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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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コートデナールの巨人たち(4)

 凹凸のある大地を進む敵の最前列は、時に丘の陰へ隠れ、時に丘の上へ出る。

 そうして、緑の草原へ銀色の絨毯が敷かれていく。

 それもものすごい速度でだ。

 

 ジャイアント族からは敵はまだ草原を這う虫のような小ささだが、彼らがさらに近づけばそうは言っていられないだろう。

 馬に乗って勢いづいた集団は、ジャイアント族の半分のサイズだろうと十分な脅威だ。

 

 アルゴルはその脅威が地響きと共に大きくなるのを肌で感じていた。

「……ようやくだ」

 

 ブオンッオオ!

 その時、頭上からまた笛が鳴った。

 跳ねるような音の後に続く、低く震える音。

 

 これは笛の音の長さや強弱を使って送られるカラからの指示である。

 丘の上にる彼女から戦場に広く知らせる手段としては、単純にして確実なものだった。

 パターンを複雑に作りこみ、全体で共有していれば詳細な指示を行えるが、今回はそれを行わなかった。

 巨人たちが覚えたパターンは数種類程度であり、どの動きをどのタイミングでするのか、笛の音の指示はそれを揃える意味が一番大きかった。

 

 そして、今この瞬間に鳴り終わった音が示す指示もやはり単純なものだった。


「弓を構えろ!まだ引くなよ!」

 アルゴルの号令に従い、ほとんどの巨人が肩に担いでいた弓を手に持った。

 

 彼らの全ての弓矢が素材そのままの無骨なものである。

 この戦いのために即席で用意したのが明らかだ。

 加えて、部族の伝統(剣槍斧の武器を人生をかけて極めること)からしても、彼らは弓矢に慣れていない。

 大山の裏でのゴブリンとの闘いで仕方なく弓を手に取った者もいるが、その数が少なすぎる。

 弦を引いて待つだけの動作にしても、巨人たちの練度は不十分だったのだ。

 

「相手は小さいが点ではない。草原の上の面だ。…………来るぞ!」

 アルゴルは弓を構えていない。

 彼だけではない、一の槍・ナラレやその他の英雄級に続こうとする数人の強者も弓を持ってさえいなかった。

 その代わりだと言うように、彼らは一斉にそれぞれの武器を空へ掲げた。

 彼らの動きにつられて、巨人たちは弓に矢をつがえ弦を引いた。

 

 アルゴルらの行動は、横方向へ立ち並ぶ巨人たちの視覚的目印としての役割があったのだ。


「まだだ」

 訓練した弓兵ならば届く距離なのだろうが、ほぼ素人の巨人たちには少し遠い。

「もう少し」

 アルゴルは皆に「面で捉えろ」と説いた。事実、草原に広がる4千以上の兵士は面であった。

 だが、アルゴルの視界は少しずつ絞られていった。前進する軍の先頭を駆ける男、ニコラから目が離せなくなっていたのだ。


 その彼を我に返すように、ボン!と笛の音なのかと疑うような短くくぐもった音が鳴った。

 ハッとしてアルゴルは勢いよく剣を振り下ろし、叫んだ。

「打てぇ!」

 ビュンッという音がアルゴルの背後で一斉に鳴った。

 

 重なった音は弦の一本が震える音よりも低く聞こえたが、それよりも目立つ音がいくつか混ざっていた。

 木の折れる音と仲間のうめき声。弓が折れて怪我人が出たのだ。

 短期間の訓練を行っていたが、本番に緊張したことで力加減を誤った者がいたのだろう。


 だが、アルゴルはあえてそれらの音をかき消すように大声を上げた。

「2射目だ!急げ!」

 一瞬だけ後ろを見たアルゴルはまた振り返り敵を視界を捉える。

 それはちょうど、空高く上がった最初の矢が軍隊の上に落ちてこようとする瞬間だった。


 英雄級の実力を持ったアルゴルの超人的な動体視力はそれを正確に捉えた。

 巨人サイズの太い矢が敵の鉄の鎧ごと貫く様が、馬の胴体を通って地面に突き刺さる様が、高速で走る兵士がそれらに巻き込まれる様が、一切起こらない光景を目にしたのだ。

 

「な!ありえない!?1本も当たらなかったのか?」

 その時、彼の視界の上端に数本の矢が映りこんだ。

 弓矢に慣れた者らの即座の2射目である。

 それを見てアルゴルはさらに声を張り上げた。

「次だ!速く打て!ここへの到達前に少しでも数を減らすんだ!」

 彼の額に汗が浮き上がった。

「当然ゴブリンとは違うか。だがここまで……」


 彼らの矢が1つも当たらないのは、巨人たちの練度が原因ではなく、明らかに敵・カル王国軍側にあった。

 アルゴルはそれにいち早く気づいた。

 だが、答えを出すにはまだ距離があった。

 どちらにせよ、別の攻撃手段は彼らには無いのだ。


 アルゴルは2射目の着弾を見届けた。

 結果は1射目と変わらない。

 合わせて400の矢の雨は誰の足も止めることは出来なかったのである。

「……クソ!俺に貸せ!」

 アルゴルはすぐ後ろの仲間の2人から弓を奪い取った。

 初めて触る2つの弓を器用に重ね、矢を構える。

「ヌウン!」

 弓を限界以上に引き絞ると、ギリギリミシミシと弓が鳴き始める。

 弓矢を取られた2人は心配そうに近づこうとしたが、その音を聞いてすぐに1歩下がった。

 そして、バアン!という爆音が響いた。

 それは弓の壊れる音でも、弦の解放された音でもない。

 

