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人類が増えすぎたので減らしてほしいと頼まれました【本編完結済】  作者: にゃんきち
人類が増えすぎたので減らして欲しいと頼まれました

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第六十話:父と娘

 午後7時半。窓の外を見下ろすと、人々が次々とビルから出て家路を急いでいるのが見える。

 同じ壬生でもIT系の開発現場なら夜はまだまだこれからと言ったところだが、さすがは大手ホワイト商社だ。労務管理が行き届いていらっしゃる。


 隣の部屋で仕出しの注文をしてくれている秘書の山崎さんや貴子(たかこ)さんも本当ならもう退社している時間なのだろう。全くもって申し訳ない。


「お伺いしたいことはほんの2つ3つなんですよ」


「聞こうか」


「まず一つ目なんですが、壬生さんがお役目担当だった時、お役目や能力についてどのくらいの方にお話ししたかということなんです。私には今、一人だけ協力者がいますが、それとは別に最近何かしらに気づいたカンのいい奴がおりまして、そいつを仲間に引き入れようかと迷っているところなのです。それについて壬生さんの経験やご意見をお聞きしたいと思いまして」


「ああ、悩ましい問題だな。儂もその件では結構悩んだことがある。お役目については家内に話してみたが、たいそうショックを受けたようでな、その様子を見るとなかなか他人には話せなくなった。だからお役目を知るのは妻だけだ」


「なるほど。やはり普通の人には理解してもらえませんよね」


 お役目の説明をするにあたってはその発注元である「あいつ」や、この世界の成り立ちについても触れなければならない。

 もし聞かされた人間が信心深かったりしたら、それまで持っていた宗教的世界観とのギャップが大きすぎてかなりのショックを受ける筈だ。壬生夫人のショックは理解できる。


 しかしよくよく考えてみると、信仰の対象が宗教であれ科学であれ、聞かされた人は同じくらいのショックを受けるだろうなぁ……。


 いや待て。市川さんには「あいつ」の話も世界の成り立ちの話もしてないのに、何故かすんなりと「間引き」が使命だって受け入れられたぞ? タイミングや話の持って行き方がたまたま良かっただけなのか……?


「ではお子さん達は知らないのですよね?」


「うむ。あいつらがまだ幼いうちに儂の能力がなくなったからな」


「なるほど……この会社を大きくするにあたって能力は使ったと思いますが、その時に社内のどなたかに能力についてお話はされなかったんですか?」


「ああそれはな、代役を立てたんだよ」


「代役?」


「知り合いに丁度良い胡散臭さの役者崩れの男がいてな、そいつを超一流の(まじな)い師という触れ込みで当時の仲間に紹介したんだ。今の子会社の会長くらいの役職の連中だな。

 で、その役者にな、南の山を掘れだの、北に行けば新たな発見があるだのと儂のいいなりに喋らせたんだ。皆最初は胡散臭がっていたが、実際に儂が手を回してあれこれやって業績が上向いたもんだから最後は信じてくれたよ。

 君のようにうまく暗躍は出来んかったが、それでも何とかなった。ほら、よく週刊誌などで取り上げられるだろう? 首相が占い師に話を聞きに行っているとか、経団連の誰それがおかかえの霊能者がどうとか……ああいう噂が政財界には結構あるのでな、さして困難でもなかったわい」


「その方は今は?」


「何年か前に亡くなった。儂が殺したんじゃないぞ、病気でな。もっとも、(まじな)いに関しては儂の能力がなくなった時に『もうやらない』と皆に宣言してもらったよ。おかしな呪いを続けてもらっても困るからな。

 この間の正月の集まりで『例の呪い師の後継者が現れたかもしれん』と皆に言ったら目を輝かせておったが、それが君だとは言っとらん。安心したまえ」


 壬生さんの話を聞いていると時間は瞬く間に過ぎていく。そうこうしているうちに松下楼の仕出し弁当「オムライスと牛ヒレの特製弁当」が届いた。ハイレベルな料理が綺麗なお重に盛られているが、特にエビのアメリケーヌが凄く美味い。


