今すぐうんこに行きたいわたしが目指す公衆トイレは大暴れしている怪獣の後ろにある
『うんち行きたい!』
花をも恥じらう女子高生と人はいう。可憐な花ですら恥じ入る美しさを持つということだ。
それを体現するかのように清川春奈の容貌は優れていた。
154センチの程々に小柄な身体と年相応の肉付きが魅力的且つ健康的な手足。
首筋まで伸びた黒く美しい髪は構造色で輝き、長いまつ毛に短いが細いまゆ、小さいが瞳孔のはっきりした黒い瞳は白い肌を際立たせ、所属校において20年以上更新されていない白と青と赤のスカーフとプリーツスカートという今どきあり得ない古典的かつ地味な制服もまた却って彼女の体型の良さを際立させていた。
時々おなかが見えるのは意識しているからではなく単純に彼女のウエストが細すぎてズレるだけだ。なので彼女は他の子と違ってスカートをたくし上げていない。特徴的な服装と言えばそれくらいの彼女はその無個性ゆえに美貌際立っている。
その彼女が息も絶え絶えに目指す先は駅の近くの公衆便所だ。
普段なら『やらないか』と男性に声をかけるツナギ姿の不審者が現れるとのことで避ける場所だがこの近辺で使える公衆便所は他にない。
息も絶え絶えにふらつくように歩み、人目をはばからず額から脂汗を流し、つややかな髪を振り乱して空をも掴まんと緩慢に進む彼女。かように可憐な彼女がまさか猛烈な便意に心を奪われていると気づくものはいまい。
周囲で爆発音が轟き、反転した車が炎上する。
黒煙を放ち、大きなガラスが砕け散って落下し彼女の隣にあった喫茶店のパラソルを両断した。
「急がなきゃ……急がなきゃ……!」
爆発が津波のように車を呑み込んでいく。慌てて車から飛び出した幸運な人々をも爆風は呑み込み血と爆炎に変えていく。行き場を無くし叫び逃げ惑う人々を儚くも振り払いつつ、春菜は急ぐ。
それは見えない敵。
便意と戦うために。
一方そのころ。
国連直下でたった今発足した国際防衛機構はその権限を用い、今だ反対する日本国にその先遣隊を送ることを一方的に通達した。
先遣隊は三つの特別な機体を用いてマッハ10で南の島を出撃。
島の真ん中が割れて飛び出した三つの機体は合体変形し、今街に降り立った!
今まで何か騒がしかった気がする。
今まで変な臭いだか悪味だかの中にいたかもしれない。
今まで肌を焼くかのような不快感と全身を覆う猛烈な便意が生み出す怖気に震えていた。
春菜の視界がふいに開いた。
輝く陽光がすっぱりと刃物で断ち切られたかのような雲間から指していた。
春菜の眼前には巨大な……それが何かを彼女の知識と理性が察知するより早くその尻尾は動き、彼女の身体を飛沫と変えるはずだった。
雲間から陽光を受けた輝きが恐ろしい勢いで落下してくる。
春菜の意識はそれを認識するに至らない。
春菜を守るように怪獣の前に立ったのは巨大な白銀の城。いや、ロボットである。
尤も常識を逸脱しすぎている上、巨大すぎて春菜にはそれらがロボットだとか怪獣だとわかるはずもない。
それより重要なことは位置的には春菜の目の前の巨大な尻尾、すなわち怪獣の前方に立つ、そのロボットの背後に目的の公衆トイレがあることだ。
ご存じのように女子トイレはいつも大混雑だ。
理論上男子トイレの二倍以上混む。おならをするためだけに籠る婦女子も多い。身だしなみは大事だ。女子はその為に延々と籠って出すものを出さねば出る事は出来ない。壁に小便を引っかけて立ち去ればいい男子とはそこが違うのだ。
「どいてよ~~!」
春菜の心の声は外に漏れることはなかった。
なぜなら彼女の括約筋はオークの穴に侵入した姫騎士の如く既に屈する寸前であったからだ。
怪獣の口元で磁気異常が発生する。
プラズマ球体が音もなくロボットに向けて発射されたのだ!
「ああああ! トイレが!!」
プラズマ球体は遥か彼方の都庁にヒットしそれを消滅させた。よかったトイレは無事だ! だがロボットは音のように早く走り、音の後から発生した巨大な地鳴りと地震が彼女の大臀筋を振動させる。
「うっ! つううっ!」
下腹部を抑えてかろうじて耐えた春菜の頭上でドリルを右手に装備したロボットのドリルミサイルが怪獣を穿たたんとする。怪獣も負けずに尻尾で応戦。春菜がいたベンチの周囲は灰燼と化した。これで男に声をかける不審者はいなくなるだろう。いやもはや春菜の括約筋以前に命が危ない。
春菜がこの先生きのこるには?!
「クソ! 二人ではパワーもスピードも足りない!」
「卑怯卑劣な日本人野郎共が死ぬのは構わんが、偉大なる我が民族が死ぬのは了承できないな」
コンソールをたたく男に、相棒であるテロリスト兼テコンドーの達人が相槌を打つ。
『三人目がいれば!』
続いて飛来する怪獣の鱗たち。
鱗は個別に牙や爪を生やし、空飛ぶ円盤のように無軌道にロボットに迫る!
