第二話 たま桂ぐしゆきて! トイレは月にもありますか?!
無限に広がる大宇宙。
一言口にすれば『言ってみたかっただけだろう』と揶揄されるほど陳腐化されているが宇宙は広い。
『だからこそ。
無限に広がる大宇宙』
「言ってみたかった」
「もごっぅ?! もぐごごがが!」
「おい、パク。死ぬぞ」
ドツキタイが呆れるのは人間という生き物が洗面器ひとつの水で溺死してしまう事実による。
「そっか? まぁいいけど」
よくないよ! 春奈は思ったが声には出ない。
「猿轡くらいじゃ死なないって」
「ぐももも!」
それは恥丘、もとい地球上の話であり、宇宙空間においてはその限りではない。
「いや、例えば換気のない小さなスペースで居眠りするだけでも二酸化炭素が増えることで意識をなくしてそのまま死ぬ可能性はあるらしいぞパク」
つまり春奈が何かのはずみで唾液を喉に詰まらせて死なないとは限らないとドツキタイは述べている。
まあその程度でハジをかくようでは春菜の足元に未だ転がっている新入りの内臓たちの同類だ。
「ほー。宇宙っておもしれー女みてぇだな」
少女マンガの俺様貴公子みたいなことを言って感心するパク。
日系移民の血を引くメキシコ人の娼婦だと思われる母に生まれてすぐに捨てられ、ネイティブアメリカンと黒人のハーフを遺伝的父とするドツキタイは意外と博学だった。
春奈は3人の出会いでもあった日本帝国壊滅の戦いの後に否応なく二人から語学を習ったのである。
ゴウウンガーパイロットはあらゆる能力が高まるが語学力もその範疇にないわけではない。
それでも日本帝国内で社会が完結された中で生涯を終える予定であった春奈よりは二人の方が語学は確かである。
「二人とも賢いんだし大学行けばよかったのに」
国がなくなってもテストはなくならない春奈は二人に指摘したことがある。
「行ったぞ? 刑務所で」
ドツキタイはあっさり答えた。
かつて貧困層の不満を受けて圧倒的支持率を誇った南アメリカ大統領タロットの排他的政策。
彼の政敵に対するフェイクニュース発言の末、支持者たちはSNSを駆使し彼が落選したことを不服として議会占拠を市民自ら達成してしまい、暴徒化した市民と共に彼もホクホクその祭りにヒャッハーしていたのだが。
「たまたま奴さんの演説近くを合法化したハッパ決めて合成酒飲んでホットドッグくって歩いてたんだが、ちょうしこいているから殴った」
「そしたら加減間違えて首がSPさんたちごと吹っ飛んだっていうお話でしょ? 冗談にしては趣味が悪いしそんなので女子高生にマウント取れないから」
「マウント? 俺は下から……」
「?」
春奈は天然入っているので彼の無自覚セクハラに気づかない。
「とにかく、暇なので刑務所内で小遣い稼ぎでヤサイ育てるため文字から勉強して、有り合わせで機械作れるようになって、色々揃えて筋トレしてますますパワーアップして、さらに本読んで大学卒業して武道とか勉強してとやっていたら南北ともアメリカが無くなってたわ。いやぁ。街まで行くのに苦労した」
ヤサイと言われて春奈が想像するものと実態は異なるがパクには通じているので問題ない。
「へー。野菜育てるなんてドツキタイくんにもそんな情緒があるんだね。ちょっと見直した」
春奈は純粋に生き物をあわれむ感情がこの犯罪者にもあることに感心した。少しお人よしがすぎる。
「情緒? よくわからんが割と面白いぞ。色々機械も弄れてやればやるほどハマる。おまえはキメないけど小遣いにもなるしどうだパク」
「ほー。その辺ちっともわからんな。詳しく教えろドツキタイ」
やっと春奈も理解できた。
「日本人と中国人はアヘン戦争のアレでその関係嫌いだから配慮してよね二人とも!」
しかしながら二人の方が女子高生よりは博学であり反撃を受ける。
「はっ? そのあと堂々と台湾と満州帝国で阿片作ってボロ儲けしていただろ! 腐れ日本帝国め!」
パクも意外と博識である。
思想だの論理感だの日本人嫌いなのはさておき。
本人は語らないが大学くらい飛び級しているかもしれない。
【2030/7/10 南アフリカ ヨハネスブルグ】
少し遡る。例によって例によりテストが大ピンチな春奈。
いや、彼女が成績いまいちなのは今まで開示していなかった。
しかしながら彼女の成績ピンチの理由は察してほしい。
日本にいた時は平均より少し上程度のアメリカ英語からオーストラリア英語に慣れ、また教科書が変わりそれでも成績を維持しているのだ。
えらいぞ春奈!
