復讐の結末
エメネア王城、謁見の間。
そこには、それぞれの分身でもある武器を振り切った体勢のまま立ち尽くす二人の男の姿があった。
激しい死闘の末に、己の信念と全力をぶつけあったリオンとシューミット。
リオンの持つ折れた刀が、その最後の一撃の威力を雄弁に物語っていた。
そうして静寂に包まれていた謁見の間であったが、そのずっと続くかのようにも思えた静寂はやけに無機質で無粋な音によって破られた。
ビシッと嫌な音をたてて、シューミットの握るミスリルサーベルの刀身が砕け散る。割れたミスリルの破片が、パラパラと音を立てて床を叩いた。
そして……
「ガハッ……」
口から夥しいほどの血液を吐き出して、シューミットが背中から床に倒れた。まだ辛うじて息はあるようだが、その傷の深さと出血量を見れば、もはや虫の息であることは明らかだった。
刀を振り切ったまま残心していたリオンは、ゆっくりと構えを解くと、折れた自身の刀を見つめる。
(魔鉄製の刀で、ミスリルの剣とあれだけ打ち合ったんだ。よく最後までもってくれたな)
まるで天寿を全うした家族を見送るように、折れた刀身を優しく撫でると、リオンは刀を鞘へとしまった。さすがに武器としてはもう使えないが、こんなところに捨てていくつもりはない。ジェイグに頼めば、魔鉄は有効利用してもらえるかもしれないが、リオンには愛着のある刀を手放す気も無かった。
(お前も一緒に行こう……俺達の夢の空へ……)
鞘にしまった刀の柄を最後にもう一度だけ撫でたあと、リオンは死に瀕した宿敵の傍へと近寄って行った。
血液混じりの荒い呼吸を繰り返しているシューミットが、自分を見下ろすリオンの目をじっと見つめる。自身の全力をぶつけて敗れた以上、潔く負けを認めよう。そんなことを口にしそうな雰囲気を感じ取ったリオンが、心底つまらなそうな顔で口を開く。
「あんた、馬鹿だろ?」
怒りや憎しみを抱えて戦った相手とはいえ、正々堂々の一騎打ちで負かした相手にかける言葉にしてはあまりに辛辣。だが、リオンはそんなことを全く気にせず、相手の言葉を待つことなく、静かな怒りをぶつける。
「命がけの戦いの、最後の最後で迷うなんて……あんた、底なしの馬鹿だよ」
そう、リオンには全てわかっていたのだ。シューミットがリオンの”刹那”を迎え撃ったその一撃に、確かな迷いがあったことを。自身の全力をぶつけた相手だからわかる。わかってしまう。それがどうしても納得がいかなかったのだ。
「立ちはだかるなら最後の最後まで敵でいろよ。先生や何の罪もない子ども達を殺したくせに、何で今更俺を相手に迷う必要があるんだ?」
リオンの静かな怒りを受け止めていたシューミットが、苦しげに息を吐きながらもゆっくりとその真意を語る。
「私は……ずっと、正義の騎士に憧れていた……」
その眼はリオンを見つめながらも、どこか遠い過去を見つめているようにおぼろげで、リオンはさっきまで自身が感じていた怒りも忘れて、シューミットの話す想いに耳を傾けていた。
「誇り高く……弱き、者のために戦う騎士に……だが、ようやく辿り着いた夢は……思い描いていた、理想とかけ離れた、とても薄汚れたものだった……守る、べき者を、その手にかけ、望まぬ、戦いに身を投じた……全ては、王国の、愛する民のためと言い聞かせながら……それでも、理想と現実の間で、いつも、迷いを抱えていた……」
自身の人生を振り返るシューミットの目から、涙が零れ落ちる。理想と現実に裏切られ、自身の正義さえも信じられなくなって、国民のためと言って自分を騙しながら戦ってきた男の涙。リオンの前世と合わせても足りないほどの時間で、この男は夢を追い続け、その夢に裏切られてきたのだ。その苦悩が、孤独が、悲哀が、滴となって流れ出しているのだろう。
「だから……自身の、行いの全てを、受け止めながら……それでも、真っ直ぐに、夢を追いかける、君の姿が、あまりに眩しくて……つい、剣が鈍ってしまった……」
