再会と尽きぬ悪意
時は少しだけ遡る。
「あ~、やっぱ無理だわ」
灯台の隠し通路の先で辿り着いた地下施設の十字路で、ティアとアルの顔をした何者かと遭遇したミリルが、そんな言葉と共に振り返った。
突然の行動に驚き戸惑うティアとアルの偽物に向かって、ミリルは両手の銃を突き付けた。
「騙されたふりしてあんたらの狙いを探ろうかと思ったけど、やっぱ無理、限界」
「い、いきなり何を――」
「うるさい。ティアの声で気安く喋るな偽物」
絶対零度の声でそう吐き捨てると、ミリルは何の躊躇いも無くティアの偽物の顔へと引き金を引いた。
銃口から飛び出した魔力の塊が、容赦なくティアの顔を吹き飛ばす。
「おまっ、仲間に向かって――」
敵地で再開した仲間を容赦なく撃ち殺したミリルを、アルの偽物が戦慄した様子で非難する。
だがそんな偽物の戯言を許すミリルではない。
再び鳴り響いた銃声。放たれた銃弾に、アルの偽物の口元が大きく抉られる。
「三秒待つわ。何も喋らず、擬態を解除しなさい。核を破壊するまで、風穴開けられたくなかったらね」
怒気と殺意を迸らせながら、ミリルが魔銃の銃口を敵の額に押し付ける。すでに撃ち抜かれたティアの偽物と、そのナイフよりも鋭い視線が、ただの脅しではないと証明している。
「三、二、一……」
容赦なくカウントダウンを始めたミリルに、アルの偽物は慌てて擬態を解除した。ドロリとアルの身体が溶け始めたと思ったら、体積が膨れ上がっていく。そして数秒後、アルの偽物がいた場所には、何の特徴も無い灰色髪の男が立っていた。
「やっぱり、フェイクスライムの合成モンスター、ってわけね」
二体の合成スライムに銃を突き付けたまま、不機嫌そうに鼻を鳴らすミリル。よく見ると最初に撃ち抜かれたティアの偽物も、茶髪の女に変わっていた。怯えた表情でミリルを見上げている。
スライム系の魔物は体内に核を持っており、それを砕かれない限り死ぬことは無い。どうやら頭に核はなかったらしく、死なずに済んだらしい。
「ったく、いくら偽物とはいえ、いきなり頭撃ち抜くなよ。万が一が合ったらどうすんだっつうの」
「ティア達がこの程度の攻撃、躱せないわけないでしょ。それに、驚いてないところを見る限り、あんたもこいつらが偽物だってわかってたんでしょ?」
「まぁな」
いきなりの凶行に及んだ仲間に呆れつつも、正体を現した偽物に対しても特に反応を見せなかったジェイグ。どうやら彼らが偽物だということはとっくに気付いていたらしい。
「ちなみにあんたはどこで気付いたわけ?」
「自分が作った武器を見抜けねぇ鍛冶師はいねぇよ」
「なるほど。あんたらしいわ」
そう断言するジェイグに、ミリルは小さく苦笑いを浮かべる。ティアの魔弓『天月』もアルの双剣『黒翼刃』も、どちらもジェイグが魂を込めて作った武器だ。形だけを真似た紛い物を見抜けないはずがない。
まぁたとえそれが無くても、ジェイグならすぐに気づいただろう。大雑把で小さなことは気にしないタイプに見えるし、空気は読めないが、決してバカではない。それに相手の筋肉の使い方や体運びの癖などを見抜く目も持っている。だからこそ鍛冶師として、使い手に最適の武器を作ることができるのだ。
ちなみにミリルは最初に顔を合わせた瞬間から、二人が偽物だと見抜いていた。こんな敵地のど真ん中で、ティアとアルが十字路に無警戒に踏み込んでくるのはあり得ない。それにミリルが姿を見せた瞬間に、武器を構える素振りさえなかった。あの二人が待ち伏せに反応できない程、敵地で油断するなど絶対にない。
「まぁそもそも、ミリルにビビるティアとかあり得ねぇよな」
「……まぁね」
先程の偽物とのやり取りを思い出しカラカラと笑うジェイグに、ミリルは「ぬぐぅ……」とでも言いそうな表情でどうにか返事を返した。
