第六話 豪運牙
【番組は野球中継により約30分遅れて放送しております】
「この戦いは生きて帰れることはないだろう。状況は前回の勝利よりなお悪い。核兵器は在庫処分してしまったし、ドローン生産は女子供や学生が担い、プロトタイプゴウウンガーの2/3を我々は失っている」
春奈は、兵士たちは沈痛な面持ちで俯き加減に博士の言葉を聞いていた。
「へっ」「はっ」
仰ぎ見るとパクが嘲笑いつつ楊枝を噛み、ドツキタイが鼻くそをほじっている。
彼女は「もう。真面目に聞きなさいよパクくん」とか「ドツキタイくんばっちぃ。手を洗うまで三密禁止!」と戯ける。
なんとなくこの二人が嫌いじゃない理由が春奈にもわかってきた。
こんなことを言っていたら、落ち込んでいられないもの。
「やるぞ!」
彼女は両の頬をいささか強く叩き過ぎて兵士たちの注目を浴び博士の演説を遮ってしまった。
そして「いでで」と痛みと恥ずかしさに少ししゃがみこむ姿に兵士たちの穏やかな笑みが。
「なにやってんだハルナ」
「ちょ、ちょっと気合いをドツキタイくん」
「まぁ、ショウベンかけてりゃ治るわ」
「デリカシーを勉強してくださーい。エリートさん」
博士は彼女の失敗を踏まえて語る。
「ま、ニホンの女子高生だっていざって時は頼りになる。ましてここまで生き残ってきたおまえたちなら」
『おおおぉぉっっ!』
「まぁこいつらから誤射だかわざとだかされなきゃ」「出撃前に殴り殺されなけりゃ」
「んだとやんのかコラ」「おうなら半殺しな」
「こらぁ! ダメだってドツキタイくんとパクくんも!」
腕まくりする二人を必死で引きずる春奈のおどけた様子に人々は笑みを向ける。
本気で殺しに行ったはずなのに興が削がれた二人は行き場のない暴力の先を求めて春奈をみるも。
「ほら。スマイルスマイル!」
「はぁ?」「あん?」
バカみたいにニパァと笑う春菜になんと言っていいやら。
博士は引き続き連絡事項を告げる。
聞いていないのは相変わらずコントを繰り広げる春奈たち3人だけだ。
もっとも二人は聞き流していても内容が頭に入るし、春奈は『おかげで聞けなかったじゃない!?』と言いつつマニュアルを熟読した上でわからないところは二人の部屋に凸って聞くのだが。
強姦犯に対して驚くほどの無警戒だが、そうなる前に大抵今では珍しくなりつつある日本の高品質画質エロ本を春奈が見つけたり、今回ならば先日ドツキタイが入手した『パワードスーツ逆駅弁』や『オッパイダース』を春奈が間違えて再生したりして惨事になってそれどころじゃなくなる。
それでも必要事項を二人から聞き出しメモして帰る春奈は偉い。
「疲れた」
「なんだあのガキ」
「二人とも、ちょっと来てほしい」
ぐったりベッドに寝転がる二人に通信が入る。
ちなみに部屋の惨状、多少の死体や汚物やエロ本などに博士は今更気にもしない。掃除しようとするのは春奈だけだ。
「このシンクロ率をみてくれ。ドツキタイは70から75と比較的安定している。していた。やばいのは特にパクだ」
戦いが続く中、ムラっ気あるゆえ不安定ながら70台から90台を維持していたパクのシンクロ率が低下している。
ドツキタイも65前後だが彼の場合よくて80台といったところか。
「原因は……」
「キヨカワか」
パクが核心をつく。
「彼女は15%から35%と徐々にだが上がっている。操縦技術もな。操縦も加味して実質45%くらいと言っていい。『特殊な状況では』……135%だ」
「なるほどな」
春菜の便意とそれをがまんする乙女心は人間の限界を超えていた!
