登録試験 ~リオンと居合~
ミリルとギルディスの模擬戦のあと、すぐに別のギルド職員がやってきて、ミリルの治療を行おうとした……のだが、ミリルが「敵の施しは受けん」とばかりに固辞したため、ギルドの職員と少し揉めてしまった。
結局、そんな二人のやり取りを見兼ねたティアが治療すると申し出たので、ギルド職員は渋々引き下がって行った。
ちなみに、またもギルディスが立会のギルド職員に「やりすぎです」と叱られているのが聞こえた。ティアの時もそうだが、登録志願者の実力を見るための模擬戦で試験官が必要以上に熱くなってどうする、ということのようだ。おそらく、ティアは魔法矢の同時射出と剣技、ミリルはギルディスの剣を銃で捌いた時点で、あのギルド職員には十分な実力と判断されていたのだろう。
「お前も負けたからって意地張んのやめとけよ」
ジェイグが呆れた様子でミリルの頭をポンポンと叩く。いつもならそんなことをすれば、銃弾の一つでも叩きこまれそうなもんだが、今のミリルはされるがままにそれを受け入れている。負けたのがよっぽど悔しいのか、痛みでそんな気力もないのか。
「……うっさいバカ……いたっ」
ふくれっ面でソッポを向くミリル。ティアの治療を現在進行形で受けているため、痛みは少しずつ引いているようだが、まだちょっと痛いらしい。
ミリルが負けず嫌いなのはわかっていたので、この反応も予想していた。ティアもそうだが、ベテラン冒険者に勝つ気でいたというのだから、孤児院の女性は相当負けん気が強い。やはり先生の教えの賜物だろうか。
「それじゃ、最後は俺の番だな」
そんなミリルの様子を見ていたリオンがギルディスの許へと向かう。本当はすぐに始めてもよかったのだが、ミリルの容体を確認したかったのでギルディスには少し待ってもらっていたのだ。ギルディスも連戦なので、少し休憩が必要だろうという配慮もあったのだが、元三級冒険者にそんな気遣いは不要だったかもしれない。
「リオン、頑張ってね」
「あたしの代わりにあいつの鼻っ柱へし折ってきなさい」
「お前の実力見せつけてこい!」
リオンの背中に三人がそれぞれ激励の言葉をかける。リオンは振り返らずに片手を上げてそれに応えた。
「よろしくお願いします」
ギルディスと向かい合ったリオンが一礼する。身内には何かと辛辣な発言の多いリオンだが、礼儀はそれなりに正しい方である。
「おう、よろしくな」
リオンの礼に気さくに応えたギルディスだったが、すぐにその視線がリオンの腰のあたりへと向かう。どうやらリオンの刀が気になるようで、新しいオモチャを見つけた子どもの様な顔で刀を興味深そうに見つめている。
「ところで一つ聞きてえんだが、腰に差してんのがお前の武器か?」
「ええ、そうです。模擬戦をすることがわかっていたので、訓練用の刀も一緒に持ってきたんです。ちゃんと刃は付いてないので、一応確認してください」
そう説明しながら、リオンが鞘から刀を抜く。
刀はリオンしか使わない、というかリオンしか持っていないので、修練場に置いてあるはずもない。別に他の剣でも普通に戦えはするが、リオンにとって大事な一戦なのでやはり使い慣れたものをと思い、わざわざ孤児院から持ってきたのだ。
近くまで寄ってきたギルディスが刀をマジマジと見つめる。同じ剣士として、やはり見慣れぬ剣に興味があるのか、その眼が爛々と輝いている。
「サーベルとも少し違うな。片手剣にしては少し持ち手の部分が長い。随分と細身の剣だが、ちゃんと斬れるのかこれ?」
「ええ、訓練用でなければ。まぁ強度という点ではバスタードソードやツーハンデッドソードよりはやや劣るかもしれませんが、魔力を通せば早々折れません」
覗き込むように体を曲げたりしゃがんで下から見上げたりと、様々な角度から刀を眺めては、「ほお~」と何度も繰り返すギルディス。この前の騎士といい、ギルディスといい、これくらいの年代の剣士は新しい武器に出会うなど中々ないため、好奇心を抑えられないのかもしれない。
「あの、ギルディスさん、そろそろ……」
「おお、すまねえ。つい夢中になっちまった」
立会の職員に窘められて、ようやくギルディスが顔を上げる。リオンにも謝罪をしてきたが、とくに問題はないので、気にせずさっさと始めてもらうことにした。