実際、敵の出方を窺い、逆に利用してやろうかとは考えていたが、大切な家族の顔と声で話をする偽物相手にミリルの怒りは爆発寸前だった。それが先程の不機嫌さ全開の態度であり、それに怯えるティア(偽)のあり得ない態度にイライラを加速させていた。
結果、こうして我慢が出来ず爆発してしまったというわけだ。
まぁティアに逆らえない自覚はあるが、それを指摘されるのはやはりおもしろくなかった。
「さて、とりあえず色々と聞きたいことはあるんだけど……」
なんとなく話が不愉快な方に流れそうだったのと、いい加減この偽物達を放置しておくわけにもいかなかったので、ジェイグとの会話を切り上げて偽物達に鋭い視線を向ける。
彼らが実験の被害者なのか協力者なのかはわからないが、少なくともこの施設のある程度の情報は知っているだろう。
正直、この実験施設の主の居場所や、連れ去られた人達の行方など、訊かなければならないことは山ほどあった。この施設の関係者を見つけたら、すぐさま拷問してでも訊き出そうと思っていたのだが……ここへきて事情が、最優先事項が変わってしまった。
「あんた達が姿を借りた二人、どこにいるわけ?」
冷え切った殺意と視線に射抜かれた元偽物二人が、ティア達の居場所を吐くまでに、三秒もかからなかった。
「ミリルテメェ! 爆弾使うなら先に言えやコラァ! 俺まで吹っ飛ぶところだったじゃねぇか!」
ティア達のピンチに颯爽と現れたミリルとの再会を喜んでいると、乱暴な叫び声が聞こえたのでそちらに視線を向ける。
するとミリルが魔導具で粉砕したガラス窓から、ジェイグがウガーッと声を上げながら飛び出してきた。体中が埃まみれになっており、ご自慢の真っ赤な短髪も所々が煤けている。どうやら何の合図も無しにミリルが魔導爆弾を使ったため、爆発の余波に巻き込まれたらしい。元気そうなので、おそらくケガはしていないだろうが、たいそうご立腹な様子でズンズンとこちらへ歩いてくる。
「言ったらあいつらに邪魔されるかもしれないじゃない」
「アイコンタクトでも何でもできただろうがっ!」
「大切な仲間のピンチに、居ても立っても居られなかったのよ」
「嘘つけや! どう考えても飛び出すタイミング見計らってただろうが!」
「ウッサイわねぇ。ちゃんとこっち側に被害が出ないよう、指向性を高めた爆弾にしたわよ」
「ど・こ・が・だ! あそこにいた連中、全員壁まで吹っ飛んでたぞ!」
「あら、良かったじゃない。邪魔者も一掃できて一石二鳥」
「二鳥の片方に俺まで含まれてたわ!」
「「……ぷっ、あはははは」」
ギャアギャアといつもの言い争いを始める二人に、ティアとアルが顔を見合わせて同時に噴き出した。
そんな二人に、ミリルとジェイグも言い争いを止め、温かな笑みを向けてくる。
「良かった。ちゃんと本物みたいで安心したわ」
「当然でしょ? 何ならこの前ティアが、リオンのベッドでやってたことでも話そうか?」
「やめなさい」
からかうようにティアに流し目を送るミリルに、ティアがノータイムで制止の声をかける。ミリルを睨んではいるが、きっと頬は赤くなっているだろう。
おそらく、ミリルが言おうとしていたのは、ミラセスカに到着する前日のことだろう。ベッドシーツを洗濯するために各自の部屋を回っていたティアは、リオンの部屋を訪れた際、つい魔が差してリオンの使っていた枕を抱きしめてベッドに寝転がってしまったのだ。リオンの匂いに包まれ、さらに何度かそのベッドで夜を共にした時のことを思い出し、恥ずかしさと幸せに身悶えているところを、ミリルにバッチリ見られていたというわけだ。
もちろん散々からかわれたのは言うまでもない。
「シャアッ!」
不思議そうに首を傾げるアルとジェイグに、どう誤魔化そうかとティアがアタフタしていると、不意に背後から獣の鋭い泣き声が聞こえた。
どうやら狂化の変身を完全に終えた女性が、機を見て飛びかかってきたらしい。
