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ベックさんと夜這い、その後……

「そういえば、先日、我が家にマリーが泊まったときに、ベッドに潜り込んできおってな」

 ルートヴィヒ・ベックが話のついでと言った様子で、何気なく切り出した。

「……なんだって?」

 思わず素っ頓狂な声を上げたのは、現在の陸軍参謀本部総長を務めるフランツ・ハルダーだ。どちらの老人も泣く子も黙る百戦錬磨の軍人である。


「……寒かったらしいが」

 あんなに痩せてギスギスしているから、夜も寒くて眠れんのだ」

 全く、と付け加えてぶつぶつと独白めいた言葉を並べ立てるベックに、ハルダーは片手を上げてその言葉を制すると眉をひそめてから自分の唇の前に人差し指を立てて、わざとらしく辺りをうかがう。


 そこは参謀本部の執務室だったから、よほどのことがなければ盗聴などされているわけもないのだが、それにしたところで陸軍も決して一枚岩とは言いがたい。


「ベック上級大将、そのなんだ……」

「む?」

 すでに退役して久しいかつての上官に、ハルダーは再三大きなため息をついてから腕を組んで部屋の天井を見上げると唇を引き結ぶ。


「そういった話は、国家保安本部の……、特にあの馬面のカルテンブルンナーとかいうオーストリア人の前ではしないほうがいいかもしれん」

「ただ一緒に寝ただけだろう」

 妻も一緒だったし。

 なにをわけのわからんことを言っているのだとでも言いたげなハルダーに、ベックはややしてから彼女がまるで年端もいかない少女のような体型であるとはいえ、年齢はそれなりに年頃だということを思い出す。


 つまり語感がよろしくないのだ。


 男と女が同じベッドで寝るとなればやることはひとつしかない。

 とりあえず、妻と同じベッドであるという事実など、いちゃもんをつけてくる連中にとってはどうてもいいことなのである。

「ゲシュタポの連中は気に入らないものはなんでも粛正してくるからな、不用意な発言は慎むべきだろう」

「ふむ、それもそうか」


 ハルダーに告げられて、ベックは顎に手を当てると納得してひとりうなずいて見せた。

 彼女は寒くてベック夫妻のベッドに潜り込んできただけで、夫妻は彼女を小さな少女のように思えてしまってそのまま寝入ってしまったことなどどうでもいいことだ。

 問題は台詞から受ける印象だ。

 だから、余分な発言は慎むべきとハルダーは忠告したのだ。


「ならば、連中の前では発言に気をつけようとするか」

 ベックは疲れた様子で肩を落とすと鼻から息を吐き出した。

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