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殲滅、というか蹂躙

「やっと合図が来たわね」


 女帝の城の南側、リオン達とは城を挟んで反対側の森の中で待機していたミリルが、待ち兼ねたといった表情でそう呟いた。新緑の広葉が生い茂る樹の陰に身を隠し、青と緑のオッドアイで女帝の城を、そしてその城を囲むように広がる魔物の大群を睨む。


 まるで獲物を狙う野生の獣のように犬歯を剥き出して、不敵な笑みを浮かべるミリル。オレンジの髪から覗く狼耳と、自身の高揚を表すように立ち上がった尻尾が獣のイメージに拍車をかけている。


 そして纏う闘気は紛れもない強者としての濃密さと圧を放っていた。もしこの場に他の冒険者がいれば、その迫力に飲まれてしまっていたかもしれない。


 まぁその前に、凶暴な笑みにドン引きされるかもしれないが……身内で長い付き合いのジェイグでさえ、思わずその顔を隠してしまいたくなるくらいだ。「何もしてなければ可愛いのに……」は、黒の翼男性陣の共通見解である。


 ちなみにだが、この場に他の冒険者がいないのは、会議の場でミリルが放った二言「いらない、邪魔」が原因である。怒りや反感を買って当然の暴言だが、その場にいた冒険者はミュンストル防衛戦終盤で、ご自慢の魔導具片手に暴れ狂うミリルを目の当たりにしている。ゆえにその場の全員は反感どころか、むしろ「ありがとうございます!」と叫び出す勢いでその辛辣な言に従ったというわけだ。


 ちなみにちなみに、そのキュートな見た目と容赦のない暴れっぷりとのギャップに、隠れファンができたという。その事実を黒の翼のメンバーが知るのは、もう少し後の話。


「まぁ暴れるのは構わねぇけどよ……俺まで巻き添え食らうのは勘弁だからな?」


 ミリルと同じように身を隠していたジェイグが、ミリルの獰猛な表情に軽く身震いをしながら忠告する。「絶対やめろよ? な? な?」としつこく念を押すその様は、まるでどこぞのリアクション芸人のフリの様だ。もっとも必死に訴えるジェイグの目を見てもなお、そのように|勘違いをする≪からかう≫のは、きっと黒髪赤眼のドSな相棒くらいだろう。


「あたしを誰だと思ってるわけ? そんな失敗するはずないでしょ?」

「お前がミリルだから言ってんだよ」

「うっさいわね~。あんたが不用意に突っ走って、あたしの射線上や魔道具の範囲内に跳び込まない限りは大丈夫よ」

「んな命知らずなことするかよ」


 いつも通りの言い争いを繰り広げながらも立ち上がり、凝り固まった体を解す二人。眼下に広がる魔物の大群を前に、不安や気負いは欠片も無い。まるで軽いジョギングにでも向かうような気軽さだ。


 あまりの緊張感の無さに非難の声が飛んできそうなものだが、他の殲滅部隊の冒険者は全てこの二人から距離を置いて配置されているため、誰にも咎められることなかった。


 そうして、準備も整った頃、二人は一度だけ視線を交え、互いに不敵な笑みを浮かべる。


「さぁてと……そんじゃいっちょ暴れてやるかぁ!」


 背中に帯びたもう一つの相棒に手をかけて、ジェイグが吠える。


 ミリルも太腿のホルスターから自慢の愛銃を取り出して、それに応え――


「…………ヘクチッ!」


 可愛らしいくしゃみをした。


 一歩を踏み出したジェイグがズルっとこけた。まるでどこぞのリアクション芸人のように。


「おまっ、このタイミングでそれはねぇだろお!」

「うっさいバカ! 仕方ないじゃない、出ちゃったんだから!」


 真っ赤な顔でキレるミリル。恥ずかしいのは、くしゃみの出た間の悪さか、それとも自分の口から出たとは思えないほど可愛らしいくしゃみの音か……しまいには「誰よ、こんな時にあたしの噂してんのは!?」と、どこの誰ともわからない人物にまでキレるのだから、よっぽど恥ずかしかったのだろう。