もっとも彼女のことを忘れていたわけではない。ミリル達と再会を喜び合っていたとはいえ、戦場で敵の存在を忘れるほど愚かではない。
「ふん」
だがティア達が迎え撃つよりも早く、ミリルが魔銃を放った。ティアとアルの間をすり抜けた銃弾が、完全に魔物と化した女性の脚を直撃し、そのまま後方へと吹き飛ばした。ゴロゴロと壁の方まで転がっていく。
「ミリル!」
「大丈夫よ、全部見てたから。殺すつもりはないわ。とはいえ、このまま放置もできない以上、身動きは封じる必要があるでしょ」
また理性を取り戻す可能性のある女性に容赦なく銃弾をぶち込んだミリルの名を呼ぶが、何も心配いらなかったらしい。ミリルの言った通り、撃たれた女性はすぐに立ち上がり、再びこちらへ向かって来ようとしたが、追加で放たれた銃弾にもう片方の足と両腕を撃ち抜かれる。
そうして身動きを封じられたところへ、止めとばかりにさらに数発の銃弾が。だが今度の弾は貫通力を抑えた魔弾だったらしく、頭部や鳩尾などの急所に命中しながらも、彼女の身体を貫くことは無かった。だが衝撃はかなりのものだったのだろう。狂化した身体でも耐えきれなかったらしく、気を失ってしまった。
「これで数時間くらいは目を覚まさないと思うわ。仮に起きても動くこともできないだろうし。魔物の身体なら、あれくらいの怪我でも死にはしないでしょ」
「十分よ、ありがとうミリル」
通常よりも大きなクレイジーラビットといった姿になってしまった女性を、不快そうに観察しながらそう説明するミリルに、ティアが礼を言う。
「にしても、人間と魔物の合成ね……覚悟はしてたけど、実際に目の当たりにするとゾッとするわね」
「まったくだぜ。あれが元は人間だなんて、さっきのを見なかったら信じられなかったかもな」
ミリルの言葉に、憐憫の表情を浮かべながら変わり果てた女性の姿を見つめるジェイグ。アルとミックの戦いの直後くらいに来たので、女性が狂化していく様も目にしていた。狂化する前は普通の人間だったことを考えると、その変化の悍ましさは嫌でもわかる。
「元に戻るかしら……」
「……何とも言えないわね。普通のクレイジーラビットなら時間と共に元に戻るけど、合成された人間なんて初めて見るもの」
女性の身を案じるティアに、ミリルが重い口調で結論を濁した。この状況で楽観的な展望を述べたところで、何の慰めにもならないのは誰もが分かっていた。
「ただ……」
だがそこでミリルがわずかに視線を逸らしながら、おもむろに口を開いた。普段はあまり見せないミリルの迷うようなその表情に、ティアは黙ってその続きを待つ。
「…………いや、何でもないわ。今、ここでするべき話でもないし」
「……そう。それならいいわ」
しかしミリルは数秒ほど逡巡した後、結局その先を口にすることは無かった。言いかけた内容は気になるが、ミリルが言う必要が無いと判断したのなら、ティアも無理に訊き出すことはしない。
「そう言えば、ミリル達はどうやってここまで?」
「ああ、それはね……」
気持ちを切り替えるようにティアが互いのこれまでの行動やここに来るまでの経緯を訊ねると、ミリルが話し始める。
ディーノの父親を捜して灯台に行ってから、この施設まで辿り着く流れは、ティアの予想通りだったのでほとんど省略。その後、ティア達の偽物と出会い、ティア達の現況を訊き出してからは、真っ直ぐにワドル達のいる部屋まで向かったらしい。
で、ワドル達がいた部屋の前まで辿り着いたはいいが、その部屋にはロックが掛かっており中に入れなかった。魔導具でぶっ壊して強行突入しようかと考えていたところに、ティア達が遭遇したミリル達の偽物が現れたため、逆に偽物の振りをして中に入り、機を窺っていたということのようだ。
「あたし達そっくりの偽物とか、ホント気色悪いったらなかったわ」
「まぁ中身はお粗末だったけどな」
ここまで来た経緯の簡単な説明を終えたミリルが、銃床で頭をボリボリと掻きながらそう吐き捨てる。