(さて、どう戦うかな……)
距離を取るギルディスの後ろ姿を眺めつつ、これから始まる戦いに思考を切り替える。
(さっきの戦いを見る限り、身体能力だけなら差はそれほどないと思うが……実戦経験は向こうの方が圧倒的に上だろう。おまけにあの好戦的な性格だ。どうやらティアとミリルが火を着けたようだし、最初から飛ばしてくるだろうな。戦いが長引けば経験の差で押し込まれる可能性が高い。勝つためには短期、できれば初手で決着を着けたいな)
それならば、とリオンは先ほど抜いた刀を鞘へと納めた。
(納刀した状態から斬りつける居合のような技はこの世界にはない。初見の相手には効果が高いだろう。奇襲するみたいでなんだが、向こうが予測もできない技なら勝率は上がるからな)
別に勝つ必要はないと言われていても、やはり真剣に勝ちを取りに行く。なんだかんだでリオンも他の二人に劣らぬ負けず嫌いである。
「って、始めるのに何で剣をしまうんだよ」
「理由はありますが、今から戦う相手にそれを教えるとでも?」
リオンが刀を鞘に納めたためギルディスが怪訝な顔をしたが、リオンの説明で「まぁそりゃそうか」とあっさり納得した。何となくわかってはいたが、やはり細かいことは気にしない性格のようだ。
ギルディスがバスタードソードを正眼に構える。
一方リオンは半身に構え、左手を鞘に、右手を柄に添える。
「模擬戦開始!」
立会人の合図とともにギルディスが疾駆する。リオンの魔法や刀を警戒しつつも、これまでの二戦と同じく真っ直ぐにリオンへと向かってくる。
(やっぱり真正面から挑んできたか。まぁ同じ剣士同士、最初は魔法じゃなく剣でっていう気持ちはよくわかるけどな)
対するリオンは微動だにしない。直立したまま、猛然と向かってくるギルディスを見据えている。
傍から見れば、リオンがギルディスの放つ威圧に飲まれて動けないように見えるだろう。
しかし、実際は待ち受けているだけだ。
自分の得意技を叩きこむ、その瞬間を。
(タイミングを外せば終わり。真っ向からのぶつかり合いをお望みなら、間違いなく奴の攻撃は一番力の乗る上段からの斬り下ろし。必ず合わせてみせる)
ギルディスのバスタードソードの方がリオンの刀よりわずかに間合いが広い。そのうえギルディスとリオンの体格差もおそらく二十センチ以上はあった。ゆえにリオンがギルディスに刀を届かせるには、一歩その間合いを縮める必要がある。
感覚を刃のように研ぎ澄ます。
精神は明鏡止水が如く。
必殺のタイミングを、心を落ち着けてただひたすらに待つ。
ギルディスがバスタードソードを振り上げた。向かって左斜め上方。繰り出されるのは、袈裟斬り。
その一撃に合わせるように、リオンが刀を抜く。
一閃。
鞘走りによって加速された剣閃が、銀色の弧を描く。振り下ろされた剛剣をリオンの一の太刀が迎え撃つ。
ガキィンッ! と、甲高い金属音が鳴り響き、ギルディスの剣が跳ね上がる。ティアがやったのと同じように、振るわれた剣の横合いに自分の剣を叩きつけたのだ。
だが、ティアのそれが防御のための行動であるのに対して、リオンのそれは攻撃。相手の剣の軌道をずらすのではなく、衝撃で相手の剣を弾き返し、バランスを崩させる。
それは相手の攻撃のあとにでも相手の剣に剣を合わせられるだけの速度、剣閃の横からの衝撃とはいえ高速で振るわれた剣を跳ね上げるだけの力。その二つが合わさって初めてできる芸当だ。
「ちぃっ!」
予想外の衝撃にギルディスの顔に驚愕と焦りが生まれる。
しかしそこは元三級冒険者。素早く体勢を立て直すと、跳ね上げられた剣をそのまま別軌道の斬り下ろしへと移行する。
だがその瞬間、何かを感じ取ったかのように剣を止めるギルディス。全力で地面を蹴り、リオンから距離を取る。
わずかに開いたリオンとギルディスとの距離。
その空間を再び銀色の光が斬り裂いた。
それはリオンが放った二の太刀。リオンが前世で身に着けた居合術、あるいは抜刀術と呼ばれる剣技の応用。抜刀とともに放った一の太刀からの斬り返しである。