春奈は彼女いうところ『イミフ言語』に半泣き状態でヨハネスブルグのダウンタウンを不注意にも教科書読みつつELOとかいうバンドの『とらいわいと』とかいう古い曲を聞きつつ歩いていたのだ。
そうして突如飛来したゴウウンガー三機に拉致された。南無。
その莫大な知財により第三国を国ごと雇い傭兵として扱うことで平和を謳歌し続けたゲーテッドコミュニティ国家日本人ならではの並外れた不注意であり、『性犯罪に会う確率200パーセント。一回襲われて警察呼んだら警察に犯され留置所でも犯されたら300パーセント。性交渉目的なら男の方が襲われる。女は黒魔術に胎児が使えるから幸いにもバラされにくい』とされるヨハネスブルグでも滅多に起きない珍事である。
そんなわけで名誉黒人である日本人の生き残り陽菜は帰り道にある公園のトイレにやってくることもツナギ着たウホッないい男に遭遇することもなく、このように大気圏脱出して衛星軌道から南アフリカ『教』和国を発ち、旧半島現某島に向かっているのだ。
ねぇよ。
「むぉごごごぉ!」
「あん? おむつなんか買ってねえぞ。ちゃんと買っとけ!」
「ひがううぅ!?!」
説明しよう!
ゴウウンガーの移動形態は巡航速度マッハ10。
さらに回避行動をとろうものならパイロットはバラバラに千切れる。
それを防ぐには人間離れした情念を必要とするのだが……今日の春奈は便意を抱いていなかった。
つまり普通に死ぬ。
春菜がこの先生きのこるには?!
「……ちっ。下剤、飲ましたんだけど効かねえなぁ」
「もごもごうごごごぅ?!(※さっき「まぁ落ち着け水でも飲め」って飲ましてくれた水が変な味すると思ったら何をしてくれるのよ!)」
「パク、お前漫画見るんだな」
下剤で即下すのは漫画表現であり、即座に下すなら『致死性の猛毒』といってよい。
もっともゴウウンガーパイロットは象用の麻酔弾にも耐えるが。
「媚薬とかもいうほど俺らには効かねえしつまんねぇ」
「キメセクして絞るのは古今東西よくある手だけどな」
これは意思力でどうにもならない。
それでもゴウウンガーパイロットにはきかない。
春菜は制服姿のままであり耐Gスーツではない。
ちなみに耐Gスーツというものはロボットアニメにありがちなクソ恥ずかしい服ではなくもっと丸っこい。
「しゃあねえ、このままドライブデートとしようぜ」
「マジでイッちゃうかもな。ははは」
本当に死ぬから辞めて。
春菜は薄れゆく意識の端で。
……なにあれ。春菜は思った。
巨大な兎が地球の端っこに小さな点となって座っている。
よくわからないハンマー持って。
なんのギャグだろう。
「出たぜ出たぜぇ?!」「ヒャッハー!」
春菜の首がゴキっと言った。急旋回である。
「チェインジゴウウンガー!」
パクが高速機動タイプの変形主導権を主張する。
よりにもよって高速機動。春菜には死が近づくだけだ。
「合体!」
当然春菜が役立たずであり、通常より遥かにパワーが落ちる。
それでもマッハ10を超える機動で180℃ターンされてはたまらない。
春菜の首の骨は複雑骨折し、春菜は窒息死した……かにみえた。
「(猿轡が唾まみれなのはさておき、ちょっと……辛いかも)」
どうも尋常ならざる高機動により、内臓がシェイクシェイクされていい感じに便意の兆しがあるようだ。内臓が爆発してしまい、また脳の接続がイカレて便意と誤認しただけかもしれないが、とにかく春菜は便意を少しだけ感じ文字通り物理的に首の皮一枚繋がった。
「おっ」「ハルナ、やっとうんこでそうになったか」
いやぁよかったよかったと言わんばかりのホンワカな二人だが、現在ゴウウンガーはマッハ10で垂直以上のターンを連続で行っている。
エネルギー表示を見ると2/3からほんの少しだけ上昇している。春菜のわずかなる便意の分だけ。
「どうして人が隠そうとしている事をエネルギー表示で知られなければならないのよ!」
春菜が猿轡を嚙み千切り抗議する。
ゴウウンガーパイロットは情念により並外れた身体能力を発揮できるのだ!
