区別
ナイト症候群。
そう侮蔑されても良い。
ヨーゼフ・マイジンガーは口許に手を当てたままで考え込んだ。
「ドイツ騎士団の誇りをもって……」
守るべきは姫君か、もしくは国家か。
かつては権力欲にとりつかれたマイジンガーは、国家保安本部首脳部たちとの権力争いに敗れ、汚名返上の手立てさえも失ってしまったように思えた。
ロシアでの戦況は悪化し、ドイツ本国では国家保安本部の長官を務めるラインハルト・ハイドリヒがイギリス連邦とチェコスロバキア亡命政府との手によって暗殺された。
もはや名誉回復の手段を失った。
そう思った矢先に、ドイツ本国への帰還を命じられて、ベルリンへと戻ってきてみれば、ヴァルター・シェレンベルク指揮下の見るからに閑職と思われる部署へと配属された。
なにもかもが面白くなかったし、女子供の――しかも階級は親衛隊少佐だというのだから――実働部隊の指揮官として任命されたのだから、不満が大きくてもおかしくはない。
親衛隊全国指導者の直々の命令だと言うから不承不承、いつまでも痩せてギスギスした少女の指揮下に甘んじた。
マリーという少女の部署で再会したのは、インテリを代表するようなヴェルナー・ベストやハインツ・ヨストらで、微妙な居心地の悪さを感じながら、いずれは彼らを蹴落として自分が指揮権を奪おうとすら思っていたというのに。
そんなデブではげた中年の男に子供らしい華やかな笑顔を向けた金髪碧眼の少女に、マイジンガーはいつのまにやら心をとらわれた。
多感な少女にしてみれば、中年太りのはげた冴えない男など魅力のかけらもないだろうに、彼女は全く偏見の眼差しなどを向けたりはしなかった。
ワルシャワの殺人鬼と呼ばれた自分の過去を――。
政治闘争に敗れた自分の過去を、彼女が知らないからだろうか。
そうかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
彼女は多くの場合、国家保安本部の中央記録所のデータを正確に把握している。だから、彼女は知っているはずなのだ。
それなのに、彼女はマイジンガーを恐れはしない。
マリーの笑顔にほだされているうちに、夢にまで見た将官にまで昇進できたことを喜ばしく思った。
「わたしを恐ろしくはないのか?」
問いかけたマイジンガーにマリーは大きな青い瞳を丸くして唇に人差し指の先を押し当ててから小首をかしげた。
「マイジンガー上級大佐が、わたしに怖いことをするの?」
「……いや」
真面目な顔で問い返されて、中年男は口ごもった。
「それなら怖くないわ」
にこりと笑って、マイジンガーの腕に自分の腕を絡めるようにして腕を組んだ少女に毒気を抜かれた。
――わたしは、君の騎士になろう。
プラハで恐怖に震えていた少女の指の頼りなさに、マイジンガーは心の隅でそっと誓った。
彼女にはきこえていなかったかもしれない。
それでもいいのだ。
彼女が知らなくてもいいいことだ。
何千人とポーランドで殺した無辜の命と、彼女の命は比較にならない。
人の命に、平等なものなどありはしないのだ。
人の命は「選別」される。
一部にニッチな人気のマイジンガーさん。
中年で部でハゲですが、かっこいいと言ってくださってとてもうれしいです(*´∀`)