もしかしたら、このシューミットという男は、これまでも戦いの中で、幾度となく迷い苦しんできたのかもしれない。そんな迷いを抱えながら、それでも今日まで戦い抜いてこれたのは、その類稀な実力があったからだろう。
「五年前のあの日……君の、才能を感じたことは、決して、嘘ではない……だが、それ以上に、君の、純粋な眼に、私は魅せられてしまったようだ……きっと、君なら、ずっと夢に迷っていた、私に、別の形を、見せてくれる、ような気がしたんだ……」
さっきまでの戦いの中で、幾度となくリオンとの対話を繰り返したのも、リオンが夢を諦めたと嘆いていたのも、全てはリオンの姿にかつての自分を重ねたゆえの事だったのだろう。
そんな夢に破れた男に……リオンはこの男が仇であることも忘れて、その眼を真っ直ぐに見つめて告げる。
「やっぱり、あんたは馬鹿だよ……あんたは真面目で、優しすぎるんだ。だから、ありもしない理想を夢見て、あげくその理想に裏切られても、全てを割り切ることもできない。不器用で、お人好しで、どうしようない馬鹿だ」
言葉はさっきまでと同じ辛辣なもの。だが、その口調はまるでシューミットの心を労わるように、優しげなものだった。
シューミットはリオンのそんな言葉を受けて、小さく笑みを浮かべる。
「そうだな……私は、自分で思っているよりも、ずっと馬鹿だったようだ……その、ことに、気付きもせずに、こんなところまで、来てしまった……ふふっ、馬鹿は、死ななきゃ治らない、ということか……」
「ああ、残念ながら、それは間違いだ」
自嘲するように呟いたシューミットの言葉を、同じように自嘲気味に笑いながらリオンが告げる。
「馬鹿は死んでも治らない。すでに実証済みだ」
実証済み、などという、本来あり得ない発言を耳にしながらも、シューミットはそれを馬鹿にすることなく、小さく笑みを浮かべる。
「何故だろう……君が言うと、妙に説得力がある……」
「当然だ。身をもって味わったんだからな」
そうか……とだけ呟いて、シューミットはその顔に真剣な色を宿して、リオンの目を見つめる。
「君は、ずっと真っ直ぐに、夢を追いかけてくれよ……」
「当然だ。死ぬまで……」
言いかけた言葉を撤回するように軽く首を振ると、リオンはシューミットの目を見つめ返して誓いの言葉を述べる。
「俺が俺である限り、ずっと夢を追いかけ、そして叶え続けてみせる」
そのリオンの宣言に、どこか満足気な笑みを浮かべて、シューミットは小さく頷いた。
「リオン!」
謁見の間に、ティアの澄んだ声が響く。
その声にリオンが立ち上がって振り返ると、謁見の間の扉からティア達三人がこちらに向かってくるのが見えた。どうやら増援を全て撃退したのだろう。少し疲れた様子は見られるが、三人とも特に大きな怪我もないようだ。まぁ多少の怪我はティアが回復したのだろう。
「悪いが、俺達を先を急ぐ。あんたを倒しても復讐は終わりじゃないんでね」
シューミットを見下ろして軽い口調で告げる。シューミットは虫の息なので、わざわざ止めを刺す必要はないのだが、すでにリオンの中でシューミットへの憎しみは消え失せていた。なので、苦しまずに楽にしてやろうと、魔法で氷の剣を作り出す。
だが、シューミットの口から出た言葉に、リオンの手が止まる。
「残念だが、この先に、国王はいないぞ……」
突然の知らせに、リオンが訝しむように眉間にしわを寄せる。その内容を疑ったわけではない。今のシューミットが嘘を吐くとは思えないし、吐くにしてもその内容がおかしい。何故ならこの先には国王の居室しかないのだから。もし今の発言が嘘でも真実でも、十分もかからずに確認が終わる以上、リオン達がその手間を惜しむはずもない。
リオンの疑問はただ一つ。何故、それをリオン達に伝えたのかだ。
「国王は、すでに、王都からの、脱出に向かっている……すでに、居室はもぬけの殻だ……」
「何故、それを俺達に教える?」
「今も、国民達は、戦い続けている……それぞれが、国を想う、大事な民だ……一刻も、早く、何らかの、決着をつけなければ、より、多くの命が失われる……」
「その決着とやらが国王の死だとしてもか?」