その円盤にしがみつく可憐な美少女を彼らの人間離れした動体視力は捉えた。
「え? 女子高生?」
「はい?!」
春菜は走った。必死で走った。
たとえ乙女の意地をして、何者かの股を連続でくぐる屈辱を受けようとも脱糞のそしりだけは受けたくはない。
その為、たまたま足元にあったBANANAで派手に転んだのだ!
つるーん! 幸いにもそのおかげでしっぽの直撃を避けた春菜。今度は爆発性質の汗を大量に持つ敵性生物の鱗につかまり、敵性生物つまり怪獣の敵に向けて殺到する群体の一つになって二人が操縦するロボットにつき込んでいく。
「やめてやめてもらしちゃう許してお願い!」
涙目の春菜。驚異の握力である。
「やべえ。ゴウウンガ―のエネルギーが切れるぞ」
「よし。焼払うぞ」
パイロット二人は日本人がいくら死んでも気にしない。それ以前に白人も黒人も彼らには関係がない。ようは毛の生えていないサルを殲滅するバケモノどもを倒せるか否かのみしか関心がないのだ。
正しく永久収監されていた国際テロリストと大統領暗殺犯と言えよう。
「やるぞ! パク・ザ・テキョンダー!」
「おう! ドツキタイ!」
とりあえずこのバケモノをぶっ殺せば刑期が伸びるし多少のオイタも許される。
「ゴウウン……ビィィィィムゥゥウゥぅーーーー!」
二人は必殺技を音声入力した。が。
「辞めてって言ってるじゃない! いい加減にしなさーい!」
ビームを受けて次々誘爆する『鱗』たちの中、青い光を帯びた春菜の掴んだ『鱗』だけが誘爆せず、深々とロボットに突き刺さって爆発する。
「きゃああああああっ!」
落下する春菜。これは漏らしたかも。
しかし! 巨大な腕が春菜を掴んだ。
「はなして! はなしてってば!」
春菜の目の前には幸運にも無傷なトイレが!
「どう思う。パクよ」
物理法則すら超える情念をもつものだけがこのロボットを動かせる。今、彼らの乗るロボットを半壊させ、彼らの命を奪いかけた現象の正体について思い当たる節など彼らに一つしかない。
「……そりゃ、ドツキタイ。『三人目』だろ。これは」
図らずして春菜の便意はその域に達していた!
説明しよう! ゴウウンガーの持つゴウウンエネルギーは不幸を一身に受けた人間の情念によって奇跡を起こす!
よって、ゴウウンガーに選ばれたパイロットは常人を超えた身体能力、不幸を跳ね返す超人的能力の数々を得るのだ!
図らずして非日常の生んだ春菜の便意はゴウウンガーに乗る適格を満たしたのだ!
「行くぞ……反撃だ」
ドツキタイが呟く。その口元には残忍な笑み。
「おう……。ミンチにしてやるぜ」
パクの頬には愉悦があった。
「いやあああ! おろしておろしておねがい!」
「嫌がる女をあれこれするのはそそるな!」
「ははは! ちげえねえが今はこっちのいい『ナオン』を優先しな!」
春菜を乗せたロボットは青い光を放ち、完全なるエネルギーを補充!
先ほどパクが述べた『ナオン』こと怪獣を白光が貫き、市街を砕き、そして東京タワーを打ち砕き、見事怪獣を倒したのである!
もちろん、トイレも灰燼となった。
「……」
「やったぜ!」
「へっ。大したことねえな」
ゴウウンガーの持つエネルギーは神をもしのぐ力。
如何なる奇跡も起こすそれは。
「許さない……」
「え」
「え」
「分離!」
分離独立した三号機は一号機二号機無くして物理法則を無視。地上海上戦モードに変形した!
「許さない! 二人とも! ゆるさない!」
「まてまてまて!」
「こいつはいきのいいやつが入ったぜ……ククク! 楽しみだ!」
そして今! 灰燼と化した東京で、女子高生が操るロボットと大統領暗殺犯、国際テロリストが操るロボットが夕焼けの元激闘を開始した!
如何なる奇跡をも起こすゴウウンガー!
しかし便意を抑えることはできない!
二人を倒す前に早く便所に行け春菜!
戦えゴウウンガー!
世界平和を守る前に春菜の括約筋を守るのだ! その決壊の瞬間は待ったなしなのである!
人間を全滅させるべく生まれた地球意思群と犯罪者共の戦いの中、唯一の常識人春菜の明日は何処だ!
春菜:シートにトイレを設置するか、ゴウウンガーのエネルギーで具現化できないの?
博士:できるが、アクロバットな動きでパイロットルームがウンコまみれになる。ちなみに君の前任者は合体変形高速移動時の衝撃や圧力に耐えかねてほら、そこの耳たぶみたいに一部部品が回収できずに床に落ちていたりする。




