を、リオンは真っ直ぐに見つめていた。
一線を退いたとはいえ元一級冒険者。しかもシルヴェーヌは長命で知られるダークエルフだ。人間と違って、加齢による衰えなどないのだろう。
「さぁ行きな。道は作ってやる。あんた達はさっさとふざけた女王陛下の首を取ってきな!」
肩越しに振り返り、凛と微笑む銀髪の女戦士。その笑みに思わず見惚れそうになるのをどうにか堪えて、リオンは力強く頷きを返した。
「ほら、行くぞアル」
隣で惚けているアルの背中を叩いて、リオンは女帝の城を目指して走り出した。我に返ったアルがすぐ後ろに付いてきているのを気配で感じながら、一直線に丘を駆け下りる。
途中で何度か、後方から光の槍が追い越していった。リオン達に被害がいかないよう、連射性と精密性を求めたのだろう。最初の一撃よりも多少威力は落ちているようだ。それでも、女帝の城までの道程を塞ぐ魔物を一直線に屠っていく。
(まるで爆撃機だな……いや、レーザー兵器か?)
魔法と剣のファンタジー異世界にはあまりに似合わないイメージを思い浮かべながら、丘を降り切ったリオンは、月面のように穴だらけになった大地を駆け抜ける。
(おそらく、これだけ高威力の攻撃を連発できるのは、俺達の中では今のところミリルくらいだろう。それも魔導具を使っての話だが……ティアならいずれは……)
一対一の戦闘なら、シルヴェーヌ相手でもそれなりに良い勝負はできるとは思う。だが残念ながらリオンは遠距離攻撃手段には乏しい。改めて世界の広さと、一級冒険者の高みを思い知らされた。
「すっげぇな、これ……」
アルが驚嘆と戦慄の入り混じった声を漏らす。
アルの仲間にはリオンを筆頭に、類稀な実力者が揃っている。だが、身一つでここまでの惨状を作り出す彼女の実力には驚きを禁じ得なかったのだろう。
「あのエロいおばちゃん、こんなに強かった――」
ヒュゴッ!
高速で移動するアルの顔のわずかに横を、超高速で飛翔した槍が通り抜けた。切り取られたアルの癖のある茶髪が宙に舞う。さすがに魔力は込められていなかったので、槍は少し先の地面に深々と突き刺さった。
まるで墓標のように突き立つ槍を見つめるアル。その頬を冷汗が流れた。
「アル……命が惜しければ、女性に対しての言動には気を付けろ」
コクコクと、アルが全力で首を縦に振る。
二人の遥か後方で、妖艶なダークエルフが怪しく微笑んだ気がする。この距離で二人の会話を把握するとは……女性の感覚というのは恐ろしいものだ。
再び走り出した二人は、ほどなくして女帝の城の内部へと辿り着いた。
後ろでは相変わらず爆音が続いている。魔物がリオン達を追っていかないようにするためのシルヴェーヌの援護だ。後ろの敵を気にする必要がないというのはありがたい。
「ここから先の魔物は俺達でどうにかするしかない。だが、俺達の目標はあくまで女帝だけだ。避けられる戦闘はできるだけ避けて、一気に駆け抜けるぞ!」
「おう!」
薄緑色の妖しい光が照らす通路を、風のように駆け抜けるリオンとアル。内部は迷路のように入り組んでいるが、先に偵察に入った冒険者からの報告により、道に迷うことも無く突き進んでいく。
途中、何度かオークやラミアなどの魔物と遭遇したが、ほとんど速度を落とすことなく一刀のもとに切り伏せていく。使い慣れないミスリルサーベルというハンデがあっても、リオンの動きに乱れはない。
アルも双剣や、風の魔法を駆使して、難なく敵を退けていた。
「わかってると思うが、火魔法は使うなよ」
「そんくらいわかってるよ!」
巨大な城のように見えるが、あくまで壁や天井は全て植物の蔓だ。所々には花や葉が生えているので、小さな火種でも簡単に燃え広がる危険性がある。リオン達なら問題はないが、衰弱しているであろう人質を連れた救出班にとっては死活問題となる。
もっとも、この程度の敵であれば、火魔法など使わなくてもアルが後れを取ることなどあり得ないが。
そうして度々現れる魔物どもを蹴散らしながら、入り組んだ道を右に左に、時に上にと駆け抜けていく二人。時に少し開けた魔物部屋のような場所に出たりもしたが、あくまで遭遇したのは下級の魔物ばかり。二人の敵ではない。
「なんだよ、雑魚ばっかりだな! これなら女帝まで簡単に辿り着け――」
「よせ、アル。妙なフラグを立てるな」
「ふらぐ?」
「……要するに、油断するなということだ」
気を大きくしたアルが、危険な言葉を口走りそうになっていたので、慌てて止めるリオン。とはいえ、そんな前世のオタク用語がアルに通じるはずもなく、狐耳の生えた顔で小動物のように首を傾げられただけだった。