 放たれた矢が空気の壁を叩いた音だ。

 

 上に角度をつけなかった矢はまっすぐに飛んだ。

 馬軍の先頭・ニコラに向かって。


 ニコラはすでに剣を抜いていた。

 馬に当たらないように斜めに持った剣はいつでも構えられた。

 だが構えない。

 異様な気を放つ巨人が弓矢を構える姿を見ても、構えなかった。

 ただこう叫び続けていた。

「進め!カルの戦士の剣が敵を屠るその時まで我らの足は止まらない!なぜなら矢が我らに当たることは絶対にないからだ!進めええ!」

 その瞬間、音速のごとき矢がニコラの眼前に迫る。

 だが矢は皮膚一枚ほどの隙間を開けてニコラの頬を掠めただけで、ずっと後方へ飛んでいった。


 アルゴルの予想どおりではあるが、腹正しい光景を前に、彼は握っていた矢を握り折った。

「魔法の類か……、矢が当たらないような加護を全員に付与している。ゴブリンどもに出来ない技だ。ならば!」

 アルゴルは仲間に向かって、ある名前を叫んだ。

「カナー!何でもいい、魔法を使え!」

 すると、アルゴルが顔を向けていた方向とは反対から声が上がった。

「遠くに飛ばせるような、そういう魔法は使えません!ちょっとした回復ぐらいです!」

 そういう若い女巨人はゴブリンたちとの戦いで生き残った数少ない魔法使いだった。

 だが、アルゴルの望むような魔法を使える使い手ではなかったようだ。

 そもそもそれが出来るのなら、今彼女は弓を構えていないだろう。


 アルゴルはカナーの話しを聞き終えると、悲哀に満ちた顔でまたカル王国軍を見た。

「……分かったぞ。ゴブリンどもと比べられるべきは俺らということか。愚かな亜人の隣で1000年も隠れ生き、ついには滅ぼされそうになった部族など……、もはや」


 その時、プアーンと高い音が鳴り響いた。

 アルゴルは丘の上にいるカラを睨んだ。

 偶然か、それともずっと見られていたのか、カラと目があったアルゴルは渋々と頷いた。

「…………盾を前に!」

 新たな指示は草原に大きく響いた。

 だが、その瞬間にも3射目、4射目を放とうとする巨人がいる。

 アルゴルはそういった者等の名前を呼びながら、次の行動へと移らせた。

「もう弓矢に意味は無い!捨てろ!速く盾を持って来るんだ!」

 

 巨人たちが彼らの背後に積み上げていた大盾を前方に運んでいく。

 

 人間にとっての大盾ではなく、巨人にとっての大盾だ。

 それも薄い木の板ではなく、分厚い板を重ねた盾だ。

 横幅は巨人の2人分の4メートルほど、縦の大きさは7メートルを超えていた。

 

 彼らはアルゴルを追い越して、盾を勢いよく地面に置いていく。

 下部にスパイクのある盾は地面に深く入る。

 みるみるうちに盾は横一列に並んでいき、長く高い壁が出来上がった。

「馬を侮るなよ!どんな攻撃が来るかも分からん!ゴブリンの突進と比べるな!ギガントが来ると思って備えろ!」

 

 アルゴルが大盾に開けられた隙間から向こうを見ると、カル王国軍の先頭がちょうど最後の丘の陰に隠れようとするところだった。

 敵の先頭はアルゴルが弓矢で狙った相手であるニコラだった。

 彼はまっすぐ進み、矢のような三角凸の形で速度を落とすことなく、盾で作られた壁の中央へ向かっている。

 

「ナラレ!最初の接触は中央だ!突破させるなよ!」

「おう!」

 返事をする彼女は地面に刺さった盾へ向かって、槍を用いてさらに上から叩いた。

 衝撃に耐えられるようにと考えてのことだろうが、その盾だけが異様に低くなってしまっていた。

 そしてナラレは他の仲間から冷たい目を向けられる。

 そんな様子を見て、アルゴルはいつもの日常の光景を思い出し気が緩んだ。

 

 だが敵は目の前だ。

 おそらくはほんの数秒後、最後の丘を駆け上がるその姿が間近に見えることだろう。

 その前に、アルゴルは再び仲間に語りかける。

「この戦いは必ず勝利に終わる!だから、死ぬな!誰も死ぬな!……踏ん張れぇ!来るぞおお!」

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