ちなみに偽物のスライム達は、ジェイグが作った土の箱の中に閉じ込めてきたらしい。ミリル達が会ったというティア達の偽物も含めて四体。元がスライムなので、普通の拘束具や檻は意味が無いため、密閉した箱に無理やり押し込んできたらしい。スライムなら酸欠にはならないはずなので、おそらく問題は無いだろうとのことだ。
「あと、やっぱりあのガキんちょの父親はここに連れ去られたらしいわ。隠し通路の見張りがそう言ってたし、灯台でこんなもんも見つけたしね」
ミリルが懐から取り出したのは、包装紙でラッピングされた小さな箱。何かで殴られたようにひしゃげているが、おそらく誰かに当てたプレゼントだろう。
それを受け取り検分すると、巻いてあるリボンの下にメッセージカードが差し込んである。
「7歳の誕生日おめでとう。最愛の息子、ディーノへ……か」
ディーノの父親、ディーター氏が行方不明になったのは、ディーノの誕生日当日だったという。届けられなかったプレゼントを前に、ティアの胸に悲しみが広がっていく。同時に、これは必ずディーノの元へと届けなければと思った。
たとえどのような結末が待っていようとも……
「悪いけどソレ、ティアが持っててくれる? あたし、こっから大暴れするつもりだから」
「私も気持ちは同じなんだけどね……まぁ今回は譲っておくわ」
ニィッと不敵に笑ってそう宣言するミリルに、ティアが仕方ないなぁと言うように肩を竦める。
ミリルの真意はわかっている。ワドル達の所業に、怒りを我慢できずにいるのは間違いないだろう。だがこのプレゼントをティアに託した理由は、それが全てではない。
おそらく父親の身に何かあった場合、自分ではディーノに優しい言葉をかけることはできないと思っているのだろう。だから自分の代わりにと、ティアを頼ったわけだ。
本当は自分が一番ディーノのことを心配しているくせに……という言葉は胸の内に秘めておくことにする。
そうして今度はティア達の方が報告を始める。リオン達が夜になっても戻らなかったこと、捜索に向かってリオン達が落とし穴トラップに落ちたのが分かったこと、他の入り口を探してこの場所に辿り着いたこと、ミリル達の偽物の誘いに乗った結果、ワドルの実験に巻き込まれたことを手短に説明した。
「まったく、何をティアに心配かけるようなことしてんのよ、あの空バカは……」
「ま、ファリンも一緒だし、誰かに化けて潜入でもしてんじゃねぇの?」
「あり得るわね…………まさかあの中に……さっきの爆弾で一緒に吹っ飛んだりしてないわよね……」
「いや、さすがにそんな間抜けな事にはならねぇだろ」
「リオンはそうだろうけど……ファリンならあり得るわ」
「ニャーって悲鳴は聞こえなかったし、大丈夫だろ」
リオン達の行方不明を伝えられたミリルとジェイグのやり取りがこうだ。多少の心配はしているようだが、本気で二人がどうこうなったとは思っていない。偽物との差を思うのと同時に、二人のリオン達への信頼を感じてティアも頬が弛む。
「ま、あいつらなら、こっちが暴れてれば向こうから勝手に出てくるでしょ。とりあえずどこに行ったかわかんないリオン達より、まずは誘拐された人達を助け出すわよ。上で伸びてる連中に聞けばすぐにわかるだろうし」
そんなティアの視線を感じ取ったのか、少し居心地の悪そうな顔で、ミリルが破壊したガラス窓を振り返る。二人がすぐに下りてきたのは、先の爆弾で部屋にいた施設の連中が全員気絶してしまったかららしい。戦う術もない研究者ばかりだ。あの爆風を逃れることはできなかっただろう。
ミリルの言葉に従い割れた窓へと跳び上がり、ワドル達のいた部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中はかなり悲惨な状況になっていた。爆風で吹き飛んだ椅子やテーブルが激突したのだろう。室内に設置された魔導具らしきものが無残にひび割れ、砕け散っている。あちらこちらに倒れ伏す研究者らしき人々。そのうえに粉塵や書類が降り積もり、彼らの姿を隠していた。