「戦い、続ける、民を見捨てて、逃げる国王など、いない……全ては、罪のない、民を守るため……」
「……その覚悟をもっと前からできていたらな」
「ああ……全くだ……」
リオンの皮肉に、シューミットも同意するように笑みを浮かべる。もっともすでにその笑みには力はなく、その眼からはすでに光が失われようとしているが。
「まぁ安心しろよ」
だからこそ、リオンはその最後の瞬間に、シューミットを安心させるために、その事実を伝える。
「その国王の行動も全て予想通りだから」
「陛下、こちらです!」
暗い石造りの廊下の先で、近衛兵の一人が後ろを振り返りながら大きな声を上げた。その先導に従って、エメネア国王フェルディナンド・ヴィル・エメネアが歩を進める。
国王の傍にはエメネア王妃三人と王子が三人。さらにはヴァイロン軍務卿、内務卿など、エメネア王国の要人が勢ぞろいしており、その周囲を十名の近衛兵が固めている。
国王を含むこの集団が今いるのは、エメネア王城の隠し通路。ここにいる国王の側近達と、直属の近衛兵の一部しか知らない抜け道である。通路の先は何か所かに分かれており、王都の外壁の外に抜けることも可能だ。
そして、今、フェルディナンド達が向かっているのは、エメネア城の地下に建設されている格納庫である。そこにはエメネアの魔導技術の全てを注いで作り上げた魔空船が置かれている。
フェルディナンド達は、反乱軍の力が予想を遥かに超えており、その上、城内にまで敵の手が及んでいることを知ると、即座に撤退を選択した。そして、敵の手から逃れる為の手段として、魔空船を選んだのだ。
いくら強力な魔導具を所持しているとはいえ、反乱軍に空を飛ぶ魔空船を狙う術はない。王都外壁には、敵性勢力の魔空船を迎撃するための兵器は設置されているが、反乱軍のいない北側へと飛べば、攻撃されることはないだろう。ゆえに、王都脱出の手段としては、魔空船が最善。フェルディナンド達は、暗い廊下を格納庫を目指してひたすらに進んでいたのだった。
程なくして、どこまでも続いているような細く長い通路の終点が見えてきた。側近の誰かが安堵の息を吐く。
辿り着いた広大な格納庫には、巨大な金属の龍が鎮座していた。それはエメネア王国の紋章にも使われている黄金の龍を象った、エメネア王国が誇る最新鋭の魔空船であった。
「飛び立つ準備はいつでもできております。急いでお乗りください」
龍のお腹の部分にはまるで龍に抱きかかえられているかのように、大きな箱型の金属塊があり、その右側部分に人が乗り込むための出入り口がある。中に入ると、すぐに階段があり、そこを上ることで操舵室や客室、展望スペースなどへと行けるようになっている。ちなみに箱の中は、ほとんどが魔空船の動力部であり、乗員が動き回れるのは龍の体内に当たる部分だけである。
「全員が乗り込み次第、すぐに出発します。お急ぎください」
全員の乗船を確認すると、最後に殿を務めていた近衛兵が入り口をくぐり、扉を閉めた。すぐさま階段を駆け上がり、動力部を抜ける。
階段を上がると、左右に長く広がる廊下に出た。左が船の後方、右が前方へと続いている。左側の廊下の壁の両側には、等間隔に扉が付けられている。どうやら客室や、王族が使う個室になっているようだ。
右側は少し進んだところに一つだけ扉がある。どうやら先に乗り込んだ要人や近衛兵達はそちらに向かったようだ。
扉を開けると、そこは円形に広がる部屋だった。どうやら休憩スペースのようなもので、オシャレなソファーやテーブル、観葉植物や絵画などが飾られており、気品がありつつもどこか落ち着ける空間となっている。壁際には螺旋階段があり、そこから更に上に行けるようだ。展望スペースや遊戯室などは、おそらく上にあるのだろう。
先に入っていた国王やその家族たちは、ひどく疲れた様子でソファーに腰を下ろしていた。軍務卿などの要人たちや近衛兵は、残念ながら一緒に座ることはできないが、疲弊しているのは皆同じだろう。憔悴した顔で、所在無げに立ち尽くしている。