 まぁその相手が実は身内二人であり、調子に乗って上げまくった自作魔導具の威力が原因だとは思うまい。


「もうあったまきた! いいわよ、とことん暴れてやるわよ! この怒り、あいつらで晴らしてやるんだからああああああ!」


 人はそれを八つ当たりと呼ぶ。


 そうして跳び出した怒れる狼娘。両の手にリボルバー式の魔銃を握りしめ、魔物ひしめく大地へと突撃する。


 完全な八つ当たりによる蹂躙劇が、今始まろうとしていた。






「まずはこれから!」


 魔物ひしめく大地まで残り十メートルほどのところで、ミリルが腰のベルトに結わえていた巾着のような袋――何故か真っ赤なハートマークが描かれていた――を、まるで投げ縄でもするように遠心力たっぷりに放り投げた。魔物だらけの戦場にはあまりに不釣り合いなファンシーグッズが、なだらかな放物線を描いて魔物の頭上を越えていく。


「弾けろ、降り注ぐ刃(ブレードレイン)」!」


 巾着が魔物に隠れて見えなくなる直前に、ミリルは魔銃を発砲。袋の中央に描かれた真っ赤なハートのど真ん中を打ち抜いた。


 ゴバッ!


 その瞬間、発砲とは別の音が戦場に炸裂した。


 ミリルの銃弾によって打ち抜かれた巾着が弾け飛び、中から無数の金属片が魔物の頭上に降り注ぐ。破壊の雨と化した破片を浴びた魔物達の中で爆心地に近いものは、体中を切り刻まれ瞬時に絶命した。多少、距離があって生き残った魔物も、被弾は免れられなかったらしく、体のあちこちに生々しい傷跡を残している。


 だが、戦場に降り立った爆裂娘の前では、傷の有無や多少など関係ない。


 全ての魔物は等しく、その命を吹き飛ばされるのだから。


 ダダダダッ! と連続した銃声が響く。


 傷つき動きの鈍っていた魔物に、ミリルが次々と止めを刺しているのだ。「ん~、思ったよりダメージが少ないわね~。やっぱり爆発させるタイミングが遅かったかしら? でも、あんまり早く撃ち抜くと破片がこっちまで飛んできちゃうのよね~」と、のんきに自作の改良点を考察しながらも、正確無比に命を刈り取っていく。


「あれでも満足しねぇのかよ……」


 ミリルの後ろを駆けてきたジェイグが、目の前で巻き起こった蹂躙劇に後頭部をぐしゃぐしゃと掻きながらツッコミを入れる。


「大体、今の何だよ? すげぇ爆発だったけど、爆弾じゃねぇみたいだし」

「ああ、あれは降り注ぐ刃(ブレードレイン)よ。中に大量に仕込んだ小さな金属くずを、魔術で圧縮加工した風の魔石を炸裂させてばらまくの」

「また何て凶悪な魔導具を……」

「ちゃんとあっちの城に燃え移らないように、魔導具のチョイスには配慮してるわよ」

「俺が気にしてんのはそこじゃねぇよ!」


 ジェイグの訴えは、いつも通り淡々とスルーされた。「ただ、炸裂させるのに、一々魔石を砕かないといけないのが難点なのよね~。それに破片の飛んでく方向も調整できるようにしないと……」と、聞いてもいないのにつらつらと魔導具の解説を始めるミリル。好きなものについて話し出すと止まらないのは、どこぞの空バカな兄弟とよく似ている。


「ちなみに、何でハートの巾着?」

「…………予算の都合」

「そこは妥協すんのな」


 ぷいっとそっぽを向いたミリル。「あれしかなかったんだからしょうがないじゃない。あたしのセンスじゃないわよ」とブツブツ言い訳する。


 こんなところで自分達のお財布にまつわる悲しい現実を突き付けられたジェイグも、ツッコミを入れつつそっと目を逸らした。


 もっとも、あのハートマークが、「敵の心臓ハートを吹き飛ばす」とかいう物騒な暗示ではなくてちょっとホッとしたが。


「というか、あたしにばっかやらせてないで、そろそろあんたも働きなさいよ!」


 そんなことを話しているうちに、魔物がまたウジャウジャと集まってきた。ミリルによって積み上げられた死体の山を踏み越えて、多種多様な魔物が二人に迫る。


「そっち半分任せたから。しっかりやんなさいよ!」

「おうよ!」


 二人を扇形に囲むように距離を詰めてくる魔物の群れ。ほぼ背中合わせで獲物と対峙したミリルとジェイグが、同時に大地を蹴った。


「うらぁ!」


 猛々しい雄叫びと共に、身の丈を超える大剣を、まるで小さな木の枝でも扱うように軽々と振り回すジェイグ。そしてそこから繰り出される一撃は、さながら死神の振るう大鎌のように、飛び掛かってきたオークやゴブリンの体を真っ二つに断ち切った。