とはいえ先程ミリルが言っていたように、爆発には指向性を持たせていたのだろう。ティア達側から見た威力の割には被害が小さいように思える。
「威力、指向性ともになかなかのできね。あとはもう少しこちら側の威力が少ないのも作ってバリエーションを増やそうかしら」
上機嫌に部屋の惨状を見渡して頷くミリル。
そんなミリルを指差し、「何とかしてくれよ、アレ」と無言で訴えてくるジェイグ。ある意味ミリルの魔導具の一番の被害者と言っても過言ではないジェイグのことだ。助けを求めたくなる気持ちはよくわかる。
ちなみにジェイグに次ぐ被害者のアルも、若干青い顔でジェイグに同調している。
とはいえ、その魔導具に助けられたばかりのティアとしては、今すぐミリルを嗜めるのは気が引ける。ゆえに申し訳なくは思うが、「あとで言っておくから」と苦笑いで伝えるに留めて置いた。
「それで、あの男はどこに?」
「ああ、あいつなら……っていないわね」
そんな男二人の悲痛な訴えをやり過ごしつつ、ミリルにワドルの行方を訊ねれば、部屋の入口扉の辺りへ視線を向けて首を傾げた。
「まさか、逃げられたのか?」
「う~ん、爆発の一番近くにいたし、ケガもしてたから、すぐには起きないと思ったんだけど……」
僅かに焦りの滲んだアルの問い掛けに、ミリルがバツの悪そうに頭を掻く。どうやら見立てが甘かったようで、奴に逃げられてしまったらしい。
「ミリル姉ぇ……」
「う、うっさいわね、別にあたしだけが悪いわけじゃないわよ!」
「ちょ、俺に矛先を向けんじゃねぇよ!」
そんなミリルにアルがジト目を向ければ、珍しく狼狽えたミリルが責任を擦り付けようとジェイグを睨み、ジェイグが「俺、関係ねぇし」とばかりに視線を逸らした。
「今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ。逃げられたのなら、すぐに追いかけないと」
「そうね。あの傷だらけの身体じゃ遠くまでは行けないはず。また妙な手を打たれる前に追い付くわよ」
不毛な言い争いを始めようとした三人を嗜め、ティアが先を促せば、助かったとばかりにミリルが我先にと部屋を出ていく。
「良かった、足跡や血の跡が残ってる。これならすぐに追いつけるわ」
廊下を見渡したミリルが、ワドルの逃げた痕跡を見つけてほくそ笑む。
「じゃあ急いで追い掛けましょう。これ以上、あんな目に合う人達を出さないためにも」
次いで廊下に出てきたティアが、強い決意と共にそう言えば、他の三人も同様の決意を宿してそれに答えるのだった。
「はぁ、はぁ……まったく……これだから冒険者などという連中は野蛮で困る」
傷ついた身体を引き摺るように歩きながら、ワドルが先程の出来事を思い出して悪態を吐く。
あの小さな狼獣人の少女が使った魔導爆弾によって気を失ったワドルだったが、不幸中の幸いか、ケガの痛みによってすぐに意識を取り戻すことができた。
「研究途中とはいえ、やはり失敗作か……与えられた役割もまともにこなせんとは」
他人の姿を完全に模倣するフェイクスライムと人間の合成は、なかなかの成果だった。あれが実用化できれば、この世界の諜報活動の分野に、革命とも思えるほどの変革を起こせるだろう。
だがその実用実験はあっさりと失敗した。四体の合成体は全て見破られ、あまつさえ敵に利用される始末。やはりまだまだ実験が必要なようだ、とワドルは今後の実験計画を頭の中で修正していく。
もっともその考えは見当違いだ。
あのスライムの模倣は完璧だ。鏡面に映せば、着ている服や持ち物まで全ての姿形を模倣し、臭いの模倣は嗅覚に優れた獣人でさえ気付かない。さらに人間としての知性を得たため、発声能力まで取得し、演技も可能。普通の人間なら、よほどのことが無い限り見破ることは不可能だろう。