「ぶははっは」「あはははは」
「ふたりとも笑うなー!」
頬を赤らめ抗議する春菜だが、先ほどまでは吐くものもないくらい土気色だった。そしてまだ死人の顔色である。
「チェインジ ゴウウンガー! ゴー!」
三機は分離し、巨大な兎を三方から囲んでビームやミサイルを浴びせる。
振り向いた総金属製の兎もどきは長い牙をこちらにゆっくりと……音速を超える速度で向ける。
そしてこれもまたゆっくりと……地球の通常気圧想定下で云うところのマッハ11でその杵を春菜に向けて振る。
「はん! ショウベンでもかけるつもりか!」
パクが嘲笑うが大きすぎてスピードが分かりにくいのだ。まして宇宙空間では比較対象物がほとんどない。
大量のスペースデブリを巻き込んだ杵の直撃を情念に劣る春菜の機体はさけはしたもののクルクル回ってどこかに飛んでいく。このまま第三宇宙速度に到達したら終わりである。
「うわぁぁ?!」
「チッつまんねぇ死に方しやがって」「おしいキヨカワをなくした」
スペースデブリが連続でぶつかり正しく流体力学に従うほどの余波であったが、闘志の足りない春奈と違い二人は避難に成功した。
こうして地球のスペースデブリ問題はだいたい解決した。春菜よありがとう。そんなバカなことは起きない。
パクは高速機動機により春菜の機体に追いつき体当たり。
本来なら二人ともスペースデブリの仲間入りであるが。
「おら! 合体だ!」
パクの機体から延びた腕が春菜の機体を抱き、そのまま超高温放つブースターに押し込み変形変異して強制的に合体。さらにドツキタイの機体が合体、三機は異形の飛行機形態のまま地球を軸に振り子運動を行い、
『しぬううううう!』
ノズルがひとつになって三機分の重さが加わればパワーダウンするはずだがさらなる高機動を達成。
春菜たちは素早く踵を返し、白い飛行マントを翻し、ブレードカシナートを回転させ煌めかせる。
わざわざ光らせているが宇宙には光を反射するものはない。
すっ。
地球の小さな島だったそれは『ぱふっ』とジャンプする。
その余波で半分沈んでいた日本列島の大部分と台湾沖縄フィリピンなどの島々は沈み、海はかつてない高波を記録し嵐は世界の大都市に襲い掛かった。
巨大な牙が三機を狩りに来る。
しかし三人はこのまま首をあっさり落とされるマヌケな冒険者ではない。
「いきなりゴウウンビーム!」
超必殺技の余波を活かして逆噴射をかまし、春菜の機体から延びた蛇腹の腕と蹄鉄型の手が正しくアンカーとなって本来できないバック移動で回避する。
「ちっ。さっさと漏らせ春菜」「漏らしたら意味ねえだろ」
「二人とも変なこと言わないでよ。漏らしたことなんてないわよ!」
ゲロは吐きかけたが乙女の尊厳は死守した。
相変わらずENERGY表示は2/3を少し上回っている程度に過ぎない。むしろ減っている。
ゲロどころか内臓が飛び散っているのは先日『体験飛行ツアー』に参加した世界のエリート様たちのものの名残だ。機体はその後正しく主人たちの元に戻ってきてそのまま春菜を乗せた。制服があちこちぐちゃんぐちゃんになってとってもありがた迷惑だ。
パクいうところ人類の為火星に行くには情念が足りなかった。
「来るぞぉ!」「チェーンジゴウウンガー!」
ドツキタイが駆る飛行戦形態になり赤い飛行マントを閃かせ、ウサギが放つ光のブレスを防ぐ。
しかしそのサイズが異常だ。三人は錐揉み吹き飛ばされる。
即座に分離していなし、飛行戦高機動戦地上海中戦の三機になってそれぞれの必殺技を放つ。
「トマホークカッター!」「ドリルミサイル!」「豪運牙きりもみシュート!」
二人の大技を周囲のデブリや暗黒物質巻き込んで竜巻として叩き込む春菜。
しかしウサギは平然と後ろ足で頭を掻いていた。
にんじんみたいに日本列島かじってる。
その余波で幾度も津波が起きて海岸線近くの都市は壊滅した。勿論南アフリカ『教』和国も例外ではない。
「かわいい」
「ばかいってんじゃねぇ!」「キヨカワ、おめえちょっとすげえな」
再びウサギは蒼穹を抜け漆黒の宙に到達する。
三人を無視するかのように遥か先を目指して宇宙を駆ける。
「月を目指してる」
「なんで?」
ドツキタイに春菜が問う。
「私はカモメってか」
パクがチェーホフを読んでいるのは驚きだが、二人は知らない。
「月には聖杯があるんだよ」
「ふうん。じゃおもちもあるね」
ドツキタイは春菜の発想の飛躍にちょっと戸惑った。
日本の伝承ではそうなっている。
玉桂といって月に生える桂の木は月の代名詞だ。
「あの杵で月をついて、世界を作り替えるんじゃね。バッツーラとかなんとか」
ドツキタイの解説に。