「まさか反乱軍がここまでの力を持っているとはな……」
フェルディナンドが、憎々しげにそう呟いた。深いしわの刻まれた顔が、激しい怒りによって歪んでいる。
「確かに……あの魔導爆弾は脅威です。あんなものをたかだか千人にも満たない反乱軍が、あれほどの破壊力を秘めた魔導具を大量に所持しているなど、普通では考えられませんな……」
外務卿が落ち着いた様子で敵の使用した兵器について話す。わずかに疲れの色は見えるが、ここにいる要人の中ではかなりマシな方だろう。
「おそらく、反乱軍の目的に賛同した魔導技師の誰かが、反乱軍に大量に横流ししたのでしょう。王都を脱出した後で、幹部連中の交友関係を詳しく調べなおす必要があるでしょう。冒険者に登録している魔導技師はそれほど多くはありません。その中から、ここ数か月でエメネアにいた形跡があるものを探せば――」
ヴァイロン軍務卿が、逃亡先での自分の役割を整理する意味も込めて、敵の分析内容を語る。
だが、この場の重い空気を嘲笑うような軽い声が、ヴァイロンの説明を遮った。
「その必要はないわよ?」
その声は若い女の声だった。この場には王妃達以外に女性はおらず、その王妃も全員が三十をとうに超えている。明らかにこの場にいる者が発した声ではなかった。
「誰だ!?」
近衛兵の一人が誰何の声をあげて、腰の剣に手をかける。他の近衛兵たちも同様に剣に手を添えながら、油断なく辺りを探る。
だが、近衛兵の問いに答えるよりも早く、別の音が室内に不気味に響いた。
それは、その部屋の壁に付けられた扉の一つが開く音。船の前方、操舵室へと続く扉が軋むような音をたてて、ゆっくりと開く。
その扉の奥から現れたのは、見慣れた騎士鎧を着た男。船に乗り込む前に、国王たちを先導していた近衛兵の一人だった。その男は非常時に備えて、魔空船の操縦方法を学んでおり、今も船を発進させるために操舵室に向かっていたはずなのだが……
「おい、どうした!? さっきの声が何者か知って――」
突如現れた仲間に向かって、声を荒げるヴァイロン。
だが、その言葉は途中で途切れてしまう。
何故なら、扉の先から現れた近衛兵の口から、真っ赤な鮮血が零れ落ちたからだ。そして、まるで糸が切れた操り人形のように、近衛兵の男は前方に向かってゆっくりと倒れていった。
その場にいた誰もが言葉を失い、その光景を呆然と見つめていた。
しかし、それも束の間。すぐにそんな彼らの意識を呼び起こすように、先ほどの女の声が室内に響いたのだ。
たった今、倒れた近衛兵が表れた扉の奥から……
「ご機嫌麗しゅう、クソッたれの皆さん。こっちの計画通りに動いてくれて、どうもありがと~」
陽気な口調。だが、そんな楽しげな雰囲気など微塵も感じさせないほどに冷え切った表情のまま、狼耳を生やした少女、ミリルが、倒れた近衛兵の後ろから姿を現した。
「なんかあたしのこと探してたみたいだから、ご要望に応えて出てきてあげたわよ」
ありがたく思いなさい、とでも言うような態度で、ミリルが淡々と言葉を紡ぐ。
しかし、その場にいた誰もが、異常な事態に飲まれて、状況を理解することができていなかった。
「き、貴様は一体……?」
「だ・か・ら~、あんたたちがさっき言ってた天才魔導技師様なんだけど?」
狼狽しながらも、どうにか口を開いたフェルディナンド。そんなフェルディナンドに対して、まるで物覚えの悪い子どもを叱るような態度で、ミリルが自身の正体を明かす。
だが、この場にいる者達は、どうやらミリルが告げた事実が信じられなかったらしい。ミリルは、その知識と技術はともかく、見た目は小さな子供にしか見えないので、彼らが信じられないのも無理はないかもしれない。
もっともそんなことを口にすれば、どうなるかはすぐに身をもって思い知ることになるのだが……
「馬鹿な!? ふざけるのも大概にしろ!」
ミリルの不遜な態度と、受け入れがたい事実にイラついたのか、内務卿がミリルに向かって大声を上げる。しかし……
「貴様のようなガキに何が――」
ドウンッ!