ギルディスはギリギリで回避行動を取ったため、どうにか直撃は避けた。ギルディスの冒険者としての長年の経験からくる勘。それに助けられた形だ。
しかし完全には躱しきれず、わずかに剣先が胸元を掠めた。今日の戦いの中で、初めてギルディスの体に届いた一撃。
それは立会人のギルド職員や、周りで観戦していた冒険者にとっては驚くべきことだった。元とはいえ三級にまでなったギルディスに、新人、しかも十二歳になったばかりの少年が一撃を加えたのだから当然だ。
だが、ギルディスはそんなこととは別のところで衝撃を受けていた。
何故なら、刃を潰している剣による一撃で、リオンがギルディスの服と肌を浅く斬り裂いたからだ。
それは細い剣先が触れたことによる偶然の斬り傷。もう少し深く当たっていれば、打撲か骨折で済んでいただろう。後者の方がダメージが上なのは間違いないが。
だが、偶然の産物とはいえ、その傷はあまりに鮮やか過ぎた。真剣を用いたとしても、ここまでスッパリとした斬り傷はそうそう付けられはしないだろう。
斬られた胸元に手を当てて、ギルディスは愕然とした表情を浮かべる。
「訓練用の剣で……マジかよ……」
刃を潰した剣で斬り裂かれた。その事実にギルディスの額を冷や汗が伝う。
「初見でこれ躱したの、先生くらいなんだけどな……」
だが、そんな事実ではリオンは満足しない。目は油断なくギルディスを睨んでいるが、思わずこぼれた声には隠しきれない悔しさが滲んでいた。
もちろんリオンも躱される可能性を全く考えていなかったわけではない。相手は元三級冒険者なのだから、いくらリオンでも初撃で確実に倒せるほど甘くはない。
だからといって自分の得意技を躱されて悔しくないはずもないので、とりあえず悔し紛れに一言呟いてみたのである。
もっともリオンがこれを実戦で使うようになって、まだ日が浅い。正直、リオンの中でもまだ完成しているとは言い難い技なのだが。
前世で散々練習した居合術だが、現代の居合は相手との実戦を想定して作られてはいない。剣道と違い相手と斬り結ぶようなものではなく、決まった形を演舞するだけだ。
なので、リオンは習った居合の形を実戦でも使えるようにアレンジを重ねた。ジェイグが刀を作れるようになったのは一年前なので、まだ練習不足な感は否めないが、それでもある程度の形にはなってきている。
余談だが、『居合』とは座った状態から行うものが多く、立ったままの状態のものは『立合』となる。また、居合術では抜刀から納刀までを一つの形とする流派も多いが、実戦では一々納刀している暇などない。多数を相手にすることも多いし、一対一でも居合一つで勝負が着くとは限らないのだから。そう言った意味でも、アレンジは必須なのだ。
練習あるのみ、とリオンが熱い闘志を燃やしていると、ギルディスが声をかけてきた。
「お前、今の技は何だ? 速過ぎて俺でもほとんど見えなかったぞ。しかも鞘に納めた状態から俺の剣を弾くだけの一撃を放つなんて、見たことも聞いたこともねえ」
そりゃあ刀がなければ、居合なんてものもないしなぁ……とリオンが内心で呟く。正直、何だと聞かれても、うまい説明が思いつかない。どう説明していいものか、とリオンは頭を働かせる。説明ではなく、言い訳が正しいのかもしれないが。
「何と言われてもなぁ……」
「何だよ、自分の技の説明もできねえのかよ」
「説明……ああ、そうだ」
「ん?」
「俺の愛と努力の結晶です」
「バカにしてんかお前は!」
間違いは言ってない、と開き直るが、当然ギルディスがそんな説明では納得できるわけもない。
しかし、そもそも冒険者が聞かれたからといって、自分の技や手の内を説明する必要はない。むしろ、仲間でもない人間にホイホイと情報を与えるなんて愚の骨頂である。
ギルディスもそれはわかってるはずなのだが、よほどリオンの技に興味を引かれたのだろう。思わず暗黙のルールを忘れてしまうほどに。
「あ~、まぁ悪い。そもそも冒険者が聞くことじゃなかったわ」
リオンとしては別に知られても特に問題はなかったのだが、ギルディスがばつが悪そうに謝ってきたので、それ以上何も言わなかった。おそらくギルディスはリオンが知られたくない情報をはぐらかしたと思ったのだろう。まさか、単に説明がしにくかっただけとは思うまい。