「はぁ!」


 間髪を入れずにジェイグが宙へと跳び上がった。魔物数体をまとめて屠るほどの強烈な一撃の反動も、その恵まれた体躯と巨大な相棒の重量さえも感じさせない。どす黒い緑や赤の血飛沫ちしぶきを撒き散らす魔物を、軽々と飛び越える。


 さらにジェイグは大剣の重量を利用して、体操選手のように空中で前方宙返りを二回。遠心力たっぷりの乗せた一撃が、体長三メートル近い熊の魔物『バーサーカーベア』の頭上に振り下ろされた。まるでケーキにナイフを入れるように、あっさりとバーサーカーベアの巨体を縦に両断する。


「まだまだぁっ! どんどんかかってこいやぁ!」


 魔物の群れの中心で気合の咆哮を上げるジェイグ。これが女帝に操られて思考能力が低下した魔物でなければ、間違いなくその威圧に圧され、たじろいでいただろう。


「グギャアアアアッ!」


 だが、意思無き駒に許されたのは前進のみ。聞くに堪えない叫びを上げて、戦場に降り立った猛き死神へと飛び掛かっていく。


 そんな愚かな人形に待っていたのは、断罪の刃ではなかった。


 ドンッ! と、地の底にまで響くような音を立てて、ジェイグがその右足で大地を強く踏みしめる。


 その瞬間、数十本もの大地の槍がジェイグの周りを囲むように乱立する。


 ジェイグに迫っていた魔物は、まるでモズのはやにえのように、天高く突き上げる槍にその身を貫かれた。


「随分と魔法の使い方が大雑把ね~」


 岩槍の中央でジェイグがふぅと一息吐いていると頭上から声が降ってくる。見上げると、そこにいたのはこちらに背中を向けた今回の作戦の相方。こちらに背を向ける形で槍の先端に、器用に直立し、肩越しに振り返ってジェイグを見下ろしていた。


「何でお前がこっちに来てんだよ?」

「いや~、どうせなら特等席で見たいじゃない?」


 視線を正面に戻して、前方をまじまじと観察するミリル。


 なんとな~く嫌な予感がしつつも、ジェイグは岩の隙間から自身の後方を覗き見た。


「何だありゃ?」


 先程までミリルが戦っていた場所に、まるで白の絵の具をぶちまけたかのように白色の世界が出現していた。


 一瞬見ただけではわからなかったが、よ~く目を凝らすとその正体がわかる。


 それは霜だった。地面も草花も、そして魔物でさえも覆いつくすほどの。


 小型の魔物のほとんどは体の一部が凍り付き、まるで乾ききった泥人形のようにバラバラに砕け落ちてしまっている。無事な魔物も、全身を極低温の冷気に晒されてほとんど身動きができないところを、ミリルの銃弾で葬られていた。


「リオンがダイナドランと戦った時の話を聞いてパッと思い付きで作ってみたんだけど、即興の割にはなかなかの威力だわ。直接的な殺傷能力は低いけど、広範囲の敵の動きを阻害できるし、戦況によっては使い勝手が良さそうね」


 そんな惨状を、満足げな笑みを浮かべて分析するミリル。


 彼らの新リーダーが今の発言を聞いたら、きっとこう言うだろう。


 こんな物のために戦ったわけじゃない……と。


「ところであんた、この程度の数の魔物にこんなに大盤振る舞いする必要あったわけ? まさかあんたが魔物に囲まれて焦るはずもないだろうし……」


 自身が足場にしている岩槍を片足でツンツンと突いて、ミリルが再度ジェイグを振り返る。足元の岩槍もそうだが、ジェイグの周りに林のように生えた岩槍の全てが魔物の墓と化したわけではない。何物も貫くことなくただ立っているものもあった。


 ジェイグの戦い方は、一見豪快で大雑把に見えるが、そのじつ魔法の使い方や立ち回りなどは緻密に考えられている。だからこそ、アウラの無駄使いにも思える岩槍の乱発に、少しの違和感を覚えたのだろう。


