ゆいデリューション 其ノ參②
僕は言われた通り、教室の窓際まで下がって正座した。
媛野はゲスを見るような目で見下すように、僕を見下ろす。
「死んでください」
「まだ何も言ってない! 言い訳聞いてくれるんじゃなかったのか!」
「聞いたところで結論は同じだよ。せいぜい、楽に死ねるか苦しんで死ぬかの違いしかない」
「死刑は確定なのかよ」
媛野の目つきは変わらず剣吞なままだった。
普段は温和で人当たりがいい媛野が、こうも厳しい表情を崩さないのはさすがにマズいかもしれない。
僕は戯けるのをやめて、おでこを床にこすりつけながら弁解した。
「媛野さん、聞いてください。これは事件ではなく事故なんです。偶然の産物であって、そこに意志はありませんでした」
「ぷふっ」
奇妙な音がして僕は顔を上げると、媛野は口元を押さえて笑っていた。
どうやら吹き出したらしい。
何が面白かったのだろう?
「こういうドSって感じのをやってみたかったのよね。でもやっぱり私には向いてないや。途中で吹き出しちゃったし」
なるほど。
つまり、媛野は演技をしていたってことか。
これは一本取られたな。
演技とは言え、普段怒らない人がそういう演技をすると、前もって言われていない限り演技だとは思わないよな。
しかし媛野、向いていないのなら仕方ないかもしれないが――需要はあると思うぞ。
Mっ気の強い中年おじさんとかにな。
「で、さっきの話――古門くんが言うところの『事故』の話ね。故意にしてはタイミングが絶妙すぎるし、古門くんが自分の手を汚してまで私のパンツを見るような人だとは思えないのよね。……でも、何でこんなことになるの?」
「それは媛野の『ぶりぶり』――じゃなかった、お花摘みが長かったから、ちょっと体をほぐそうと思って廊下に出ようとしたら、ジャストタイミングで媛野が戻ってきたんだよ」
「なるほどね。ということは、古門くんを待たせてしまった私にも、多少なりとも原因はあるってわけか……。覆水は盆に返らないしこれ以上言っても仕方のないことだけど、それにしても口惜しいなー。一人だったら絶対地団駄踏んでるよ」
優秀な媛野は難しい言葉を使うから言ってることが分かりにくいけど、要はこいつ、『パンツ見られて悔しい』らしい。
そう言う割に口調は普段通りだし、悔やんでるようには見えないのだが。
「媛野」
「なに?」
「事故だったとは言え、犯人である僕が言えた義理じゃないけどさ、パンツを見られるのは悔しいことなのか? 悲しいとか恥ずかしいとかなら分かるんだけどさ」
「悔しいよ。元々見せるつもりなんてなかったけど、結果的には見せちゃったんだよ?」
はい、僕としては人生最大の僥倖だったと思います。
一生分の運を使い果たしたかもしれないけど。
「ということは!」
ということは?
「つまり私は、五億円を取りっぱぐれたってことなんだから!」
あ、そうだった。
媛野のパンツ、五億円だった。
僕は五億円分も得したんだ。
いえーい。
「不覚ではあるけど、それにしたって不本意すぎるよ……」
本当に悔しそうだった。
媛野は実は守銭奴なのではないかと思ったが、すぐに思い直した。
十円や百円の話をしているのではない。
媛野は五億円を取りっぱぐれたのだ。
例を上げるなら、五億円が当たっている宝くじの入ったズボンを洗濯してしまった、という感じだろうか。
誰だって悔しい――どころか悶絶ものだろう。