「私達のぶんも注文しておきましたけど、良いですよね?」


 イエス以外の回答を許さない迫力。貴子さん凄い。そりゃこんな美味いもの注文だけさせられて、食べられないなんてあんまりだもんな。


 届いた弁当を食べながら壬生さんの話をまとめてみた。

 要するに、代役を立てることで自分に目を向けられることなく能力が使用できるということか。なるほど、これはいいアイデアだ。

 アメリアさんの時も、あの場でレグエディットを発動するのではなく、後日誰かスピリチュアルな雰囲気の役者を連れて行ってそいつに怪しげな演技をやらせながら処置すれば良かったのだ。……まあ、アメリアさんがそんな人と会ってくれるかどうかは解らないが。


 あと、俺が能力者だということは壬生グループの上層部や壬生さんの家族には知られていないらしい。よしよし、だいたい欲しい情報は手に入れたぞ。


「二つ三つと言っていたが、他は何だ?」


「ああ、いえ、私の能力を知る人間を増やそうとする時のリスクについてご相談したかったのですが、もう答えはいただけました。なるほど、代役ですか……考えもしませんでした」


「こんなことで良いのならいつでも相談に来なさい」


 さて、話も食事も終わったとなると、あとはいつもの雑談だ。


 壬生さんがちらりと部屋の入り口の方を見て、ドアがちゃんと閉まっていることを確認すると俺の方を見て申し訳なさそうに話を切り出した。


「あのな……。貴子の巻き戻し、あれ、どれくらい時間がかかるものだ?」


 貴子さんの話をする時、壬生さんは優しい父親の顔で話す。この人のこういうところが魅力になっていて多くの人がついて来るのだろうか。少なくとも俺にはない素養だ。


 この人は「あいつ」から授けられた能力を失ってもなお、人間的な魅力と卓越した経営能力で巨大企業群を動かし、システムとして人口削減をやってのけている。

 壬生さんは俺の科学知識をしきりに感心し評価しているが、実際のところ人口削減という観点では彼のようにシステマチック()つ社会学的なアプローチの方がより効果的と言わざるを得ない。


「うーん……目の前で全裸になってもらって2時間ぐらいですかねぇ……」


 俺はラゴスで最初に市川さんに施術した時の様子を話した。


 レグエディット作業が長時間に及ぶと俺の集中力がもたない。作業の最中に衣服やアクセサリーが視界に入るとターゲットがそちらに移って中断し、一からやり直しになってしまう。それを避けるため施術の際、市川さんには散々文句を言われたが、全裸になってもらっていたのだ。

 当時の俺のレグエディットの習熟度は低かったのでしょうがなかったのだが、市川さんはよく我慢したものだと思う。


「ふざけるな! お前が責任を取るならともかくそんなことは許さんぞ」


 壬生さんが結構真剣に怒っていらっしゃる。


「ははは、すいません。でも実際昔はそれぐらいかかったんですよ。あれから猛特訓をしたので今は全裸になる必要もありません。今ならほんの1分くらいで済みますよ」


「からかわんでくれ……まったく。しかしなんだ……1分だったら今日にでも出来そうじゃないか?」


「やれとおっしゃるならやりますよ、今晩のお弁当代だと思えば。2年分くらいで良いんですか?」


「5年分一気にやってくれと言えばどうなるんだ?」


「爆発的な新陳代謝が起こり、腎臓のフィルターが目詰まりする可能性があります。だから最初に腎臓疾患がないかを聞いたんですよ」


「なるほど、安全のためには2年分くらいを何度か繰り返した方が良いのか……分かった。匙加減は君に任せる。おうい、貴子、ちょっと来てくれ」


 壬生さんが卓上のベルをチン! と鳴らすと貴子さんがドアを開けて部屋に入って来た。


「はぁい?」


「影山君が、何やら若返りのツボを知っているとかでな、折角だからお前ちょっとやってもらいなさい」


 俺はさっき壬生さんから代役を立ててやると上手くいくと教わったばかりなのに、なぜ壬生さんは俺本人にやらせようとするのか……ええい、しょうがない。


「若返りですか? それはお父様にこそ必要なものでしょうに……。でも、興味はありますわ。影山さん、是非よろしくお願いします」


 貴子さん、いくらなんでも無防備すぎやしないか? どこのツボを押されるかもわからないのに「さあどうぞ」って、危機管理意識が無さすぎだ。


 まあ、この二人相手にそんなこと言える筈もないのだが。


「では右手をお願いします」


 貴子さんの右手を取り、ぶつぶつと聞こえるかどうかぐらいの音量で意味のない呪文を呟く。適当な場所をあれこれとさも意味があるかのように押しつつ、俺はレグエディットを起動した。