そもそも居合とか知られたところで、刀は今のところジェイグしか作れないのだから問題ない。使えない情報が漏れたところで実害などないのだ。
「じゃあ、仕切り直しと行くか」
ギルディスが再度剣を正眼に構える。
だがその眼光は鋭く、纏う空気も先ほどまでとは違う。殺気が籠り、遥かに威圧感が増している。どうやらリオンの技が、ギルディスを完全に本気にさせてしまったらしい。
望むところ、とリオンも今度は刀を鞘に納めず、ギルディスと同じように正眼で構える。初撃で決めれなかったのは致命的な痛手だが、それで勝ちを諦めるつもりなど微塵もない。
修練場に二人の闘気が充満する。ギルディスの燃え上がるような熱い闘気と、リオンの冷たい刃のような闘気。
ピンと張りつめた空気。お互いが視線だけで牽制し合い、相手の隙を伺う。
数秒におよぶ静かなせめぎ合いののち、ついに二人が動き出す――
「ちょ、ちょっと待ってください」
直前に、ちょっと焦った様子の立会人から待ったの声がかかる。
動き出していたギルディスがちょっとズッコケそうになっていた。リオンは大丈夫だったが、危なく膝から力が抜けるところだった。
張りつめた空気が一気に霧散していく。周囲で観戦していた連中が、緩んだ空気にホッとしたのか大きく息を吐いた。
「なんだよ、おい! 今、良いところだったのによ!」
体勢を立て直したギルディスが立会人に向かって、まるでアニメのクライマックス直前に停電が起こった大学生みたいな文句を言っていた。
「いや良いところ、じゃないですよ! ギルディスさんこの模擬戦の目的、完全に忘れてるでしょ!?」
目を吊り上げた立会のギルド職員が、怒鳴り声をあげながらギルディスに迫る。
「あ? 忘れてねえよ? ちゃんと志願者の実力を見極めるつもりで――」
「ギルディスさんでもほとんど見えないような速度の技が使えるのに、まだ十分じゃないと!? そもそもギルディスさんに一太刀浴びせられただけで、登録には十分な実力だってわかるじゃないですか! しかも今、明らかに本気だそうとしてましたよね!? 強い奴見ぃ付けたって顔してましたよねぇ!?」
「……んなこたねえよ?」
「目を逸らさない! 全然誤魔化せてないですからね! まったく……いい加減、有望な新人に出会う度に目的忘れる癖直してくださいよ。この前だって新人相手に派手に暴れてくれちゃって、もうちょっとで大ケガさせるところだったじゃないですか!?」
ギルディスが、上級と呼ばれる元三級冒険者が、いたずらを叱られた悪ガキみたいになっていた。あの職員はいったい何者なのか。
「とにかく、これで登録試験は終了。全員合格で誰も文句ないですよね?」
立会人が決定事項の最終確認をするように、もう一人のギルド職員に視線を向ける。その視線を受けた職員も異論は無いようで、小さく頷きを返した。周りで見ていた冒険者も何故か頷いていたが、別に彼らの判断は合否に関係ない。一応、認めてくれているようなので、とくに文句はないが。
最後にギルディスにも同意を求めるが、ギルディスはオモチャを取り上げられた子どもみたいに拗ねた様子で、「い~んじゃね~の?」とぼやいていた。
(良い年して何をやってるんだか……)
元三級冒険者の子どもっぽい一面に内心でツッコミを入れつつも、関わると面倒なので放っておくことにした。
一応、このあとティアとミリルの射撃の命中率も確認したが、二人とも百メートル先の的のど真ん中に全弾させていたので、文句のつけようがなかった。
こうしてギルド登録試験は無事に終了。
三人全員、晴れて冒険者に登録することができた。
今回は先の二話と異なり、動き少な目です。
一撃での決着を描いてみました。
同じような戦いが三つも続くと飽きるかなぁってのもありますし、
リオン君は身体能力だけでなく冷静な思考も武器にしているってのを見せたかったっていうのもあります。
まぁなんにせよこれで登録試験は終了です。
無事三人とも合格したので、次からは冒険者として初の依頼に向かいます。
ちなみにギルディスの出番は一応これで終わりです。
いつか機会があれば再登場も考えてはいますが……