ドツキタイは唸り納得する。
結果的にゴウウンガーの出力は落ちてはいないし春奈加入により上がっているわけだ。
博士はなんとも言えない表情を浮かべる。
「……お前らフヌけているか甘ったれてないか」
「嫉妬かダラズ」「若年性更年期障害かもしれんなハヤシ」
「誤解されても困るが、私は春奈のことが好きな方だ。彼女も私を慕ってくれるようだしな。しかしながら彼女に引きずられるようにおまえたちの闘志が下がるのは好まない。たとえ基地の兵士を戯れに何人かブチ殺し、整備兵をミンチにして女性スタッフを強姦殺人したとしても人類全滅に比べれば些細な損失だ」
彼女自身、死んだ兄を異性として未だに慕っていたとしても。
「ダラズ」
「なんだドツキタイ」
「お前は死なせんさ」
「あいよ。ラーメンのシナチク程度には嬉しいよ」
入っていれば確かに嬉しいがその程度かよ。
「そういえば」
「どうしたパク」
「適当に兵士ども半殺しにしたら、戦場で死なずに済むな」
「どのみち人類は戦わねば滅亡するがな」
春奈の「ころさないで」を実践するとそうなる。
そして人類を滅ぼそうとしているのは母なる地球の意思である。
奇しくもこの神倫敦でも怪獣教徒が終末論を説いてヒャッハーなうだ。
「しかし我々は抗う。死んでたまるか。胃袋に入ったピロリ菌なみにはしつこいと思い知らせてやる」
「ピロリ菌かよ!」「たしか究極生物モケケピロピロってやつがこの世にはいて」
「パクはさておき……何見たドツキタイ?」
【2030/某月某日】
「分離!」
春奈はその日、普通にごはんをたべ、普通にトイレを済ませ、とりあえず通信教育課題を封筒に入れてパジャマから祖母の学生服に着替えて鏡の前で身だしなみの最終チェックを済ました。
「よし!」
指差呼称は安全確認の基本である。
「行ってきます。お母さんお父さん……みんな」
自室を出る。Gスーツは相変わらずカバーがかかったままクローゼットの脱臭剤の匂いを吸っていた。
……そんな想いと別に緊急脱出したイエローパンサーを失ったゴウウンガーは逆立ちし、パクが乗るブルーシャークを上半身に再構成される。
「パンサークロウ!」
春奈がありったけの劣化ウラン弾を叩き込んだ怪獣はよろめき、他の戦闘機隊の餌食になった。
「右からくるぞ気をつけろ」「インド人を右に」
よくわからないが左に舵を切ると青い輝きのカッターが通過して行った。
春奈は今のところ便意を感じていない。
本作戦は南北アメリカ大陸を取り戻す橋頭堡として南アメリカ大陸を攻める。我々の世界でいえばチリのあたりから徐々に怪獣を倒していく。
地上部隊と連携し、速やかかつ柔軟な戦いが求められる中、春奈たち3人はそれぞれ別の戦場に立つ必要もある。
もちろんゴウウンガーの特性上、お互いが支援しあえる方がいいが、相方はあのパクとドツキタイである。
今日だけで何回合体挙動をしたかわからない。
ブラックアウトもレッドアウトも体験した。今のところ死ねていない。
「ドツキタイくん!」
「おわああああっ!?」
受け止めて!
合体挙動を狙い澄ます敵どもに一瞬で合体してのけ、援護するパクのブルーシャークと地上と空中で連携する。
「パクくん!」
「へっ。きな!」
もちろん。
出力控えめのゴウウンビームで逆噴射をかましたまま、手裏剣のようにくるくる回り衝突事故的に絡み合い合体する。
「混ぜてくれや! 3Pだ!」
「デリカシーを勉強してくださーい。ドツキタイくん!」
……目を閉じていても今なら二人と合体できる。
実際春奈は合体挙動をしながら他の兵士たちの機体を守るように動いている。
ゴウウンガーはロボットの形ではなく、鞠のような姿となり多くの兵士を救った。
「……合体分離!」
ゴウウンガーの内蔵ゴウウン3Dプリンターはほぼ無尽蔵の補給を可能とするが、分離した兵士たちが乗る機体は修理補給完了していた。
「こんなことが可能なのか?!」
開発者である博士自身が信じられない奇跡を春奈たちは見せていた。
「いける! いけるぞ。アンデス山脈を奪い取れる!」