「うん?」


 奇妙な引っ掛かり。レジストリの操作そのものは出来るが、微妙に自転車のハンドルを揺らされている感じだ。


「どうした?」


「いや、何でもありません。続けます」


 経験のない状況が発生したため若干手間取りはしたが、なんとか1分半ほどで施術は完了。途中の謎の不安定感のせいか、俺は全身に凄い量の汗をかいていた。


「はいおしまい。今日の夜はたくさん水分を取って、早めに寝て下さい。明日の朝、トイレに行ってもびっくりしないように。朝にシャワーを丹念に浴びるのをお薦めしておきます」


「……? はぁ……? わかりました」


 処置をすると翌朝、皮膚の爆発的新陳代謝のせいで垢とフケだらけになるのだ。シャワーは浴びた方が良い。


 貴子さんがペコリと頭を下げて退室した後、俺はさっき感じた引っ掛かりのようなモノについて壬生さんに話した。


「ふうん……何だろうなぁ。話を聞いていると、儂が君を()た時に感じた感覚と似ているような気もするな」


 あっと俺は声を上げた。確かに、俺が壬生さんのレジストリを見る時に感じた感覚に少し似ている。貴子さんには担当者同士の争いを避けるための安全装置が完全ではないにせよ装備されているということなのか?


「あの能力というのは遺伝したりするものなのかな? そういえば長男がまだ赤ん坊の頃、おかしなことがたて続けに起こって家政婦が辞めさせて欲しいと言って来たことがあった。ベビーベッドで寝かせていた子供がいつのまにかリビングに居たとかな……。当時はよくある話だと思って気にも留めなかったが、儂の何かを受け継いでしまったなどということがあるのだろうか?」


 遺伝……!!


「え……エピジェネティクスか……いや……遺伝子そのものが……」


 近年その可能性が指摘されている「獲得形質の遺伝」というやつだろうか。長年生物学会において否定されてきた獲得形質の遺伝、すなわち生まれてきた後に後天的な遺伝子の修飾が起き、能力が子供に遺伝すること。それに似たことがこの親子に起こっているのか?


 考えてみればそれは当たり前の可能性だった。人間の脳はもともとハードウェア的にレジストリ操作が出来るようには作られていない。だから脳にレグエディットというソフトウェアをインストールしただけでこんな能力が使えるわけがないのだ。

 生身の人間がレジストリを操作するにはそれ専用のアクセラレータ器官が必要になる。「あいつ」は俺達の脳の一部を変質させるなりしてその器官を発現させたに違いない。


 そう、おそらく「あいつ」は俺や壬生さんの遺伝子を書き換えたのだ。


 であれば貴子さんにそれが遺伝して、脳に同様の器官が発現していることは想像に難くない。ソフトウェアのインストールはされていないかもしれないが、生物学的な特徴として脳内にその器官があって、安全装置を担当しているのかもしれない。


「か……考えられる事をいくつか、まとめて後日お知らせします。今日はもう帰ります。お食事ありがとうございました」


「なに、構わん。また来てくれ。面白い話が聞けるのを期待しとるよ」


 俺は極力平静を装いながら壬生さんの部屋を出た。ハードウェアだけとはいえレグエディットが可能な人間が貴子さんを含めて少なくともあと3人、さらにその人達が子孫を増やすことのリスクを考えなければならない。いや、そもそもこの器官の発現は優性遺伝なのだろうか……?


 まったく、いつ来ても何かしら気付かせてくれるところだ、ここは。それにしても「あいつ」はいったい、どれだけ俺をいじくったんだろう? とりあえず、(まじな)い師は確保しなきゃなあ……


 考えることを山ほど抱えて俺は芝を後にした。


 翌日、貴子さんが起床した後、鏡の前で1回トイレで1回大きな悲鳴をあげたぞ、と壬生さんから連絡があった。幸い彼女の体調は良好だそうで、またツボを押しに来させろと矢の催促だそうだ。


「えーと……絶対他の女子社員には俺のことを言わないように、貴子さんには念を押して下さい」


 今の俺に言えるのはこんなことくらいか。しょうがない。他に考えることはいくらでもあるのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 代役の呪い師とは上手いこと考えましたな。 >えらく読むのが早いですね…… 小説の調査名目で読む時間2時間くらい 取れますからな。
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