ゆいデリューション 其ノ肆①
「初めまして。媛野唯です」
金曜日の深夜、僕と魅子が雑談しているところに、媛野は現れた。
僕が媛野を迎えに行って、それから一緒に神社跡へ行くことも考えたのだが、二年連続クラスメートとは言え、話し始めたのがついこの間という友達とは到底呼べない男子に、自宅を知られたくはないだろうと思って現地集合にしたのだ。
だが媛野が来たところで、僕は気づいた。
待ち合わせにすれば良かったのだ――と。
泣ける。
自虐的だが気遣いの出来る紳士だと自負していたというのに。
それが若干誇らしくもあったのに。
僕はただの馬鹿だった。
モテ男との違いというのは、多分こういうところなんだろうなー。
そういえば、チャラ男って何となくちゃっかりしてるイメージあるもんな。
チャラ男ってチャラチャラしている男の略だけど、実はちゃっかり・ラッキー男って可能性もあるんじゃないだろうか。
「おぉ、お主が血塗――」
「ああああああぁぁぁぁーーーーーーーー!」
僕は奇声を上げることで間一髪、魅子の言葉を制した。
何やってんだよこいつは!
ここで鉄板のボケかますな!
されて分かったけど、カバーする身としちゃ、堪ったもんじゃねーなこれ。
声じゃなくて心臓が出るかと思ったわ。
「なんじゃ貴様は藪から棒に」
久々に聞いたな『藪から棒』って。
なんやかんや、ルー大柴以来な気がするな。
あ、それだと正確には『藪からスティック』か。
『ボケはいいから、そこは触れずに進めろ』と口では言えないので、怒りも込めて強い視線を魅子に向ける。
だが魅子はきょとんとするばかりで、僕の意思は全く伝わっていないようだった。
どうやら先ほどのボケはボケではなく、呆けの失言だったらしい。
「どうしたんじゃ貴様、今日はやけに儂に熱視線じゃの。そんなに儂の胸が揉みたいのか?」
「今は思ってねーよ」
「……古門くん、『今は』って言った?」
は媛野の問いを無視して話を続ける。
「媛野、これが五百城魅子だ」
「おい、貴様! 『これ』とはなんじゃ『これ』とは。儂の扱いが雑すぎるじゃろ。これじゃから最近の若いもんは」
その嫌味は老害のそれなんだよな。
お前もまだ若いだろ。
……その見た目で五十代とか、ないよな?
「五百城さん、よろしくお願いします」
「こちらこそじゃ。しかしお主、なかなかの別嬪じゃの。まぁ儂には叶わんが」
「あ、ありがとうございます」
「お主、処女かの?」
なっ! 初っ端から何てこと聞きやがる!
これでさっきのミスは帳消しにしてやらんでもない。
「えっ……」
「処女かと聞いておるのじゃ」
「……えぇーっと」
気になる。
僕もすごく気になる。
けど。
だけれども!
ここは苦渋の決断をせねばなるまい。
甚だ遺憾ではあるけれど、ここは紳士として助け舟を出した方がいいだろう。
僕は目から血を流しながら口を挟む。
「……おい魅子。この質問に答える意味はあるのか?」
「特にはないの。ただの余興じゃ」
「そんなことだろうと思ったぜ。僕ならともかく、初対面の相手にそんなこと聞くんじゃねーよ。いい大人がどんな神経してんだよ」
「貴様は処女じゃなくて童貞じゃろうが」
「僕に処女かどうかを聞くのはいいって意味で言ったんじゃねーよ」
「童貞は否定せんかったの」
「揚げ足を取るな。僕は童貞じゃ――」
「童貞じゃ?」
「……くっ」
くそっ。
否定したい。
否定してやりたい。
童貞なんかじゃない、僕はヤリチンだって言ってやりたい。
なのに、僕の口は開こうとしない。
紳士たる良心が噓をつかせまいと塞いでいる。
「古門くん」
「なんだよ媛野」
「高校生なんだから、童貞は恥ずかしいことじゃないと思うんだけど」
「お前が言うなあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」
僕に助けられたお前がそれを言うのかよ!
だったら恥ずかしがってないで、処女かどうかさっさと答えろよ!
無駄に紳士ぶって損しただけじゃないか。
「そう怒るな、童貞」と魅子が言う。
「童貞言うな。僕はまだ何も言ってない」
「違うのか?」
「……違う、ことはない」
「やっぱりの。じゃが悲観するな。貴様はまだ若いんじゃ。まだ人生はたっぷり残っとるじゃろうからその内……の」
「そのタメは何なんだよ! 全然フォローになってねーじゃねーか! ってか何でいつの間にか僕の経験の話になってんだよ」
「貴様が言い出したんじゃろ」
「ちげーよ。お前だろ」
ちょっと戻って読んでみろよ。
お前が『童貞』って言ってるぜ?
「ってか媛野、お前はどうなんだよ」
「え? 何が?」
「処女なのか?」
媛野、お前も道連れだ。
恩を仇で返してきた報いを受けさせてやる。
「おい貴様よ。女子にそんなことを聞くなんぞ、とんでもないクズじゃの」
「お前が言うなあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」
こいつ自分のことを棚に上げすぎだろ。
棚どころか山だわ。
「さて、こやつの暴露も済んだところで前座はこのくらいにして、そろそろ本題に入るかの」
と、魅子は何事もなかったかのように話を打ち切り、次の話題へと移っていった。
結局、僕が辱めを受けただけだった。
骨折り損のくたびれ儲けだった。
とんでもない前座だ。