そこにマッキントッシュ姿の紳士が現れる。
彼はその穏やかな表情に反し、その服装通り一分の隙もない印象を見せていた。
「旧日本帝国のお嬢さん。ご機嫌麗しゅう」
「なんだ貴様は」
「貴様とはずいぶんな言い草ですね。日本語はこれで合っていますか? どうせ死語になる言語ですがね」
「『国際防衛機構の上のほうからきました』ってやつか」
「消化器を売りに来たわけではございませぬが概ねその通り。日本帝国はもはや滅んでおります。研究者に過ぎないあなたに人類の命運を担う指揮権がある方がおかしいのです」
囃子不足博士は艶然と微笑む。
「おとといきやがれ」
紳士に一斉に差し向けられる銃口とそして。
「帝国いまだ滅びず。だ」
彼女はうまそうにシケモクを拾って吸うと彼の唇に入れてやった。
そんな足元のやりとりを知らない春奈たちだが、本当に春奈たちはよく戦っていた。
シンクロ率は50行くかどうかだがゴウウンガーを操る上で問題とならない。さらに拙いながらもしっかりと学んだ操縦理論などは彼女を支えていた。
「パッくん!」
「おうさ」
互いの必殺技を合わせてドリルと暴風雨が鉄の嵐を吹き起こし。
「ドッくん!」
「へぇへぇお姫様」
「……!? 違う」
たまに合体失敗かましてフルボッコにされ。
それでも彼女は生きていた。
戦っていた。
紛れもなく信頼できる仲間たちと共に。
「ゴウウンガー! 助けてくれ!」
「ゴウウンガー! 助けてやった恩は後で返せよ!」
「はっ。雑魚ども粋がるな! マジで雑魚に殺されたら承知しねえぞ!」「後で返せ? ならハジかくなよ!」
ーーなぜだ。貴様は何故まだ死んでいないーー
「ん?」
ドツキタイはぼやく。
「おい。二人ともなんか言ったか?」
「はい? ドツキタイくんも合体で脳震盪?」「ついにどこかうったか?」
彼はかぶりをふり、耳垢をほじくる。
「っかしいなぁ」
ーー見届けるものよ。貴様はそろそろここから去る必要があるーー
「は? キヨカワわけわかんねーことを」
「ん? パクくんだって時々変なこというよね。それよりみてみて! 日が昇るよ!」
もちろん闘いながらであるが、沈む日が登ってみえる錯覚を春菜が抱いたのは高機動酔いだけでは無い。
実際問題高速で上昇すれば日が昇って見えたりする。
「ゴウウンガー推参!」
ドツキタイがレッドイーグルに変形させて叫ぶ。
飛行マントを羽ばたかせ、並いる怪獣の生体ビームやレーザーを弾き、機械を取り込んだ怪獣のミサイルを防ぐ。
「皆殺しだ!」
パクが叫ぶと内蔵3Dプリンタを使うまでもなく空中から無数のドリルが生成され、味方機の頭に装備され無類の防御となる。
今やゴウウンガーは敵にも味方にも災厄でしか無い存在から。
「みんなっ! 生きて帰るわよっ!」
春奈が胴体から飛び出しドツキタイを下にパクの上に乗る形で半戦車ロボットであるイエローパンサーに変形し、子を想う親の心、友を想う戦士の心、散って行った仲間達を代弁して叫ぶ。
アンデス山脈を打ち砕くほどの豪運牙きりもみシュートは無数の竜巻となって荒れ狂う。
ーー貴様は誰だーー
「清川春奈」
「あ? なんかいったかハルナ」
春奈はドツキタイに答える。
「なにもにぃ」
髙Gで舌がもたれた。
「おいィ?お前ら今の言葉聞こえたか?」
パクが変なことをいう。
「聞こえてない」
ドツキタイに春奈も答える。
「何か言ったの?」
「俺のログには何もないな」
ーー調子ぶっこいてすいまえんでした;;ーー
「わかればよろしい」
春奈は答えた。
「ねね! みてみて! 陽が昇るわ!」
「登るとどうなるんだよ」「どうでもいい」
春奈はマッハ10で駆けながら答える。
みっつのゴウウンガーは並行して飛び、嵐で青くなった空をきりさいていく。
「知らないの?」
「おう」
彼女は笑顔を輝かせる。
「日が昇るのよ」
ダルダルの二人にふくれる春奈。
「明日がくるのよ! わたしたちに今日があるのよ!」
彼女がいいたいこと、それは兵士たちにはわかっていた。