「ああ、それはな……」


 そんな相方の疑問に、ジェイグは自身の得物である両手剣ツーハンデッドソードを大きく振りかぶることで応える。


「こうすんだよぉっ!」


 そして数十キロはある巨大な鉄塊を、周囲の空気全てを巻き込むようにフルスイング。砲撃のような破砕音を轟かせて、ジェイグの前方にそびえていた岩塊の根元を打ち砕いた。衝撃に弾け飛んだ槍が、大重量のいわおとなって、密集した魔物の群れを圧殺する。比較的小さな岩槍は散弾のごときつぶてとなって向かってきた魔物を尽く吹き飛ばしていった。


 さらに二度、三度とジェイグが大剣を振るう。魔物からすればもはや災害とも呼べるような破壊の波を撒き散らして、ジェイグはようやくその動きを止めた。


「うっし、上出来!」

「……あんた、最近腕力が魔物染みてきてない? オーガでも目指してるわけ?」


 相棒の両手剣を地面に突き立て、左拳を握って手応えを感じ取るジェイグ。その後ろ姿を見下ろすミリルが、右手の魔銃をクルクルと弄びながら呆れた声を掛ける。


「んなわけあるか。こうやったら一回分の攻撃の魔力で、二回攻撃できるだろ? しかもこれだけ敵が密集してたら、効果は抜群だしな」

「それはそうだけど……」


 基本的に、魔法で発現した事象は、使用者が魔力アウラの供給を断てば、その場に留めておくことはできない。もちろん、火属性は何かに燃え広がれば魔力を断っても燃え続けるし、水や氷は形を保てないまでもある程度の時間はその場に残る。だが、他の属性魔法は、使用者の手を離れた瞬間に霧散してしまう。


 ただ一つ、土魔法だけが、使用者の意思で元に戻すか物理的に破壊しない限り、形を保つことができる。この特性により、土魔法は建物の建設や道の整備、戦争時には拠点造り、堀や外壁の工事など重宝されていた。


 土魔法で作り出した物体を利用した攻撃というのも、さほど珍しいことではない。まぁたいていの場合は、手持ちの武器がない状況で即席の剣や棍などを作り出したり、投擲に利用したりする程度。今のジェイグのように、三メートル近い岩の塊を吹き飛ばし、敵を押し潰そうとする者など、普通はいないが……


「まぁなんにせよ、ここら辺の魔物はあらかた片付いたわね」


 周囲を見渡して、ミリルが口を開く。


 ミリルの言う通り、二人の周辺の魔物は撃ち抜かれるか、圧殺されて壊滅していた。まだ離れたところでは他の冒険者が魔物と戦っているようなので、そちらの加勢に行くことになるだろう。


 そんなことを考えていると、女帝の城を挟んで反対側から砲撃音のような連続する音が聞こえてきた。よく見ると風に乗って土煙なんかが漂ってくる。


「何の音だ?」

「さぁ? あっちはリオン達が突入する辺りのはずだけど……」


 そびえ立つ城に阻まれて見えない反対側を見透かすように、目を細めて首を傾げる二人。ティア達からの合図があった以上、リオンとアルが突入を始めているのは間違いない。だが、二人は女帝の元に辿り着くのを最優先にするため、基本的に外の魔物の相手はしないはずだ。城内の魔物だけは排除する必要があるだろうが、今のような爆音が聞こえるほどの大規模な攻撃をするとは思えなかった。


「あいつらにも魔導爆弾とか渡してたのか?」

「渡してないわよ。必要ないし。そもそもエメネアでの戦いで使い切ったから、ティア達に渡した分で爆弾は全部よ」


 そもそもあれだけの規模の攻撃手段が思いつかなかった。突入前に魔力アウラを無駄使いするような真似をリオン達がするとも思えないし、理由も無い。なので、突然の事態に首を捻る。まぁリオン達が追い詰められるとも考えられないので、特に心配はしてないのだが。


「何があったか知らないけど、あっちはリオン達に任せるしかないわよ。城を回り込んで加勢に行くには時間がかかり過ぎるし」

「まぁそもそもそんな必要もねぇだろうしな」


 結局、そう結論する他ないので、二人はすぐに気持ちを切り替えて、他の冒険者が戦っているであろう方角へと視線を移す。


「あたし達は自分の役割を果たしましょ。女帝以外にも危険な魔物に逃げられたら、色々と面倒だしね」

「おう、もうひと暴れしてやりますか」


 岩槍から飛び降りて歩き出すミリルに、相棒を担ぎなおしたジェイグが続く。このあと、他の冒険者も巻き込んでの大暴れをしていくことになる。二人の蹂躙劇はまだ始まったばかりだった。




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