うっさいバカ! と言う言葉の代わりに、銃弾をぶち込むミリル。一瞬のうちに放たれた銃弾は、寸分たがわず内務卿の眉間を直撃し、その頭部を打ち砕いた。
数秒の静寂。そののちにどうにか思考が追いついた近衛兵たちが、王族や残りの要人たちを守るように立ち塞がると、一斉に腰の剣を抜いた。王妃たちの悲鳴は聞こえなかったが、どうやら全員気を失ったようだ。まぁ血生臭い争いとは無縁のご婦人たちには、少し刺激が強すぎたのだろう。
「誰がガキよ! あたしはこれでも十七だっての」
たった今、人を撃ち殺したとは思えないほどの、平然とした態度に、対峙している近衛兵たちがその手に握った剣に力を込める。
しかし、そんな近衛兵たちの剣気を浴びている当の本人は、全く素知らぬ顔で銃のグリップの尻で、呑気にボリボリと頭を掻いている。
「え~と、どこまで話したっけ……あ~、あんたたちがゴチャゴチャうるさいから、何話してたか忘れちゃったじゃないのよ、全く……」
全くもって理不尽な物言いに、その場の全員が唖然とした表情を浮かべる。
「あ、そうそう、あたしが反乱軍の使った魔導具の製作者だって話ね。と言っても、別に反乱軍のためじゃないわよ? あたしたちの目的は、あんたたちを殺すことだけ。結果として反乱軍の利益にはなるんだろうけど、まぁそこら辺は正直どうでもいいわけよ」
お分かり? とでも言うように、ミリルが肩を竦めてほくそ笑む。
その言葉のほとんどが俄かには信じられないことではあったが、ミリルの持つ魔銃を、そして隠そうともしないその殺意を前にすれば、それが事実かどうかなどは些末な問題にしかならなかった。
「まぁそういうわけだから、あんたたちは大人しく殺されてくれればいいわけよ」
「……そう言われて、はい、わかりましたと言うとでも?」
ミリルに一番近い位置にいる近衛兵が、ミリルの殺気にも負けないくらいの闘気をもって、ミリルを睨み付ける。仲間の近衛兵も同じように、溢れんばかりの闘気をミリルにぶつける。国王直属の精鋭とあって、その闘気はかなりのものだ。
「だいたい、貴様一人で何ができる? まさか、これだけの騎士を相手に勝てるとでも思っているのか?」
「……二つ言わせてもらうわ」
そんな近衛兵たちの闘気と、勝利を確信しているような言葉を受けたミリル。しかし、その表情には一切の陰りもなく、むしろそんな近衛兵たちの態度に呆れたような素振で、言葉を返す。
「一つ目は、あたしが一人だと思ってるなら、残念ながらそれは間違いよ」
ハッタリとも思えるようなミリルの言葉。ミリルの背後や、自分たちの周囲を探るも、敵の気配はない。
まさか、自分たちの仲間の中に偽物が紛れ込んでいるなどとは、夢にも思っていないようだ。
(さっすがファリンちゃん。近衛兵すら欺く見事な変身魔術ニャ)
部屋の中央に固まった国王や近衛兵たちの後方、殿を務めていた近衛兵改め、変身猫耳娘のファリンちゃんが、自分の変身の腕前を心の中で自画自賛していた。
ちなみに、ファリンが未だこの部屋の入り口から動かないのは理由があった。
それは――
「そして、二つ目……」
ミリルが、自分が立っている入り口の両側の壁に手を置く。それを合図に、ファリンも同じように壁に両手を添えた。
「魔導技師が待ち伏せしてて、何の罠も用意してないはずがないでしょ!」
ミリルとファリンが同時に魔法を発動する。二人の両手から凄まじい雷光が迸り、室内を真っ白に染め上げた。
その場にいた誰もがその閃光に目を貫かれ、両手で顔を覆う。
しかし、二人の攻撃がその程度で終わるはずがなかった。
バリバリバリバリ! と、空気を引き裂くような音を轟かせて、無数の雷が閉鎖された室内を縦横無尽に暴れまわる。人も物も、空気さえも貫き、焦がし、ぶち壊し、稲妻が全てを蹂躙する。
これが、ミリルが開発した魔導具『雷の檻』。