「大変だね。テストの点数よくしてほしい。だってさドツキタイくんパクくん、アフリカーンスってオランダ語ベースだよ?! ついこないだやっとアメリカ英語からオーストラリア英語に慣れたんだよ?!」
「テストどころじゃねえだろ……」
流石のパクものんきな春菜に呆れた。
「(それともあのクソ女どものことを春奈はまだ引きずっているのかもしれない)』
パクたちをよりにもよって日本人と間違えてモリのおもちゃぶつけて嘲笑い、二人が殺すところを春奈が止めた。
その後3人は仲良くなっていたが。
この辺も二人にはよくわからない。
「お父さんが見ていたアニメだと月には聖杯とかろんぎぬす?の槍があるらしいね」
「ジャパニメーションは見ねえよ……」「嘘つけ、この間パワーパフガールズ観ていただろドツキタイ」
パクからすればジャパニメーションと大差ないようだ。
「博士が言うには、月で餅ついて世界を変革できる能力があるらしい」
「へぇパクくんすごい。それに博士ってホントなんでも知ってるね! ……ってわけわかんない」
春菜の脳裏にはぺったんぺったん月で餅を作る総金属製の殺人ウサギ。
実にほのぼのした光景だが地球文明など簡単に吹き飛ぶのではないか。
とはいえ半島サイズではそれも難しかろう。
ウサギは耳を翼にして、その翼から超噴射で三人を無視して進む。
「妨害しろ!」
囃子博士は生きていたらしい。
「つか、早く便意最大になれ清川君」
「セクハラ―?!」
しかし残り二人も同意見である。
うんこもれそうになっていない春菜など信楽焼のタヌキの方が軽い。
宇宙開発の世界では1グラムの差でも重要なのだ!
機動戦モードのゴウウンガーはドリル戦艦に頭だけ生えたような変な形態をとって殺人ウサギを追う。しかしパワーゲージの上がらない3人よりも若干ウサギの方が早い。
「仕方ないな」「おう」
もきゅもきゅとドツキタイ機部分から腕が延びる。
その先には大きなバット。パク機部分から春奈機がパージされそれも手に乗せる。
「ハルナ。がんばれ!」「行ってこいたま桂!」
「はい??」
『バスタァアアアアア嗚呼!』『ホームラァーあああああン!!!』
「きゃあああああぁっっ!?!!」
二人は春菜機を第三宇宙速度で射出。
殺人ウサギの顎に春菜は命中し彼女は目を回した。
残った殺人ウサギの胴体に向けてパクは叫ぶ。
「ドリルバスター!」
大量に、かつ無限に沸き起こるドリルミサイルに貫かれ穿たれ目玉から口から耳から尻や毛穴その他ありとあらゆる穴を陵辱され破壊され辱められ内部から白い爆発液を注入され敵であるウサギ怪獣は今回、雑に爆発して捨てられ片付いた。
人類の為と称して数々のデスマをやらかされた技術者たちの怨念は正しく空に還ったのである。
そのまま火星軌道に向かって飛んでいく春菜。
人類は火星にて生存するやもしれない。
春奈お姉ちゃん流れ星。
世界が平和になりますように。
「惜しいハルナを亡くした……ん」「はは。まったく……まぁまぁ面白い奴だったなキヨカワは……あれ」
二人はこの感情を言葉で説明できなかった。
「……許せない。二人とも」
一方、春菜は火星軌道に向かいながらわりとキレていた。当然である。
ついでに言えばそろそろおしっこが我慢の限界。
火星の青い夕焼け切り裂き光が煌めく。
春奈は怒りに任せてブースターに点火した。
「ふたりともぉ?! ひとを勝手に殺すんじゃない!」
「お、1万2000年掛からなかったな」「オカエリナサ『ト』」
……どうやら二人ともジャパニメーションを春菜より履修しているようだ。この隠れオタクどもめ。
そして今! 無限に広がる大宇宙の片隅に女子高生が操るロボットと大統領暗殺犯及び国際テロリストが操るロボットが夕焼けのごとく火花とばし激闘を開始する!
地味に人類初の宇宙戦争!
カンナムファーィト! レディー! ゴー!
如何なる奇跡をも起こすゴウウンガー!
しかし尿意を抑えることはできない!
二人を倒す前に早く便所に行け春菜!
戦えゴウウンガー!
世界平和を守る前に春菜の膀胱を守るのだ! その決壊の瞬間は待ったなしなのである!
人間を全滅させるべく生まれた地球意思群と犯罪者共の戦いの中、明日のテストをはからずして回避できた春菜の明日は何処だ!
春奈:参考書代って経費で落ちますか。
博士:了解。
春奈:あと時給計算だけでなくてわたしの意思を無視して乗せているのだからもう少しアルバイト代出してください。
博士:頑張ってみる。
絶滅への道を歩む人類。
されどいくさは収まらず、弱きものがさらなる弱きもの虐げ、怨念は継承される。
走れゴウウンガー。女子トイレを建設するために。
次回第三話!!! 燃え上がれゴウウンガー! うんちは平和を願う!
ご期待ください。