だが黒の翼のメンバーは違う。何故ならそのフェイクスライム並みの変身技術に、一流役者も裸足で逃げ出すほどの演技力持ったイタズラ猫娘に、日常的にイタズラを仕掛けられていたのだから。そんな彼らに、他人がどれだけ姿形を真似ようと、家族を見抜けないはずがない。ましてや彼らは、フェイクスライムという魔物の能力も、この場所が人間と魔物の合成実験場だということも知っていたのだから。
「だが実験体は他にも山ほどいる。どれも中途半端な失敗作ばかりだが、仕方ないだろう。私という才能を、こんなところで途絶えさせるわけにはいかないのだから」
歪んだ笑みを浮かべながら、あの冒険者達をどう始末するかの策を練る。本当なら、あれだけの強さを持った連中は、是非ともこの先の実験に使いたいところ。
特にあの高性能の爆弾を使った狼獣人の少女。あんな指向性の高い魔導爆弾は見たことが無い。おまけに冒険者には整備の難しい魔銃を二丁も所持していた。
間違いなくあの少女は、自分と同じ魔科学者。それも自分と同レベルの天才だ。あの知能をこれからの実験に利用できれば、間違いなく研究は一気に数段上へと進むことができるだろう。
できれば生きたまま捕らえたい。だが欲を掻いて身を滅ぼしては元も子もない。
だが先程の戦闘実験時に見せた奴らの行動から考えれば、付け入るスキはある。
「むしろこれはちょうどいいかもしれん。使い道の無かった失敗作共を有効活用できる」
ようやく辿り着いた部屋の扉の前で妖しくほくそ笑むワドル。
そうして扉を開け、中へ足を踏み入れる。
「……本当に、すまないと思って――」
「おや、こんなところにいたのですか、所長」
だが部屋に入ってすぐのところで見つけた人物に、ワドルが少し驚いた様子で声を掛ける。何かと話をしていたようだが、ワドルが入ってくると慌てたように立ち上がり、こちらへと近づいてくる。
「……あ、ああ、少し実験体の様子を見ていたんだ……それで君は何故ここへ? 怪我をしているようだが、黒の翼の連中はどうなった?」
「ちょっと色々ありましてね。ここの実験体達も使わせていただくことにしたんですよ」
「……彼らを?」
ワドルの言葉に、所長は訝しむような声で聞き返してくる。
「ええ。何か問題でも?」
「……彼らは戦う術など持たない者ばかりだ。既に魔物化も進行している。そんな彼らにいったい何を――」
「だからこそですよ。そんな役立たずでひ弱な彼らだからこそ、あの連中にはうってつけの敵になる」
渋る所長を前に、ワドルは狂気に満ちた笑みを浮かべてそう告げる。そんなワドルの表情に気圧されたように所長が後ずさる。
だが背後から聞こえた怯えるような声に、一度後ろを振り返ると、痛みに苦しむような表情を浮かべてなおもワドルに食い下がってくる。
「だが彼らは――」
「今更何を躊躇っているのです? ここまで来ればあなたと私は一蓮托生。もう後戻りなどできないのはわかっているでしょう。くだらない良心や、どうでもいい過去の人間関係など捨てた方が身のためですよ」
「そ、それは……」
しかしそれを遮って告げられたワドルの言葉に、所長は二の句を告げずに押し黙ってしまった。その顔には後悔や罪悪感、保身や覚悟など、様々な感情が入り乱れているようだ。
「見ているのが辛いなら、所長室にでも籠っているのが良いでしょう。早くしないと、彼らがここにやってきてしまいますよ?」
もっともワドルにそんな感傷を慮る気など無く、これで話は終わりとばかりにそう言うと、あとは所長には見向きもせずに部屋の奥へと進んでいく。
そんなワドルの背中と、部屋の奥にいる何者かの方を交互に見ていた所長だったが、やがて全てを諦めたように肩を落とすと、静かにこの部屋を去って行った。