それは表面に鏡のように光を反射する金属を取り付けた魔導具。内蔵された雷の魔石によって雷属性の魔法の威力を増幅し、部屋中に設置された雷の檻同士を繋ぐように雷撃を放つのだ。
反乱軍や自分たちが使う魔導爆弾と一緒に作っていた魔導具であり、この時の為の秘密兵器でもある。あらかじめ大量に設置しなければならず、雷属性の適性を持つ者しか使えないうえ、一度きりの使い捨て魔導具であるが、その威力は絶大。おまけに今回はミリルとファリン、二人分の魔力を込めているのだ。たとえ、どんなに屈強な騎士であろうと、耐えることなどできはしない。
「があああああああああ!」
部屋のあちこちから、絶叫が上がる。視界を潰された状態では何が起こっているかもわからないだろう。近衛兵も、王族も、要人たちも、その全員が荒れ狂う雷にその身を貫かれて、いつ終わるとも知れない苦痛にもだえ苦しんでいた。
その後、三十秒ほど続いた雷の嵐は、魔導具内の魔石に込められた魔力を使い尽くすことで収束した。室内に夥しいほどの爪跡を刻みつけて……
壁、というか壁に取り付けた雷の檻から手を離したミリルとファリンが同時に息を吐いた。ファリンの変身魔術はすでに解いていて、お互いが一度だけ顔を見合わせたあとで、室内へと視線を向けた。
部屋の中では、その場にいた全員が体中から煙をあげて、力なく床に倒れていた。そのほとんどが気を失っており、すでに息絶えている物も数人いる。近衛兵の一部や、国王フェルディナンド、軍務卿ヴァイロンなどは身動き一つできないまでも、かろうじて意識はあるようだ。
まぁ意識があろうとなかろうと、行きつく先は死あるのみなのだが……
ミリルとファリンが、まだ息のある近衛兵の息の根を止めていく。王妃や王子の中にも何人か生き残っている者がいるが、そいつらはあとで格納庫の隅にでも捨てていくつもりだ。雷撃によって死んでしまった者は仕方ないが、騎士と国王、軍務卿を含む要人たち以外は、あえて殺す必要もない。
そうして、最後に残った国王フェルディナンドと、軍務卿ヴァイロンの傍にミリルとファリンがそれぞれ立つ。
「さて、別に冥土の土産ってわけでもないけど、あんたたち二人には自分たちが殺される理由くらい知っといてもらおうか」
「……この、国を、乗っ取るつもり、なのだろう……?」
「はぁ? そんなことどうでもいいわよ」
やはりミリル達を反乱軍の一味だと思っているようだ。息も絶え絶えに口を開くフェルディナンドの言葉を一蹴して、ミリルが冷たく告げる。
「五年前にあんたたちが襲わせた孤児院を覚えてる?」
「……アスティア、族の……」
「アスティア族? ああ、そういえば先生がそんな部族の出身だったけ……それが孤児院襲撃と何か関係があるわけ?」
「……知らんな」
明らかに嘘とわかるフェルディナンドの言葉を、特に気にした風もなく、ミリルが説明を続ける。
「まぁこの際理由なんてどうでもいいわ。拷問して聞き出す暇もないし。けど、確かにあんたたちの命令によって、あたしたちの家族と帰る場所が奪われた。その報いは受けてもらうわ」
そう言って、ミリルが国王の額に銃口を突き付ける。すぐ傍ではファリンが右手の鉤爪の先をヴァイロンの首元へと添えていた。
「それじゃお別れね、クソッたれな国王様。あの世で先生やチビどもに詫びでも入れてきなさい」
乾いた銃声が響き渡る。長かった復讐劇を最後にしては、あまりに呆気ないフィナーレだった。
残り三話です。
何とか今週中に一章を終えたいところではありますが、
執筆が間に合うかどうか……
次回の更新は明日にはしたいですが、進捗次第で多少の遅延が発生するかも……
頑張ります。
感想、ご意見、誤字脱字の報告等お待ちしております。
厳しいご意見なども真摯に受け止めさせていただきます。
よろしくお願いいたします。