不思議そうな顔をしながらも、リオンの忠告に素直にうなずくアル。とっさに適当な誤魔化しを口にして、リオンは素早くアルに背を向けた。
そして再び駆け出した二人。数分ほど走ると、前方にかなり開けた空間があるのがわかった。
「事前の調査では、あそこを越えた先が女帝の部屋らしい」
「いよいよ親玉の登場か」
「とはいえ、この騒ぎだ。逃げ出す準備を始めている可能性は十分にある。おそらく護衛の魔物もいるはずだ。気を引き締めていくぞ」
感覚をより研ぎ澄ましながら、リオンが先行して前方の部屋に跳び込む。
その部屋は、これまでに通り抜けたどの部屋よりもはるかに大きな空間が広がっていた。
縦に長い、長方形状の部屋。見たところ出入り口は、リオン達が入ってきたのと反対側にもう一か所だけ。向こうに見える出口までは、五十メートルくらいはあるだろうか。幅も二十はありそうだ。
天井は、左右の壁から伸びた蔓が、上部で複雑に絡まりアーチ状になっている。壁や天井の所々には、これまでにもあった発光性の薄緑色の花が咲いていた。
いまのところ魔物の姿はどこにも見当たらない。遮蔽物の何もない緑色の空間が、薄気味悪く広がっているだけだ。
「――妙だな……女帝の部屋の手前だというのに、魔物の姿がない」
「ここまでの道で、全部倒しちゃったんじゃないか? それか自分のいる部屋に護衛を全部固めちゃってるか」
警戒のため、速度を落としながら進むリオンに、アルがいくつかの可能性を提示する。そう口にしながらも、油断なく視線を周囲に巡らせるのは忘れていないが。
「その可能性もある……一番厄介なのは、すでに女帝が城から逃げ出していることだな……城の周囲は冒険者で囲っているとはいえ、絶対の保証はないからな」
一応、逃亡の可能性が一番高い、城の裏側にはジェイグとミリルがいる。逃げ出した場合も対処はできるが、女帝がそこから逃げるとは限らない。万が一、配下の魔物に地下を進めるやつがいれば、発見のしようがないのだから。
「とはいえ、考え過ぎて足を止めていれば、それこそ奴に逃げられてしまう。ここは危険を承知で進むしかないな」
わずかに緊張を滲ませた表情で、アルがコクリと頷いた。
アルとそれぞれ警戒範囲を分担しながら、二人は速度を上げる。敵の居城の奥深くに広がる見通しの良い開けた空間。それがかえって二人の胸にジクジクとした気持ちの悪さを植え付けていた。
そうして部屋の三分の二ほど進んだ時だった。
二人の耳に、何かが軋むようなミシミシという音が聞こえてきたのは……
音に反応して、アルの狐耳がピクピクと動く。リオンよりも五感に優れているので、その音の正体にすでに気付いているのかもしれない。
その音は、まるで二人に近づいてくるように、徐々に大きくなっていく。ほどなくして、その音の出所が、二人の前方十メートル、アーチになった天井付近から聞こえてくることに気付いた。それと同時に、複雑に絡まり合った天井の蔓が、まるで巨大な怪物が口を開くように解けていく。
「ふぅ……やっぱりフラグは止められなかったか」
「……何でオレを見て悲しそうな顔をするんだ?」
先程アルが立てたフラグが、見事に回収されてしまったことに、リオンがため息をこぼす。もちろんアルを責めるつもりはない。止められなかった自分が悔しいだけだ。
そうこうしているうちに、軋む音はギシギシと大きくなり、もはや天井の蔓が歪んでいくのが肉眼でも確認できるまでになっていた。その音はすぐにバリバリと、何かが千切れる音に変わり、開き始めていた天井のアーチから、パラパラと植物の破片が零れ落ちていく。
そして――
「グガアアアッ!」
凄まじい咆哮。
直後、蔓でできた天井が崩れ落ち、その穴から大きな影が生れ落ちる。まるで怪物の口から別の怪物が出てきたような光景だ。
その生れ落ちた怪物は轟音を響かせて降り立つと、その鋭い眼光でリオン達を睨みつけた。
「ちっ……まだこんな隠し玉が残っていたとはな……」
現れた敵の正体に、リオンの口から思わず悪態が漏れる。
目の前に現れたのは、体長三メートルを超す怪物。頭の部分だけを見れば、一回り体が大きいだけの獅子に見えなくもない。
だが、立派な黄金色のたてがみの奥にある胴体は、獅子ではなく白い剛毛に覆われた山羊のもの。尻尾の表面は黒光りする硬質のうろこが覆っており、その先端にはもう一つ頭がある。金色に輝く眼をギラつかせ、リオン達へ牙を剥く龍の頭が。
「……キマイラ」
巨大な獅子の顔を見上げるアルの口から、ポツリとその怪物の名が零れる。
討伐ランク三級。
あのダイナドランやバードレオと同ランクの怪物が、二人の目の前に立ち塞がったのだった。




